第百五十三話「いいバディ?」
ロイドの拠点、潰れたバーの地下。
机の上に、カルディアの地図が広げられている。
赤い印が、四つ。
うち一つには、もうバツ印が付いていた。
先に潰した、通信網の拠点だ。
「……残りは、三つだ。」
ロイドが、印の一つを指で叩いた。
『まずは、残りの拠点を整理しようか。』
「……あぁ。」
端末越しに、ガレスの声が響く。
あの巨体は今、別の場所で情報を回している。
それぞれの分担は、すでに決まっていた。
画面越しに、ガレスが指を一本立てた。
『一つ目は、運送会社だ。表向きはまっとうな運送業だが、裏はハピレスが乗っ取っている。連中の武器と物資を、そっくり管理している拠点だ。』
今度は二本。
『二つ目は、カルディアで以前から営業していたクラブだ。裏の運用はハピレスが仕切っていた。資金の調達と、依頼主との交渉に使っている。』
「……実質、この拠点にはあんまり意味はなさそうだな。」
『いや、そうでもない。ハピレスの資金などは、一度ここを経由しているようだ。』
「……なるほどね。」
ガレスが、三本目の指を立てた。
『そして三つ目が、市街の中央に立つ企業ビル。複数の会社が入る建物の、三十階のワンフロア。そこがハピレスの本拠点で、寝泊まりの機能もあるらしい。おそらくミゼラも、そこにいる。』
「……本拠点は、後回しだな。」
『ほう。それは、なぜだ?』
俺は、三つ目の印を指で押さえた。
「他の企業も入ってるビルだ。真正面から踏み込みゃ、無関係な連中まで巻き込むだろ?」
ロイドが、地図から視線を俺へ移した。
「……では、どうする?」
「手足から、捥ぐ。」
「……手足?」
「あぁ。虫ってのは、頭を潰してもしばらく手足が動く。」
「……っふ。虫、か。」
「あとで妙な動き方をされて、想定外の事態になるのが一番面倒だ。だから先に、運送とクラブを潰す。物資と金の流れを、両方止める。」
二人は何も言わず、俺の話に耳を傾けていた。
そのまま、言葉を続ける。
「その間に、だ。政府とアルカナへ、本拠点を秘密裏に通達しておく。」
「……他企業の、退去が目的か?」
「あぁ。まっとうに退去要請すりゃ、ハピレスにも勘づかれる。政府には、設備点検か何かをでっち上げてもらう。悟られねぇ形で、他のフロアを空にするんだ。」
「……手回しがいいな。」
「無関係な奴らを外に出しちまえば、あとは思いきりやれるだろ?」
ロイドが、小さく頷いた。
「……しかし、他の拠点を制圧したら必ず本拠点に通達が行く。逃げられる可能性はないのか?」
「構いやしねぇさ。ここはカルディア。アルカナの庭だぜ?」
「……ほう。」
「もう本拠点は割れてんだ。逃げる動きを見せれば、逆に追いやすいだろ?」
「そのために、アルカナへも通達か。……悪くないな。」
「っは。だろ?」
ロイドもある程度は納得したみたいだ。
後は、詳細な戦略を立てて実行だな。
『……お前ら、本当に息が合ってきたな。』
ガレスの声に、少しだけ笑いが混じっていた。
——うるせぇよ。
………………。
…………。
……。
最初に叩くのは、運送会社。
制圧の相談は、すぐに核心へ入った。
「制圧には、まず逃走経路の封鎖が要る。加えて、援軍を呼ばれないよう、警報にも注意を——」
「ちげぇな。」
「なに?」
「ここは、逃走経路より救援経路を抑えた方がいい。その上で、あえて警報を鳴らさせる。」
ロイドが、わずかに眉を寄せた。
「警報を鳴らして、中の隊員が逃げず、援軍が来る保証は。」
「ねぇよ。でも、この手の奴らは逃げねぇし、援軍も来る。」
「……。」
「ギャングってのは、面子で動く生き物だ。拠点に堂々と喧嘩を売られりゃ、潰すまで向かってくるさ。」
「それは、感情論ではないか。」
「いんや。経験則だ。」
俺は、肩をすくめてみせた。
「普段、企業相手にしてるエージェントにゃ、分からねぇか?」
「……なるほどな。覚えておこう。」
ロイドは、しばらく地図を見つめていた。
やがて、救援経路の一本に指を置いた。
——これで、準備は整った。
「今夜。動くぞ?」
「……あぁ。早速、取り掛かろう。」
—
倉庫の裏手に、俺たちはいた。
突入の、直前。
営業時間は、とうに終わっている。
ガレスの調べでは、今この倉庫に残っているのはハピレスの構成員だけ。
運転手も事務員も、もういない。
俺は、グリム三十式の弾倉を抜いた。
いつもの、非殺傷弾を外す。
代わりに、実弾を装填した。
人を殺す、武器だ。
——カチャリ。
その音を、ロイドが聞いていた。
何も、言わなかった。
「……行こうか。」
正面から、堂々と入った。
警報が、鳴り響く。
「んだぁ!!!テメェら!!!」
狙い通り、奥から隊員が湧いてくる。
「……ロイド。」
「あぁ。」
ロイドが、前に出た。
腰の容器を、床へ投げつける。
事前に打ち合わせをした通りだ。
——バッシャ!
「あ?んだ!!!こりゃ!!!」
砕けた中身から、大量の水が広がっていった。
バイオストーン製の、工作用装備らしい。
——目が、合った。
言葉は、要らなかった。
俺は、濡れた床へ電撃を放つ。
——バヂヂヂヂヂッ!!!!
水が、導線になる。
面で、電流が走った。
「が、があぁぁぁぁぁぁ!!!!」
触れた隊員が、まとめて崩れ落ちる。
前なら、意識だけを刈る強さを選んだ。
今は、選ばない。
「……。」
倒れて、痙攣している男の頭へ。
俺は、歩きながら実弾を撃ち込んでいく。
——パン。パン。パン。
一人ずつ、確実に。
起き上がる芽を潰して進んだ。
「……えげつねぇ組み合わせだよな。」
「お前が、言うな。」
残った数人が、奥へ逃げ出す。
ロイドが行く手へもう一つ容器を投げた。
砕けた容器から水が広がり、床一面を塞いだ。
退路を失った連中が、俺の正面へ雪崩れてくる。
「……っ!!くそっ!!!」
そこを、電撃でまとめて刈った。
………………。
…………。
……。
外で、複数のエンジン音が止まった。
——来たな。
警報を聞きつけた、救援部隊だ。
読み通り、逃げずに向かってきた。
「ロイド。予想通り、裏手だ。」
「分かっている。」
ロイドが、救援経路へ回る。
俺も、その後を追う。
倉庫へ雪崩れ込もうとした連中の足元へ、ロイドがもう一つの容器を投げた。
広がった水へ、俺が電撃を叩き込む。
——これで、終わりだな。
ロイドが退路を読み、角を取る。
俺が、人の逃げ癖を読んで先回りする。
どちらも、口には出さない。
目配せ一つで、次が分かった。
こいつと組むのは、悪くなかった。
——それが、少しだけ癪だった。
—
拠点の、最奥。
一人だけ、逃げずに残っている男がいた。
この拠点を仕切る、ハピレスの幹部だ。
床に膝をつき、それでも俺を睨みつけている。
「……殺せよ。」
「嫌だよ。ちょっと、話そうぜ?」
「……これだけの隊員を殺しておいて、話だと?」
「あぁ。正直、今回のことは、俺らもやりたくはなかったんだ。」
もちろん、嘘だ。
半分はな。
「今日、ここにいなかった隊員がいるだろ。教えてくんないか?」
「……言うわけが、ないだろう!」
「落ち着けって。これは、あんたらを保護するためだ。」
「……なに?」
俺は、しゃがんで目線を合わせた。
「……っ。」
ガレスから送られた人物相関は、頭に入っている。
この男には、同じ組織に恋人がいた。今日、この場にいない隊員の一人だ。
「ハピレスがカルディアに拠点を移して、政府とアルカナが動いてる。俺たちは雇われで、殲滅の命令を受けてるだけだ。」
「……だから、残りの隊員を、あぶり出したいんだろう。」
「違う。殺すためじゃねぇ。」
俺は、静かに続けた。
「この拠点は、もう壊滅だ。生き残った隊員は、どうなると思う?」
「……。」
「ハピレスに、消されるぜ。役立たずを殺すのが、お前ら組織の気質だろ。」
男の目が、揺れた。
——ここだ。
「今日、来てなかった隊員の中に、あんたの恋人がいるな。」
「……っ!?」
「守りてぇと、思わねぇか。」
男の顔から、虚勢が剥がれていく。
俺は、その隙間へ言葉を滑り込ませた。
「こっちも、カルディアで死人は増やしたくねぇんだ。残りの隊員を捕まえて、政府に引き渡す。そのために、情報が要る。」
「……。」
沈黙が、あった。
やがて男は、ぽつりぽつりと話し始めた。
隠れ家の場所。
連絡の手順。
逃げ延びた隊員の、数と名前。
——そして、恋人の名を。
「ミイナ、を。……頼む。あの子だけは。」
「……あぁ。」
全部、聞き終えた。
「……あんがとな。」
「あぁ。本当に、これで。ミイナは、保護してくれるんだな?」
「……っはは。」
「……おい?」
「するわけ、ねぇだろ。」
男の顔が、固まった。
「これから、殺しに行くよ。」
「……っ、お前!!」
——パン。
額に、一発。
男が、糸の切れたように崩れ落ちる。
俺は、銃をしまった。
この鼻をつく血の匂いにも、もう慣れちまったな。
——ミイナを殺すというのは、嘘だ。
情報は、もう全部聞き出した後だった。
黙らせるだけなら、そのまま撃てばよかった。
なのに、俺は。
一番大事なものを奪うと告げた。
絶望する顔を見てから、殺した。
——苦しませたかった。
ただ、それだけだった。
—
ロイドが、奥から歩いてきた。
「……終わったか。」
「あぁ。隠れ家の場所も、連絡手順も割れた。」
俺は、聞き出した情報を淡々と伝えた。
逃げた隊員の数。
ルートの見当。
次に叩く、クラブの構造。
まるで、天気の話でもするみたいに。
ロイドは、それを黙って聞いていた。
死体を見なかった。
——俺の、横顔を見ていた。
「……なんだよ。」
「いや。」
一拍、あった。
「ミゼラの端末に関しては?」
「あぁ、それな。」
俺は、首を振った。
「やっぱり、拠点幹部を潰したところで、上とは繋がれねぇな。連絡は全部、ミゼラの端末を経由してる。生体認証つきだ。」
「前の情報の通りか。抜け道があるかもとも思ったが。」
「あぁ。最後はやっぱ、本人に辿り着くしかない。」
だから、外堀を埋める。
金と物資を、根こそぎ止めて。
最後に、あの女を引きずり出す。
俺は、倉庫の出口へ足を向けた。
警報は鳴り止んでいた。
「……次だ。」
ロイドが、少しだけ間を置いた。
それから、黙って俺の後についてきた。
第百五十三話、お読みいただきありがとうございました。
ジュディとロイド。
息の合った、いいバディのように見えますね。
でも、ジュディの挙動がなんだかおかしい。
どうしたのよ。お前。
明日も20:10、続きます。
よろしくお願いします。




