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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|ハピレス編

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第百四十九話「利用し合う方針」

翌日の、工房。


昨日ロイドとは、ハピレスがバイオストーンを裏切った情報を伝えて解散になった。

今日話をするための座標は、すでに届いている。


ベランダで、煙草を吹かしていた。

カルディアの朝は、薄い霧がかかっている。

その白さをぼんやり眺めていた時。


『……こんにちは。』

(……エミリ。)

『……。』


声が、暗かった。

振り向くと、エミリが隣に立っていた。

いつもの、飄々とした顔じゃない。


——ダン。


あいつが死んだ原因の一端は、自分にある。

そう思い込んで、まだ抜け出せていないんだろう。


俺は、少しだけ声を明るくした。


(ロイドと、会えたぞ。)

『……ロイドと?』

(あぁ。ダンさんの、おかげでな。)

『そう、ですか。……ロイドは、なんて?』

(お前を、助けたいってさ。目的は、やっぱり一緒みたいだ。)

『……嘘ですね。』

(……いや?)

『ロイドは、私を「助ける」だなんて言いません。回収、とか。捕獲、とか。そう言ったのではないですか?』

(……いや?)

『嘘が、下手ですね。ジュディは。』

(……いや?)

『……先ほどから、「いや?」しか言えてませんよ?』

(……。)


エミリが、ふっと笑った。


『えへへ。……優しい、嘘ですね。』


俺は、煙を吐き出した。


こいつは、分かってる。

ロイドがどういう男で、自分をどう見ているか。

その上で、自分の自由を奪う相手を慕っている。


……矛盾している。その気持ちは。


(エミリ。)

『……はい。』

(ロイドのこと、どう思ってんだ?)

『……。』

(俺から見たあいつは。お世辞にも、お前にとっていい奴には見えなかった。)


エミリが、少しだけ俯いた。

頭を無造作にポリポリと掻く。


『……どう、と言われましても。困りますね。』

(……。)

『前にも言いましたが。私の、お父さんのような人です。』

(正直、そうだとしたら。俺は、父親失格だと思うぜ?)

『えへへ。そうですね。褒められた父親では、ないでしょうね。』

(……じゃあ、やっぱ……。)

『それでも、私のお父さんです。』

(……。)

『私に、名前を、くれたから。』


エミリが、こっちを真っ直ぐ見た。

その目に、涙が浮かんでいた。


『ロイドは。あの人は、ずっと苦しんでいます。』

(……苦しんでる?)


あの無表情な男がか?

……正直、想像はできなかった。


『バイオストーンのエージェント。……綺麗な仕事ではないことは、想像できますよね?』

(……まぁ、な。)

『ほとんどは、秘密裏に人を消す仕事です。紛争地帯への、派遣などもあります。』

(……。)

『私が人を殺した夜も。同一化の進行で、苦しむ夜も。』

(……。)

『あの人は、私の背中に手を添えて、言いました。』

(……。)

『お前は、役割を果たしただけだと。何も悪くないと。』


エミリの頬を涙が伝った。


(……それで、救われたってのか。)

『はい。少なくとも、あの夜の私は。』

(違う。違うだろエミリ。それは、洗脳に近い。……と、思う。)

『……違う、のかもしれませんね。』


エミリは、否定しなかった。

分かった上で、それでも。


『それでも、私は救われていました。……結果として、逃げ出すことには、なってしまいましたが。』

(……。)

『あの人は、自身の情と役割に苦しんで、なお。私を、役割で救おうとしてくれた。』

(……。)

『そこを、否定は。できませんよ。』


思わず、手を伸ばした。

エミリの、涙を拭おうとして。

その手は、あいつをすり抜けた。


——そうだ。

こいつは、ここにいない。


(……エミリ。)

『はい。』

(絶対に、お前を助ける。……俺のためにな。)

『へへ。……ジュディは、やっぱり。嘘が下手ですね。』


感覚が、途切れかけた。

その、最後に。


『ジュディ。ロイドに、伝えてください。』

(……ん?)

『……ごめんなさい。お父さん、と。』

(……約束は、できない。)

『はい。』


エミリの姿が薄れて、消えた。

ベランダに、俺一人。

煙草は、とっくに短くなっていた。







ロイドとの、待ち合わせ。

場所は、カルディア郊外の潰れたバーの地下だった。


扉の上に、監視カメラがある。

それが俺を捉えると、扉がひとりでに開いた。


「……。」


中に入ると、小さな拠点があった。

手前には、打ち合わせで使うであろう机と椅子。

右奥には、簡易的な寝床とソファ。

左奥には、重火器のようなものが密集していた。


……なるほどな。

綺麗とは言えないまでも、カルディアで活動するには十分な場所だ。


「……よぉ。」

「来たか。」


机に俯いていたロイドに声をかける。

ロイドは、こちらを一瞥もせずに答えた。


「こんな立派な拠点があるとはな。アルカナやカルディア政府は、大丈夫なのか?」

「……知られることはない。お前が言わない限りな。」

「へぇ。じゃあ、この場所もあんたらの弱みになるわけだ?」

「弱みになるなら、そもそも招いていない。こんな場所の代わりなど、いくらでもある。」

「……そうかい。」


ロイドが、机の上に資料を広げた。

紙の、資料だった。


——この世界では、随分とアナログだな。


「昨日、お前の言っていた情報。裏が取れた。」

「……それで?」

「ハピレスがバイオストーンを裏切ったこと。拠点をここカルディアに移したこと。全て、整合性が取れている。」

「んじゃ、一旦は信用してもらえたってことでいいんだな。」

「……あぁ。」


ロイドが、資料を指で叩いた。


「目下の目標は、アッシュガードへの接触だ。」

「エミリを取り戻すなら、そこだもんな。」

「バイオストーン経由で接触を試みたが、空振りだ。向こうも、ハピレスが裏切ったことを見越して、警戒している。」

「まぁ。そうだわな。」


だとすれば、今の俺たちにアッシュガードへの糸口はない。

繋がりを持てるのは、ハピレスだけ。

そこから、叩くしかない。


「となると。あんたも、まずはハピレスを叩く。それで合ってるか?」

「……あぁ。まずはハピレス幹部に接触して、確保する。なんとかして、アッシュガードに繋がる情報を引き出す。」


ロイドが、そう言った。

穏当な、手だった。


だが、こちらとしてはそれでは不十分だ。

俺の目的はハピレスを潰すこと、アッシュガードに接触する手立てを見つけること。

この二つを達成する必要がある。


「ハピレスは、そんなに甘くねぇよ。」

「……なに?」

「既に、何回かやりあってる。潰す気でかからねぇと、こっちが潰される。」

「……。」

「実際、あんたらにも実害は出てるだろ?」

「……ダン・ベルンと、ポエロ・ギンチャクのことか。」


——一緒に、すんな。


ダンと、あんな汚職野郎を。

腹の底が、ざらついた。


だが、ロイドにその区別はない。

奴にとっては、どちらもバイオストーンの損害でしかない。


「……あぁ。こっちもこっちで、潰す準備は進めてる。」

「……。」

「アッシュガードへの接触は、その後の方がスムーズなはずだ。」

「……私怨だな。」

「あ?」

「お前の言い分も、無理くりではあるが筋は通っている。一応、納得もしよう。」

「……。」

「しかし、見誤るなよ。」


ロイドの目が、俺を捉えた。


「私怨で目的を見失えば、足をすくわれるぞ。」

「……っは。うるせーよ。」


——私怨。

違いねぇよ。

だが、それの何が悪ぃ。


そんな俺を察しているのか。

ロイドは、静かに口を開いた。


「まずは、外堀から埋めていこう。」

「……なんか手があんのか?」

「こちらで調べた限り、カルディアに移ってきたハピレスの拠点は、四つだ。」

「思ったより多いな。なるべく無駄なく、効率的に潰さねーと。」

「……まぁ、いい。この中でも、ハピレス内部の通信網を担う拠点があるはずだ。」

「まずは、そこを叩いて敵情を把握するってことか。」

「ジュディ。お前は、話が早いな。」

「世辞はいいって。どこの拠点かは、掴めてんのか?」

「……いや。正直、手詰まりだ。」


ロイドが、めずらしく言い淀んだ。


「分かった。一旦、この情報は貰っておく。」

「……伝手が、あるのか。」

「あぁ。腕の立つ情報屋がいる。それなりに、絞ってくれるはずだぜ。」

「……なるほどな。」


——ガレス。


あの巨体を頭に浮かべる。

ハピレスの導線なら、あいつの右に出る奴はいない。

ロイドに、名前までは教えねぇけどな。







資料をまとめる。

話は、あらかた片付いた。


——あとは、伝言、だったか。


椅子に背を預けたまま、口を開いた。


「……ロイド。」

「なんだ。」

「今日の朝、エミリと話したぜ。」

「そうか。現状、A-3Rは無事……。損害は、あるのか。」

「……はぁ。」


わざわざ事務的な言葉に言い直したな。

思わず、ため息をついてしまった。


「なんだ。」

「もういいって。別に、俺にまでエミリの扱い方を気にしなくていい。」

「お前に気を遣っているわけではない。」

「だとしたら、なんだ。自分に、言い聞かせてんのか?」

「……。」


ロイドは、答えなかった。


「名前を呼ばない。回収。損害。」

「……。」

「そんな言葉一つで、あんたの中のエミリは、変わんのか?」

「……変わる変わらないでは、ない。A-3Rは……兵器だ。」

「エミリは、そう思ってねーぞ。あいつは、お前を慕ってる。」


思わず、拳に力が入る。

エミリの気持ちを聞いた今、熱が入るのも仕方がない。


「……管理上の都合だ。信用を勝ち取ることは、利に繋がる。」

「それだけの理由で、名前をつけて、あいつに寄り添ったのか?」

「……答える必要は、ない。」

「はぁ。頑固だな。あんた。」

「お前は踏み込みすぎだ、ジュディ。」


——駄目だ。

こいつの中の、線を。

言葉じゃ、どうにも動かせねぇ。


俺は、諦めて息を吐いた。

それから、椅子から立ち上がる。


「……一応、伝言だから言っておく。」

「……。」

「俺個人としては、伝えたくねーけどな。」

「なんだ。」


扉に手をかけたまま、背中越しに言った。


「『ごめんなさい。お父さん』。……だってよ。」


一拍、あった。


「……そうか。」


低い、声だった。

それから、もう一言。


「……エミリが、そう言ったのか。」


その言葉は。

ほんの、小さく。

ロイドの口から、漏れていた。


俺は、振り返らなかった。

扉を開けて、地下から出る。


夜の、階段を上がる。

——役割で生きる男。


その男が、たった今。

名前を口にして。

今度は、言い直さなかった。


第百四十九話、お読みいただきありがとうございました。


エミリと、ロイド。

二人は直接、言葉を交わしていません。

ジュディを挟んで、想いだけが、すれ違うように届きます。


「利用し合う」なんて言っておきながら。

最後の一言だけは、どうしても、隠せませんでしたね。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。


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