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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|ハピレス編

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第百六十話「今、不幸か?」

「では。さようなら。」


ミゼラが、優しく微笑んだ。

引き金にかかった指が、動く。


——はずだった。


「……?」


ミゼラの笑みが、止まった。


指が震えている。

何度動かそうとしても、引き金を引けない。


銃を覆っていた水膜が揺らぎ、床へ落ちた。

俺は、何もしていない。


静止電撃を使う余力なんて、残っていなかった。


『……ジュディ!!!』


頭の中で、声が響いた。


(……アルト。)


ミゼラが、ピクリとも動かない。


これは、静止電撃じゃない。

水膜を維持する魔術ごと、乱している。


——ジャミング電撃。


アルトの魔術だった。


(アルト。なんで……。)


赤薬は、使っていない。

体を、こいつが動かせるはずがない。


(だって、赤はまだ——)

『んなもん、俺が知るかよ!!とにかく、今は立て!!!』

(……無理だ。)

『あぁ!?』

(もう、無理なんだよ。)


視界の先に、ガレスが倒れている。

ガレスはもう、動かない。


(俺は、望まれたジュディを捨ててまで、抗った。)

『……おい。話してる時間は——』

(守るためって、言えば。)


俺は、俺を許せた。


(人を殺しても。俺は正しいって思えたんだ。)


ロイドに止められても。

ガレスに忠告されても。


守るために必要だと、自分へ言い聞かせた。


(それで、殺した。)


殺した。

それなのに。


(殺したのに。今度は、ガ、ガレスが……。)

『……。』

(俺は!!!もう、俺を許せない!!!)

『ごちゃごちゃ、うるせぇ!!!!』


脳内で、アルトの声が響いた。


『てめぇのこと考えんのは、後だ。目の前の女を見ろ!!!』

(……女?)


顔を上げる。


ミゼラの腕が、小さく痙攣した。

必死に、引き金を引こうとしている。


『ダンを殺した。ガレスを撃った。この女は、これからも殺す。』


ミゼラの指が、僅かに動いた。

ジャミング電撃が、弱まっている。


『きっと、カイラも。サヤもな。』

(……殺す。)

『あぁ!!殺さなきゃ、殺される!!お前がじゃねぇ!!お前の守りたいものがだ!』

(……。)

『懺悔も、後悔も、自分のことだって後でいい!!』


床へ、左手をつく。


『今は、立て!!!』

(……っ。)


脚に、力を入れた。

膝が震える。


——それでも。

ゆっくりと、体を起こす。


そのまま、ミゼラを睨んだ。


「……ミゼラ。」

「……っ。」

「俺はお前を、殺したいよ。」

「……私もです。」


ミゼラの指が、動いた。


——パンッ!!


銃弾が、頬の横を通り過ぎた。


地面を蹴る。

同時に、ミゼラが後ろへ跳んだ。


その顔から、笑みが消えていた。


「ねぇ、ジュディ。私の言ったとおりでしょう?」

「……。」

「私は、正しいですよね?」


俺は、答えない。

落とした銃を、拾う。


「ねぇ、ジュディ!?私は、正しいですよね!?」

「……。」

「答えてよぉ!!!!」


ミゼラが、右手を振る。

天井を走る配管が、二か所破裂した。

噴き出した水が、ミゼラの周囲へ集まる。


「あなたは、今、不幸ですよね!?」


水が、ミゼラの前で壁となった。


「工房も、失った!」


銃を撃つ。


——パンッ!!


弾丸は水の中へ入り、軌道を逸らされた。


「……っち。寄るしかねぇか。」

「ダン・ベルンも!今しがた、ガレスだって!!!」


ミゼラが、左手を前へ出す。

水の塊が、鋭く伸びた。


『ジュディ!右だ!!』

(分かってる!!)


両脚へ、電流を流し込む。


——バヂッ!!


体が、一気に右へ飛ぶ。

直前まで立っていた場所を、水の刃が貫いた。


そのまま柱へ足をつけ、もう一度電流を流す。


——バヂッ!!


ミゼラとの距離が縮まった。


「あなたが、人を幸せにしようとした結果が、これですよ!!!」


ミゼラの周囲に浮いていた水が、弾ける。


一つ。

二つ。

さらに、三つ。


高圧の水弾が、四方から飛んできた。

体を捻る。


一つを避ける。

二つ目を右腕で弾く。


三つ目が、肩へ当たった。


——ドンッ!!


体勢が崩れる。

そこへ、水の鞭が横から迫った。


両脚へもう一度電流を流し、鞭を飛び越える。

着地する前に、次の水弾が来る。


「くそっ……!」


義手を盾にして、凌いだ。


水壁。

水の刃。

鞭。

高圧の弾丸。


速さでは、こちらが圧倒的なはずだ。

それでも、攻撃の手数で押し切られる。


右へ避ければ、そこへ水弾が飛ぶ。

左へ跳べば、水の刃が待っている。


加速しても、逃げ場がない。


ミゼラは、俺が動くより先に。

次の場所へ、魔術を置いていた。


「でも、おかしい。」

「……。」

「なぜ、あなたは、人から幸福を貰えるのですか?」

「さっきから、意味わかんねーよ。」


両脚へ、さらに電流を流す。


——バヂヂッ!!


視界が、一気に後ろへ流れた。

水の隙間を抜ける。


ミゼラへ、銃口を向けた。


——パンッ!!


水壁が、弾丸を逸らす。

同時に、足元から水が噴き上がった。


「……なっ!!」


噴き上がった水が、腹へと直撃する。


——ドンッ!!


背中から、柱へと叩きつけられた。


「っ……!」


息が止まる。

それでも、銃は離さない。


遠距離の銃も、ダメ。

かと言って近づこうとすれば、魔術の餌食。


……相当厄介だな。


「どうしました?」


ミゼラが、笑った。


「もう、終わりですか?」

「……。」


俺は、懐からレールガンを取り出した。

こいつなら、遠距離から水の壁ごと撃ち抜ける。


レールガンへと、魔術を流した。

その場で、レールガンの状態を確認する。


チャージ完了まで、あと——


「あはは!!!やっと、止まりましたね!!!」


ミゼラの両手が、閉じた。

水壁が、崩れる。


——何が、狙いだ?


そう思った時には。

冷たいものが、顔へ張りついていた。


「……っ!?」


鼻と口を、水の膜が覆う。

息が、できない。


視界が歪んだ。

加速しようにも、前が見えない。


足を動かせば。

待ち構えている水の刃へ、自分から飛び込むことになる。


「やっと、捕まえました。」

「……ごぼっ!!!」

「これが、一番好きなんです。」


ミゼラの声が、水の向こうから聞こえる。


「皆さん、最初は必死に暴れるんですよ?」

「が、がぼっ!!!」


息を吐く。

気泡が、水の中へ浮かんだ。


新しい空気は、入ってこない。


「まだ、助かると思っているから。」


肺が、痛い。

喉が勝手に空気を吸おうとする。

水が、口の中へと侵入してきた。


「でも、少しずつ動かなくなる。」


膝をつく。


「幸福が、絶望へ変わっていく。」


ミゼラが、近づいてくる。


「その瞬間が、一番美しいんです。」

「……。」


両手を、顔へ当てた。


水膜を剥がそうとしている。

ミゼラには、そう見えるだろう。


そのまま、手のひらへ電撃を集める。


『……っち。マジでやんのか?』

(……これしか、ねーだろ。)

『あー。一応言っておくが、痛覚は俺にもくるぞ。』

(知るかよ。)


魔力を、流し込む。


——バヂンッ!!!


顔面で、電撃が破裂した。

水が、一瞬で沸騰する。


蒸気が弾けた。

皮膚が焼ける。


視界が、真っ白になった。


「があ゛っ……!!すぅーーー。」


息を吸う。

焼けた喉へ、空気が入った。


「……は?」

「がっふ。ごほ。ごっほ。」

「自分に、魔術を……?……狂ってる。」


ミゼラが、後ずさった。


初めて。

その声が、震えていた。


「……お互い様だろ?」


銃を向ける。

ミゼラが水壁を作る。


引き金を引かずに、そのまま前へ走った。


「……っ!」


ミゼラが腕を振る。

高圧の水が、肩を切り裂いた。


もう一度、腹へ水流が直撃する。


——それでも、止まらない。


最低限の急所だけを避ける。

正面から、ミゼラへと突き進む。


「こ、来ないでください。」


ミゼラが、後ろへ下がる。


水の刃が、左脚を切った。

それでも、前へ出る。


「来ないで!!!」

「……っ!!!」


水の壁へ、右腕を突っ込んだ。


義手の表面が削れる。

接続部が、悲鳴を上げた。


その奥にいる、ミゼラの腕を掴んだ。


「今度は、こっちのセリフだな?」

「……っ!!」

「捕まえた。」


電撃を、流し込む。

人の命だって奪える電撃を、加減なく流し込む。


——バヂヂヂヂヂッ!!!


水膜が沸騰した。

ミゼラの体が、大きく跳ねる。


「あぁぁぁぁぁがぁぁぁ……!!」


白目を剥き。

口から煙を吐く。


周囲に浮いていた水が、一斉に床へ落ちた。


ミゼラの体から、力が抜ける。

その場へ、崩れ落ちた。


「……はぁ。」


俺も、膝をつく。

呼吸するだけで、全身が軋む。


それでも、ミゼラを見る。


「……いや。」


ミゼラが、動いた。


床へ手をつき。

這って、俺から離れていく。


「いや……!!!嫌だぁ!!!」


この期に及んで、逃げようとしてんのかよ。

俺は、銃を構えた。


——パンッ!!


右脚を撃ち抜く。


「ぎゃあああっ!!」


ミゼラが、床へ倒れる。


それでも。

左脚と両腕を使い、這った。


——パンッ!!


左脚。


「あああああああっ!!!」


これで、進めなくなった。


ミゼラが、右手を伸ばす。

床の水が、僅かに浮かんだ。


——パンッ!!


右肩。


「やめっ……!!」


左手が、水へ伸びる。


——パンッ!!


左肩。


「やめ、てぇ……!!!」


ミゼラの体が、床へ落ちた。


両脚。両肩。

これでもう、動けない。


「……。」


ゆっくりと、立ち上がる。

ミゼラへ近づく。


一歩。

また、一歩。


「待って……。」


ミゼラが、顔だけを動かした。


「待って、ください。」


ミゼラの初めて見る顔だった。

笑っていない。怯えている。


「だ、だだ、大丈夫です。」


声を震わせながら、ミゼラが言った。


「私は、今。不幸になりました。」

「……。」

「私が、こんなに不幸になったんです。今度は、あなたに幸福が来ます。」

「……。」

「そういう、仕組みなんです!!」


ミゼラの前で、足を止める。

銃口を向けた。


「ま、待って!!お願い!!!待って!!」


ミゼラの声が、裏返った。


「他の人間を、不幸にします。」

「……。」

「誰でもいい。あなたが嫌いな人でも。知らない人でも。」

「……。」

「もっと、たくさん不幸にしますから。」


涙が、頬を伝っている。


「その幸福を、あなたにも分けます。」

「……。」

「だから、助けて?」


銃口を、ミゼラの額へ合わせる。


「ねぇ、ジュディ。」


ミゼラが、息を震わせた。


「ね?お願い?」

「……。」

「……し、幸せに。幸せに、なりたいだけなの。」


ミゼラが俯き、嗚咽を漏らす。


「……お前さ。今、不幸か?」

「うん。……うん。」

「すげぇな。お前。」


引き金へ、指をかける。


「まだ、自分が幸せになれるって思ってんだ?」

「……。」

「死んでも幸せになれるって、言えんの?」


第百六十話、お読みいただきありがとうございました。


他人の不幸を、自分の幸福だと信じてきたミゼラ。

今度は、自分が不幸になる側へ回りました。


次回も20:10、更新予定です。

よろしくお願いします。


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