第百四十六話「世界にとっての企業」
社長室の扉を、開けた。
——相変わらず、妙な部屋だ。
目の前には、場違いな室内庭園が広がっている。
回廊の奥に、執務机と応接スペースがある。
回廊を歩きながら、庭園に目を配る。
石灯篭。
苔むした岩。
小さな池と、水の音。
異世界の真ん中に、和風の庭。
ゼノの趣味だと、前に聞いた。
「……どうも。」
応接スペースの中央に、ゼノは座っていた。
老いた顔に、表情はない。
傍らには、エルドが立っている。
「来たか。」
「あぁ。」
「……掛けろ。」
俺は、応接ソファに腰を下ろした。
エルドは、立ったままだった。
—
「……単刀直入に聞く。」
「あぁ。」
「なんで、俺を閉じ込めた。」
俺は、早速切り出した。
ゼノは、眉ひとつ動かさない。
「お前が、人類——ひいては世界を救う計画の要だからだ。」
「……それは、前にも聞いたよ。求めてる答えじゃねーことくらい分かってんだろ?」
「同じ質問には、同じ答えしか出さぬ。お前に死なれては面倒だ。だから、拘束した。」
「……あんたが、俺を拘束しなきゃ。」
俺は、ゼノを睨んだ。
「ダンさんを、助けられたかもしれねぇ。」
「過去の可能性の話だ。この問答に何の意味がある。」
「……人類、世界って言葉を使うわりに、人一人はどうでもいいってか?」
「そんなもの、比較にもならぬ。」
「それは、何との比較だよ?」
ゼノは少しの間、黙っていた。
それから、静かに言った。
「無論、人類だ。仮に、ダン・ベルンを助けられたとして、だ。」
「……。」
「その代わりに、お前が死んでいたかもしれん。私は、その方が損失だと判断した。」
「……人ひとりの命を、損得で計るってか?何様だよお前。」
「計らねば、世界など救えぬ。」
——ぶれない。
腹立たしいほど、ぶれない。
「っち。これじゃ、埒が明かねぇな。」
「……では、どうする?」
「ゼノ。お前の望みを、話せ。」
「……先ほどから言っているだろう。世界の——」
「違う。それは目的だ。なんで、あんたはその目的を達成したい?」
「……使命だからだ。」
「はぁ。全然、わからねーよ。くそ。」
世界を、人類を救いたい。
それは、願望ではなく使命だからだとゼノは言う。
じゃあ、こいつは、ただ使命のために生きてんのか?
—
ゼノが、庭の方へ視線を移した。
そのまま、静かに口を開いた。
「……ジュディ。」
「あんだよ。」
「お前は、この世界が——どう見えている?」
「……あ?」
「お前の目に、この世界は何として映っている。」
……妙な、問いだった。
社会がどうとか、制度がどうとか。
そういうことを、聞かれてるんじゃない。
そんな気が、した。
少し、考えた。
——世界。
この世界が、どう見えているか。
「……最初見たときは、ひでぇもんだった。」
それが、最初に出た言葉だった。
「ほう。」
「エルナから聞いてたからな。企業が世界を支配してる。そこにこぼれ落ちた人間は容赦なく切り捨てられる。この世界は、残酷だってな。」
「……それを、鵜呑みにしたのか。魔法使いの戯言を。」
「事実として。俺は、最初はこぼれ落ちた側で生きてきた。そこから見たあんたらは、明確に敵だったぜ?」
「……魔法使い、ギルド、傭兵。まさしく底辺の生き方だ。」
「おい。喧嘩売ってんのか?」
「侮蔑ではない。構造の話だ。」
「それを侮蔑って、言うんだぜ?」
しばらく、沈黙が落ちた。
ゼノが、庭園へ視線を落とした。
「貴様が、この世界の企業に対して何を思うのかは、よくわかった。」
「……この話こそ、何の意味があんだよ。」
「ある。今回のダン・ベルンの件に関しては、特段珍しい話でもない。」
「……あ?」
「企業内での覇権。企業間での抗争。ギャング間、個人間、争いを挙げればキリがない。」
「だから、今回の件も『よくあること』だから気にすんなって言いてぇのか?」
俺は、思わずゼノを睨んだ。
ゼノは、こちらを見ない。
ただずっと、庭園を見ていた。
「いずれ、私はそれらを根絶する。」
「……は?」
「争いの、根絶だ。」
「なら、あんたのやってることには矛盾がある。なんで、こぼれた奴らをそのままにしてる?」
「そう単純な話ではない。今のままでは、多くの時間がかかるのだ。」
……なんとなく、見えてきた気がした。
でも、何か。何かが、掴めない。
ゼノは構わず、言葉を続ける。
「現に今でも、アルカナは支社の立ち上げと採用枠を増やし続けている。」
「……こぼれ落ちるやつを、減らすためにか?」
「無論だ。その上で、底辺の人間に役割を与えて争わせ、数を減らす。」
「なら、傭兵、裏稼業、ギャングや企業間の紛争は……。」
「あぁ。容認している。企業として幸福にできる人物を増やし。こぼれ落ちる者を減らす。」
「……。」
「現状で行える。最も摩擦なく世界の幸福度を引き上げる手段だ。」
ゼノが、庭の水音に目を向けた。
「しかし、それにも限界がある。」
「そうだろうな。外側の人間を切り捨てるなんてやり方、容認できるわけがねぇ。」
「そうではない。この方法では、人間の増える数に対して処理が追いつかんのだ。」
「……処理、だと?」
「あぁ、処理だ。そのために現状を打破する手段がいる。」
淡々と、言い切った。
そこに、罪悪感の色はない。
切り捨てることを当然だと、思っている。
「……その打破する研究のために、俺が必要ってことか?」
「あぁ。貴様の価値が、理解できたか?」
「いんや?結局、肝心なことは何一つ分かってねぇ。」
「研究の詳細を、お前が理解できるとは思えん。」
「結局、そこだけは答えねぇんだな。」
ゼノが、こちらを見た。
ただ、続きを待っている。
「どちらにしろ、だ。人を人として見ねぇやり方が、気に食わねぇ。」
「……甘い。私の願望は遍く人類の幸福だ。」
「じゃあ、あんたが切り捨てる外側の人間や、ダンさんに対して思うことはねぇのか。」
「気の毒だ。」
「それで済ますのか?」
「済ます。世界のためだ。」
これは、企業とか、世界とか、研究とか。
そんな話じゃない。
俺が何を見て、ゼノが何を見る人間なのか。
ただ、それだけの話だった。
「……平行線だな。」
「あぁ。私は、世界を上から見る。総量だけを。」
「……。」
「お前は、下から見る。一人ずつを。」
「……そうかもな。」
「交わらんな。私とお前は。」
——あぁ。
分かり合えた、とは違う。
むしろ、逆だ。
同じ世界を見ていて。
それでも、絶対に交わらない。
いつか。
どこかで、ぶつかる。
そんな予感だけが、腹の底に残った。
—
「……こちらの目的は、伝えた。」
しばらく睨みあった後。
ゼノが、口火を切った。
「それを知った上でも、貴様は我々に協力する他ない。生き残りたければな。」
「……拘束を、受け入れろってか?結局、研究の目的は何一つ分かってねーぞ。」
「図に乗るなよ。こちらも譲歩の上で伝えることを伝えた。」
「……。」
これ以上情報を引き出そうとすれば、こちらの立場が危うくなるだけだ。
俺は、間を開けて口を開いた。
「契約は続けてもいい。ただし、要望が一つある。」
「……何だ。」
「二度と、俺を閉じ込めるな。」
「ならん。お前が要である以上、必要ならば同じことをする。」
「……だろうな。」
俺は、ソファに背を預けた。
ここからが、正念場だ。
「アルトに、聞いたんだがな。」
「……。」
「あいつは、上書きの進行を早められるらしい。」
「……なに?」
「約束も、取り付けてある。今後あんたが俺を拘束したり、俺の意見を蔑ろにした場合。」
「……。」
「上書きを、急速に進めてもらう。」
ゼノの目が、わずかに細くなった。
「……狂っているな。」
「上等だ。」
俺は、笑ってやった。
「それは、お前の計画とやらに支障が出るんじゃねーのか?」
「……そんな確証のないものを、信じろと?」
「信じる信じねーは、勝手だ。」
「……。」
「でも、あんたは信じるしかない。」
——ハッタリだ。
アルトとそんな約束はしてないし、上書き進行が早められるかも確証はない。
前にこれを思いついてりゃ、もう少しマシだったかもな。
この情報の真偽を、ゼノには確かめる術がない。
そして、賭けるには俺という駒は高すぎる。
「……。」
「いいな?」
長い、沈黙。
やがて、ゼノが息を吐いた。
「……いいだろう。」
「……。」
「二度と、お前の身柄は縛らん。」
——よし。
これで、少なくとも同じ手は封じた。
その上で、ゼノとしては俺を守るためなら動かざるを得ない。
上々の結果だ。
「……貴様の身を案じる者が増えることは、私にもメリットがある。」
「……あ?」
「ネルと、先ほどは言い争っていたな?」
「……。」
「良い。変数だ。」
ゼノの口角が、少しだけ上がった気がした。
何が狙いなのか。
それを知る術を、今の俺は持たなかった。
—
社長室を出て、第七研究室を抜けた。
廊下は、静かだった。
「……ジュディ。」
エルドが、後を追って出てきた。
「見事な、交渉だった。」
「……嫌味っすか?」
「いや。素直な感想だよ。」
エルドが、少しだけ笑った。
父親とは、似ても似つかない笑い方だった。
「エルドさん。あなたは、大丈夫ですか?」
思わず、口にした。
前回、ネルに交渉し、俺の拘束を解いたのは他ならぬエルドだ。
「……問題ない。結果として見れば父はまだ不利益を被っていないからね。」
「……そう、ですか。」
「君は、やはり個を見るね。」
「は?」
「父とは、やはり違う。だから、私は君が嫌いじゃない。」
——この男は。
ゼノの息子で、ゼノとは違う何かを見ている。
「エルドさん。あなたは、なんで俺に協力してくれるんです?」
「……前にも言っただろう?借りがあるからだよ。」
「覚えが、ありませんよ。」
「コピー召喚の情報。それによって、私は得るものがあった。」
「……。」
「まぁ後は、個人的に気に入っている。私の言葉を、私の言葉として聞いた。」
「……普通では?」
「はは。前に言っていたね。君には、当たり前のことなんだろう。」
エルドは、それ以上言わなかった。
ただ、廊下の奥へと歩いていった。
——味方では、ないらしい。
けど、敵でもない。
まったく。
この会社は、どいつもこいつも分かりにくい。
廊下の窓から、アルカナの街が見えた。
——協力は、する。
でも、信じたわけじゃねぇ。
ゼノとの間に残った溝は。
たぶん、これから先も埋まらない。
第百四十六話、お読みいただきありがとうございました。
ゼノとの、交渉回でした。
ジュディのハッタリ、通りましたね。
アルトと、そんな約束はしてないんですけど。ないしょです。
「お前は、世界をどう見ている?」
ゼノは総量で、ジュディは一人ずつ。
同じ世界を見ていても、見ているものが違う。
この二人がいつか——という話は、また今度。
エルドは、相変わらず分かりにくい人ですね。
この人の話も、また今度。
今度ばっかですみません。
明日も20:10、続きます。
よろしくお願いします。




