第百五十一話「また、奪われた」
ハピレスの拠点を、ロイドに任せて飛び出した。
バイクで、カルディアを滑走する。
速度を、最大にして。
エンジンの唸りが、鼓膜を殴る。
夜の街が、後ろへ流れていく。
ネオンが、細い線になって溶けた。
——間に合え。
工房が、最初の標的だった。
準備状況は、『完了』。
その文字の意味を考えたくもなかった。
あそこは、俺の帰る場所だ。
この世界で、初めて「ただいま」と言えた場所。
奪われて、たまるか。
「……っくそ!」
心臓が、嫌な音で鳴っている。
バイクの速度でも、足りなかった。
もっと、速く。
一刻も、早く。
脳内で、二人に通信を飛ばす。
(カイラ。サヤ。出てくれ!!)
応答は、ない。
(くそっ。なんなんだよ。これ!!冗談じゃねぇぞ!)
繋がらない。
呼び出し音すら、鳴らなかった。
ただ、無機質なノイズが返るだけだ。
——嫌な予感がした。
相手を切り替える。
ガレスなら、拾うはずだ。
(……ガレス!)
『その声、ただ事ではないな。状況を簡潔に言え。』
(カイラとサヤに、通信が繋がらねぇ!工房が、ハピレスに狙われてる。)
『……分かった。工房周辺の回線を、調査する。』
一拍あって。
ガレスの声が、低くなった。
『これは……、ジャミングだ。かなり強力なやつがかかっている。』
(っ……!)
『素人の仕事じゃない。何者かが、工房ごと外との通信を殺してる。』
(ハピレスに決まってんだろ!!)
『お前は、そのまま工房へ向かえ!こちらは、ジャミングの対処を行う!』
(……っああ!)
——アクセルを捻る。
タイヤが、悲鳴を上げた。
信号も対向車も、関係なかった。
ただ、まっすぐ。
——くそ!
間に合え。間に合え。間に合え!!
—
工房に、飛び込んだ。
「カイラ!サヤ!」
「んあ。……ジュディ?どうしたの、そんな慌てて。」
カイラが、きょとんと振り向いた。
サヤは、ソファに寝転がったまま片眉を上げている。
「なんだよ?随分、必死な顔じゃん。」
「あ。今日、たこ焼きにしたんだ~。まだあるよ?食べる?」
「……っ。」
作業台は、カイラの道具で散らかっていた。
壁際には、埃をかぶったエルナの杖。
出しっぱなしの、たこ焼き器。
——いつもの、工房だった。
何も変わらない、俺たちの帰る場所。
くだらない日常が、そこに転がっている。
カイラの、寝ぼけた声。
サヤの、憎まれ口。
エルナの、痕跡。
——これが、俺の全部だった。
——生きてる。
安堵が、胸を撫でた。
だが、噛みしめる暇はない。
(ガレス。工房に、着いた。)
返事が、ない。
(……ガレス?)
脳の奥が、しんとしていた。
さっきまで繋がっていた声が、ぷつりと消えている。
工房に入った途端、この通信も殺されたらしい。
「……二人とも。よく聞いてくれ。」
「え、なに。」
「ここは、危ねぇかもしれねぇ。すぐに——」
——ピンポーン。
インターホンが、鳴った。
やけに、間の抜けた音だった。
「あれ、なんだろ?珍しいね、こんな時間に。」
カイラが、扉へ足を向ける。
——ダメだ。
俺は、とっさにカイラの肩を掴んで止めた。
「……ジュディ?」
「ちょっと。どうしたんだよ、ボンクラ。」
サヤが体を起こす。
俺の顔を覗き込んだ。
その、時だった。
『——ジュディ!!』
頭の中に、ガレスの声がこじ開けるように響いた。
(ガレス!ジャミングは、なんとかなったのか!)
『そんなことはいい!今すぐ、窓から脱出しろ!!』
瞬間。
——バゴンッ!
工房の扉が、内側へ吹き飛んだ。
なだれ込んでくる、複数の影。
黒い装備。
その、腹に。
——爆弾。
背筋が、凍った。
考える前に、体が動いていた。
両足に。両腕に。
全身へ、電撃魔術を叩き込む。
残量なんて、気にする余裕はなかった。
「二人とも、掴まれ!!」
カイラとサヤを両腕で抱え込む。
反対側の窓へ、全力で。
——突っ込んだ。
ガラスを、突き破った。
—
——ドォンッ。
背後で、工房が爆ぜた。
「……がぁ、ああ!!」
熱風が、背中を押す。
体が、宙に投げ出された。
視界の端で、俺たちの工房が。
炎に飲まれていく。
エルナの杖も。たこ焼き器も。
何もかも、まとめて。
——また、か。
燃える背中を感じながら、そう思った。
エルナを。
ダンを。
そして今、この場所を。
俺はいつも、奪われる側だ。
手を伸ばした先が、いつも、消えていく。
いつだったか、ダンに言われた。
俺は、救うのは得意なくせに。
守られるのだけは、下手くそだと。
「……っ!!!」
——せめて。
空中で、体をひねる。
地面に背中を向けた。
腕の中の、この、二人だけは。
——衝突。
「——がはっ。」
背中から、地面に叩きつけられた。
何度か、地面を転がる。
アスファルトが、皮膚を削った。
肺の中の空気が、全部押し出される。
口の中に、鉄の味が広がった。
それでも、腕だけは離さなかった。
咳と一緒に、血を吐いた。
「……ジュディ!?」
胸の中から、カイラの声。
「……カイラ。無事か。」
「う、うん……ジュ、ジュディは、」
「心配ない。……防壁魔術、張れるか?」
「う、うん。」
「頼む。状況を、確認する。」
カイラが、震える手で防壁を展開した。
薄い光の膜が、俺たちを包む。
腕の中の二人は、無事みたいだった。
「……ボンクラ!!」
サヤが、素早く身を起こして周囲を見た。
その顔が、強張る。
「……くそ。」
俺も、上体を起こして見回した。
——囲まれていた。
燃える工房を背に。
黒い影が、じわじわと輪を狭めてくる。
数は、十や二十じゃきかない。
背中が、軋むように痛んだ。
無茶に魔術を回した反動もある。
だが、痛みに構っている暇はない。
「サヤ。」
「……なんだよ。」
「カイラを、頼む。」
「……あ、ちょ、待——ボンクラ!あぁ!!!もう!!」
サヤの制止を振り切った。
膝に力を込めて、地を蹴る。
——迎え撃つしか、ねぇ。
—
電撃を両足に纏う。
懐から、拳銃を取り出した。
先頭の一人。
懐に潜り込んで、首筋を撃った。
崩れる体を蹴り飛ばして、次へ。
一人。二人。三人。
数を削っていく。
「……っぁ!!」
黒い装備の連中は、無言だった。
表情も、ない。
ただ無機質に、平気で突っ込んでくる。
——使い捨ての、駒か。
人を道具みたいに使う。
それが、ハピレスってやつらしい。
反吐が出る。
「……ミゼラ。」
思わず、名が口から出た。
「ミゼラ・ノックス!!!!」
手は、緩めなかった。
撃っても、蹴っても。
影は、後から後から湧いてくる。
きりが、ない。
「……はぁ。くっそ!」
腕が、重い。
息が、上がる。
それでも、止まれなかった。
止まれば、後ろがやられる。
後ろに、二人がいる。
守るものが、ある。
それだけで、体はいくらでも動いた。
——こいつらだけは。
工房を奪った、こいつらだけは。
銃を握る手が、熱い。
頭の芯が、燃えている。
まだ、感情は残っていた。
守るものには、ちゃんと熱を持てた。
「あ、ああああぁぁぁ!!!」
守れる。
今度こそ、守れる。
——そう、思っていた。
だが。
——その熱が、視界を狭めていた。
崩れかけたビルの、屋上。
俺の肩口へ向けられた、小さな光点があったことに。
俺は、気づけなかった。
「……ボンクラ!!!」
サヤの声が、飛んだ。
振り向くより、早く。
サヤが、脚部のブレードを展開して。
——地を、蹴っていた。
高速で、俺に迫る。
その手が、俺の体を。
——突き飛ばした。
「——っ、サヤ!?」
止める間も、なかった。
体勢が、崩れる。
入れ替わるように。
サヤが、俺のいた場所に。
——避けろ。
声にも、ならなかった。
——その、刹那。
高い、乾いた音。
銃声が。
——サヤを、貫いた。
「あ、あああああぁぁぁぁ!!!!!」
第百五十一話、お読みいただきありがとうございました。
帰る場所が、ひとつ、消えました。
守るのが、得意なつもりでした。
救うのが、上手いつもりでした。
でも、ジュディはいつも。
守られる時だけ、下手なんですよね。
続きは、また明日。20:10。
よろしくお願いします。




