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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|ハピレス編

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第百五十二話「スイッチ」

サヤを抱えて、防壁の中へ飛び込んだ。


薄い光の膜が、俺たちを包んでいる。

その内側に、サヤを寝かせた。


「サヤ!!おい、サヤ!!」

「……っ。」


肩から、血が広がっている。

押さえる手が、震えた。


……俺の、せいだ。

俺を庇って、サヤは、サヤが!!


「た、頼む。お、お願いだ。お願いだから、返事を——」

「……るっせぇ。」

「え?」

「うるっせぇって。耳元で、喚くなよ。」

「……っ。」


息が、思わず漏れた。


肩の傷口を確認する。

血は多いが、急所は外れていた。


「カイラ。処置を、頼む。」

「う、うん……っ。」


カイラが、震える手でサヤの処置に取りかかった。

その横で、俺は膝をつき、部隊を確認する。


「……。」


囲まれたままだ。

魔力も、残り少ない。

このままじゃ、二人を守り切れねぇ。


今の俺じゃ、分が悪い。


(……アルト。)

『……あぁ。分かってる。』


言葉は、それだけだった。

こいつに体を預けるのは、いつだって怖い。

自分が、自分でなくなる感覚。


——でも。

今は、そんなこと言ってられねぇ。

後ろに、守るものがある。


「……ふぅー。」


懐から、赤い薬を取り出した。

投与口に押し込む。


——カチリ。


薬が、血管を巡る。

頭の芯が、すっと冷えていく。


視界の色が、変わっていく。

背中の軋みも。

胸の焼けるような痛みも。

——全部、他人事みたいに遠のいた。







俺の意識が、奥へ沈む。

代わりに、アルトが前へ出た。


「……あ?」


——魔力が、回復している。


不思議な感覚だった。

さっきまで空だったはずの器に、力が満ちていく。


「……ジュディ?」


カイラが、こちらを見た。


「カイラ。そのまま、サヤを守ってろ。」

「……。」

「いいか?動くなよ?」

「……はい。」


原理は、俺にも分からねぇ。

だが、今は都合がいい。


「……ひー、ふー、みー。」


目の前の部隊を数える。


七人。

いや、遠方のスナイパーを含めれば八人。


まぁ、ジュディにしちゃあ削った方か。

俺は、部隊に向けて電撃を放った。


——ッ。


ジュディのものより、ずっと極小の電撃。

ジャミングのそれに、近い。

それを、奴らの中枢神経へ流し込む。


目の前の七人が、一斉に動きを止めた。


「……っぁ。」


誰も、倒れない。

糸の切れかけた人形みたいに、その場で突っ立っている。

目だけが、俺を追っていた。


動きを止めた一人へ、歩み寄る。

太ももに格納された、ダガーを二本。

——奪う。


「……悪ぃな。貰うぜ?」


ダガーに、電撃を流し込んだ。

そのまま、スナイパーの位置を捉える。

二歩、後ろへ下がった。


——チュン。


さっきまで俺がいた地面に、弾丸が突き刺さる。


「——見つけた。」


ダガーを振りかぶり、投擲。

電撃を纏った刃が、一直線に飛んだ。


——グチュ。


遠くの屋上で、光点が崩れ落ちた。

まず、一人。


「……さて。こっからはイージーだな。」


動きを止めたままの部隊へ、向き直る。


「お掃除だ。」


そこからは、ただの作業だった。

首を、撫でるように。

一人、また一人。


「……ぁ、ぁぁぁ。」


動けない相手に、抵抗はない。

刃を滑らせるだけでよかった。


躊躇は、なかった。

悲鳴も、上がらなかった。


静かに、確実に。

数を減らしていく。


——奪う。


その感覚に、なんの重さもなかった。

まるで、呼吸みたいに。

自然で。

——ぞっとするほど、簡単だった。







掃除が、完了した。


俺は、懐から煙草を取り出して火をつけた。

親指と薬指で摘む。

妙に、しっくりくる持ち方だった。


「……カイラ。」

「は、はい。」

「サヤの容態はどうだ?」

「肩を、撃ち抜かれてます。……弾は、貫通しています。」

「止血は。」

「……応急処置は、できました。」

「よし。上出来だ、嬢ちゃん。」


煙を吐く。


「……アルト。」


サヤが、こちらに声をかけてきた。


「おい、喋んなよ。痛てぇだろ?」

「……あんた、また。」

「あー、いいって。後で、ジュディに言ってくれ。」

「……あんた、今、どっちなんだよ。」

「あ?」

「本当に、アルト、なのか。」

「……さぁな。正直、曖昧だな。」


アルトが、体の主導権を俺へ戻した。


——戻った、はずだった。


けれど、アルトの意識は奥へ沈まない。

さっきまで前にいたあいつが、今も俺の思考に重なっている。


「……まぁ、俺は俺だ。」


どこまでが俺で、どこからがアルトなのか。

——もう、よく分からなかった。


それを、恐ろしいとも思わなかった。







ジャスに連絡を入れた。


十分も、経たなかった。

政府の車両が、焼け跡の前に横付けされる。


降りてきたジャスが、辺りを見回した。

転がる、黒い装備の死体。

その一つ一つを、確かめるように。


「……これは、惨いな。」

「あ?」

「ジュディ。……お前が、やったのか。」

「……他に誰がいんだよ?」

「……。」


ジャスが、煙草をくわえた。

火は、つけない。


「……らしく、ないな。」


俺は、答えなかった。


らしいも、らしくないも。

——もう、どうでもよかった。


ダンが死んだ時。

こいつも、同じ顔をしていた。

言い訳をしない男の、痛みを堪える顔だ。


だが、今の俺には。

その痛みすら、遠かった。


「カイラとサヤを、頼む。政府でしばらく匿えるか?」

「……あぁ。任せろ。」


政府の人間が、サヤを担架へ移す。

カイラが、その後ろについて車両へ乗り込んだ。


「ジュディ。」


カイラが、振り返った。

何か言いたそうに、口を開いて。

——結局、閉じた。


車の扉が、閉まる。


ついていくべきだと、分かっていた。

それでも、足は動かなかった。


テールランプが、視界の端で遠ざかっていく。

俺は、それを目で追わなかった。







入れ替わるように。

一台のバイクが、焼け跡の前で止まった。


ロイドだった。

拠点の後処理を終えて、来たらしい。


黙って、辺りを見回している。


崩れた工房。

転がる、死体。

そして、その真ん中に立つ俺を。


「……。」

「ロイド。拠点の方は?」

「拠点は片付けた。残った連中は、政府へ引き渡した。データも抜いてある。」

「そうか。」


ロイドが、俺の隣に立った。

死体を、一瞥する。


「これを、お前が。」

「文句あんなら、聞くぜ?」

「……いや。」


ロイドは、死体を見ていなかった。

俺の、顔を見ていた。

何かを確かめるみたいに。


一拍、あった。


「ジュディ。」

「……あんだよ。」

「見失うなよ。」

「……。」


俺は、答えなかった。


聞こえなかったわけじゃない。

ただ、その言葉が。

胸の内側で、滑って落ちていくだけだった。


役割がどうの。

見失うなだの。

——今は、耳を貸す気になれなかった。


燃え尽きかけた工房を見上げる。

黒い骨組みだけが、夜空に突き立っている。


「……くそったれ。」


ついこの間まで、あそこで。

たこ焼きを焼いていた。

カイラが、実験を失敗して。

サヤが、それを笑っていた。


エルナの杖も。

たこ焼き器も。

くだらなくて、あたたかい時間も。

——全部、灰になった。


返ってこない。

何も、かも。


胸の奥で、何かが静かに冷えていく。

悲しみも、怒りも。

全部、胸の奥へ押し込んだ。


「……殺す。」


——甘かった。


潰す、程度じゃ。

足りねぇんだ。


殺す。

徹底的に。

ミゼラも、ハピレスも。

根こそぎ、この世界から。


そうしなきゃ。

——釣り合いが、取れねぇだろ。


不思議と、涙は出なかった。

ただ、頭の中が。

——すっと、静かになっていく。


蓋を閉めた音がした。

俺は、煙草を踏み消した。


「……切り替えよう。」


第百五十二話、お読みいただきありがとうございました。


ジュディのスイッチが入りました。

絶対良いスイッチじゃないですね……。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。



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