第百五十九話「判断が正しいやつは」
指定された座標へ、バイクを走らせる。
カルディアの中心部から離れるにつれ、街灯が減っていった。
「……ここか。」
古びた建物の脇に、地下へ続く坂道があった。
バイクを止め、銃を抜く。
『……ジュディ。状況は?』
ロイドの声が聞こえる。
(今、着いた。周りには誰もいねぇ。)
『私は、あと五分かかる。待て。』
(ガレスと連絡が取れねぇんだ。先に入る。)
『罠の可能性が高い。』
(相手はミゼラ一人だ。大がかりな罠を仕掛ける時間もなかった。)
『……人の話を聞かんな。』
(さっさと、追いついてこいよ。)
地下へ足を踏み入れた。
——ブツッ。
通信が切れる。
(……ロイド?)
返事はない。
繋ぎ直しても、反応はない。
「……っち。ここも、ジャミングかよ。」
銃を構え、坂道を下りる。
その先に、広い地下駐車場があった。
「……。」
中へ踏み入れた瞬間、既視感があった。
いつも、どのような道を通っていたかは分からない。
窓を黒く塗り潰した迎えの車に乗っていたから。
その四隅に、仕切られた小部屋。
——ここは。
ダメだ。
考えるな。考えるな。
——ここは、ガレスの。
考えるな!!!
——アジトだ。
そう思った時には、一番奥の小部屋へ走っていた。
扉の横へ背をつけ、息を整える。
——ガンッ!!
扉を蹴り開け、銃口を向けた。
「やあ。ジュディ。」
聞き慣れた声だった。
「……ガレス。」
部屋の中央。
テーブルを挟んで、ガレスが座っていた。
両腕は椅子へ縛りつけられている。
額から血を流し、右頬は赤く腫れていた。
それでも、表情はいつもと変わらない。
「遅かったじゃないか。」
「……無事、なんだよな?」
ガレスの背後から、声が聞こえた。
「いいえ?座標を送った時間から考えると、早い方ですよ?」
椅子の後ろから、女が姿を見せる。
煤で汚れたスーツ。
乾いた血のついた顔。
——ミゼラ・ノックス。
「……よぉ。さっきぶりだな。」
「えぇ。ジュディ。あ、動かないでくださいね?」
ミゼラが、ガレスのこめかみへ銃口を押し当てた。
「それは、こっちのセリフだ。指一本動かしてみろ。お前の頭も吹き飛ぶ。」
「ふふ。今のところは、おあいこでしょうか?」
「……くそったれ。」
俺は、ミゼラを狙っている。
ミゼラは、ガレスを狙っている。
お互いに、命の取引は拮抗している。
冷静に。隙を、探せ。
「ガレスを、放せ。」
「それは、できません。」
「……あ?」
「返してしまっては、意味がないでしょう?」
「何の、意味だよ。」
「あなたを、不幸にする意味です。」
ミゼラは、穏やかに微笑んだ。
「そのために、こちらへお連れしたのですから。」
「……。」
俺の目の前で、ガレスを殺す。
それだけが、こいつの目的か。
……なんのために?
「驚いたよ。ミゼラ。」
「何が、でしょうか?」
「ビルの爆破だよ。本当に生き延びるなんてさ。」
「当然ですよ。幸せを回収したのですから。」
「……マジで、お前。スピリチュアルすぎるって。」
「……すぴ?」
「イカれてるってことだよ。」
「まぁ、酷い。ちゃんと根拠もあるんですよ?」
話しながら、ミゼラを観察する。
所々煤で汚れてはいるが、大きな損傷があるようには見えない。
「……魔術か?」
「まぁ。それもありますね。私の魔術属性は、水ですから。」
「それだけで、逃れられるわけねぇだろ。」
「えぇ。後は、死体です。」
「……死体?」
「床が崩れ、死体と地下へ落ちました。水で熱を凌ぎ、皆さんの体が瓦礫を受け止めてくださったんです。」
「……そんな、偶然——」
「いいえ。」
ミゼラが、俯いて笑った。
「やはり、人から溢れた幸福は、私へ落ちてくるんですよ。」
——ここだ。
俺は、引き金へ力を——。
「おっと。」
ミゼラが、すぐに顔を上げる。
「危ない。油断も、隙もありませんね。」
「……くそ。」
銃口が、ガレスのこめかみへ強く押しつけられた。
「もう一つ。聞いてもいいか?」
「えぇ。なんでもどうぞ?」
「どうして、ここが分かった。ここは俺でさえ……。」
「工房です。」
「……工房?」
「あなたと繋がるために、ガレスは逆探知の容易な物理回線を使いました。」
「俺と、繋がるために?」
「えぇ。」
ミゼラの笑みが深くなる。
「あなたの幸福を守るために、ガレスは自分の居場所を差し出したんです。」
「俺の、せいだってーのかよ。」
「えぇ!」
ミゼラが声を弾ませた。
「あなたの幸福を守るために、ガレスは不幸を被ったんです!」
「……。」
工房を守ろうとして、サヤが撃たれた。
俺と繋がろうとして、ガレスの居場所が割れた。
俺のせいで。
また、誰かが不幸になった。
「ふふ。いい顔に、なってきましたね?」
「……黙れよ。」
ミゼラは、笑いながら口を開いた。
「さて。ジュディ。お別れの言葉を。」
「……は?」
「ガレスとのですよ?」
「それは、無理だ。お前が撃った瞬間、俺も引き金を引く。反魔術銃弾も装填済みだ。さっきの防壁も意味ねぇぞ?」
「では、試してみますか?」
「……お前、命が惜しくねぇのかよ?」
「私は、死にませんから。」
……話にならねぇな。
沈黙が落ちた。
ミゼラの引き金にかかった指を見る。
——静止電撃。
気づかれないほどの電撃で、相手の動きを数秒止める。
その間に、ガレスを助ける。
ギリギリを、見定めろ。
「さて、ガレス。最後に、ジュディへ伝えたいことはありますか?」
「これはこれは。随分慈悲深いな、ミス・ミゼラ。」
「えぇ。最後はなるべく幸福を感じて、死んでもらわなくては。奪う意味がありませんから。」
ガレスが、俺を見る。
「だ、そうだ。ジュディ。」
「……ガレス。大丈夫だ。絶対、大丈夫だから。」
「っふ。心配ないさ。ジュディ。」
「……何が、だよ。」
「仮に私が死んだとしても、お前の罪ではない。」
「やめろって。そういうの。」
「これは、私の選択だ。私の意思で、私の友のために選んだ結果だ。」
「ふざけんな!!! 現に今、俺のせいでお前は——!」
「だとしても、だ。」
ガレスの声は、変わらなかった。
「お前を、恨むものか。馬鹿者。」
「……。」
「お前に罪を被せるために、私は生きていたのではない。」
……どいつも。こいつも。
気付けば、口を開いていた。
「……なん、なんだよ。」
ダンさんも。
ガレスも。
他の、人たちだって。
「あんたらは!!いったい、なんなんだ!!!」
「……ジュディ。」
「優し、すぎんだろーが!!こんなクソみてぇな世界で!!こんなクソな奴がいる世界で!!!なんで、そんなに人を敬えんだよ!!!」
思わず、叫んでいた。
俺のせいで、奪ってしまった命がある。
今だって、ガレスは俺のせいで……。
何で誰も、俺を責めねぇんだよ。
「……お前が、言うな。」
「……あ?」
「お前が、キムラ・ジュディだからだ。人を、人として。最後まで見る人間だから。」
「……。」
「だから皆、お前を救おうとするんじゃないか。」
なんで。
そんなに冷静なんだよ。
「ジュディ。」
「……ガレス。絶対に、助ける。」
「いいから、聞け。」
「聞かねぇ。」
「聞け。」
「……。」
ガレスは、一拍おいて言葉を紡いだ。
「判断が正しいやつは、長生きする。以前、私はそう言ったな。」
「……あぁ。あんたの、口癖じゃねーか。」
「どうやらな。そうではないらしい。判断の正誤に関わらず、人は死ぬ時は死ぬ。」
「……やめろ。」
「しかし、後悔がない。自分の心が正しいと思える選択なのであれば。」
「……。」
「それは、長く生きることよりも価値がある。」
「……自分の、心。」
「あぁ。」
ガレスが、俺を真っ直ぐに見た。
「心だよ。ジュディ。」
ガレスが、笑った気がした。
口元だけを歪ませた、分かりにくくて、不器用な笑顔。
「……バー。」
「……バー?」
「いつか、顔を合わせて飲んだ。あのバーは、よかったな。」
「……あぁ。最高だった。」
「落ち着いたら、また酒でも飲もう。」
「……あぁ。」
未来の話だった。
以前にも、こいつと交わした約束。
「絶対、行こうぜ。」
「っふ。あぁ。」
——瞬間。
ミゼラの指先に、力がこもった。
させない。
静止電撃を送り込む。
——ビッ。
「……っ。」
ミゼラの指が、一瞬固まった。
よし!届いた。
このまま——。
——パァン。
銃声が、轟いた。
ガレスの頭が、横へ弾かれる。
こめかみから、赤いものが飛び散った。
その体が、椅子ごと倒れる。
——ドサッ。
「……。」
動かない。
ガレスが、動かない。
「……は?」
なんで。
なんで。なんで。
なんでだ。
静止電撃は、確実に届いたはずなのに。
「……っぷ。ふふふ。」
ミゼラが、肩を震わせた。
「ふふ。あははははは!!!」
腹を抱え、笑っている。
「ガロウを殺した魔術を、対策していないはずがないでしょう?」
「……一体、どうやって。」
「私の魔術属性は、水です。」
銃を握る右腕を、水の膜が覆っていた。
「不純物を極限まで取り除いた水です。」
「……純水、か?」
「大正解。不純物を含まない水は、電気をほとんど通しません。」
「……。」
「静止電撃ほどの微弱な電撃なら、なおさら。」
「いや。待て。それは、おかしい。だってお前は、確かに——」
一瞬、ミゼラは硬直した。
それで、俺は確信したんだ。
「……なかなか、いい演技だったでしょう?」
「……はぁ?」
「届いたと、思ってくれたでしょうか?」
「……。」
膝が、抜けた。
体に、力が入らない。
「あぁ。それです。ジュディ。私は、それが見たかった!!!」
「……。」
もう、限界だった。
自分を削って。抗って。
それでも、奪われる。
何も救えず。
命を奪ってなお、また失う。
もう。
俺は。
俺を、保てない。
「いぃぃ~~~!!いいですよ、ジュディ!!」
「……。」
「不幸ですかぁ!?不幸ですよね!?」
「……。」
「あなたは今、不幸ですよね!!!!」
かろうじて、顔を上げる。
ミゼラは、笑っていた。
目に涙を浮かべて。
心の底から、幸せそうに。
「……よかったぁ。」
銃口が、俺へ向く。
「あなたが、不幸で。」
俺の額へ照準を合わせ、引き金に指をかける。
「では。」
ミゼラが、優しく微笑んだ。
「さようなら。」
第百五十九話、お読みいただきありがとうございました。
判断が正しいやつは。
かつてガレスが、ジュディに伝えた言葉です。
そして、未来の約束を交わした直後。
ガレスは、頭を撃たれました。
次回も20:10、更新予定です。
よろしくお願いします。




