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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第四章|ハピレス編

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第百四十八話「役割に生きる男」

指定された座標は、高台だった。


カルディアを見下ろす場所。

覚えがあった。


いつだったか、こいつと来た気がする。

——脳内の、同居人と。


『……よく覚えてたな。』

(気色悪かったからな。お前、本当に何もしてねーんだよな?)

『っは。んなことができんなら、お前はとっくに俺になってるさ。』

(……全然、笑えねーよ。)


軽口を叩きながら、街を眺めた。

何も、変わっていない。

俺の状況も、ダンを失ったことも。

街は、意にも介さず動き続けている。


——そういうもんだ。


それでいい。

変わらないでいてくれた方が、まだ救われる気がした。

煙草を咥えようとした、その時。


背中に、冷たい感触が当たった。


「……動くな。」


低い声だった。

無駄が、ひとつもない。


「……はぁ。」

「随分と、不用心だな。」

「……そうか?」

「罠だとは、思わなかったのか。」

「それは、こっちも言えることだぜ?」

「感心しないな。敵を侮るのは。」


銃口が、わずかに押し付けられた。


「調査をしていないはずが、ないだろう。お前が一人であることは、確認済みだ。」

「……へぇ。」


——なるほど。

仕事の、できる男らしい。

だが。


——悪ぃな。


両足に電撃を溜めた。


——チリッ。


弾けた瞬間、視界が横へ流れた。

銃口の外へ滑り、そのまま男の背後へ回り込む。


今度は、こっちが銃口を突きつける番だった。


「敵を侮るのは、感心しねーな?」

「……。」

「これで、おあいこだ。」


男は、動じなかった。

突きつけられた銃口を一瞥もしない。


気づけば、奴の銃口も俺の脇腹を捉えていた。


——文字通り、おあいこかよ。


男が、ゆっくりと振り返った。


「……どうやら、まったくの素人でもないらしい。」

「そりゃ、どーも。」


——年季の入った顔だった。


四十は、とうに超えている。

くたびれたジャケット。削げた頬。

戦い慣れた、立ち方だった。

隙が、見当たらない。

けれど、目だけがやけに静かだった。


「……。」


感情の読めない目。

と言うより、自分が何に準ずるかを決めている目。


俺は、こういう目をした奴を知っている。

——嘘を、つかない目だ。


「ロイド・カーター。」


男が、名乗った。

問いも、前置きもなかった。


「A-3Rは、どこだ。」

「直球すぎんだろ。」

「雑談をしにきたわけではない。」

「……っは。」


俺は銃を下ろさないまま、笑ってみせた。


「……キムラ・ジュディだ。」

「名前など調査済みだ。質問に答えろ。」

「そう急ぐなって。俺にも、事情がある。」


ロイドは、急かさなかった。

銃を下ろして、ただ待った。

無言のまま、答えを待つ男だった。


正直、この手のタイプはやりにくい。


半端な揺さぶりは、通用しないだろう。

情報を小出しにして、様子を見るしかない。


「こっちも分かってるけど、一応聞いておく。あんたの目的は?」

「A-3Rの回収だ。」

「……回収?物みてぇに言うなよ。普通は救出とかじゃねーのか?」

「……言い方の問題だろう。細かいことはいい。」


言い方の、問題。

——いや。

そうじゃ、ないだろ。


こいつは今、確かに「回収」と言った。

……気にくわねぇな。


「あんた、あいつの名付け親なんだってな。」

「……。」

「エミリ、って名前。あんたが付けたんだろ?」

「A-3Rだ。」

「……。」


訂正が、異様に早かった。

まるで、そう呼ぶことに意味があるみたいに。







「色々話すことはあるけど、まずは本題だ。エミリの所在、だったよな?」

「……。」

「悪ぃけど。詳細な場所は、知らねぇ。」

「……なに?」

「でも、あいつと俺は、繋がってる。」

「……なるほどな。」


ロイドの目が、わずかに動いた。

今のだけで、こちらの状況が分かったのか?


「先ほどは、誰かと話をしていたな?」

「……あ?」


その言葉で、一瞬だけ固まってしまった。


……先ほど。

多分アルトとの会話だろう。

しかし、声を出していたわけではない。

挙動で悟られたのか?


「通信をしている様子はなかった。何かに、侵食されているな?」

「……さぁな。」

「今の反応が答えのようなものだ。こちらもある程度の調査は済ませている。」

「っは。分かるのかよ、バイオストーンに。」

「侮るなと言ったはずだ。お前とエルナ・クロイツに、繋がりがあったことは分かっている。」

「……。」

「アルト・フェルンという傭兵も調査済みだ。先ほど話していたのは、そいつか?」


ロイドが、一歩詰めた。


エミリとの繋がりだけを言うはずだったが……。

まさか、アルトとの事まで感づかれるとはな。


「……っち。まぁ大体当たりだよ。」

「あっさりと認めるのだな。」

「中途半端に隠しても、あんたには通用しなさそうだ。」

「……A-3Rと繋がっている。恐らくはそれが関係あるな?」

「詳しくは、俺も分からねぇ。ただ、俺とエミリは一時的に感覚を共有できる。」

「……なるほどな。」


ロイドが少しだけ俯き、考えた。

やがて、俺を見つめて口を開いた。


「お前とA-3Rは、どうやら同じような状況らしい。」

「……あぁ。」

「方法は分からない。だが、お前がA-3Rへ通じる手がかりであることに違いはない。」

「んだよ。ホラ吹いてると思ったのか?」

「……。」


ロイドは答えなかった。

無駄な雑談には付き合わないってことか?


「……時間が、ないな。」

「時間?」

「エルナ・クロイツとの、同一化が始まっている。」


——同一化。


その言葉が、腹の底に落ちた。


捕まっているから、助ける。

そんな単純な話じゃないってことか。


「ロイド。」

「なんだ?」

「あんたらは、その同一化のリスクを分かっててエミリを生み出したのか?」

「当然だ。それがA-3Rの役割の一つでもある。」

「……役割だぁ?」

「あぁ。同一化の経過観察と、進行を抑える処置を定期的に行っていた。」

「……ってことは。あんたらはその同一化を止める方法を知っているのか?」

「いや。一時的な処置にすぎない。このままでは、A-3Rの同一化は進行するばかりだ。」


……このままだと。


あいつが、あいつでなくなる。

エミリが、消えていく。

少しずつ、確実に。


「……一刻も早くエミリを確保して、同一化の進行を抑える必要があるってか?」

「そうだ。」

「なるほどね。それがあんたらの目的か。」

「……あぁ。」


ロイドの目が、俺を捉えた。


「……お前も、同じだな。」

「……。」

「アルト・フェルン。お前は、そいつの召喚素体だろう。」


——ご名答だ。

食えない男だった。


「あぁ。だからこそ、俺はあんたに接触した。」

「……。」

「こっちでは『上書き』って呼んでる。それを解決して生き延びる。そのために、エミリが必要だ。」

「……それは、なぜだ?」

「レガシーコードを使った装置で、なんとか出来るみたいなんだけどな。その装置にエミリの情報が必要なんだと。」


高台に、風が吹き抜けた。

遠くに見えるカルディアに、陽が傾き始めている。

ロイドが、静かに言った。


「……いいのか?」

「何がだよ。」

「情報を、漏らしすぎだ。」

「こっちは、あんたらの協力がほしいんだよ。」


俺は、銃を下ろした。


「自己開示は、基本だろ?」

「……ほぉ。」

「それに。今言った情報の真偽を、あんたは確かめる必要がある。」

「……。」

「漏らせば漏らすほど、あんたは俺に手出しができねぇ。」


ロイドが、しばらく黙った。


「……頭は、回るようだ。」

「そりゃ、どうも。」

「……。」

「単刀直入に、言うぜ?」


俺は、切り出した。


「エミリを助けるのに、協力しろ。」

「……助けた、その後はどうする?」

「アルカナで一時的に保護する。レガシーコードの装置があれば、エミリの『同一化』に関する問題も解決するはずだ。」


ロイドの答えは、早かった。


「ならん。」

「……あ?」

「A-3Rは、バイオストーンへ戻す。」

「……『同一化』はどうすんだよ?それに、エミリの意志だってあんだろ?」

「『同一化』の経過観察も、A-3Rの役割の一つだと言ったはずだ。」

「エミリの意志についても答えろよ。あいつは、人を殺したくねぇって言ってるぜ?」

「お前が、それを言うのか。」

「……あ?」

「自分が生き延びるために、A-3Rを必要としている男が。」

「……。」


俺は、すぐには何も言い返せなかった。

ロイドは、そのまま言葉を続ける。


「あいつには、果たすべき役割がある。それを放棄した時、本人だけでなく多くの者が不幸を見る。」

「……何言い切ってんだよ。そんなもん、分かんねぇだろうが。」

「では、その責任をA-3Rは負えるのか?」

「……。」

「役割があるから、人は生きられる。」

「それは、暴論だろーが。」

「少なくとも、私はそうして生きてきた。それで、救われた者がいることは事実だ。」

「……。」

「A-3Rが今日まで生きられたのも、役割があったからだ。それは否定できんだろう。」


会話は、成立している。

なのに、まるで噛み合わない。


こいつは、冷たいわけじゃない。

むしろ、逆だ。

役割を持たせることが、あいつを生かす方法だと本気で思っている。


——たちが、悪い。


ゼノは人類を見て、個人を捨てた。

こいつはエミリを見ているのに、エミリの自由を捨てる。


腹が立つのは、間違いなくこっちだった。


「あんた、さ。」

「……なんだ。」

「エミリのこと、どう思ってんだ。」


ロイドが、口を開いた。


「エミリは——」


止まった。


「……A-3Rは、バイオストーンへ戻す。それは、絶対だ。」


——今、言い直したな。


その一瞬で、十分だった。


この男は、エミリと呼べる。

呼ばないだけだ。







沈黙が、落ちた。

街に、明かりが灯り始めた。


「お互いの理由は、どうあれ。」


ロイドが、言った。


「目的は、同じようだな。」

「……こっちとしては、よーいドンで競争しても構わねぇぜ?」

「非効率的だな。」

「素直に言えよ。協力、してほしいか?」

「……協力などと。利用させて貰うだけだ。」

「……はっ。」


俺は、笑った。


「奇遇だな。俺も、あんたを利用するつもりだ。」

「いいだろう。後ほど、正規回線の連絡先を送る。」


ロイドが、胸ポケットから煙草を取り出した。

そのまま、火をつけながら俺を見る。


「へぇ。吸うんだな。」

「……A-3Rは。今、どこにいる。」

「無視かよ。」

「答えろ。」


俺は、街を見下ろした。


「……アッシュガード。」

「……。」

「あんたらを裏切った、ハピレスの新しいお友達さ。」


ロイドは、答えなかった。

ゆっくりと、街の方へ向き直る。

その背中が、ほんの少しだけ強張った気がした。


夜が、街に降りていく。


——時間は、ねぇ。


俺は、煙草に火をつけた。

今日は、味がした。


第百四十八話、お読みいただきありがとうございました。


第四章、開幕です。

ロイド・カーターが、ついに姿を見せました。


同じ相手を助けたいはずなのに、二人の考える「救い」は、まるで違いました。


ロイド・カーターのことは、これから少しずつ。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。


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