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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|ハピレス編

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第百五十一話「また、奪われた」

ハピレスの拠点を、ロイドに任せて飛び出した。


バイクで、カルディアを滑走する。

速度を、最大にして。


エンジンの唸りが、鼓膜を殴る。

夜の街が、後ろへ流れていく。

ネオンが、細い線になって溶けた。


——間に合え。


工房が、最初の標的だった。

準備状況は、『完了』。

その文字の意味を考えたくもなかった。


あそこは、俺の帰る場所だ。

この世界で、初めて「ただいま」と言えた場所。

奪われて、たまるか。


「……っくそ!」


心臓が、嫌な音で鳴っている。

バイクの速度でも、足りなかった。


もっと、速く。

一刻も、早く。


脳内で、二人に通信を飛ばす。


(カイラ。サヤ。出てくれ!!)


応答は、ない。


(くそっ。なんなんだよ。これ!!冗談じゃねぇぞ!)


繋がらない。

呼び出し音すら、鳴らなかった。

ただ、無機質なノイズが返るだけだ。


——嫌な予感がした。


相手を切り替える。

ガレスなら、拾うはずだ。


(……ガレス!)

『その声、ただ事ではないな。状況を簡潔に言え。』

(カイラとサヤに、通信が繋がらねぇ!工房が、ハピレスに狙われてる。)

『……分かった。工房周辺の回線を、調査する。』


一拍あって。

ガレスの声が、低くなった。


『これは……、ジャミングだ。かなり強力なやつがかかっている。』

(っ……!)

『素人の仕事じゃない。何者かが、工房ごと外との通信を殺してる。』

(ハピレスに決まってんだろ!!)

『お前は、そのまま工房へ向かえ!こちらは、ジャミングの対処を行う!』

(……っああ!)


——アクセルを捻る。


タイヤが、悲鳴を上げた。

信号も対向車も、関係なかった。

ただ、まっすぐ。


——くそ!

間に合え。間に合え。間に合え!!







工房に、飛び込んだ。


「カイラ!サヤ!」

「んあ。……ジュディ?どうしたの、そんな慌てて。」


カイラが、きょとんと振り向いた。

サヤは、ソファに寝転がったまま片眉を上げている。


「なんだよ?随分、必死な顔じゃん。」

「あ。今日、たこ焼きにしたんだ~。まだあるよ?食べる?」

「……っ。」


作業台は、カイラの道具で散らかっていた。

壁際には、埃をかぶったエルナの杖。

出しっぱなしの、たこ焼き器。


——いつもの、工房だった。


何も変わらない、俺たちの帰る場所。

くだらない日常が、そこに転がっている。


カイラの、寝ぼけた声。

サヤの、憎まれ口。

エルナの、痕跡。

——これが、俺の全部だった。


——生きてる。


安堵が、胸を撫でた。

だが、噛みしめる暇はない。


(ガレス。工房に、着いた。)


返事が、ない。


(……ガレス?)


脳の奥が、しんとしていた。

さっきまで繋がっていた声が、ぷつりと消えている。

工房に入った途端、この通信も殺されたらしい。


「……二人とも。よく聞いてくれ。」

「え、なに。」

「ここは、危ねぇかもしれねぇ。すぐに——」


——ピンポーン。


インターホンが、鳴った。

やけに、間の抜けた音だった。


「あれ、なんだろ?珍しいね、こんな時間に。」


カイラが、扉へ足を向ける。


——ダメだ。


俺は、とっさにカイラの肩を掴んで止めた。


「……ジュディ?」

「ちょっと。どうしたんだよ、ボンクラ。」


サヤが体を起こす。

俺の顔を覗き込んだ。


その、時だった。


『——ジュディ!!』


頭の中に、ガレスの声がこじ開けるように響いた。


(ガレス!ジャミングは、なんとかなったのか!)

『そんなことはいい!今すぐ、窓から脱出しろ!!』


瞬間。


——バゴンッ!


工房の扉が、内側へ吹き飛んだ。


なだれ込んでくる、複数の影。

黒い装備。

その、腹に。


——爆弾。


背筋が、凍った。

考える前に、体が動いていた。


両足に。両腕に。

全身へ、電撃魔術を叩き込む。

残量なんて、気にする余裕はなかった。


「二人とも、掴まれ!!」


カイラとサヤを両腕で抱え込む。

反対側の窓へ、全力で。


——突っ込んだ。


ガラスを、突き破った。







——ドォンッ。


背後で、工房が爆ぜた。


「……がぁ、ああ!!」


熱風が、背中を押す。

体が、宙に投げ出された。


視界の端で、俺たちの工房が。

炎に飲まれていく。

エルナの杖も。たこ焼き器も。

何もかも、まとめて。


——また、か。


燃える背中を感じながら、そう思った。


エルナを。

ダンを。

そして今、この場所を。


俺はいつも、奪われる側だ。

手を伸ばした先が、いつも、消えていく。


いつだったか、ダンに言われた。


俺は、救うのは得意なくせに。

守られるのだけは、下手くそだと。


「……っ!!!」


——せめて。


空中で、体をひねる。

地面に背中を向けた。

腕の中の、この、二人だけは。


——衝突。


「——がはっ。」


背中から、地面に叩きつけられた。

何度か、地面を転がる。

アスファルトが、皮膚を削った。

肺の中の空気が、全部押し出される。

口の中に、鉄の味が広がった。


それでも、腕だけは離さなかった。

咳と一緒に、血を吐いた。


「……ジュディ!?」


胸の中から、カイラの声。


「……カイラ。無事か。」

「う、うん……ジュ、ジュディは、」

「心配ない。……防壁魔術、張れるか?」

「う、うん。」

「頼む。状況を、確認する。」


カイラが、震える手で防壁を展開した。

薄い光の膜が、俺たちを包む。


腕の中の二人は、無事みたいだった。


「……ボンクラ!!」


サヤが、素早く身を起こして周囲を見た。

その顔が、強張る。


「……くそ。」


俺も、上体を起こして見回した。


——囲まれていた。


燃える工房を背に。

黒い影が、じわじわと輪を狭めてくる。

数は、十や二十じゃきかない。


背中が、軋むように痛んだ。

無茶に魔術を回した反動もある。

だが、痛みに構っている暇はない。


「サヤ。」

「……なんだよ。」

「カイラを、頼む。」

「……あ、ちょ、待——ボンクラ!あぁ!!!もう!!」


サヤの制止を振り切った。


膝に力を込めて、地を蹴る。

——迎え撃つしか、ねぇ。







電撃を両足に纏う。

懐から、拳銃を取り出した。


先頭の一人。

懐に潜り込んで、首筋を撃った。

崩れる体を蹴り飛ばして、次へ。


一人。二人。三人。

数を削っていく。


「……っぁ!!」


黒い装備の連中は、無言だった。

表情も、ない。

ただ無機質に、平気で突っ込んでくる。


——使い捨ての、駒か。


人を道具みたいに使う。

それが、ハピレスってやつらしい。

反吐が出る。


「……ミゼラ。」


思わず、名が口から出た。


「ミゼラ・ノックス!!!!」


手は、緩めなかった。

撃っても、蹴っても。

影は、後から後から湧いてくる。

きりが、ない。


「……はぁ。くっそ!」


腕が、重い。

息が、上がる。

それでも、止まれなかった。

止まれば、後ろがやられる。


後ろに、二人がいる。

守るものが、ある。

それだけで、体はいくらでも動いた。


——こいつらだけは。

工房を奪った、こいつらだけは。


銃を握る手が、熱い。

頭の芯が、燃えている。


まだ、感情は残っていた。

守るものには、ちゃんと熱を持てた。


「あ、ああああぁぁぁ!!!」


守れる。

今度こそ、守れる。

——そう、思っていた。


だが。

——その熱が、視界を狭めていた。


崩れかけたビルの、屋上。

俺の肩口へ向けられた、小さな光点があったことに。


俺は、気づけなかった。


「……ボンクラ!!!」


サヤの声が、飛んだ。


振り向くより、早く。

サヤが、脚部のブレードを展開して。

——地を、蹴っていた。


高速で、俺に迫る。

その手が、俺の体を。


——突き飛ばした。


「——っ、サヤ!?」


止める間も、なかった。


体勢が、崩れる。

入れ替わるように。

サヤが、俺のいた場所に。


——避けろ。

声にも、ならなかった。


——その、刹那。


高い、乾いた音。

銃声が。


——サヤを、貫いた。


「あ、あああああぁぁぁぁ!!!!!」


第百五十一話、お読みいただきありがとうございました。


帰る場所が、ひとつ、消えました。


守るのが、得意なつもりでした。

救うのが、上手いつもりでした。


でも、ジュディはいつも。

守られる時だけ、下手なんですよね。


続きは、また明日。20:10。

よろしくお願いします。


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