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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|間章

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第百六十五話「二人の境界線」

アルカナ本社。

第七研究室。


俺は、ネルと向かい合って昼食を共にしていた。

目の前に置かれた、紙製の容器を見る。


「……。」



赤いスープに、細い麺。

その上に、見たことのない葉っぱが大量に浮いていた。


「……ネル。」

「ん~?」

「これ、なんだ?」

「トムヤムクン味?らしいよ。」

「……へぇ。」


ネルは、向かいに座ったまま。

自分の麺を、ずるずると啜っている。


「ん?ジュディ、食べないの?」

「いや、食うよ。うん、食う。」

「あっは。何その顔。」


研究のついでに。

こうやってネルと昼飯を食べることも、最近は増えていた。


今日は、ネルが買ってきたカップ麺みたいなもの。

俺は、恐る恐る麺を口へ運んだ。


「……。」


酸っぱくて、辛い。

なんか、めちゃくちゃ草の味がする。


「……ふぁっ。」


思わず、すげぇ顔になった。

ネルが俺を見て、一瞬だけ固まった。


「……っんは。」

「……。」

「あっははははは!!!何その顔!!!」

「……いや、なんか。風味が、独特じゃないか?これ?」

「んっくくく!いや、それ結構人気のやつだよ?」

「この草、多分パクチーだよな?苦手なんだよ、俺……。」

「へぇ~。ジュディ苦手なものあるんだぁ~?」

「いや、そりゃあるよ。普通に。」


酸味や辛みは、全然美味いと思う。

でも、パクチーだけは、なんていうか風味がなぁ。


手元の紙製の容器に目を落とす。

食えないこともないんだけどな……。


ネルは、相変わらず腹を抱えて笑っていた。


「……ネル。それ、何味?」

「ん~?普通の醤油味だよ。」

「……交換してくんね?」

「いいけどぉ。結構食べちゃったよぉ?」

「あー、平気平気。ネルがいいならさ、頼むよ。」

「あっは!しょうがないなぁ~。」


俺は、箸を突っ込んだままの容器をネルに差し出した。

ネルが、俺のを受け取りながら自分の容器をこちらへ渡す。


「あー、馴染む匂いだな……。」


一口、食べる。


「……うめぇ~。醤油がやっぱ王道だよな。」

「ジュディは大袈裟だなぁ~。」


ネルも、俺が食べていた麺を啜った。


「ん!普通に、美味しいじゃん?」

「……そりゃ~よかった。俺はどうも苦手なんだよな~。」

「ふ~ん?……味覚改造してあげよっか?」

「止めてね?」


俺は、もう一口食べる。

うん。美味い。


「……。」


ふと、手元の箸に目がいった。

そういえば、さっきまでネルが使ってた箸だよな。


ネルを見る。

ネルも、俺が使っていた箸で普通に食べていた。


「……まぁ、いっか。」


ここで変に言う方が、あれだよな。

別に俺は潔癖症ってわけじゃないし、ネルが気にしてないならいいだろう。


「……ん~?何?」

「いや、なんでもないよ。」

「……あ。」

「ん?」

「……っ。」


ネルが、少しだけ顔を逸らした。

……なんか、顔赤くね?


そんなこんなで、二人で麺を啜っていた。




—




昼飯を食べ終えた後。

ネルが空になった容器を重ねた。


「さて、と。」


眼鏡を押し上げながら、俺を見る。


「ジュディ。なんか色々、派手に動き回ったみたいだねぇ?」

「……まぁ、な。かなり反省してるよ。」

「ジュディが、反省ぃ~~?意味あるの?それ。」

「うるさいよ。ちゃんと収穫もあったんだぜ?」


俺は、懐から端末を取り出し机の上へ置いた。


「ほら、これだ。」

「……あぁ~。なるほどねぇ。ハピレスの使ってた端末かなぁ?」

「ご名答。ハピレスの頭、ミゼラ・ノックスの端末だ。」

「ハピレスを潰した報告は、頭デッカチからもらってたしぃ~。まぁ、妥当な報酬かなぁ?」

「……頭デッカチって?」

「ジャス・サインだよぉ?」

「……っくく。」


思わず、笑ってしまった。

言い得て妙だな。ピッタリだ。


「……それでぇ?この端末を使ってアッシュガードと連絡してたって感じかなぁ。」

「ネルとの会話は、なんかすげー楽だな。」

「あっは!じゃあ——」

「それは嫌だ。」

「まだぁ、何も言ってないけどぉ?」

「嫌だ。」

「ちえぇ~。」


ネルが、ぶー垂れながら端末を手に取る。


画面を起動すると、ホーム画面が普通に表示された。

ただ、問題はここからだ。


そこから先へ進もうとすると。


——認証失敗。


赤い文字が表示される。


「はぁ~。なるほどねぇ。生体認証かなぁ?」

「あぁ。これ外せるか?」

「まぁ、なんとかなると思うよぉ。幸い、ミゼラの遺体もカルディア政府が持ってるしねぇ。」

「……。」

「殺さなきゃ、もっと楽だったのにねぇ?ジュディ。」

「……悪かった。本当に、反省してるよ。」

「お、おぉ?そんなに暗くなるなよぉ?」


ネルは、わたわたと両手を動かしている。

やがて、端末を自分の机へ置いた。


「とはいえ、ちょっと時間はかかるよぉ?」

「頼む。今のところ手がかりはこいつだけだしな。」

「……まぁ。別軸でエルドも調査してるみたいだし。大丈夫でしょ~。」

「ん?そうなの?」

「そうだよぉ?ゼノ社長の指示でねぇ~。」


ネルの目が、少しだけ細くなる。


「とはいえ。通信記録が残ってれば、色々見えることがあるかもねぇ。」

「あぁ。」


これで。

エミリの場所へ、もう少し近づけるかもしれない。


「じゃ。頼んだわ。」


俺は、椅子から立ち上がった。

この後、ゼノと約束がある。


「ちょいちょい!」


ネルの声が飛んできた。


「……ん?」

「座ってぇ~。」

「……まだ、なんか話あるか?」

「診察ぅ~。」

「え、今から?」

「今からだよぉ。色々黙ってても、筒抜けだからなぁ?」


……有無を言わせない顔だった。




—




いつもの診察用の椅子へ座った。


ネルが、俺の右腕へ端末をかざす。

続けて、額。

首元。


いくつかの数値が。

ネルの前にあるモニターへ流れていく。


「ん~。赤、また使ったでしょ?」

「……。」

「答えはもう分かってるけど、しっかり言いなさいな?」

「使……った。」

「よろしい。」


ネルが、端末を操作する。

以前の診察結果を、横へ並べているみたいだ。


「……っ。やっぱり、か。」


ネルの指が、止まった。


「ん?何かあったか?」

「……。」

「お、おい。ネル?」


モニターを見る。

数字ばかりで、何一つ分からない。


「上書きが、加速度的に進んでる。」

「……。」

「しかも、上書きに際して混じってるね。」

「混じってる?」


ネルが、画面を指さした。


「前はね。ジュディとアルトは、もっとはっきり分かれてた。」

「……。」

「二つの意識があって。境界があって。赤を使えば、その境界を越えてアルトが前に出る。」

「……あぁ。」

「でも今は、その境界自体が薄くなってる。境界を超えるという線引きじゃ、ちょっと説明できなくなって来てるね。」


ネルが、俺を見る。


「……ジュディ。」

「何だよ?」

「最近、何かアルトとの間で変わったことはあったか?」

「変わったことぉ~?」


ネルの言葉に、首を傾げる。


「あいつの声は相変わらず聞こえるし。特に変わったことはねぇかな?」

「……。」

「混じってるって言うのが、どういうことかはわかんねぇけど……。」

「自覚症状はなし、か。もっと、よく考えてみて?」

「……考えてみてって、言われてもなぁ~。」


思わず、前髪を掻き上げる。

額に、冷たい空気が触れた。

……気持ちいいな、これ。


「……あ。」


一つだけ、あった。

俺は、前髪から手を離す。


「この前、命拾いしたことがある。」

「……ん?」


ネルが、こちらを見る。

目が鋭い。

変に誤魔化せるような空気じゃないな……。


「ジュディ。それ、詳しく話せる?」

「あ、あぁ。」


ミゼラとの戦いを思い出す。


ガレスを撃たれ、銃口を向けられた。

その時の『俺』は、何もできなかった。


「赤を使ってない状態で、アルトが魔術使ったんだよ。」

「……それは、アルトが表層に出てきたってこと?ジュディの意識は?」

「俺の意識はあったな。体も俺が動かしてたし。」

「……それで?」

「俺に使えない魔術があんだけどさ。それをアルトが使ってた。俺の意識があったまま、な。」

「……。」


ネルの顔から。

少しずつ、表情が消えていった。


「……最悪だね。」

「え、そんなにやばいの?」

「そんなにだよ。」


モニターを、もう一度確認する。


「これで、辻褄が合った。」

「……何が?」

「今のアルトは、交代しなくても。ある程度ジュディに干渉できる。いや、干渉ではないのかも。同一化と言ったほうが近いのかな?」


……同一化。

それは、ロイドとエミリが使っていた言葉だ。

思考する俺を横目に、ネルは言葉を続ける。


「思考、感覚、魔術。多分これから、色々と曖昧になってくと思う。」


俺は、自分の右手を見る。


——動かす。


俺の意思で、普通に動く。


「……でも。俺は俺だぜ?」

「今はね。」


ネルが、すぐに答えた。

その言葉だけは、少し引っかかった。


「まぁ。でもよ。」

「……何?」

「実際、そん時は助かった。今もこうして普通に動けてる。」

「……。」

「最近、発作も減ったように思うんだよな。」

「……重症だね。」


ネルが、小さく呟いた。

そのまま、俺に手を突き出してきた。


「ジュディ。赤、出して。」

「……ん?」

「持ってる赤。全部。」

「……なんでだよ?」

「いいから。」

「いやいや。ちょっと待てって。」

「全部。早く。」


声が、低い。

俺は渋々、懐から赤いアンプルを取り出した。


そのまま、全ての赤をネルへと手渡す。


「……これで全部か?」

「あ、あぁ。全部のはずだ。」

「没収。」

「あ、おい!一本くらいいいだろ?保険は必要だって!」

「ダメ。絶対返さない。」

「万が一発作がきて、動けなくなったらヤバいだろ?」

「それでも、ダメ。」

「でも、次また——」

「次なんてないよ。」


ネルが、俺を睨んでいた。


「今の状態で赤を使うのは、危険すぎる。」

「……なんで。」

「ジュディの状態が、本人の自覚なしにアルトへ寄ってる。使うことに抵抗もなくなってるよね?」

「そんなことないって!また、誰かに何かあったら——」

「ジュディ。」


ネルの静かな声が。

俺の言葉を、止めた。


「これは、私の個人的な意見だ。」

「……なんだよ。」

「私は、君に生きていてほしいんだ。」


ネルが、自分の服の裾を握っていた。

力いっぱいに。


「研究とか、被験者とか。そういう枠組みの話じゃない。」

「……。」

「私。ネル・クライス個人が、ジュディに生きていてほしいと願っている。」

「……それは、なんでだ?」


ネルが、一瞬だけ。

目を逸らした。


「それは。私にも、分からない。」

「いや、分かんねーのかよ……。」

「あぁ。分からないよ。」


ネルが、僅かに笑った。


「そういうことに、しておいてくれよ。」

「……。」


……なるほど。

全然、分かってはいないけど。

多分、全く分かっていないわけでも、なかった。


「……分かった。そういうことに、しとくよ。」

「……うん。」

「……。」

「ジュディ。ありがとう。」


ネルの手から、少しだけ力が抜けた。

ネルの顔は、見たこともない優しい表情だった。




—




ネルは、もう一度。

俺の検査結果を見た。


「それと。もう一つだけ、伝えなきゃいけない。」

「……まだ、あんのかよ。」

「うん。」


ネルが、少し黙った。


「ジュディ。」

「ん?」

「多分君に残された時間は、もう残り少ない。」

「……具体的に、どのくらいなんだ?」

「明確には、言えない。けれど……。」


しばらく、沈黙が落ちた。

ネルが、俺を見る。


「少なくとも、ひと月はないと思う。」

「……。」


——ひと月。


自分で思ったよりも。

随分と、短かった。


「……ちなみにさ。ネル。」

「何?」

「医者って、短めの余命を伝えるって聞いたことがあんだけど……。」

「私は、医者じゃない。研究者だ。」

「……。」

「希望的観測も含めて、長めに伝えてるよ。」

「……そうか。」


それ以上。

聞くことは、なかった。


あと、ひと月もない。


その間に。

エミリを助け、レガシーコードの装置を完成させる。


どこまでやれるかは、分からない。

でも、消えるのを指をくわえて見てるわけにもいかない。


「ジュディ。」

「ん?」

「無駄かもしれないけど、言っておくよ?」

「……何だよ?」

「無理は、しないでくれよ?」

「……善処します。」


ネルが、ため息を吐いた。

少しだけ、いつもの空気に戻った気がした。


「はぁ~~。信用ならないなぁ~。」

「……失礼じゃない?」

「失礼じゃないよ。」


ネルの言葉を尻目に、診察用の椅子から立ち上がる。


「よ~っし。とりあえず、端末は頼んだわ。」

「うん~。開けたら連絡するよぉ。」

「あぁ。頼りにしてるぜ?」

「あっは!天才に任せとけぇ?」

「はは。自分で言っちゃうのが、ネルだよなぁ。」


机に置いていた紙袋を、手に取った。


「……ジュディ。それ、なぁにぃ~?」


ネルが、紙袋を見る。


「ん?フルーツ大福。」

「……なんでぇ?」

「この後さ、ゼノんところ行くんだよ。」

「それは知ってるけどぉ。なんで大福ぅ?」

「なんとなく。好きそうじゃね?」


ネルが、溜息をついた。

大げさに肩をすくめている。


「ジュディって、そういうとこマメだよねぇ。」

「……何が?」

「いんやぁ。何でもない~。」


紙袋を持ち上げ、ネルを見た。

ネルは椅子に座ったままこちらを見上げている。


「んじゃ。行ってくるわ。」

「ん~。」

「ネル。」

「何だよぉ?」

「……ありがとな。」


ネルが、僅かに目を細めた。


「いいから、さっさと行けよぉ。バ~~カ。」

「へいへい。」


フルーツ大福の入った紙袋を片手に。

俺は、ゼノのところへ向かった。


第百六十五話、お読みいただきありがとうございました!


ジュディとアルトの境界がかなり薄くなっているみたいです。

どこからがジュディで、どこからがアルトなのか……。


そして残された時間は、ひと月もない。

動じていないジュディに、僕が動揺してます。

もうちょっとさぁ。焦るとかしろよ?


フルーツ大福を土産に持って行ってる場合ちゃうぞ。


次回も20:10、更新予定です。

ブクマやコメントをいただけると、ネルがパクチー入りのカップ麺を買ってきます。


よろしくお願いします!


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