第百四十八話「役割に生きる男」
指定された座標は、高台だった。
カルディアを見下ろす場所。
覚えがあった。
いつだったか、こいつと来た気がする。
——脳内の、同居人と。
『……よく覚えてたな。』
(気色悪かったからな。お前、本当に何もしてねーんだよな?)
『っは。んなことができんなら、お前はとっくに俺になってるさ。』
(……全然、笑えねーよ。)
軽口を叩きながら、街を眺めた。
何も、変わっていない。
俺の状況も、ダンを失ったことも。
街は、意にも介さず動き続けている。
——そういうもんだ。
それでいい。
変わらないでいてくれた方が、まだ救われる気がした。
煙草を咥えようとした、その時。
背中に、冷たい感触が当たった。
「……動くな。」
低い声だった。
無駄が、ひとつもない。
「……はぁ。」
「随分と、不用心だな。」
「……そうか?」
「罠だとは、思わなかったのか。」
「それは、こっちも言えることだぜ?」
「感心しないな。敵を侮るのは。」
銃口が、わずかに押し付けられた。
「調査をしていないはずが、ないだろう。お前が一人であることは、確認済みだ。」
「……へぇ。」
——なるほど。
仕事の、できる男らしい。
だが。
——悪ぃな。
両足に電撃を溜めた。
——チリッ。
弾けた瞬間、視界が横へ流れた。
銃口の外へ滑り、そのまま男の背後へ回り込む。
今度は、こっちが銃口を突きつける番だった。
「敵を侮るのは、感心しねーな?」
「……。」
「これで、おあいこだ。」
男は、動じなかった。
突きつけられた銃口を一瞥もしない。
気づけば、奴の銃口も俺の脇腹を捉えていた。
——文字通り、おあいこかよ。
男が、ゆっくりと振り返った。
「……どうやら、まったくの素人でもないらしい。」
「そりゃ、どーも。」
——年季の入った顔だった。
四十は、とうに超えている。
くたびれたジャケット。削げた頬。
戦い慣れた、立ち方だった。
隙が、見当たらない。
けれど、目だけがやけに静かだった。
「……。」
感情の読めない目。
と言うより、自分が何に準ずるかを決めている目。
俺は、こういう目をした奴を知っている。
——嘘を、つかない目だ。
「ロイド・カーター。」
男が、名乗った。
問いも、前置きもなかった。
「A-3Rは、どこだ。」
「直球すぎんだろ。」
「雑談をしにきたわけではない。」
「……っは。」
俺は銃を下ろさないまま、笑ってみせた。
「……キムラ・ジュディだ。」
「名前など調査済みだ。質問に答えろ。」
「そう急ぐなって。俺にも、事情がある。」
ロイドは、急かさなかった。
銃を下ろして、ただ待った。
無言のまま、答えを待つ男だった。
正直、この手のタイプはやりにくい。
半端な揺さぶりは、通用しないだろう。
情報を小出しにして、様子を見るしかない。
「こっちも分かってるけど、一応聞いておく。あんたの目的は?」
「A-3Rの回収だ。」
「……回収?物みてぇに言うなよ。普通は救出とかじゃねーのか?」
「……言い方の問題だろう。細かいことはいい。」
言い方の、問題。
——いや。
そうじゃ、ないだろ。
こいつは今、確かに「回収」と言った。
……気にくわねぇな。
「あんた、あいつの名付け親なんだってな。」
「……。」
「エミリ、って名前。あんたが付けたんだろ?」
「A-3Rだ。」
「……。」
訂正が、異様に早かった。
まるで、そう呼ぶことに意味があるみたいに。
—
「色々話すことはあるけど、まずは本題だ。エミリの所在、だったよな?」
「……。」
「悪ぃけど。詳細な場所は、知らねぇ。」
「……なに?」
「でも、あいつと俺は、繋がってる。」
「……なるほどな。」
ロイドの目が、わずかに動いた。
今のだけで、こちらの状況が分かったのか?
「先ほどは、誰かと話をしていたな?」
「……あ?」
その言葉で、一瞬だけ固まってしまった。
……先ほど。
多分アルトとの会話だろう。
しかし、声を出していたわけではない。
挙動で悟られたのか?
「通信をしている様子はなかった。何かに、侵食されているな?」
「……さぁな。」
「今の反応が答えのようなものだ。こちらもある程度の調査は済ませている。」
「っは。分かるのかよ、バイオストーンに。」
「侮るなと言ったはずだ。お前とエルナ・クロイツに、繋がりがあったことは分かっている。」
「……。」
「アルト・フェルンという傭兵も調査済みだ。先ほど話していたのは、そいつか?」
ロイドが、一歩詰めた。
エミリとの繋がりだけを言うはずだったが……。
まさか、アルトとの事まで感づかれるとはな。
「……っち。まぁ大体当たりだよ。」
「あっさりと認めるのだな。」
「中途半端に隠しても、あんたには通用しなさそうだ。」
「……A-3Rと繋がっている。恐らくはそれが関係あるな?」
「詳しくは、俺も分からねぇ。ただ、俺とエミリは一時的に感覚を共有できる。」
「……なるほどな。」
ロイドが少しだけ俯き、考えた。
やがて、俺を見つめて口を開いた。
「お前とA-3Rは、どうやら同じような状況らしい。」
「……あぁ。」
「方法は分からない。だが、お前がA-3Rへ通じる手がかりであることに違いはない。」
「んだよ。ホラ吹いてると思ったのか?」
「……。」
ロイドは答えなかった。
無駄な雑談には付き合わないってことか?
「……時間が、ないな。」
「時間?」
「エルナ・クロイツとの、同一化が始まっている。」
——同一化。
その言葉が、腹の底に落ちた。
捕まっているから、助ける。
そんな単純な話じゃないってことか。
「ロイド。」
「なんだ?」
「あんたらは、その同一化のリスクを分かっててエミリを生み出したのか?」
「当然だ。それがA-3Rの役割の一つでもある。」
「……役割だぁ?」
「あぁ。同一化の経過観察と、進行を抑える処置を定期的に行っていた。」
「……ってことは。あんたらはその同一化を止める方法を知っているのか?」
「いや。一時的な処置にすぎない。このままでは、A-3Rの同一化は進行するばかりだ。」
……このままだと。
あいつが、あいつでなくなる。
エミリが、消えていく。
少しずつ、確実に。
「……一刻も早くエミリを確保して、同一化の進行を抑える必要があるってか?」
「そうだ。」
「なるほどね。それがあんたらの目的か。」
「……あぁ。」
ロイドの目が、俺を捉えた。
「……お前も、同じだな。」
「……。」
「アルト・フェルン。お前は、そいつの召喚素体だろう。」
——ご名答だ。
食えない男だった。
「あぁ。だからこそ、俺はあんたに接触した。」
「……。」
「こっちでは『上書き』って呼んでる。それを解決して生き延びる。そのために、エミリが必要だ。」
「……それは、なぜだ?」
「レガシーコードを使った装置で、なんとか出来るみたいなんだけどな。その装置にエミリの情報が必要なんだと。」
高台に、風が吹き抜けた。
遠くに見えるカルディアに、陽が傾き始めている。
ロイドが、静かに言った。
「……いいのか?」
「何がだよ。」
「情報を、漏らしすぎだ。」
「こっちは、あんたらの協力がほしいんだよ。」
俺は、銃を下ろした。
「自己開示は、基本だろ?」
「……ほぉ。」
「それに。今言った情報の真偽を、あんたは確かめる必要がある。」
「……。」
「漏らせば漏らすほど、あんたは俺に手出しができねぇ。」
ロイドが、しばらく黙った。
「……頭は、回るようだ。」
「そりゃ、どうも。」
「……。」
「単刀直入に、言うぜ?」
俺は、切り出した。
「エミリを助けるのに、協力しろ。」
「……助けた、その後はどうする?」
「アルカナで一時的に保護する。レガシーコードの装置があれば、エミリの『同一化』に関する問題も解決するはずだ。」
ロイドの答えは、早かった。
「ならん。」
「……あ?」
「A-3Rは、バイオストーンへ戻す。」
「……『同一化』はどうすんだよ?それに、エミリの意志だってあんだろ?」
「『同一化』の経過観察も、A-3Rの役割の一つだと言ったはずだ。」
「エミリの意志についても答えろよ。あいつは、人を殺したくねぇって言ってるぜ?」
「お前が、それを言うのか。」
「……あ?」
「自分が生き延びるために、A-3Rを必要としている男が。」
「……。」
俺は、すぐには何も言い返せなかった。
ロイドは、そのまま言葉を続ける。
「あいつには、果たすべき役割がある。それを放棄した時、本人だけでなく多くの者が不幸を見る。」
「……何言い切ってんだよ。そんなもん、分かんねぇだろうが。」
「では、その責任をA-3Rは負えるのか?」
「……。」
「役割があるから、人は生きられる。」
「それは、暴論だろーが。」
「少なくとも、私はそうして生きてきた。それで、救われた者がいることは事実だ。」
「……。」
「A-3Rが今日まで生きられたのも、役割があったからだ。それは否定できんだろう。」
会話は、成立している。
なのに、まるで噛み合わない。
こいつは、冷たいわけじゃない。
むしろ、逆だ。
役割を持たせることが、あいつを生かす方法だと本気で思っている。
——たちが、悪い。
ゼノは人類を見て、個人を捨てた。
こいつはエミリを見ているのに、エミリの自由を捨てる。
腹が立つのは、間違いなくこっちだった。
「あんた、さ。」
「……なんだ。」
「エミリのこと、どう思ってんだ。」
ロイドが、口を開いた。
「エミリは——」
止まった。
「……A-3Rは、バイオストーンへ戻す。それは、絶対だ。」
——今、言い直したな。
その一瞬で、十分だった。
この男は、エミリと呼べる。
呼ばないだけだ。
—
沈黙が、落ちた。
街に、明かりが灯り始めた。
「お互いの理由は、どうあれ。」
ロイドが、言った。
「目的は、同じようだな。」
「……こっちとしては、よーいドンで競争しても構わねぇぜ?」
「非効率的だな。」
「素直に言えよ。協力、してほしいか?」
「……協力などと。利用させて貰うだけだ。」
「……はっ。」
俺は、笑った。
「奇遇だな。俺も、あんたを利用するつもりだ。」
「いいだろう。後ほど、正規回線の連絡先を送る。」
ロイドが、胸ポケットから煙草を取り出した。
そのまま、火をつけながら俺を見る。
「へぇ。吸うんだな。」
「……A-3Rは。今、どこにいる。」
「無視かよ。」
「答えろ。」
俺は、街を見下ろした。
「……アッシュガード。」
「……。」
「あんたらを裏切った、ハピレスの新しいお友達さ。」
ロイドは、答えなかった。
ゆっくりと、街の方へ向き直る。
その背中が、ほんの少しだけ強張った気がした。
夜が、街に降りていく。
——時間は、ねぇ。
俺は、煙草に火をつけた。
今日は、味がした。
第百四十八話、お読みいただきありがとうございました。
第四章、開幕です。
ロイド・カーターが、ついに姿を見せました。
同じ相手を助けたいはずなのに、二人の考える「救い」は、まるで違いました。
ロイド・カーターのことは、これから少しずつ。
明日も20:10、続きます。
よろしくお願いします。




