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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|ハピレス編

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第百六十二話「想っても、いいのかな」

気がつけば、目の前にジュディがいた。

テーブルを挟んで、座っている。


「よう。ミゼラ。」

「……ここは。」

「よく、知ってんだろ?」


見覚えのある工房に、私はいた。


壁に並ぶ工具。

雑に置かれた部品。

机の上には、飲みかけのコーヒー。


爆破する前に、何度も調べた場所。


私の知る限り、キムラ・ジュディは不幸だった。

多くを失い、傷つき、自分の望みを達成できない。


それなのに。

この場所は、幸せを煮詰めたようだった。


「……これは、夢でしょうか。」

「ん?」

「私の、死に際の妄想……ですね。」

「あぁ。そうかもな。」


ジュディは、否定しなかった。


不思議と。

それで、納得した。


どうして、最後に見る人がジュディなのか。

今なら、分かる。


手を、差し伸べる人間。

自分の不幸を抱えながら、誰かと幸福であろうとする。


私は、この人に。

救われたかったのだ。


「……もう、分かってんだろ?」


ジュディが、私を見つめた。


「……えぇ。」

「……。」

「分かっています。分かって、いました。」


そもそも私は、何を幸福と呼べばいいのかさえ分かっていなかった。

そんな私が、手に入れられるはずもない。


「……ただの、結果でしかなかったんですね。」

「まぁ、な。酷ぇ言い方をすれば、気の持ちようでもあるし。」

「……では。」


声が、震えた。


「私は、どうすればよかったのでしょうか。」

「……。」

「どうすれば、幸せになれたのでしょうか。」


ジュディは、少しだけ考えた。


「分からねぇ。無責任なことは言えねぇけど……。」

「……。」

「俺は、人の幸せを願ってきた。」

「……人の、幸せを?」

「そうしたらさ。誰かが、たまに俺の幸せも願ってくれる。」

「……それは、目の当たりにしました。」

「まぁ。確実じゃねぇけどな。」


ジュディが、肩をすくめる。


「いろんな人間がいるよ。」


ジュディが、テーブルの隅にある鍋へ手を伸ばした。


「……。」


器へ、中身を注ぐ。

湯気の立つスープが、目の前へ置かれた。


「……ジュディ。これは?」

「ん?飯だよ。」

「えっと、それは、なぜ?」

「腹、減ってんじゃねーかと思って。」


意味が、分からなかった。

私が空腹であることと、ジュディが食事を出すこと。

そこに、何の繋がりがあるのだろうか。


「……ですから、なぜ?」

「あ、減ってなかった?」

「……減って、ますが。」

「じゃあ、食ってくれよ。冷めるだろ?」

「……え、えぇ。」


言われるがまま、匙を持つ。

温かいスープを、口へ運んだ。


「……。」


塩気が、舌へ広がる。

野菜は、少し煮崩れていた。


……温かい。


「……おいしい。」

「はは。そりゃ、よかった。」


ジュディが、笑った。

その笑顔を見て、何かが私の中へ入り込む。


「なんで、笑うの?」

「美味いって、言ってくれたから。嬉しいだろ?」

「……不思議、だね。」

「ん?」

「食事で、胸が、いっぱいになるなんて。」


もう一度、スープを口へ運ぶ。

……やっぱり、温かい。


ずっと。

こういうものが、欲しかったのかもしれない。


誰かと、同じ場所にいて。

同じものを食べて。


美味しいと言えば。

その人が、笑う。


たった、それだけ。

それだけのものが、きっと——


「……ごちそう、さま。」


私は、笑っていた。







「……ごちそう、さま。」


ミゼラの唇が、僅かに動いた。


「……は?」


動くはずがなかった。


ロイドが、死亡を確認した。

俺だって、ミゼラが死んでいることは分かっている。


——それでも、今。


確かに、ミゼラの口から言葉が届いた。

それは、食卓の言葉だった。


「……ふざけんな。」


ミゼラは、もう動かない。


「てめぇが、それを吐く資格なんてねーだろ。」


しゃがみ込み、ミゼラの死体を漁った。

服の内側から、端末を見つける。


画面は、ロックされていた。

何度触れても、反応しない。


「……これ、だよな。」


アッシュガードと、繋がっていたはずの端末。

それを、ポケットへ入れる。


ミゼラを見る。

もう、何も言わなかった。


「……じゃあな。ミゼラ・ノックス。」


俺は、その場を後にした。







「……。」


ジャスが運転する車内には、沈黙が立ち込めていた。

後部座席には、俺とロイドが並んで座っていた。


流れるカルディアの夜景を、ぼんやりと眺めていた。


「……飲むか?」


ロイドが、缶コーヒーを差し出してきた。

……ブラックだった。


いつの間に買っていたのか。

なんとなく、受け取る。


「……どうも。」

「あぁ。」


また、沈黙。

俺は、口を開いた。


「……ロイド。」

「なんだ。」

「言い訳は、しない。」


ロイドは、何も言わない。


「理由は、どうあれ。人を切り捨てて。快楽のために、人を殺した。」

「……あぁ。」

「それを、ずっと後悔するよ。」


プルタブを開ける。


「後悔して、生きる。」


コーヒーを、一口飲んだ。

……苦い。


車の窓を、少し開ける。

夜風が、焼けた頬を撫でた。


「……背負うのであれば、それでいい。」

「……。」

「役割など、背負い方の一つでしかない。」


ロイドも、コーヒーを飲んだ。

俺は、ロイドへ向き直る。


「もう一つ。あんたに、謝罪する。」

「それは、何の謝罪だ。」

「……あんたの信頼を、利用した。」

「……。」

「人を殺したこととは、別にして。」


膝へ、両手を置く。

頭を下げた。


「そこは、ケジメをつけるべきだと思う。」

「……。」

「本当に、すまなかった。」


しばらく。

何も、返ってこなかった。


「……頭を、上げろ。」

「……。」

「上げろ。ジュディ。」


顔を上げる。

ロイドは、窓の外を見ていた。


「許してくれとは、言わない。」

「……あぁ。分かっている。」

「……。」

「今は、許すつもりもない。」

「……そうか。」

「……だが、謝罪は受け取った。」


ロイドが、こちらを見る。

その瞳は、揺れていなかった。


「……二度とするな。」

「……あぁ。」


それだけだった。


許されたわけじゃない。

信用が、戻ったわけでもない。


でも。

缶コーヒーは、まだ俺の手の中にあった。


ロイドが、窓を開ける。


煙草を咥え、火をつけた。

煙が、車外へ流れていく。


俺も、一本取り出す。


「ジュディ。車内禁煙だ。」


ジャスが、ミラー越しに俺を見た。


「ロイドは吸ってんじゃん。」

「そいつは、私の車を爆破していない。」

「……車?」

「お前が、ビルを爆破したせいで、私の愛車が巻き添えを食らった。」

「……いや。なんで、爆破する予定のビルに車出したんだよ?」

「人質の退路を確保するには、必要だった。」

「……じゃあ、俺だけのせいじゃねぇだろ。」

「爆破したのは、お前だろ。しかも、私の制止も聞かずにな。」

「……ごめんな?」

「許さん。一生根に持つ。」


煙草に、火をつけた。


「……貴様。喧嘩を売っているんだな?」

「……不味いな。」


いつだって。

人を殺した後の煙草は、不味かった。


「なら、吸わなければいいだろう。」


そう言って、ロイドも煙を吐き出す。


「……言いたいことは、分かるがな。」







「そういえば、ジャス。」

「なんだ。」

「どこへ、向かってんだ?」


俺は、ミラー越しにジャスへと話しかけた。

言われるがまま、車へと乗っていた。

……今にして思えば、不用心だな。


「まずは、ロイドを指定された座標で下ろす。」

「……そんで、俺は?」

「カイラとサヤを匿っているホテルへ向かう。」

「……。」


何も言えなくなってしまった。

そんな俺に構わず、ジャスは言葉を続ける。


「スイートルームだ。精算は、覚悟しておけよ。」

「……あー。ジャス。」

「なんだ。」

「金は払う。でも、俺もロイドと一緒に下ろしてくれ。」

「断る。」


即答だった。


「……いや、今日は流石に。」

「二人は、お前に会いたがっている。」

「……今は、二人に会えねぇよ。」

「人を、殺したからか?」

「……あぁ。」


ジャスが、赤信号で車を止める。


ミラー越しに。

真っ直ぐ、俺を見た。


「それこそ、二人が決めることだ。」

「……。」

「それとな、ジュディ。二人を拘束する条件として、お前の行動を逐一報告するよう言われている。」

「……今日のこともか?」

「あぁ。ミゼラを殺したことも含めて、二人は知っている。」

「……黙ってるつもりは、なかったけどな。」

「お前は、そう言うだろうな。」


信号が、青に変わる。

車は、また走り出した。







ホテルの最上階。

部屋の前で、足が止まった。


「……いい加減、諦めたらどうだ?」


ジャスが、俺を見る。


「……。」


扉の向こうに。

カイラとサヤがいる。


——何を言えばいい。


どんな顔で、二人に会えばいい。


「……今なら、まだ帰れるかな。」

「帰る場所が、ここだろう?」

「……。」


ジャスが、扉を叩いた。


「あ、おい!!ジャス!!」

「ではな。俺は、送り届けたからな。」


そのまま、ジャスは踵を返した。


「ちょ、ちょっと待てって!ジャス!!」

「……。」


ジャスは振り返らず、そのまま廊下の角を曲がった。

……あの野郎。


——パタパタパタ。


部屋の中から、足音が近づいてくる。

足が、動かない。


扉が、開いた。


「……ジュディ。」


カイラが、立っていた。


奥のソファには。

左肩へ包帯を巻いたサヤが座っている。


二人とも、俺を見ていた。


「……。」


俺は、二人の前へ立つ。

顔が、見られなかった。


見ることから逃げるように、頭を下げた。


「まず。ごめん。」


沈黙。

上から、カイラの声が降ってきた。


「何の、ごめん?」

「……。」

「私たちを、閉じ込めたこと?」

「……。」

「また一人で、勝手に行ったこと?」

「……。」

「それとも——」


声が、僅かに震えた。


「人を、殺したこと?」

「……全部。」


拳を、握る。

……震えていた。


「全部、ごめん。」

「頭、上げてよ。」

「……。」

「上げろって。」


恐る恐る、顔を上げる。


カイラが、泣いていた。

涙が、頬を伝っている。


サヤは、何かに耐えるように飴を噛み締めていた。


「……っ!」


カイラが、俺の胸を殴る。

力は、弱かった。


なのに。

胸の奥が、とんでもなく痛かった。


「なんで、さ。」


もう一度、胸を殴られる。


「いっつも、一人で行っちゃうんだよ。」

「……。」

「何回目だよ。」

「……あぁ。」

「何回、同じ間違いすんだよ。ジュディ。」


カイラが、俺の服を掴む。

何も、答えられなかった。


「私たちは、ジュディのぬいぐるみじゃない。」

「……。」

「ただ部屋に閉じ込めて。気が向いた時に、お話できればいいの?」

「そんなこと……。」

「……いい加減さ。」


カイラが、顔を上げる。


「大切だって言葉にするなら、傷つける覚悟持て!!バカ!!!」

「……。」

「さ、寂しくて。」


声が、崩れる。

しゃくりながら、カイラは言葉を続ける。


「苦しくて。心配だったんだ!!」

「……カイラ。」

「バカ!!!バカジュディ!!!」


カイラが、俺の胸へ顔を埋めた。


そのまま。

すんすんと、泣く。


俺は、カイラに触れられなかった。


「……。」


サヤが、こちらを見ている。

何も、言わない。


「……サヤ。」

「あんだよ。」

「肩。大丈夫か?」

「色々と遅ぇよ。ボンクラ。」

「……すみません。」


サヤは、大きく息を吐き出した。


「まぁ、さ。今回私は、不甲斐ないことに病院送りだし。」

「……。」

「あんたに、とやかく言う気は起きないかなぁ。」

「そんなこと……。」

「私が、動けてたら。」


サヤが、包帯の巻かれた肩へ触れる。


「あんたに、人殺しなんてさせなかった。」

「……いや。それは。」

「絶対。絶対に、止めてた。」

「……。」

「ごめんな。ジュディ。」

「……謝んなよ。サヤが、謝るのは違う。」


サヤが、目を細める。


「これは、俺がやったことだ。お前のせいじゃねぇ。」

「分かってるよ。」

「……。」

「それでも。止めたかったんだ。」


二人の優しさが、痛い。


もう、限界だった。


俺は、カイラの肩を掴む。

少しだけ、遠ざけた。


「……ジュディ?」

「二人に、言わなきゃいけないことがある。」


カイラが、俺を見上げる。

サヤも、飴を噛むのを止めた。


胸が、痛い。

この先の言葉を、言いたくはない。


——でも。

言わなければ。


「俺は、もう。」

「……。」

「二人の傍に、いられない。」


カイラが、目を大きく見開いた。


「……何、言ってるの?」

「人をさ。殺したんだよ。」

「……知ってるよ。」

「笑いながら、殺したんだ。」


ミゼラの顔が、浮かぶ。


泣いて。怯えて。


それを見て、俺は笑っていた。


「こんな最低な人間。二人の傍にいる資格なんてない。」

「だから、離れるって?」

「あぁ。離れるべきだ。」

「そんな!!そんなの、勝手に——」


——プツン。


何か、音がした気がした。


「ん?プツン?」


目の前に、サヤが立っていた。


——次の瞬間。

右の拳が、腹へめり込んだ。


「——ほぐぅっ!!!」


腹を抱え、思わず後ずさる。


サヤが、肩を押さえながら。

俺を睨んでいた。


「サ、サヤ。お前、肩!!」

「うっさい!!!ボンクラ!!!」

「……い、いや。」

「黙って聞いてりゃ。資格が、あーだこーだ!!!」


サヤが、息を荒らげる。


「うぜぇ!!!」

「だ、大事なこと……。」

「ジュディは、どうしたいんだ!!!!」

「……。」

「あんたが最低とか、傍にいる資格とか、マジ今、クソどうでもいい!!」


サヤが、何回か深呼吸をした。

口から飴を取り、俺を見る。


「……わ、私は。」

「……。」

「ジュディが、好きだ。」

「……え?」

「好きだ。」



「……んぇ!?」



カイラから、声がした。


勢いよく、サヤを見る。

そのまま、俺を見る。

また、サヤを見た。


……落ち着いてくれ。

気持ちは分かるけど。


「……サ、サヤ?」


思わず、サヤの名前を呼ぶ。

サヤの顔が、真っ赤だった。


「……わ、私に対する答えは、聞いてない。」

「……。」

「今は、聞いてない。」

「二回言ったな。」

「うっさい!今話したいのは、そこじゃない!!」


……今、俺は好意を伝えられたんだよな?

話したいところ、そこじゃないの?


「あんたが間違ったら、一緒に背負う。」

「……。」

「あんたが動けなくなったら、一生養ってやるくらいの覚悟はしてる。」

「サヤ。俺は……。」

「だから、答えろ。」

「ジュディは、私と。カイラと。」


サヤが、俺を見る。


「一緒にいたいのか。」


思わず、膝が抜けた。

そのまま、倒れ込んでしまう。


「……っ。」


視界が、滲む。

体が震えるのを、止められない。


「……いいのかな。」

「……何が。」

「こんな、最低な人間がさ。」


涙が、落ちる。


「二人の傍に、いたいと思って。」

「……。」

「二人を、想っても、いいのかな。」


背中が。

ふと、温かくなった。


カイラが、手を添えてくれていた。


「……望むところです。」

「……。」

「一緒にさ。」


カイラの声も、震えていた。


「後悔しようよ。」

「……うん。」

「ジュディ。」


カイラとサヤが、少しだけ笑った気がした。


「「おかえり。」」


二つの声が、重なった。

俺は、声を絞り出す。


「……ただいま。」


第百六十二話、お読みいただきありがとうございました。


間違えたことは、なくなりません。

でも、誰かを想うことまで、捨てなくていい。


おかえり。ジュディ。


次回も20:10、更新予定です。

よろしくお願いします。


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