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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|ハピレス編

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第百五十六話「堕ちる」

ハピレスの拠点を見下ろせる、向かいのビルの屋上。


俺とロイド、ジャスの三人で拠点を見下ろしていた。

端末越しには、ガレスも繋がっている。


今夜、ハピレスは終わる。

いや、確実に終わらせる。


「周辺区画の避難は、ほぼ済んだ。交通の閉鎖も、政府の方で回してある。」


ジャスが、下の通りへ目をやった。

カルディア政府が、周辺の民間人を退避させ、道路を封鎖している。

巻き添えを出さないための、地ならしだ。


「ビル内の他企業の退去も、完了してる。設備点検で通した。」

「ハピレスに勘付かれてる可能性は?」

「今のところ、ないな。全く動きがない。」

「……っち。きな臭ぇな。」


ロイドが、ビルの見取り図を広げた。

三十階、ハピレスの本拠点。


他企業を退去させる間に、ガレスの監修の下、設備点検を装ってビルへ爆破術式を潜り込ませてある。

建物ごとハピレスを葬る作戦だった。


「ガレス。中にハピレスの人員は全員いるのか?」

『あぁ。監視カメラで見た限りでは全員だ。構成員が、十七。』


端末越しの声が、少しだけ低くなった。


『しかし、一点問題がある。』

「何だよ?問題って。」

『三十階のフロアに、民間人五名が拘束されている。』

「……は?」

『避難前に連れ去られたと見ていい。各企業から、五人の行方不明者が出ている。』

「……作戦が、筒抜けだったってことか?」

『いや、具体的な作戦内容までは漏れてない。しかし……』

「次にあの拠点が標的にされていることは、ハピレスもわかってる。」

『あぁ。先に、自衛の手を打たれた。』

「……っち。」


直後、ガレスから名簿が端末に送られてきた。


——全部で、五人。


俺は、その名簿を開かなかった。

名前も顔も、今は、見る気になれない。


ガレスが、そのまま言葉を続けた。


『……ジュディ。どうする?』

「……くそっ。」


爆破術式を起動する端末を、握りしめた。


ハピレス、いやミゼラは俺たちのことをよく分かっている。

人質なんていう単純な手でも、効果は絶大だった。


ロイドが、一歩前に出た。


「……爆破は、なしだな。」

「……今更なしにして、どうすんだよ?」

「頭数はこちらが揃っている。カルディア政府の部隊と共に突入・制圧に切り替えるべきだ。」


ロイドの言葉に、ジャスが頷いた。


「妥当な落とし所だな。」

「……。」

「全員を殲滅するのは難しくなるが、少なくとも、民間人を救える可能性は増える。」

「それで、ミゼラを逃したらどうすんだよ?」

「優先度の問題だ。このような状況になった以上、民間人が優先のはずだ。」

「……。」

「……ジュディ?」


俺は、端末の起動時刻を設定した。

そのまま、二人を見て言葉を紡ぐ。


「……いや。爆破は、決行する。」


ジャスが、目を見開いた。


「……なんだと?」

「聞こえてただろ?もちろん、理由はある。」

「……言ってみろ。」

「まず、部隊を突入させた時点で、人質の安全は保証されない。」

「それは、爆破をする理由にはならないだろう!」

「二つ目。フロアへ突入すれば、現場は必ず混戦になる。これは勘だ。だが、ミゼラは必ず逃げる。そう確信してる。」


ジャスが、俺へと詰め寄った。

肩に力が入っていくのが分かる。


「しかし、ジュディ!!!」

「ここで、ミゼラに逃げられてみろ!また、同じように罪のない奴が人質に取られるだけだろ!!!」

「……っ!!」

「確実に、今、殺す。それが、今後の安全を確保することに繋がるはずだ。」


沈黙が、落ちた。

静かに、ジャスが口を開いた。


「……今いる民間人は、どうなる?」

「割り切るしか、ねぇな。」

「……割り切る、だと?」

「必要な、犠牲だ。」


その言葉が、口から出た瞬間。

誰の言葉だったか、分かっていた。


……今は、思い出したくもねぇ。


ロイドは、何も言わなかった。

ただ、黙って、俺を見つめていた。







「……ジュディ!!」


ジャスが、俺の胸倉を掴んだ。

その目には、確かな失望と、怒りが見えた。


「……お前、正気なのか?」

「あぁ。正気だよ。離してくれないか?」

「お前の気持ちも、理解しているつもりだ。」

「……。」

「ハピレスは確かに、お前から多くを奪った。」

「あぁ。だからこそ、ここで何としてもケリをつけなきゃならねぇ。」


俺は、ジャスの手を静かに掴んだ。


「この判断は、あいつらと——ハピレスと、何が違う?」

「……。」

「答えろ!!!キムラ・ジュディ!!」


もう、埒があかない。

ここで、問答をしている時間も惜しい。


「……あいつらは、狂ってる。」

「……何を。」

「あっちが狂ってんなら、こっちも狂うしかねぇだろ。」

「違う。それは違うんだ、ジュディ。今のお前を二人はどう見ると思うんだ。」

「……どう見られたって、いい。これで、カイラとサヤを守れんなら。」

「……。」


俺は、端末のスイッチを押した。

制限時間は、十分。


「——俺は、いくらでも堕ちていい。」


ビルの下層で、術式が静かに目を覚ます。

止めるには、ビル各所に仕込んだ術式を、一つずつ破壊するしかない。

十分では、到底間に合わない。


もう、止まらない。

あと十分で、あのビルは崩れ始める。


「ジャス。」

「……なんだ。」

「二人を、任せたよ。」


ジャスの手から、力が抜けた。

掴んでいた指が、ゆっくりと離れていく。


「……卑怯だぞ。お前は。」

「……あぁ。知ってるよ。」


卑怯で、けっこうだ。

綺麗事で、あの二人を失うくらいなら。

どれだけ汚れても、守れる方がずっといい。







「賽が投げられた以上は、仕方あるまい。」


ロイドが、装備を確認し始めた。


「私は、ジュディの判断に筋がないとも思わん。」

「……なんだと?」


その言葉に、周囲の空気が固まった。

ジャスが、ロイドを睨みつける。


「……民間人を犠牲にすることが正しいと?」

「このままミゼラを逃せば、より多くの犠牲が出る。それは事実だ。」

「しかし!!」

「落ち着け。私は五人を見捨てるとは言っていない。」


ロイドが、装備を整え立ち上がった。


「……私が、先に潜入する。」

「……なに?」

「十分でどこまで救えるかは分からん。しかし、爆破までに人質を逃がせれば問題ないだろう?」

「そ、れは。」


俺が切り捨てたものを、こいつが救いに行く。

それも、俺の判断を否定しきらないまま。

……ちぐはぐな話だった。


ロイドが、向かいのビルへワイヤーガンを放った。

一直線に、ハピレスのフロアまでワイヤーが伸びる。


ジャスは、屋上の縁から下を見た。

そのまま、口を開いた。


「……なら、俺は下へ回ろう。」

「何のためにだ?」

「政府側で非常用エレベーターを確保する。ロイドが三十階から人質を乗せれば、地上で拾える。」


ジャスはそう言い残し、屋上の扉へ駆けていった。


二人が、それぞれの持ち場へ動き出す。

現状で行える範囲で、それぞれのやり方で五人を助けようとしていた。


「どいつも、こいつも。勝手だな。」

「……お前に感化されたのかもな?」


ロイドが、屋上の縁へ足をかけた。


「ジュディ。」

「……なんだよ。」

「私は、私の役割を果たす。」

「……。」

「お前も、自分が何を成すべきか、見失うな。」


そう言い残して、ロイドは飛び降りた。

向かいのビルへ、真っ直ぐに。


その背中に、迷いはなかった。


あいつは、五人を助けに行く。

俺が、見限ると決めた、五人を。







一人、屋上に残された。


風が、屋上を吹き抜けていく。

やけに、静かだった。

下界の喧騒も、ここまでは届かない。


崩落まで、あと数分。

遠くで、ロイドがビルへ入っていくのが見えた。


——これでいい。


ミゼラは、逃げられない。

ハピレスは、終わる。

サヤもカイラも、これで安全だ。


全部、俺の望んだ通りになる。


そのはずなのに。

胸の奥が、ざわついて仕方なかった。


『……ジュディ。』


端末から、ガレスの声が聞こえた。


「……お説教か?」

『まさか。私は、どちらの言い分も理解できる。』

「なら、なんだよ。」

『私は最近、自分の指針に疑問を持っている。』

「……指針だぁ?」


なんだ急に。

ガレスが、一体何を言いたいのか分からなかった。


『判断が正しいものは、長生きをする。』

「……また、それかよ。それが、何だよ?」

『では。その正しい判断とは、誰が決めるのだろうな。』

「……俺が、知るかよ。」

『あぁ。誰にも知る術などない。』

「……。」

『決めるのは、恐らく自分の心だ。』


——自分の、心。


『ジュディ。お前の心は、正しいと感じるか?』

「……嫌な、大人だな。ガレス。」

『お前は、生意気なガキだろう?』


目をつぶった。

俺の、俺自身の心は、何を正しいと感じるのか。


——生きて。


不意に、声が聞こえた気がした。

頭の中に、昔の記憶が勝手に甦る。


——生きて。あなたのままで。


エルナが、いつか俺に言った言葉だった。

自分が消える。

今際の際に、残した言葉。


——今の俺は、あの頃の俺のままか。


自分に、問いかける。

答えは、返ってこなかった。

いや——返ってこないことが、答えだった。


ハピレスのビルへ潜っていくロイドの背中を、俺は見ていた。

人質五人を集め、脱出させる。


ハピレスの構成員は十七人。

あいつ一人じゃ、到底間に合わない。


「……くそ。」


加速して動ける俺が入れば。

ロイドの案が、確実になる。


——そうだ。


俺は、ミゼラを殺す。

そして、人質だって、助け出す。


「……ガレス。」

『なんだ。』

「通信で、フォロー。頼めるか?」

『そういう契約だろう?』


体が、勝手に動いていた。


「あぁ!!くそ大人どもがよぉ……!!」

『っは!行け、クソガキ!』


俺は、屋上の縁を蹴った。

ロイドの残した、ワイヤーを伝う。


自分で、破壊すると決めたビルへ。

自分で、閉じ込めた場所へ。


——俺も、行く。


何のために飛び込むのか。

ミゼラを殺すためか、間に合わせるためか。


自分でも、分からなかった。


第百五十六話、お読みいただきありがとうございました!


堕ちそうで、堕ちない。

中途半端クソガキおじさんが誕生しましたね。


行け。ジュディ。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。


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