第百六十四話「仮の住まい」
「——せっま!」
仮住まいの部屋に着くなり、サヤは声を上げた。
……直球過ぎるだろ。
まぁ、狭いんだけど。
「マジで、ここに三人で住むの?」
「文句言うなよ。これでも、急ピッチでガレスが準備してくれたんだぞ?」
「いや、別に文句じゃないけどさ……。」
「じゃあ、なんだよ。」
「感想。」
「……。」
……あんまり変わらなくねぇか?
カイラが、俺とサヤの間から部屋を覗き込む。
「わぁ。狭いねぇ~!」
「カイラも、直球だな。」
「でも、なんか楽しそう。秘密基地みたいだね!」
何を見てそう思ったんだろう。
まぁでも、ポジティブなのはいいことだ。
カルディア中央区の西寄りに位置している、高層集合住宅。
外から見た時は、それなりに立派だった。
ただ、中へ入ってみれば。
随分と、年季が入っている。
ところどころ、壁の塗装が剥がれていた。
廊下には、誰かが捨てたであろうゴミと、そこに群がるネズミがいた。
部屋の中は、二部屋と。
小さなキッチンに、申し訳程度の共有スペース。
奥には、シャワーとトイレが併設されている。
浴槽は、なかった。
それぞれの部屋には、ベッドと小さな収納が一つずつ置かれていた。
「……三人で住むこと、想定されてないな。」
「そりゃ、そうでしょ。」
サヤが、口の中で飴を転がす。
「こういうところは、大体一人で住むための部屋だしね。」
「え、そうなの?」
「カルディアの中心に住もうと思ったら、まずはこういうところに詰め込まれる。」
「いや、言い方……。」
「まぁ。考えてみれば、エルナの工房が広すぎたんだよね。結構高かったんじゃない?」
「……そういえば、賃貸なのか、持ち家なのかも分かんないな。」
「……あんた、マジ?」
サヤが訝しげに、こちらを見つめていた。
いや、そんな目で見られても……。
カイラが、小さい荷物を下ろしながら口を開いた。
「あはは。エルナの持ち家だったみたいだよ。今、名義はジュディになってる。」
「……え?」
初耳だった。
カイラは、そのまま言葉を続ける。
「エルナが亡くなってから、ガレスさんに相談して色々手続きしておいたんだよ。」
「……。」
「ジュディ。あの頃、やさぐれてて工房にいなかったし。結構大変だったんだからね?」
「……ふぇえ。ありがとぅ。」
「……泣かないでよ。」
カイラには、頭が上がらないどころじゃない。
一生、崇め奉る必要がありそうだ。
「カイラ神・ドゥーナ様……。」
「止めてよ。気持ち悪いよ……。」
ひどいと思った。
カイラが、こほんと咳払いをする。
「カリドにいた頃は、もっと狭いところに住んでたことあるよ。」
「……へー。カリドも同じような感じなんだ?」
「うん。最初はね~。みんな、こういう所からスタートだね。」
カイラが、荷物を抱えて一つ目の部屋へ入っていく。
——ゴンッ。
扉の縁に、肩をぶつけていた。
「あいたぁ!!!」
「……やっぱ狭いよなぁ。」
肩を押さえながら、カイラが笑った。
「でも、ホテルより落ち着くかも。」
「……そうか?」
昨日まで泊まっていたホテルは、無駄に広かった。
風呂も、ベッドも。
何に使うか分からない部屋までついていた。
確かに、妙にそわそわしたのを覚えている。
「まぁ確かに。俺も、こっちの方が好きかもなぁ。」
「……ボンクラ。マジで言ってる?」
「マジだよ。結構ワクワクしないか?」
「庶民だな。」
「サヤもだろ……。」
共有スペースの窓を開けた。
カルディアの街並みが、視界いっぱいに広がる。
高層建築の隙間を、EVAirが飛んでいた。
遠くには、アルカナ本社も見える。
眺めだけは、悪くない。
「お。すげーな!」
「……んー。まぁ、悪くないかもね。」
サヤも、俺の隣から外を覗く。
肩が触れそうになり、反射的に一歩離れた。
「ん。どうしたボンクラ?」
「……いや。」
「じゃあ、何だよ?」
「何でもねー。荷物、整理するかぁ~。」
「……。」
誤魔化しながら、その場を離れた。
先日、あんなことを言われたばかりだ。
距離感を、間違えないようにしないとな。
窓の外から、煙草の煙が流れてきた。
どこかの部屋で、窓を開けて吸っているみたいだな。
サヤが、即座に窓を閉める。
「っち。くせぇ。」
「……ごめんな?」
「何が?」
「……いや。俺も煙草吸うからさ。」
「だからなんだよ?」
「……いや。なんでもないです。」
—
二つの部屋を、改めて確認した。
片方には、備え付けの机があった。
もう片方は、それより少しだけ広い。
「こっちの部屋は、カイラがいいかもな。机あるし。」
「……うん?」
「もう一部屋は、サヤが使ってくれよ。」
「……ボンクラは?」
「俺は、ここで寝るよ。寝袋とかで。」
共有スペースを指さす。
夜になれば、寝袋一つくらいは広げられるだろう。
「ま~た、勝手に決めてるよ。」
「んぇ?なんか嫌だったか?」
「嫌だ。ジュディがなんで寝袋なんだよ?」
「……いや、だって二部屋しかねぇし。これがベストだろ?」
「そうかもしんないけど、まずは相談しろよ。」
「……理不尽じゃね?一応、今の相談込みの提案だったんだけど?」
「口答えすんなよ。反抗期か?」
ひどくない?
最近、よく怒られるな。
まぁ、信用を失うだけの事したしな……。
カイラが、俺をじっと見ていた。
「……ジュディ。」
「ん?」
「一緒に、寝る?」
「……っぶ。」
思わず、吹き出した。
「なんで吹き出すの?」
「……いや、吹き出すよ。動揺するだろ普通は。」
「私は、別にいいよ?」
「俺がよくない。」
「なんで?」
「……。」
え、これどこまで分かって言ってんの?
カイラが怖い。真意が見えない。
「何考えてんの?ボンクラ。」
サヤが、冷たい目でこちらを見ていた。
口元は、僅かに笑っている。
「サヤ。違う。これは断じて違う。本当に違うんだよ。」
「んはは。必死すぎじゃね?」
「……。」
この二人、なんか最近強い。
お手上げだ。
「じゃあ、サヤと一緒に寝る?」
「……え。」
カイラの声に、今度はサヤが固まった。
カイラが、首を傾げている。
……どこまで本気なんだ。
「いや、私は……」
「サヤ、肩怪我してるでしょ?夜、何かあったら心配だし。」
「……だ、大丈夫だから。私は大丈夫だから。」
サヤの耳が、少しだけ赤くなっていた。
ふはは。いい気味だ。
「……んだよ。ボンクラ。」
「なんでもナイヨ?」
「後で、ボコるから。」
なんでだよ……。
「と、とにかく。」
サヤが咳払いをする。
「カイラは、機材とか資料とかあるんだろ?」
「うん。まだ、ほとんどないけど。」
「今から増えるだろうし、机がある方を使えばいい。」
「うん。」
「私は、こっち。肩が治るまでは、ベッド使わせてもらう。」
「……ってことは、俺はここだよな?」
「そうだね。」
「最初に俺が言ったのと同じじゃねぇか?」
「三人で決めたから、いいんだよ。」
「……え~。」
結果は、同じだった。
まぁ、いいか。
「じゃあ、早速、寝袋買わねぇとな。」
「他にも、必要なものあるよね。」
カイラが、備え付けの棚を開けた。
中には、皿が二枚。
コップも二つ。
小さな鍋が、一つ入っていた。
「二人分しかないね。」
「本当に、一人用なのか?これ。」
「予備で二つなんでしょ。」
「なるほどなぁ。」
ガレスが用意してくれたとはいえ。
本当に、最低限のものしかないらしい。
俺たちは荷物を部屋へ置き。
マンションの中を、見て回ることにした。
—
エレベーターは、無駄に広かった。
人だけではなく。
大きな家具や、荷物も運ぶためのものらしい。
ただ、周囲は金属の網目で覆われている。
動き出すたびに、床が細かく振動した。
「……これ、壊れないよな?」
「たまに止まるみたいだね。」
「知りたくなかった……。知りたくなかったな……。」
「修理もなかなか来ないみたい。取り残されて餓死寸前になった人もいたらしいよ?」
「何その情報……。」
俺たち以外にも、仕事帰りらしい人や、大量の荷物を抱えた人が乗っている。
天井のモニターからは、ストーンウェアの広告やニュース番組が流れていた。
音量も、妙に大きい。
廊下にも、同じようなモニターが設置されていた。
番組の音。
住人の声。
飲食店から流れる音楽。
とにかく、騒がしい。
「マンションっていうより、なんか街みたいだな。」
「住んでる人、多いからねぇ。」
低層階には、店が並んでいた。
小さな売店。
ちょっとした酒場。
食堂や洗濯場。
簡易的なストーンウェアの修理店もある。
「ここから出なくても、生活できるじゃん。」
「ね。結構、便利だよね。」
「うん。かなりいいな。」
「え~。近いだけでしょ?評価甘すぎ。」
サヤが、呆れたように言った。
「店近いのは、いいことだろ?」
「人が集まる場所が近いってことは、夜もうるさいってことだろ?」
「でも、すぐ煙草買いに行けるぞ?」
「……どうでもいいんだけど。」
「めちゃくちゃ大事だよ。」
「あんたをヤニカスにした、兄貴を恨むわ。」
「クロウは悪くねぇだろ……。」
カイラは、既に日用品店へ入っていた。
棚に並んだ鍋を、一つずつ持ち上げている。
「ジュディ!サヤ!これ、三人で使えるかな?」
「デカ過ぎないか?」
「大は小を兼ねるって知ってる?」
「あのキッチン、大を兼ねられるほど広くないよ……。」
「ジュディのいけず。」
「なんそれ。」
鍋の前で悩むカイラをよそに、俺は寝袋を探す。
サヤは、食器や洗面用品を選んでいた。
「……ジュディ。」
隣を歩くサヤが、俺を呼ぶ。
「ん。どうした?」
「なんか。なんかさ。」
「うん?」
「結構、普通なんだな?」
結構、普通。
すぐに、何の事を言っているのか察した。
「……いや、普通の方がいいんじゃないかと思って。」
「んはは!なんかムカつくな、お前!」
「……なんでだよ。」
これでも、結構頑張って普通を装っていたのに。
寝袋の前で、足を止める。
「……正直に言うと、結構無理してるんだぜ?」
「……んえ?」
「かなり、浮き足立ってはいるけど。だからって、急に距離変えんのも違うだろ?」
「……。」
「気まずくは、なりたくねーなって。」
サヤが、口元を押さえた。
「んふふ。」
「……なんだよ。」
「あっははははは!……ってぇ~~。」
肩を押さえながら、笑っている。
「あ、おい!あんまり動かすなって!」
「んはは。だってさ、無理して普通って、意味分かんないし。」
「……しょうがねぇだろ。どうすりゃいいか分かんねぇんだから。」
「まぁ、そうだよな。」
サヤが、笑いながら目元を拭った。
「今は、それが私もいいわ。」
「……いいのか?」
「いいんだよ!正直、あの時言うつもりなかったし。」
「……。」
「ボンクラが、あまりにもこっちの話聞かねーから。言わないと伝わんないと思ってさ。」
「面目ねぇ……。」
本当に、面目ない。
「ま。今は、色々やることあるし。」
「……。」
「落ち着いたらさ。」
「……落ち着いたら?」
サヤが、飴を口の中で転がす。
口角を上げた。
「落とすから。」
「……。」
「骨抜きにすっからよ。覚悟しとけよ?」
「……手加減してくれよ?」
「んはは。無理。」
……怖ぇよ。
でも、少しだけ肩の力が抜けた。
「二人とも!決まった~?」
店の奥から、カイラの声が飛んでくる。
「……行くか。」
「ん。」
俺とサヤは、カイラの元へ向かった。
—
部屋へ戻る頃には、両手が荷物で埋まっていた。
寝袋。
食器。
洗面用品。
タオル。
食材。
そして、カイラが選んだ鍋。
格好いいらしく、やたらテンションが上がっていた。
「……普通の鍋にしか見えないけど。」
「取っ手の角度が、美しいんだよ。見てこの曲線美。多分手作業だよ!これ!」
「……へー。手作業で曲線美だな!」
「あ、興味ない顔してる。」
「……そんなことナイヨ?」
買ってきたものを、それぞれの場所へ置く。
カイラは、自分の部屋へ端末と資料を運び込むと。
早速、机の下の床に穴を開けようとしていた。
「……カイラさん。」
「ん?」
「何をしているのですか?」
「コンセント、増やそうかなって。」
「あの、ここ賃貸。」
「だから?」
「……。」
あ、まずい。
このまま放置するのは、非常にまずい。
「新居のルールを決めよう。」
—
三人で共有スペースに集まった。
空になった段ボールを机代わりにする。
カイラが、端末へ内容を打ち込んでいった。
「まず。煙草は、換気扇の下か外。」
「……窓開けて吸うのはダメ?景色いいしさ。」
「ダメ。」
「えぇ~。」
「じゃあ、やめれば?」
「……へい。」
一つ目、決定。
「シャワーとトイレを使う時は、一声かける。ボンクラ、これ絶対な?」
「あぁ。併設されてるしな。」
「……覗くなよ?」
「覗かねーよ。信用ねぇな。」
「んはは。冗談だって。」
二つ目、決定。
「カイラは、勝手に部屋を改造しない。これマジで守ってな?」
「……まだ、何もしてないよ?」
「その手に持ってる機材は何だよ?」
「コンセントを増やそうと思って。」
「置け。」
「……はい。」
三つ目、決定。
着々と、新しいルールが決まっていった。
不思議と、一つずつ決まっていくのが嬉しい。
一緒に住む約束を、増やしているみたいで。
カイラが、少しだけ考えて口を開いた。
「……最後。朝ご飯は、極力みんなで食べる。」
「それ、今までと同じじゃね?」
「うん。でも改めてね。」
「……場所ないから、別々に食う方が難しいと思うけどな。」
「いいの!ルールだからね!」
「……分かったよ。」
新居の最後のルールが、決まった。
—
夜ご飯は、鍋になった。
買ったばかりの鍋が、ぐつぐつ鳴っている。
椅子を三つ並べると、膝が当たりそうになった。
「やっぱ、狭ぇな。」
「……だから言ったじゃんか。今更文句言うなよ。」
「……感想ですが?」
「屁理屈言うなよ。文句と変わらないから。それ。」
「……。」
こ、こいつ。
さっきの自分の発言を顧みてほしい。
……まぁ、いいか。
カイラが、器へ中身を取り分けていく。
最初に、俺の前へ置いた。
「はい。ジュディ。」
「ありがと。」
続いて、サヤの前へ器を置く。
サヤが、自分の器と俺の器を見比べた。
「……カイラ。」
「なぁに?」
「ジュディの方が、肉多くない?」
「そうかな?」
「明らかに多い。」
……まぁ、確かに。
俺の方が、二枚くらい多い。
「じゃあ、俺のやろうか?」
肉を一枚、サヤの器へ入れた。
「……いらねぇ。」
「何でだよ。欲しがってただろ。」
「差があるのが、ムカついただけ。」
「じゃあ、返せよ。」
「無理。」
「……なんなん。」
サヤは、文句を言いながら。
俺が入れた肉を、普通に食べた。
カイラが、楽しそうに笑っている。
「ん。カイラ、どうかしたか?」
「……楽しいね。」
「……。」
「三人で、こうやって食べるの。久々だね。」
「……あぁ。そうだな。」
鍋の湯気が、視界を遮る。
新しく買った、安い器。
工房ではない。
何も、元通りではなかった。
それでも。
狭い部屋に。
カイラの笑い声と、サヤの文句が響いていた。
「ジュディ。野菜も食べないとダメだよ?」
「食べてるよ?」
「全然、減ってないよ?」
「肉いいよな。この体、全然胃もたれしないんだよ。」
「……何言ってんだ?このボンクラ。」
「サヤ。ジュディのお肉取っていいよ。」
「んはは。了解!」
「あ、おい!」
今日から。
とりあえず、ここで三人で暮らす。
第百六十四話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、仮の住まいへのお引っ越しでした。
狭いし、騒がしいし、お風呂もない。
工房を建て直すまでは、しばらくここでの生活になります。
まぁ、でも三人は楽しそうっすね。
次回も20:10、更新予定です。
ブクマやコメントをいただけると、カイラがあなたの部屋も勝手に改造します。
よろしくお願いします!




