第百六十六話「まずは理解から」
相変わらず、社長室とは思えない妙な場所だった。
石灯籠に苔むした岩、そして小さな池。
室内に広がる、和風の庭園。
その奥にゼノはいた。
机に座り、何かの資料に目を通している。
「よっす。」
「……何だ。」
ゼノが、顔だけをこちらへ向けた。
「冷てぇな。アポは取ったろ?」
「だから、何の用かと聞いている。」
俺は、手に持った紙袋を掲げた。
「これ、土産。一緒に食べない?」
「……。」
「なんだよ。その顔。」
「何故だ。」
「何故って……。」
俺は、応接用のソファへ勝手に腰を下ろした。
「この間、気付いたんだよな。」
「……何にだ。」
「一年近く外部顧問やってるけどさ。まだ、お互いのこと何も知らねぇなって。」
「……それと土産に、何の関係がある。」
「話すなら、なんか食いながらの方がいいじゃん?」
「私は、仕事中だ。」
「知ってるよ。だからアポ取って時間作ってもらったんだろ?」
「不要だ。帰れ。」
「嫌だよ。せっかく来たんだし。」
ゼノが、小さく息を吐いた。
……なんだよ。
そんなに嫌そうな顔しなくてもよくねぇ?
俺は、紙袋から箱を取り出し机の上へ置いた。
「ほら。ここ、結構有名らしいぜ?」
「その店は、確か……大福で有名だったな。」
「浅いな。おじいちゃん。」
「……何がだ。」
「これは、ただの大福じゃない。フルーツ大福だ。」
「……。」
ゼノが、箱を見る。
「何だ、それは。」
「知らねぇの?最近出たみたいだぜ?」
「聞いたことがないな。」
よしよし。食いついたな。
俺は箱の蓋を開けた。
中には、丸い大福がいくつか並んでいた。
苺。
みかん。
ぶどう。
白あんを使ったものもある。
「大福の中に、果物が入ってんだ。」
「……果物。」
「そう。苺とか、みかんとか。あんこと果物が、結構合うんだよ。」
「……。」
「これは白あん。こっちは普通のあんこ。美味そうだろ?」
「……そうか。」
ゼノが、箱を見ている。
何も言わずに。
「……。」
「……。」
沈黙が、流れた。
……素直じゃねーな。
「食ってみるか?」
「……一つ、もらおう。」
「欲しいんだろ?そう言えって。」
「貴様の手に乗らなければ、帰らんだろう?」
……本当、素直じゃねーな。このじいさん。
ゼノが、みかんの大福へ手を伸ばす。
俺は、苺を取った。
「ゼノ、こういうの好きそうだと思ってさ。」
「何故だ。」
「なんとなくだけど?」
「……根拠がないな。」
「和菓子とか、好きそうじゃん?」
部屋の入口に目を向けた。
そこには、先ほど通った室内庭園が広がっている。
「ほら。この部屋もこんなんだし。」
「……。」
ゼノが、大福を一口食べた。
「……。」
「……どう?」
「……。」
「感想くらい言えよ。」
「急かすな。小僧。」
……なんだよ。
せっかく買ってきたのに。
俺も、苺の大福を一口食べる。
「あ、美味いじゃんこれ。」
白あんと苺の組み合わせは初めて食べた。
結構合うんだな。
ちらりとゼノを見る。
「……。」
「何だ。」
「みかん。美味い?」
「……。」
ゼノは答えない。
黙々と、普通に食っていた。
結構、気に入ってんだよな?
……なら、何か言えよ。
—
「……そういやさ。」
「何だ。」
「息子のエルドさんがいるってことは、奥さんいるんだよな?」
「……。」
ゼノの手が、止まった。
「……いるが。」
「へぇ~。」
「何だ。」
「なんか意外だな。ゼノが結婚してんの。」
「エルドがいる時点で分かるだろう。この問答に何の意味がある?」
「雑談だよ。いい加減付き合えって。」
俺は、残っている大福を眺める。
次、ぶどうにしようかな。
大福を二つ取り、ゼノに一つ手渡した。
何も言わずに、ゼノは受け取った。
……まぁ、いいか。もう。
「奥さん、どんな人?」
「何故、お前に説明する必要がある。」
「いいじゃん。教えろよ。」
「……断る。」
「んだよぉ!何も教えてくんねーじゃん!」
ゼノが、俺を見る。
いやいや。見られても困る。
「じゃあ、一個だけ答えろよ。」
「……。」
「好きで、結婚したのか?」
ゼノは、少しだけ黙った。
「……アルカナの跡を継ぐ人間を残す必要があった。」
「……それだけ?」
「それだけで十分だろう。」
「でも、その人を選んだのはあんただろ?」
「……。」
ゼノが、手元の大福へ目を落とす。
「帝王の妻となるに、相応しい人物を選定しただけだ。」
「……帝王って、自分で言っちゃうんだな。」
「事実だ。」
「そうですか……。」
ネルといい、アルカナの人間は自認がデカいな。
まぁ事実を言ってるだけなんだけど。
「今度、会わせろよ。見てみてー。」
「断る。」
「理由は?」
「必要がない。」
即答だった。
……ちぇ。
俺は、ぶどうの大福を口に入れた。
「あ。これも美味いな。」
しばらく、二人で黙って食べていた。
庭園の眺めもいい。
ゆったりとしていて、心地いいな。
「あ。」
「今度は何だ。」
もう一つ。
前から気になっていたことを思い出した。
「なんでエルドさんって、アルカナじゃなくてヴィオなんだ?」
「本人の希望だ。」
「へぇ。」
「母親の姓を名乗っている。」
「……あんたは、それでいいの?」
ゼノなら、跡継ぎならアルカナを名乗れ、とか言いそうな気がした。
なんとなくだけど。
「何も問題はない。」
「え、そうなの?」
「少なからず、メリットもある。」
「……メリット?」
メリットだの。必要か不要かだの。
そういう話ばっかだな。
「アルカナの名を持たぬことで、初見では私の跡継ぎと判断されにくい。」
「……それがメリットなのか?」
「多少なりとも、暗殺の予防にはなる。」
「暗殺……。」
さらっと言うなよ。
「そんな、狙われるもんなの?」
「アルカナだぞ。」
「……調べれば分かるもんだよな?」
「名を持たない。それだけで外部は勝手に想像するものだ。」
「へぇ。そういうもんかぁ。」
ゼノが、残っていたみかんの大福へ視線を落とした。
「……。」
「食えば?」
「……もらおう。」
「っくく。」
やっぱり、気に入ってんじゃねーか。
心の中で、密かにガッツポーズを取った。
—
——コンコン。
扉が、ノックされた。
「入れ。」
ゼノの言葉の後、扉が開く。
「失礼します。」
入ってきたのは、エルドだった。
両手に端末と、大量の資料を抱えている。
「……。」
思わず、顔を見る。
髪は少し乱れている。
目の下には、はっきりと隈があった。
「……エルドさん。」
「何だい?」
「もしかして、疲れてますか?」
「……。」
エルドが、俺を見る。
気のせいか、殺気を感じる。
「誰のせいだと、思うかね?」
「……んえ?」
「ハピレスの拠点だった企業ビル爆破による被害報告。元々テナントとして入っていた企業への補填。爆破の被害を受けた下水道や道路の修繕……。」
「……。」
「さて、ジュディ。誰のせいかね?」
「……すんません。」
いや、本当にすみません。
エルドは、大きく息を吐き。
ゼノの机へ端末を置いた。
「ハピレスによる被害地域の、現時点での復旧状況です。」
「いいだろう。報告しろ。」
「はい。」
エルドが、端末を操作する。
空中に、カルディアの地図が映し出された。
いくつかの区画が、赤や黄色に塗られている。
「企業ビル手前の主要道路は、本日中に仮復旧する予定です。ただし、周辺住宅への被害が大きい。住民の一時移送は、まだ三割ほど残っています。」
「水道や電気などのインフラは。」
「二地区で復旧。残りは明日以降になります。」
「……遅い。遅れている要因は何だ。」
「現場に、人員が足りません。」
エルドの声が、少しだけ低くなる。
「倒壊建物の撤去。物流経路の確保。被害店舗への補償。病院への物資供給。企業間での費用分担。その全てを、同時に行っています。」
「……。」
俺は、地図を見る。
戦っている時。
そんなこと、考えてもいなかった。
爆発して、建物が壊れた。
——それで、終わりじゃない。
そこに住んでいた人がいる。
働いていた人がいる。
道を戻す人がいる。
水を戻す人もいる。
「……大変ですね。」
「あぁ、大変だ。誰のせいだろうね?」
エルドが、すぐに返した。
……あぁ。やめて。ちくちくしないで。
「……すみません。」
「……。」
「本当に、すみませんでした。」
エルドが、頭を掻く。
珍しい。こんな仕草もするんだな。
「はぁ。すまない。少し気が立っていた。」
「……いえ。俺が原因の一端であることは事実ですし。」
「事前にカルディア政府、ジャス・サインから申請は受けていた。許可したのは私だよ。」
「……。」
エルドが疲れた顔のまま、僅かに笑った。
「君がハピレスを止めなければ、被害はもっと大きかった。それも事実だ。」
「……。」
「だから、これは単なる八つ当たりだよ。受け流したまえ。」
「そう、ですか。」
俺のやったことは消せない。
それでも、少しだけ軽くなった気がした。
「……エルドさん。」
「何だい?」
「これ、食べます?」
俺は、エルドに箱を差し出した。
「……美味しそうだね。大福かい?」
「えぇ。フルーツ大福です。」
「……フルーツ大福?」
「大福の中に、果物を入れたやつです。新商品なんですって。」
「何故、社長室でそんなものを?」
ゼノが、横から口を挟んだ。
「私も知らん。こいつに聞け。」
「……。」
エルドが、ゼノを見る。
それから、俺を見た。
「では、一つだけ。いただこうかな?」
「どうぞどうぞ。」
エルドさんが、苺の大福を取った。
「それ、美味いですよ。」
「……そうか。」
「エルド。」
ゼノが、静かに言った。
「まだ、報告の途中だろう。」
「……え。えぇ。」
エルドが、大福を持ったまま背筋を伸ばした。
「おい。いいだろ?食べさせてやれよ。」
「お前は、黙っていろ。」
「自分なんか、もう三つ食ってるくせによ。」
「……。」
この親子は、相変わらず他人行儀だな。
—
一通り、報告が終わった。
エルドが、ようやくソファへ腰を下ろした。
「……つ、疲れた。」
「お疲れ様です。」
「あぁ。」
エルドが、残っていた大福をもう一つ取る。
「気に入りました?」
「あぁ。糖分が頭に染みるよ。」
「……ははっ。」
ゼノが、エルドを見る。
そして、淡々と言った。
「エルド、先ほどの報告だがな。小を切り捨て、多くを救う手立てを優先して実行しろ。」
「……しかし——」
「復興を遍く同時に実行するから、遅れが出るのだ。」
「……。」
「全てを救うことはできん。優先順位をつけろ。」
「……分かっています。」
エルドが、小さく息を吐く。
俺は、二人の会話を聞いていた。
——優先順位、か。
誰かを後回しにする。
誰かを切り捨てる。
今の俺はもう、それを頭ごなしに否定できなかった。
「……ジュディ。」
ゼノの声がした。
「ん?なんだよ。」
「何か、言うことはあるか。」
「……いや。」
こいつがやっていることを、認めたわけじゃない。
人を数字で見るやり方は、今でも好きじゃない。
——でも。
「なんでもねぇよ。」
「……そうか。」
ゼノは、それ以上何も言わなかった。
エルドが、大福を食べる。
「……うん。これは美味いな。ジュディ。」
「……ですよね?」
「あぁ。」
俺は、大福の入った箱を見る。
もう、残り一つしかなかった。
「ゼノ。最後、食うか?」
「……。」
ゼノが、箱を見る。
しばらく黙って、静かに口を開いた。
「……もらおう。」
「っは。やっぱ気に入ってんじゃん。」
「黙れ。」
ゼノが、最後の大福を取った。
—
しばらくして。
エルドは、また仕事へ戻っていった。
俺とゼノだけが、社長室に残った。
「……結局、全部食ったな。」
「あぁ、そうだな。」
「これ、気に入ったか?」
ゼノが、少しだけ間を置いた。
「……美味かった。」
「っは。だよな?」
思わず、笑ってしまう。
「ゼノ、こういうの好きだと思ったんだよ。」
「……そうか。それが、お前なんだな。」
「何が?」
「……いや。」
ゼノが、空になった箱を見る。
そして、俺にまた視線を戻した。
「ただな。ジュディ。」
「……あぁ。」
「このような趣向は、私には不要だ。」
少しだけ、言葉に詰まった。
「……そっか。」
「あぁ。」
「多分。美味いとか不味いとか。そういうことじゃないんだな。」
「……。」
「あんたは、これを不要だって言うんだな。」
俺は、空になった箱を紙袋へ戻した。
ゼノのことが、少しだけ分かったような。
やっぱり、全然分かっていないような。
そんな、気がした。
「んじゃ。俺は帰るわ。」
「あぁ。」
紙袋を持ち、立ち上がった。
そのまま、扉へと向かう。
「ジュディ。」
「……ん?」
振り返り、ゼノを見る。
ゼノは、すでに手元の資料へ視線を戻していた。
「もう、ここへは来るな。お互いに無駄なことは分かっただろう。」
「……いや?そんなこともねーさ。」
ゼノが、資料から視線を外した。
そのまま、真っ直ぐに俺を見る。
「ゼノ。あんたは、大福を食べた。」
「それが、なんだ。」
「あんたも、人間だってことだよ。」
「……。」
俺は、それだけ吐き捨てて。
社長室を、後にした。
第百六十六話、お読みいただきありがとうございました!
ゼノと少しだけお話をしましたね。
相手を理解するなら、まずはその人自身を知るところから。
ジュディらしいけど、ちょっとしつこいですね。
ゼノは大福とかそういうのは、自分には必要ないらしいです。
……全部食っといて?
次回も20:10、更新予定です。
ブクマやコメントをいただけると、ジュディがあなたの好物を勝手に予想して持ってきます。
よろしくお願いします!




