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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|ハピレス編

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第百五十九話「判断が正しいやつは」

指定された座標へ、バイクを走らせる。

カルディアの中心部から離れるにつれ、街灯が減っていった。


「……ここか。」


古びた建物の脇に、地下へ続く坂道があった。

バイクを止め、銃を抜く。


『……ジュディ。状況は?』


ロイドの声が聞こえる。


(今、着いた。周りには誰もいねぇ。)

『私は、あと五分かかる。待て。』

(ガレスと連絡が取れねぇんだ。先に入る。)

『罠の可能性が高い。』

(相手はミゼラ一人だ。大がかりな罠を仕掛ける時間もなかった。)

『……人の話を聞かんな。』

(さっさと、追いついてこいよ。)


地下へ足を踏み入れた。


——ブツッ。


通信が切れる。


(……ロイド?)


返事はない。

繋ぎ直しても、反応はない。


「……っち。ここも、ジャミングかよ。」


銃を構え、坂道を下りる。

その先に、広い地下駐車場があった。


「……。」


中へ踏み入れた瞬間、既視感があった。


いつも、どのような道を通っていたかは分からない。

窓を黒く塗り潰した迎えの車に乗っていたから。


その四隅に、仕切られた小部屋。


——ここは。


ダメだ。

考えるな。考えるな。


——ここは、ガレスの。


考えるな!!!


——アジトだ。


そう思った時には、一番奥の小部屋へ走っていた。

扉の横へ背をつけ、息を整える。


——ガンッ!!


扉を蹴り開け、銃口を向けた。


「やあ。ジュディ。」


聞き慣れた声だった。


「……ガレス。」


部屋の中央。

テーブルを挟んで、ガレスが座っていた。


両腕は椅子へ縛りつけられている。

額から血を流し、右頬は赤く腫れていた。


それでも、表情はいつもと変わらない。


「遅かったじゃないか。」

「……無事、なんだよな?」


ガレスの背後から、声が聞こえた。


「いいえ?座標を送った時間から考えると、早い方ですよ?」


椅子の後ろから、女が姿を見せる。


煤で汚れたスーツ。

乾いた血のついた顔。


——ミゼラ・ノックス。


「……よぉ。さっきぶりだな。」

「えぇ。ジュディ。あ、動かないでくださいね?」


ミゼラが、ガレスのこめかみへ銃口を押し当てた。


「それは、こっちのセリフだ。指一本動かしてみろ。お前の頭も吹き飛ぶ。」

「ふふ。今のところは、おあいこでしょうか?」

「……くそったれ。」


俺は、ミゼラを狙っている。

ミゼラは、ガレスを狙っている。


お互いに、命の取引は拮抗している。

冷静に。隙を、探せ。


「ガレスを、放せ。」

「それは、できません。」

「……あ?」

「返してしまっては、意味がないでしょう?」

「何の、意味だよ。」

「あなたを、不幸にする意味です。」


ミゼラは、穏やかに微笑んだ。


「そのために、こちらへお連れしたのですから。」

「……。」


俺の目の前で、ガレスを殺す。

それだけが、こいつの目的か。

……なんのために?


「驚いたよ。ミゼラ。」

「何が、でしょうか?」

「ビルの爆破だよ。本当に生き延びるなんてさ。」

「当然ですよ。幸せを回収したのですから。」

「……マジで、お前。スピリチュアルすぎるって。」

「……すぴ?」

「イカれてるってことだよ。」

「まぁ、酷い。ちゃんと根拠もあるんですよ?」


話しながら、ミゼラを観察する。

所々煤で汚れてはいるが、大きな損傷があるようには見えない。


「……魔術か?」

「まぁ。それもありますね。私の魔術属性は、水ですから。」

「それだけで、逃れられるわけねぇだろ。」

「えぇ。後は、死体です。」

「……死体?」

「床が崩れ、死体と地下へ落ちました。水で熱を凌ぎ、皆さんの体が瓦礫を受け止めてくださったんです。」

「……そんな、偶然——」

「いいえ。」


ミゼラが、俯いて笑った。


「やはり、人から溢れた幸福は、私へ落ちてくるんですよ。」


——ここだ。

俺は、引き金へ力を——。


「おっと。」


ミゼラが、すぐに顔を上げる。


「危ない。油断も、隙もありませんね。」

「……くそ。」


銃口が、ガレスのこめかみへ強く押しつけられた。


「もう一つ。聞いてもいいか?」

「えぇ。なんでもどうぞ?」

「どうして、ここが分かった。ここは俺でさえ……。」

「工房です。」

「……工房?」

「あなたと繋がるために、ガレスは逆探知の容易な物理回線を使いました。」

「俺と、繋がるために?」

「えぇ。」


ミゼラの笑みが深くなる。


「あなたの幸福を守るために、ガレスは自分の居場所を差し出したんです。」

「俺の、せいだってーのかよ。」

「えぇ!」


ミゼラが声を弾ませた。


「あなたの幸福を守るために、ガレスは不幸を被ったんです!」

「……。」


工房を守ろうとして、サヤが撃たれた。

俺と繋がろうとして、ガレスの居場所が割れた。


俺のせいで。

また、誰かが不幸になった。


「ふふ。いい顔に、なってきましたね?」

「……黙れよ。」


ミゼラは、笑いながら口を開いた。


「さて。ジュディ。お別れの言葉を。」

「……は?」

「ガレスとのですよ?」

「それは、無理だ。お前が撃った瞬間、俺も引き金を引く。反魔術銃弾も装填済みだ。さっきの防壁も意味ねぇぞ?」

「では、試してみますか?」

「……お前、命が惜しくねぇのかよ?」

「私は、死にませんから。」


……話にならねぇな。


沈黙が落ちた。

ミゼラの引き金にかかった指を見る。


——静止電撃。


気づかれないほどの電撃で、相手の動きを数秒止める。

その間に、ガレスを助ける。


ギリギリを、見定めろ。


「さて、ガレス。最後に、ジュディへ伝えたいことはありますか?」

「これはこれは。随分慈悲深いな、ミス・ミゼラ。」

「えぇ。最後はなるべく幸福を感じて、死んでもらわなくては。奪う意味がありませんから。」


ガレスが、俺を見る。


「だ、そうだ。ジュディ。」

「……ガレス。大丈夫だ。絶対、大丈夫だから。」

「っふ。心配ないさ。ジュディ。」

「……何が、だよ。」

「仮に私が死んだとしても、お前の罪ではない。」

「やめろって。そういうの。」

「これは、私の選択だ。私の意思で、私の友のために選んだ結果だ。」

「ふざけんな!!! 現に今、俺のせいでお前は——!」

「だとしても、だ。」


ガレスの声は、変わらなかった。


「お前を、恨むものか。馬鹿者。」

「……。」

「お前に罪を被せるために、私は生きていたのではない。」


……どいつも。こいつも。

気付けば、口を開いていた。


「……なん、なんだよ。」


ダンさんも。

ガレスも。

他の、人たちだって。


「あんたらは!!いったい、なんなんだ!!!」

「……ジュディ。」

「優し、すぎんだろーが!!こんなクソみてぇな世界で!!こんなクソな奴がいる世界で!!!なんで、そんなに人を敬えんだよ!!!」


思わず、叫んでいた。

俺のせいで、奪ってしまった命がある。

今だって、ガレスは俺のせいで……。


何で誰も、俺を責めねぇんだよ。


「……お前が、言うな。」

「……あ?」

「お前が、キムラ・ジュディだからだ。人を、人として。最後まで見る人間だから。」

「……。」

「だから皆、お前を救おうとするんじゃないか。」


なんで。

そんなに冷静なんだよ。


「ジュディ。」

「……ガレス。絶対に、助ける。」

「いいから、聞け。」

「聞かねぇ。」

「聞け。」

「……。」


ガレスは、一拍おいて言葉を紡いだ。


「判断が正しいやつは、長生きする。以前、私はそう言ったな。」

「……あぁ。あんたの、口癖じゃねーか。」

「どうやらな。そうではないらしい。判断の正誤に関わらず、人は死ぬ時は死ぬ。」

「……やめろ。」

「しかし、後悔がない。自分の心が正しいと思える選択なのであれば。」

「……。」

「それは、長く生きることよりも価値がある。」

「……自分の、心。」

「あぁ。」


ガレスが、俺を真っ直ぐに見た。


「心だよ。ジュディ。」


ガレスが、笑った気がした。

口元だけを歪ませた、分かりにくくて、不器用な笑顔。


「……バー。」

「……バー?」

「いつか、顔を合わせて飲んだ。あのバーは、よかったな。」

「……あぁ。最高だった。」

「落ち着いたら、また酒でも飲もう。」

「……あぁ。」


未来の話だった。

以前にも、こいつと交わした約束。


「絶対、行こうぜ。」

「っふ。あぁ。」


——瞬間。

ミゼラの指先に、力がこもった。


させない。

静止電撃を送り込む。


——ビッ。


「……っ。」


ミゼラの指が、一瞬固まった。

よし!届いた。


このまま——。




——パァン。




銃声が、轟いた。


ガレスの頭が、横へ弾かれる。

こめかみから、赤いものが飛び散った。


その体が、椅子ごと倒れる。


——ドサッ。


「……。」


動かない。

ガレスが、動かない。


「……は?」


なんで。


なんで。なんで。

なんでだ。


静止電撃は、確実に届いたはずなのに。


「……っぷ。ふふふ。」


ミゼラが、肩を震わせた。


「ふふ。あははははは!!!」


腹を抱え、笑っている。


「ガロウを殺した魔術を、対策していないはずがないでしょう?」

「……一体、どうやって。」

「私の魔術属性は、水です。」


銃を握る右腕を、水の膜が覆っていた。


「不純物を極限まで取り除いた水です。」

「……純水、か?」

「大正解。不純物を含まない水は、電気をほとんど通しません。」

「……。」

「静止電撃ほどの微弱な電撃なら、なおさら。」

「いや。待て。それは、おかしい。だってお前は、確かに——」


一瞬、ミゼラは硬直した。

それで、俺は確信したんだ。


「……なかなか、いい演技だったでしょう?」

「……はぁ?」

「届いたと、思ってくれたでしょうか?」

「……。」


膝が、抜けた。

体に、力が入らない。


「あぁ。それです。ジュディ。私は、それが見たかった!!!」

「……。」


もう、限界だった。


自分を削って。抗って。


それでも、奪われる。


何も救えず。

命を奪ってなお、また失う。


もう。


俺は。

俺を、保てない。


「いぃぃ~~~!!いいですよ、ジュディ!!」

「……。」

「不幸ですかぁ!?不幸ですよね!?」

「……。」

「あなたは今、不幸ですよね!!!!」


かろうじて、顔を上げる。


ミゼラは、笑っていた。

目に涙を浮かべて。


心の底から、幸せそうに。


「……よかったぁ。」


銃口が、俺へ向く。


「あなたが、不幸で。」


俺の額へ照準を合わせ、引き金に指をかける。


「では。」


ミゼラが、優しく微笑んだ。


「さようなら。」


第百五十九話、お読みいただきありがとうございました。


判断が正しいやつは。

かつてガレスが、ジュディに伝えた言葉です。


そして、未来の約束を交わした直後。

ガレスは、頭を撃たれました。


次回も20:10、更新予定です。

よろしくお願いします。


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