第百四十九話「利用し合う方針」
翌日の、工房。
昨日ロイドとは、ハピレスがバイオストーンを裏切った情報を伝えて解散になった。
今日話をするための座標は、すでに届いている。
ベランダで、煙草を吹かしていた。
カルディアの朝は、薄い霧がかかっている。
その白さをぼんやり眺めていた時。
『……こんにちは。』
(……エミリ。)
『……。』
声が、暗かった。
振り向くと、エミリが隣に立っていた。
いつもの、飄々とした顔じゃない。
——ダン。
あいつが死んだ原因の一端は、自分にある。
そう思い込んで、まだ抜け出せていないんだろう。
俺は、少しだけ声を明るくした。
(ロイドと、会えたぞ。)
『……ロイドと?』
(あぁ。ダンさんの、おかげでな。)
『そう、ですか。……ロイドは、なんて?』
(お前を、助けたいってさ。目的は、やっぱり一緒みたいだ。)
『……嘘ですね。』
(……いや?)
『ロイドは、私を「助ける」だなんて言いません。回収、とか。捕獲、とか。そう言ったのではないですか?』
(……いや?)
『嘘が、下手ですね。ジュディは。』
(……いや?)
『……先ほどから、「いや?」しか言えてませんよ?』
(……。)
エミリが、ふっと笑った。
『えへへ。……優しい、嘘ですね。』
俺は、煙を吐き出した。
こいつは、分かってる。
ロイドがどういう男で、自分をどう見ているか。
その上で、自分の自由を奪う相手を慕っている。
……矛盾している。その気持ちは。
(エミリ。)
『……はい。』
(ロイドのこと、どう思ってんだ?)
『……。』
(俺から見たあいつは。お世辞にも、お前にとっていい奴には見えなかった。)
エミリが、少しだけ俯いた。
頭を無造作にポリポリと掻く。
『……どう、と言われましても。困りますね。』
(……。)
『前にも言いましたが。私の、お父さんのような人です。』
(正直、そうだとしたら。俺は、父親失格だと思うぜ?)
『えへへ。そうですね。褒められた父親では、ないでしょうね。』
(……じゃあ、やっぱ……。)
『それでも、私のお父さんです。』
(……。)
『私に、名前を、くれたから。』
エミリが、こっちを真っ直ぐ見た。
その目に、涙が浮かんでいた。
『ロイドは。あの人は、ずっと苦しんでいます。』
(……苦しんでる?)
あの無表情な男がか?
……正直、想像はできなかった。
『バイオストーンのエージェント。……綺麗な仕事ではないことは、想像できますよね?』
(……まぁ、な。)
『ほとんどは、秘密裏に人を消す仕事です。紛争地帯への、派遣などもあります。』
(……。)
『私が人を殺した夜も。同一化の進行で、苦しむ夜も。』
(……。)
『あの人は、私の背中に手を添えて、言いました。』
(……。)
『お前は、役割を果たしただけだと。何も悪くないと。』
エミリの頬を涙が伝った。
(……それで、救われたってのか。)
『はい。少なくとも、あの夜の私は。』
(違う。違うだろエミリ。それは、洗脳に近い。……と、思う。)
『……違う、のかもしれませんね。』
エミリは、否定しなかった。
分かった上で、それでも。
『それでも、私は救われていました。……結果として、逃げ出すことには、なってしまいましたが。』
(……。)
『あの人は、自身の情と役割に苦しんで、なお。私を、役割で救おうとしてくれた。』
(……。)
『そこを、否定は。できませんよ。』
思わず、手を伸ばした。
エミリの、涙を拭おうとして。
その手は、あいつをすり抜けた。
——そうだ。
こいつは、ここにいない。
(……エミリ。)
『はい。』
(絶対に、お前を助ける。……俺のためにな。)
『へへ。……ジュディは、やっぱり。嘘が下手ですね。』
感覚が、途切れかけた。
その、最後に。
『ジュディ。ロイドに、伝えてください。』
(……ん?)
『……ごめんなさい。お父さん、と。』
(……約束は、できない。)
『はい。』
エミリの姿が薄れて、消えた。
ベランダに、俺一人。
煙草は、とっくに短くなっていた。
—
ロイドとの、待ち合わせ。
場所は、カルディア郊外の潰れたバーの地下だった。
扉の上に、監視カメラがある。
それが俺を捉えると、扉がひとりでに開いた。
「……。」
中に入ると、小さな拠点があった。
手前には、打ち合わせで使うであろう机と椅子。
右奥には、簡易的な寝床とソファ。
左奥には、重火器のようなものが密集していた。
……なるほどな。
綺麗とは言えないまでも、カルディアで活動するには十分な場所だ。
「……よぉ。」
「来たか。」
机に俯いていたロイドに声をかける。
ロイドは、こちらを一瞥もせずに答えた。
「こんな立派な拠点があるとはな。アルカナやカルディア政府は、大丈夫なのか?」
「……知られることはない。お前が言わない限りな。」
「へぇ。じゃあ、この場所もあんたらの弱みになるわけだ?」
「弱みになるなら、そもそも招いていない。こんな場所の代わりなど、いくらでもある。」
「……そうかい。」
ロイドが、机の上に資料を広げた。
紙の、資料だった。
——この世界では、随分とアナログだな。
「昨日、お前の言っていた情報。裏が取れた。」
「……それで?」
「ハピレスがバイオストーンを裏切ったこと。拠点をここカルディアに移したこと。全て、整合性が取れている。」
「んじゃ、一旦は信用してもらえたってことでいいんだな。」
「……あぁ。」
ロイドが、資料を指で叩いた。
「目下の目標は、アッシュガードへの接触だ。」
「エミリを取り戻すなら、そこだもんな。」
「バイオストーン経由で接触を試みたが、空振りだ。向こうも、ハピレスが裏切ったことを見越して、警戒している。」
「まぁ。そうだわな。」
だとすれば、今の俺たちにアッシュガードへの糸口はない。
繋がりを持てるのは、ハピレスだけ。
そこから、叩くしかない。
「となると。あんたも、まずはハピレスを叩く。それで合ってるか?」
「……あぁ。まずはハピレス幹部に接触して、確保する。なんとかして、アッシュガードに繋がる情報を引き出す。」
ロイドが、そう言った。
穏当な、手だった。
だが、こちらとしてはそれでは不十分だ。
俺の目的はハピレスを潰すこと、アッシュガードに接触する手立てを見つけること。
この二つを達成する必要がある。
「ハピレスは、そんなに甘くねぇよ。」
「……なに?」
「既に、何回かやりあってる。潰す気でかからねぇと、こっちが潰される。」
「……。」
「実際、あんたらにも実害は出てるだろ?」
「……ダン・ベルンと、ポエロ・ギンチャクのことか。」
——一緒に、すんな。
ダンと、あんな汚職野郎を。
腹の底が、ざらついた。
だが、ロイドにその区別はない。
奴にとっては、どちらもバイオストーンの損害でしかない。
「……あぁ。こっちもこっちで、潰す準備は進めてる。」
「……。」
「アッシュガードへの接触は、その後の方がスムーズなはずだ。」
「……私怨だな。」
「あ?」
「お前の言い分も、無理くりではあるが筋は通っている。一応、納得もしよう。」
「……。」
「しかし、見誤るなよ。」
ロイドの目が、俺を捉えた。
「私怨で目的を見失えば、足をすくわれるぞ。」
「……っは。うるせーよ。」
——私怨。
違いねぇよ。
だが、それの何が悪ぃ。
そんな俺を察しているのか。
ロイドは、静かに口を開いた。
「まずは、外堀から埋めていこう。」
「……なんか手があんのか?」
「こちらで調べた限り、カルディアに移ってきたハピレスの拠点は、四つだ。」
「思ったより多いな。なるべく無駄なく、効率的に潰さねーと。」
「……まぁ、いい。この中でも、ハピレス内部の通信網を担う拠点があるはずだ。」
「まずは、そこを叩いて敵情を把握するってことか。」
「ジュディ。お前は、話が早いな。」
「世辞はいいって。どこの拠点かは、掴めてんのか?」
「……いや。正直、手詰まりだ。」
ロイドが、めずらしく言い淀んだ。
「分かった。一旦、この情報は貰っておく。」
「……伝手が、あるのか。」
「あぁ。腕の立つ情報屋がいる。それなりに、絞ってくれるはずだぜ。」
「……なるほどな。」
——ガレス。
あの巨体を頭に浮かべる。
ハピレスの導線なら、あいつの右に出る奴はいない。
ロイドに、名前までは教えねぇけどな。
—
資料をまとめる。
話は、あらかた片付いた。
——あとは、伝言、だったか。
椅子に背を預けたまま、口を開いた。
「……ロイド。」
「なんだ。」
「今日の朝、エミリと話したぜ。」
「そうか。現状、A-3Rは無事……。損害は、あるのか。」
「……はぁ。」
わざわざ事務的な言葉に言い直したな。
思わず、ため息をついてしまった。
「なんだ。」
「もういいって。別に、俺にまでエミリの扱い方を気にしなくていい。」
「お前に気を遣っているわけではない。」
「だとしたら、なんだ。自分に、言い聞かせてんのか?」
「……。」
ロイドは、答えなかった。
「名前を呼ばない。回収。損害。」
「……。」
「そんな言葉一つで、あんたの中のエミリは、変わんのか?」
「……変わる変わらないでは、ない。A-3Rは……兵器だ。」
「エミリは、そう思ってねーぞ。あいつは、お前を慕ってる。」
思わず、拳に力が入る。
エミリの気持ちを聞いた今、熱が入るのも仕方がない。
「……管理上の都合だ。信用を勝ち取ることは、利に繋がる。」
「それだけの理由で、名前をつけて、あいつに寄り添ったのか?」
「……答える必要は、ない。」
「はぁ。頑固だな。あんた。」
「お前は踏み込みすぎだ、ジュディ。」
——駄目だ。
こいつの中の、線を。
言葉じゃ、どうにも動かせねぇ。
俺は、諦めて息を吐いた。
それから、椅子から立ち上がる。
「……一応、伝言だから言っておく。」
「……。」
「俺個人としては、伝えたくねーけどな。」
「なんだ。」
扉に手をかけたまま、背中越しに言った。
「『ごめんなさい。お父さん』。……だってよ。」
一拍、あった。
「……そうか。」
低い、声だった。
それから、もう一言。
「……エミリが、そう言ったのか。」
その言葉は。
ほんの、小さく。
ロイドの口から、漏れていた。
俺は、振り返らなかった。
扉を開けて、地下から出る。
夜の、階段を上がる。
——役割で生きる男。
その男が、たった今。
名前を口にして。
今度は、言い直さなかった。
第百四十九話、お読みいただきありがとうございました。
エミリと、ロイド。
二人は直接、言葉を交わしていません。
ジュディを挟んで、想いだけが、すれ違うように届きます。
「利用し合う」なんて言っておきながら。
最後の一言だけは、どうしても、隠せませんでしたね。
明日も20:10、続きます。
よろしくお願いします。




