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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|ハピレス編

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第百五十話「開戦の狼煙」

ガレスに連絡を入れて、二日。

四つの拠点のうち、通信網を担う一つが割れた。


「……優秀だな。」

「そうか?俺、まだ何もしてねーけど。」

「……お前ではない。情報屋だ。」

「ははっ。だろ?バイオストーンへの引き抜きは、勘弁してくれよ?」

「なぜ、お前が得意げなんだ。」

「ん?」

「……不思議な奴だ。」


うるせぇな。

仲間を持ち上げられて、悪い気はしねーだろ。


ロイドの拠点、地下のバー。

机の上に、割れた拠点の見取り図が広げられている。


その端末から、しわがれた声が響いた。


『——聞こえてるか。二人とも。』

「あぁ。助かったよ。」

『世辞はいい。仕事だ。』


低く、太い声。

通信越しでも、あの巨体が目に浮かぶ。


「そっちが例の情報屋か。」

『ガレス・ムバラだ。』

「お、おい。ガレス。」

『なんだ?』

「……なんでもない。」


——名乗るのかよ。


なんとなく、ロイドには伏せた方がいい気がしたんだけど……。

まぁ。本人が決めたなら、いいか。

俺が、止める話でもねぇ。


『ロイド・カーター、だったな。』

「あぁ。」

『名は聞いている。……用心は、仕事のうちだ。素性は、追わせてもらった。』

「構わん。追えたのなら、大したものだ。」

『はっ。気が合いそうだ。』


この二人は、妙なところで馬が合いそうだ。

なんか、嫌だな。やりにくい。


「ガレス。ハッカーまでのルートはどうだ?」

『正直、厳しいな。カメラの台数が多い。厳重だ。』

「……なら、完全に気づかれず侵入するのは無理か。制圧しながら進むしかねーな。」

『あぁ。』

「警備の人数は?」

『十人だ。表に三人。中に七人。』


——十人。


多くはない。

だが、気づかれる前に片付けなきゃならない。


「カメラの方、なんとかできるか。」

『……数分であれば、ダミー映像と差し替えができる。だが、相手はハッカーだ。気付かれるのも、時間の問題だぞ。』

「そんなにかからねーよ。オーバークロックを使う。」

『お前ならば、制圧に関しては問題ないだろう。しかし、扉がロックされていた場合はどうする?』

「……扉か。」


ロイドが、静かに割って入った。


「問題ない。私の方で、なんとかしよう。」

「そういや、あんたエージェントだったな。」

「……あぁ。こういう作戦は、こちらの領分だ。」

「なら、そっちは任せた。」


ロイドが、静かに頷いた。

言葉が、少ない。

だが、必要なことは全部揃っている。


——悪くねぇな。


そう思っている自分に、少しだけ驚いた。


作戦は、決まった。

——開戦だ。







拠点は、カルディアの外れにある倉庫だった。


夜。

人気のない、工業区。

錆びた鉄の匂いが、風に混じっている。


『カメラ、差し替えた。急げ。』

「あぁ。」


表の見張りは、三人。

両足に電撃を纏う。


物陰から、一気に間合いを潰した。


——チリッ。


視界が、横に流れた。

世界が、間延びする。

止まったような世界を、俺だけが動いた。


「……っ。」


一人目の首筋に、電流を叩き込む。

崩れる前に、二人目。三人目。


声を上げる暇も、与えない。

非殺傷で、意識だけを刈った。


「……よし。ロイド。」

「分かっている。」


倉庫の中へ、滑り込む。

ロイドが、先の扉に手をかざした。

指先が、電子錠の基盤に触れる。


——カチ。


音もなく、扉が開いた。


「……早ぇな。」

「無駄が多いと、死ぬ確率が上がるだけだ。」

「そりゃ、あんたらしいな。」


中の、七人。

ロイドと、二手に分かれた。


「……。」


奴が右、俺が左。

示し合わせた、わけじゃない。

自然と、そうなった。


ロイドは、動きに一切の無駄がない。

敵の退路を読み、角の物陰に身を潜めた。


——チリッ。


再び、両足に電撃を纏い加速する。


「……っあ。」


静かに。正確に。一人ずつ。

俺は、敵の思考を読んで、先回りする。


「……ん?なんだ?」


見張りの一人が、音に気付いてこちらへと寄ってくる。

物陰に隠れていたロイドが、素早く見張りを落とした。


「……ぐぁ。」

「……。」


ロイドは、敵の退路と死角を潰していく。

俺は、敵が次に取る行動を読んで先回りする。


奴が道を塞ぎ。

俺が、そこへ追い込む。


「……あ、が。」


静かに、十人。

——制圧が、完了した。


示し合わせていない。

それでも、驚くほどスムーズに終わった。


「……。」


思わず、二人で目を合わせた。


読みが、噛み合う。

言葉は、要らなかった。


——妙な、感覚だ。


背中を預けられる。

それが、こいつだってことに。

なんの、抵抗もなかった。







通信室は、倉庫の最奥だった。


薄暗い部屋の中央。

無数のモニタに囲まれて、痩せた男が座っていた。


「……あぁ?」

「……こんにちは。」

「お、お前、どうやってここに?見張りは、警備は何やってる!?」


俺は、すかさず銃口を男に向けた。


「おっと。応援は呼ぶなよ?妙な真似したら、お前が死ぬ方が早い。」

「……っ。」


男が、椅子ごと後ずさる。

モニタの光が、脂ぎった顔を照らした。


「……ネッド・カルロ。」


俺の後ろから、ロイドが男の名を呼んだ。


「久しぶりだな。『掃き溜めの耳』。」

「ロ、ロイド・カーター……っ!なんで、あんたが……。」


なんだ、こいつら知り合いなのか。


——ネッド・カルロ。


事前に、ガレスから情報は貰っていた。


裏社会に根を張った、凄腕のハッカーらしい。

通称、掃き溜めの耳。


ここで逃がせば、後々厄介になる手合いだった。


「以前、見逃してやった。その借りを返してもらう。」

「ま、待て、待ってくれ……!あ、あの時は、お前にもメリットはあったはずだ!」

「知らんな。ハピレス通信網の管理者権限を、寄越せ。」

「で、できるわけがないだろう!バレたら、俺がハピレスに殺される!」


ロイドが、銃を抜いた。

男の額に突きつける。


「バレなければいい話だろう。それとも、今死にたいか?」

「……っ。」

「選べ。今か、後かだ。」


ネッドはしばらく俯いた後、ロイドを見た。


「……っ。……くそっ。」


ネッドの指が、震えながらキーを叩いた。

モニタの一つに、管理画面が展開する。


「……ほ、ほら。全部、そこに……。」

「いい仕事だな。」

「あ、あぁ。ほらさっさと見て出てってくれ。」


ロイドは、管理画面を一瞥してネッドに向き直った。


「……ネッド。」

「……なん、だよ。」

「ご苦労だった。」


——パンッ。


乾いた音が、一つ。


ネッドの体が、椅子から崩れ落ちた。

モニタの光が、動かない影を青白く照らしている。


「……。」


俺は、その様子を眺めていた。


「殺すの、早くねーか?」

「……なに。」

「ハッカーなら、スパイに使えただろ。ハピレスに潜り込ませて、内側から探らせる手もあった。」


ロイドが、銃をしまった。


「先ほどの見張りと違い、こいつは通信網の構造をすべて把握している。」

「……あぁ。だから——」

「長期拘束する余裕もない。奪還されれば、すぐに通信網を塞がれる。こいつは、そういう役割だ。」

「……なるほどね。」

「まだ、敵の機能を担っている。生かす理由が、ない。」


——役割、か。


いつもの、あいつの理屈だった。

反論する気も、起きなかった。


血の匂いが、鼻をついた。

それだけだった。


俺はただ、床の死体を跨いで。

モニタの前に、腰を下ろした。







管理画面をあさる。


ハピレスの通信網。

外部への連絡手段、資金の流れ、指令の履歴。

片っ端から、開いていく。


——アッシュガードとの線は。


探したが、直接は出てこなかった。

ただ、外部連絡の項目に一つだけ妙な記述があった。


『上位連絡は、ミゼラ・ノックスの端末経由。生体認証後に通信可能。』


ミゼラ・ノックス。

ハピレスの、頭。

そいつの端末を通さなきゃ、アッシュガードとは繋がれないらしい。


面倒な、造りだ。

徹底してるな。


「……どうだ?」

「いや。正直、空振りだ。頭を押さえなきゃアッシュガードとは——」


その時、フォルダの一つが目に入った。

名前が、ついていた。


『キムラ・ジュディ』。


——俺の、名前。


「なんだ、これ。」

「なにか、あったのか?」

「……いや。俺の名前のファイルが。」

「……なんだと?」


ロイドに返答をしながら、ファイルを開いた。


「……っ。」


中身を見て。

一瞬、頭が真っ白になった。


俺の顔写真。

行動範囲。工房の住所。

それだけじゃ、なかった。


カイラ。サヤ。

ガレス。ネル。ジャス。

ベルン家。


俺の周りにいる人間と、その居場所が。

そこに並んでいた。


指先が、冷たくなっていく。

一つずつ、確かめるように読んだ。


しかも、それぞれに。

順番と手順が、振られていた。


——追い詰める、方法。


一人ずつ。

どう狙い、どう奪うか。

まるで、料理の手順書みたいに。


「……なんなんだ、これ。」

「おい。ジュディ?」

「なんなんだよ!!これ!!」


声が、震えていた。


俺を殺す計画じゃ、なかった。

俺の周りを、順番に。

一つずつ、奪っていく計画だった。


——なんで。


殺すなら、俺を殺せばいい。

なのに、こいつらは。

俺を生かしたまま。


生かして、周りだけを。

一つずつ、削っていく気だ。


——反吐が、出る。


一番上の、項目。

最初に狙う、標的。

——そこに、見慣れた文字があった。


『魔術工房』。


準備状況の欄が。

——『完了』に、なっていた。


第百五十話、お読みいただきありがとうございました。


え、もう百五十話!?

早いものですね。皆様ここまでお付き合いいただきありがとうございます!


ジュディとロイド。

「利用し合う」二人の、初めての共同作業でした。

仕事においては、意外と相性が良いですね。


その手が掴んだのは、大切なものを狙う、計画書。

しかも、狙いは「殺す」ことじゃない。


なぜ、殺さないのか。

気味悪いですね。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。


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