第百六十一話「こう言わなきゃ」
「死んでも幸せになれるって、言えんの?」
銃口を、ミゼラの額へ向ける。
「……。」
ミゼラは、何も答えなかった。
涙を流し。
震えながら、俺を見上げている。
「……はは。」
「……ジュ、ジュディ?」
「ははは!!」
笑いが、こみ上げてきた。
止まらなかった。
「お前、その顔!!!ははは!!!」
「……。」
「あははははは!!!」
銃口を下げる。
——パンッ!!
「ぎゃああぁぁぁぁぁっ!!!」
ミゼラの右太腿へ、もう一発撃ち込んだ。
体が跳ねる。
「い、いたい!!痛いぃ!!!」
「うるせぇよ。喚くな。」
「な、なぜ……?何を……。」
「結構、楽しいじゃん?」
「……は?」
「ははは!!なんだこれ!!楽しいな、おい!!!」
ミゼラが、右腕を持ち上げる。
床へ広がった水が、僅かに動いた。
——パンッ!!
右腕を撃ち抜く。
「あ、ああぁぁぁぁっ!!!」
水が、床へ落ちた。
「ははは!!ミゼラ!!」
銃を向けたまま、近づいていく。
「ミゼラ・ノックス!!!」
「……ひ、ひっ。」
「お前の言ってること、少しだけ分かるよ。」
「……。」
「お前の不幸な、その顔を見るとさ。」
ミゼラが、俺を見上げる。
口元が。
僅かに、笑った。
「……あぁ。ジュディ。」
「最高に、幸せだ。」
「やはり、私は——」
「——ジュディ!!!」
背後から、声が響いた。
「……。」
振り返らなくても、分かる。
ロイドだ。
「……邪魔すんなよ。今、いいとこなんだ。」
「止めろ!!!」
「なんで、止めんだよ。」
「そいつは、もう戦えない。」
「……だから?」
「お前の、成すべきことを見ろ。」
「……。」
成すべきことだぁ?
くだらない。
今、そんなことは心底どうでもいい。
俺は振り返り、ロイドを見た。
「そいつを苦しめることが、お前の目的か。」
「今は、そうだな。」
「そんなことをしても、お前は幸福になどなれない。」
「……んなこと分かってるよ。」
「なら、止めろ。」
「別に、いいじゃねぇか?」
「何?」
銃口を、ミゼラへ戻す。
「これ、楽しいんだよ。」
ロイドが、俺とミゼラの間へ入った。
「邪魔だ。どけよ。」
「……退かん。」
「邪魔すんなら、お前も殺すぞ。」
「……やってみろ。」
ロイドは、俺を見ている。
銃も構えていない。
ただ。
俺の前に立っている。
「お前は、この行いを必ず後悔する。」
「……俺の何が、分かんだよ。」
「分かるさ。お前は、そういう人間だ。」
「……。」
「ジュディ。お前は、まだ戻れる。」
ミゼラが、後ろで息を震わせた。
「ず、ずるい。」
「……。」
「ずるい!!!」
ミゼラが、叫んだ。
「ジュディ!!なんで!!!ずるい!!ずるいじゃないですか!!!」
「……あ?」
「私だって、欲しいのに!!!」
涙と鼻水で、顔をぐしゃぐしゃにして。
ミゼラは、喚き続けた。
「欲しかったのに!!!が、頑張って!!いっぱい、頑張ったのに!!!」
「……何言ってんだよ。お前。」
「幸せになるために、いっぱい、いっぱい頑張ったのに!!!」
「……。」
「なんで、あなただけ!!!」
ミゼラが、ロイドを見る。
「なんで、あなたには止めてくれる人がいるの!!!」
「……。」
「なんで!!あなただけ、人からもらえるの!!!」
俺は、何も答えなかった。
答える言葉なんて、なかった。
「……うるせぇよ。」
ミゼラには。
何もなかったのかもしれない。
だからって。
こいつが殺した人間が、戻るわけじゃない。
「ジュディ。」
ロイドが、俺を見ている。
「銃を、下ろせ。」
「……。」
「頼む。」
「はぁ。……もう、いいよ。」
「……ジュディ。」
銃口を下げた。
ロイドの目が、僅かに動く。
「……分かったよ。」
「……。」
「ミゼラを、拘束する。」
「……本当だな?」
「あぁ。アッシュガードについても聞かなきゃだしな。」
ロイドは、俺の目を見ている。
「……。」
しばらく。
何も言わなかった。
「そこ、どいてくんねぇか?」
「……。」
「拘束できねぇだろ。」
ロイドが、ゆっくりと横へ退いた。
「……あぁ。」
俺は、ミゼラへ歩いていく。
銃口は、下げたまま。
「わ、私は……。」
ミゼラが、俺を見上げた。
「どうしたら。」
「……。」
「どうしたら、よかったの?ジュディ?」
足を止める。
「幸せに。」
「……。」
「幸せに、なりたいの。」
「ミゼラ。」
「……。」
「ミゼラ・ノックス。」
「……はい。」
ミゼラが、俺を見る。
「……。」
「……ジュディ?」
銃を持ち上げた。
「おやすみ。」
「……え?」
——パンッ!!
こめかみへ、一発。
ミゼラの頭が、横へ弾かれる。
倒れていく顔へ。
——パンッ!!
——パンッ!!
——パンッ!!
四つの銃声が。
地下駐車場へ、響いた。
ミゼラの体が、床へ落ちる。
もう、動かなかった。
「……。」
後ろを、振り返る。
ロイドが、立っていた。
表情は変わらない。
ただ。
俺を見ていた。
「……なぜだ。」
「こう言わなきゃ、お前、どかなかったろ?」
「…………利用したな?」
「……。」
「私の、お前への信頼を。」
「悪ぃな。」
ロイドは、何も言わなかった。
視線だけが、ミゼラへ落ちる。
「こいつは、殺すべきだろ。どう考えても。」
「それは、誰が決めた。」
「俺だ。でも、俺以外もそう決めると思うぜ?」
「理由は。」
「人を殺した。これからも殺す。」
ロイドは微動だにしていない。
ただ、瞳が小さく揺れていた。
「戦闘能力は、既に失っていた。」
「拘束したって、逃げるかもしれねぇだろ?」
「……違うだろ。ジュディ。」
「……何が、違うってんだ。」
「お前は、人を甚振ることに愉悦を感じた。」
「……。」
「そして、その感情のままにミゼラを殺した。それが、問題なんだ。」
ロイドが、俺を見る。
「お前は、以前。人を役割だけで見る私を否定したな。」
「……人は、役割がどうので生きてねぇだろ。」
「あぁ。だが今のお前は、自分の感情で人の価値を決めた。」
「……。」
「殺したいと思った人間は、殺しても問題がないのか。」
「じゃあ、役割があれば人を殺してもいいのかよ?」
ロイドが、俺へと詰め寄った。
真っすぐに、俺の瞳を覗き込む。
「その線引きは、どう決める。」
「……。」
「殺した人数か。」
「……。」
「反省したか、どうかか。」
「……。」
「お前が、許せるか。殺したいかどうかか。」
「——違う!!!」
思わず、声を荒げてしまう。
ロイドの言葉が、胸に、痛い。
「では、何だ。」
「……。」
「答えろ。ジュディ。」
答えられない。
ミゼラは、殺すべきだった。
そう思う。
今だって。
そう思っている。
でも、何を基準に。
誰までを殺していいのか。
俺には、答えられない。
「——お前だってよ。」
「……。」
「エミリを、役割で縛ってんだろ。」
「あぁ。」
「本人が嫌がっても。兵器へ戻すって言った。」
「あぁ。」
「そんなお前が、俺に言えんのかよ。」
「言える。」
ロイドは、迷わなかった。
「私が間違っていることと、お前が間違っていることは、別だ。」
「……。」
「私は、私の選択を引き受ける。そう決めて、生きている。」
「……。」
「お前は、どうする。」
床に転がるミゼラを見る。
頭部から、血が広がっている。
「……俺が、殺した。」
「あぁ。」
「それで、終わりだ。」
「……終わりにはならん。」
ロイドが、静かに言った。
「お前は、人を殺すために、人の信用を利用した。」
「……。」
「ただ、自分の感情を晴らすために。」
「……。」
「今のお前は、お前が憎む連中と、一体何が違う。」
「……。」
ロイドは、目を逸らさない。
ただ、俺の言葉を待っている。
「……謝りゃいいのかよ?」
「そういう問題ではないことは、分かっているはずだ。」
「……。」
「今日お前がしたことを、よく考えろ。」
ロイドは、俺から視線を外した。
ミゼラへ近づき。
その死体の前へ、しゃがみ込む。
首元へ、指を当てる。
「死亡を、確認。」
「……。」
「これで、満足か。ジュディ。」
「……分かんねぇ。」
「お前は今、幸福か。」
「幸福なわけ、ねーだろ。」
「では、何だ。」
「……。」
答えられない。
ロイドが、立ち上がる。
「行くぞ。ジュディ。」
「……。」
ロイドは、俺を見なかった。
「……政府に、連絡をしておく。」
それだけ言い。
地下駐車場の出口へ、歩いていく。
俺は、その背中を見ていた。
声をかければ。
止まったかもしれない。
でも。
何も、言えなかった。
第百六十一話、お読みいただきありがとうございました。
こう言わなきゃ、どかなかった。
人の信頼を利用し、人を殺す。
堕ちるところまで、堕ちました。
次回も20:10、更新予定です。
よろしくお願いします。




