第百五十話「開戦の狼煙」
ガレスに連絡を入れて、二日。
四つの拠点のうち、通信網を担う一つが割れた。
「……優秀だな。」
「そうか?俺、まだ何もしてねーけど。」
「……お前ではない。情報屋だ。」
「ははっ。だろ?バイオストーンへの引き抜きは、勘弁してくれよ?」
「なぜ、お前が得意げなんだ。」
「ん?」
「……不思議な奴だ。」
うるせぇな。
仲間を持ち上げられて、悪い気はしねーだろ。
ロイドの拠点、地下のバー。
机の上に、割れた拠点の見取り図が広げられている。
その端末から、しわがれた声が響いた。
『——聞こえてるか。二人とも。』
「あぁ。助かったよ。」
『世辞はいい。仕事だ。』
低く、太い声。
通信越しでも、あの巨体が目に浮かぶ。
「そっちが例の情報屋か。」
『ガレス・ムバラだ。』
「お、おい。ガレス。」
『なんだ?』
「……なんでもない。」
——名乗るのかよ。
なんとなく、ロイドには伏せた方がいい気がしたんだけど……。
まぁ。本人が決めたなら、いいか。
俺が、止める話でもねぇ。
『ロイド・カーター、だったな。』
「あぁ。」
『名は聞いている。……用心は、仕事のうちだ。素性は、追わせてもらった。』
「構わん。追えたのなら、大したものだ。」
『はっ。気が合いそうだ。』
この二人は、妙なところで馬が合いそうだ。
なんか、嫌だな。やりにくい。
「ガレス。ハッカーまでのルートはどうだ?」
『正直、厳しいな。カメラの台数が多い。厳重だ。』
「……なら、完全に気づかれず侵入するのは無理か。制圧しながら進むしかねーな。」
『あぁ。』
「警備の人数は?」
『十人だ。表に三人。中に七人。』
——十人。
多くはない。
だが、気づかれる前に片付けなきゃならない。
「カメラの方、なんとかできるか。」
『……数分であれば、ダミー映像と差し替えができる。だが、相手はハッカーだ。気付かれるのも、時間の問題だぞ。』
「そんなにかからねーよ。オーバークロックを使う。」
『お前ならば、制圧に関しては問題ないだろう。しかし、扉がロックされていた場合はどうする?』
「……扉か。」
ロイドが、静かに割って入った。
「問題ない。私の方で、なんとかしよう。」
「そういや、あんたエージェントだったな。」
「……あぁ。こういう作戦は、こちらの領分だ。」
「なら、そっちは任せた。」
ロイドが、静かに頷いた。
言葉が、少ない。
だが、必要なことは全部揃っている。
——悪くねぇな。
そう思っている自分に、少しだけ驚いた。
作戦は、決まった。
——開戦だ。
—
拠点は、カルディアの外れにある倉庫だった。
夜。
人気のない、工業区。
錆びた鉄の匂いが、風に混じっている。
『カメラ、差し替えた。急げ。』
「あぁ。」
表の見張りは、三人。
両足に電撃を纏う。
物陰から、一気に間合いを潰した。
——チリッ。
視界が、横に流れた。
世界が、間延びする。
止まったような世界を、俺だけが動いた。
「……っ。」
一人目の首筋に、電流を叩き込む。
崩れる前に、二人目。三人目。
声を上げる暇も、与えない。
非殺傷で、意識だけを刈った。
「……よし。ロイド。」
「分かっている。」
倉庫の中へ、滑り込む。
ロイドが、先の扉に手をかざした。
指先が、電子錠の基盤に触れる。
——カチ。
音もなく、扉が開いた。
「……早ぇな。」
「無駄が多いと、死ぬ確率が上がるだけだ。」
「そりゃ、あんたらしいな。」
中の、七人。
ロイドと、二手に分かれた。
「……。」
奴が右、俺が左。
示し合わせた、わけじゃない。
自然と、そうなった。
ロイドは、動きに一切の無駄がない。
敵の退路を読み、角の物陰に身を潜めた。
——チリッ。
再び、両足に電撃を纏い加速する。
「……っあ。」
静かに。正確に。一人ずつ。
俺は、敵の思考を読んで、先回りする。
「……ん?なんだ?」
見張りの一人が、音に気付いてこちらへと寄ってくる。
物陰に隠れていたロイドが、素早く見張りを落とした。
「……ぐぁ。」
「……。」
ロイドは、敵の退路と死角を潰していく。
俺は、敵が次に取る行動を読んで先回りする。
奴が道を塞ぎ。
俺が、そこへ追い込む。
「……あ、が。」
静かに、十人。
——制圧が、完了した。
示し合わせていない。
それでも、驚くほどスムーズに終わった。
「……。」
思わず、二人で目を合わせた。
読みが、噛み合う。
言葉は、要らなかった。
——妙な、感覚だ。
背中を預けられる。
それが、こいつだってことに。
なんの、抵抗もなかった。
—
通信室は、倉庫の最奥だった。
薄暗い部屋の中央。
無数のモニタに囲まれて、痩せた男が座っていた。
「……あぁ?」
「……こんにちは。」
「お、お前、どうやってここに?見張りは、警備は何やってる!?」
俺は、すかさず銃口を男に向けた。
「おっと。応援は呼ぶなよ?妙な真似したら、お前が死ぬ方が早い。」
「……っ。」
男が、椅子ごと後ずさる。
モニタの光が、脂ぎった顔を照らした。
「……ネッド・カルロ。」
俺の後ろから、ロイドが男の名を呼んだ。
「久しぶりだな。『掃き溜めの耳』。」
「ロ、ロイド・カーター……っ!なんで、あんたが……。」
なんだ、こいつら知り合いなのか。
——ネッド・カルロ。
事前に、ガレスから情報は貰っていた。
裏社会に根を張った、凄腕のハッカーらしい。
通称、掃き溜めの耳。
ここで逃がせば、後々厄介になる手合いだった。
「以前、見逃してやった。その借りを返してもらう。」
「ま、待て、待ってくれ……!あ、あの時は、お前にもメリットはあったはずだ!」
「知らんな。ハピレス通信網の管理者権限を、寄越せ。」
「で、できるわけがないだろう!バレたら、俺がハピレスに殺される!」
ロイドが、銃を抜いた。
男の額に突きつける。
「バレなければいい話だろう。それとも、今死にたいか?」
「……っ。」
「選べ。今か、後かだ。」
ネッドはしばらく俯いた後、ロイドを見た。
「……っ。……くそっ。」
ネッドの指が、震えながらキーを叩いた。
モニタの一つに、管理画面が展開する。
「……ほ、ほら。全部、そこに……。」
「いい仕事だな。」
「あ、あぁ。ほらさっさと見て出てってくれ。」
ロイドは、管理画面を一瞥してネッドに向き直った。
「……ネッド。」
「……なん、だよ。」
「ご苦労だった。」
——パンッ。
乾いた音が、一つ。
ネッドの体が、椅子から崩れ落ちた。
モニタの光が、動かない影を青白く照らしている。
「……。」
俺は、その様子を眺めていた。
「殺すの、早くねーか?」
「……なに。」
「ハッカーなら、スパイに使えただろ。ハピレスに潜り込ませて、内側から探らせる手もあった。」
ロイドが、銃をしまった。
「先ほどの見張りと違い、こいつは通信網の構造をすべて把握している。」
「……あぁ。だから——」
「長期拘束する余裕もない。奪還されれば、すぐに通信網を塞がれる。こいつは、そういう役割だ。」
「……なるほどね。」
「まだ、敵の機能を担っている。生かす理由が、ない。」
——役割、か。
いつもの、あいつの理屈だった。
反論する気も、起きなかった。
血の匂いが、鼻をついた。
それだけだった。
俺はただ、床の死体を跨いで。
モニタの前に、腰を下ろした。
—
管理画面をあさる。
ハピレスの通信網。
外部への連絡手段、資金の流れ、指令の履歴。
片っ端から、開いていく。
——アッシュガードとの線は。
探したが、直接は出てこなかった。
ただ、外部連絡の項目に一つだけ妙な記述があった。
『上位連絡は、ミゼラ・ノックスの端末経由。生体認証後に通信可能。』
ミゼラ・ノックス。
ハピレスの、頭。
そいつの端末を通さなきゃ、アッシュガードとは繋がれないらしい。
面倒な、造りだ。
徹底してるな。
「……どうだ?」
「いや。正直、空振りだ。頭を押さえなきゃアッシュガードとは——」
その時、フォルダの一つが目に入った。
名前が、ついていた。
『キムラ・ジュディ』。
——俺の、名前。
「なんだ、これ。」
「なにか、あったのか?」
「……いや。俺の名前のファイルが。」
「……なんだと?」
ロイドに返答をしながら、ファイルを開いた。
「……っ。」
中身を見て。
一瞬、頭が真っ白になった。
俺の顔写真。
行動範囲。工房の住所。
それだけじゃ、なかった。
カイラ。サヤ。
ガレス。ネル。ジャス。
ベルン家。
俺の周りにいる人間と、その居場所が。
そこに並んでいた。
指先が、冷たくなっていく。
一つずつ、確かめるように読んだ。
しかも、それぞれに。
順番と手順が、振られていた。
——追い詰める、方法。
一人ずつ。
どう狙い、どう奪うか。
まるで、料理の手順書みたいに。
「……なんなんだ、これ。」
「おい。ジュディ?」
「なんなんだよ!!これ!!」
声が、震えていた。
俺を殺す計画じゃ、なかった。
俺の周りを、順番に。
一つずつ、奪っていく計画だった。
——なんで。
殺すなら、俺を殺せばいい。
なのに、こいつらは。
俺を生かしたまま。
生かして、周りだけを。
一つずつ、削っていく気だ。
——反吐が、出る。
一番上の、項目。
最初に狙う、標的。
——そこに、見慣れた文字があった。
『魔術工房』。
準備状況の欄が。
——『完了』に、なっていた。
第百五十話、お読みいただきありがとうございました。
え、もう百五十話!?
早いものですね。皆様ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
ジュディとロイド。
「利用し合う」二人の、初めての共同作業でした。
仕事においては、意外と相性が良いですね。
その手が掴んだのは、大切なものを狙う、計画書。
しかも、狙いは「殺す」ことじゃない。
なぜ、殺さないのか。
気味悪いですね。
明日も20:10、続きます。
よろしくお願いします。




