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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|間章

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第百四十六話「世界にとっての企業」

社長室の扉を、開けた。


——相変わらず、妙な部屋だ。


目の前には、場違いな室内庭園が広がっている。

回廊の奥に、執務机と応接スペースがある。


回廊を歩きながら、庭園に目を配る。


石灯篭。

苔むした岩。

小さな池と、水の音。


異世界の真ん中に、和風の庭。

ゼノの趣味だと、前に聞いた。


「……どうも。」


応接スペースの中央に、ゼノは座っていた。

老いた顔に、表情はない。


傍らには、エルドが立っている。


「来たか。」

「あぁ。」

「……掛けろ。」


俺は、応接ソファに腰を下ろした。

エルドは、立ったままだった。







「……単刀直入に聞く。」

「あぁ。」

「なんで、俺を閉じ込めた。」


俺は、早速切り出した。

ゼノは、眉ひとつ動かさない。


「お前が、人類——ひいては世界を救う計画の要だからだ。」

「……それは、前にも聞いたよ。求めてる答えじゃねーことくらい分かってんだろ?」

「同じ質問には、同じ答えしか出さぬ。お前に死なれては面倒だ。だから、拘束した。」

「……あんたが、俺を拘束しなきゃ。」


俺は、ゼノを睨んだ。


「ダンさんを、助けられたかもしれねぇ。」

「過去の可能性の話だ。この問答に何の意味がある。」

「……人類、世界って言葉を使うわりに、人一人はどうでもいいってか?」

「そんなもの、比較にもならぬ。」

「それは、何との比較だよ?」


ゼノは少しの間、黙っていた。

それから、静かに言った。


「無論、人類だ。仮に、ダン・ベルンを助けられたとして、だ。」

「……。」

「その代わりに、お前が死んでいたかもしれん。私は、その方が損失だと判断した。」

「……人ひとりの命を、損得で計るってか?何様だよお前。」

「計らねば、世界など救えぬ。」


——ぶれない。

腹立たしいほど、ぶれない。


「っち。これじゃ、埒が明かねぇな。」

「……では、どうする?」

「ゼノ。お前の望みを、話せ。」

「……先ほどから言っているだろう。世界の——」

「違う。それは目的だ。なんで、あんたはその目的を達成したい?」

「……使命だからだ。」

「はぁ。全然、わからねーよ。くそ。」


世界を、人類を救いたい。

それは、願望ではなく使命だからだとゼノは言う。


じゃあ、こいつは、ただ使命のために生きてんのか?







ゼノが、庭の方へ視線を移した。

そのまま、静かに口を開いた。


「……ジュディ。」

「あんだよ。」

「お前は、この世界が——どう見えている?」

「……あ?」

「お前の目に、この世界は何として映っている。」


……妙な、問いだった。

社会がどうとか、制度がどうとか。

そういうことを、聞かれてるんじゃない。


そんな気が、した。

少し、考えた。


——世界。

この世界が、どう見えているか。


「……最初見たときは、ひでぇもんだった。」


それが、最初に出た言葉だった。


「ほう。」

「エルナから聞いてたからな。企業が世界を支配してる。そこにこぼれ落ちた人間は容赦なく切り捨てられる。この世界は、残酷だってな。」

「……それを、鵜呑みにしたのか。魔法使いの戯言を。」

「事実として。俺は、最初はこぼれ落ちた側で生きてきた。そこから見たあんたらは、明確に敵だったぜ?」

「……魔法使い、ギルド、傭兵。まさしく底辺の生き方だ。」

「おい。喧嘩売ってんのか?」

「侮蔑ではない。構造の話だ。」

「それを侮蔑って、言うんだぜ?」


しばらく、沈黙が落ちた。

ゼノが、庭園へ視線を落とした。


「貴様が、この世界の企業に対して何を思うのかは、よくわかった。」

「……この話こそ、何の意味があんだよ。」

「ある。今回のダン・ベルンの件に関しては、特段珍しい話でもない。」

「……あ?」

「企業内での覇権。企業間での抗争。ギャング間、個人間、争いを挙げればキリがない。」

「だから、今回の件も『よくあること』だから気にすんなって言いてぇのか?」


俺は、思わずゼノを睨んだ。

ゼノは、こちらを見ない。

ただずっと、庭園を見ていた。


「いずれ、私はそれらを根絶する。」

「……は?」

「争いの、根絶だ。」

「なら、あんたのやってることには矛盾がある。なんで、こぼれた奴らをそのままにしてる?」

「そう単純な話ではない。今のままでは、多くの時間がかかるのだ。」


……なんとなく、見えてきた気がした。

でも、何か。何かが、掴めない。

ゼノは構わず、言葉を続ける。


「現に今でも、アルカナは支社の立ち上げと採用枠を増やし続けている。」

「……こぼれ落ちるやつを、減らすためにか?」

「無論だ。その上で、底辺の人間に役割を与えて争わせ、数を減らす。」

「なら、傭兵、裏稼業、ギャングや企業間の紛争は……。」

「あぁ。容認している。企業として幸福にできる人物を増やし。こぼれ落ちる者を減らす。」

「……。」

「現状で行える。最も摩擦なく世界の幸福度を引き上げる手段だ。」


ゼノが、庭の水音に目を向けた。


「しかし、それにも限界がある。」

「そうだろうな。外側の人間を切り捨てるなんてやり方、容認できるわけがねぇ。」

「そうではない。この方法では、人間の増える数に対して処理が追いつかんのだ。」

「……処理、だと?」

「あぁ、処理だ。そのために現状を打破する手段がいる。」


淡々と、言い切った。

そこに、罪悪感の色はない。

切り捨てることを当然だと、思っている。


「……その打破する研究のために、俺が必要ってことか?」

「あぁ。貴様の価値が、理解できたか?」

「いんや?結局、肝心なことは何一つ分かってねぇ。」

「研究の詳細を、お前が理解できるとは思えん。」

「結局、そこだけは答えねぇんだな。」


ゼノが、こちらを見た。

ただ、続きを待っている。


「どちらにしろ、だ。人を人として見ねぇやり方が、気に食わねぇ。」

「……甘い。私の願望は遍く人類の幸福だ。」

「じゃあ、あんたが切り捨てる外側の人間や、ダンさんに対して思うことはねぇのか。」

「気の毒だ。」

「それで済ますのか?」

「済ます。世界のためだ。」


これは、企業とか、世界とか、研究とか。

そんな話じゃない。

俺が何を見て、ゼノが何を見る人間なのか。

ただ、それだけの話だった。


「……平行線だな。」

「あぁ。私は、世界を上から見る。総量だけを。」

「……。」

「お前は、下から見る。一人ずつを。」

「……そうかもな。」

「交わらんな。私とお前は。」


——あぁ。

分かり合えた、とは違う。


むしろ、逆だ。

同じ世界を見ていて。

それでも、絶対に交わらない。


いつか。

どこかで、ぶつかる。

そんな予感だけが、腹の底に残った。







「……こちらの目的は、伝えた。」


しばらく睨みあった後。

ゼノが、口火を切った。


「それを知った上でも、貴様は我々に協力する他ない。生き残りたければな。」

「……拘束を、受け入れろってか?結局、研究の目的は何一つ分かってねーぞ。」

「図に乗るなよ。こちらも譲歩の上で伝えることを伝えた。」

「……。」


これ以上情報を引き出そうとすれば、こちらの立場が危うくなるだけだ。

俺は、間を開けて口を開いた。


「契約は続けてもいい。ただし、要望が一つある。」

「……何だ。」

「二度と、俺を閉じ込めるな。」

「ならん。お前が要である以上、必要ならば同じことをする。」

「……だろうな。」


俺は、ソファに背を預けた。

ここからが、正念場だ。


「アルトに、聞いたんだがな。」

「……。」

「あいつは、上書きの進行を早められるらしい。」

「……なに?」

「約束も、取り付けてある。今後あんたが俺を拘束したり、俺の意見を蔑ろにした場合。」

「……。」

「上書きを、急速に進めてもらう。」


ゼノの目が、わずかに細くなった。


「……狂っているな。」

「上等だ。」


俺は、笑ってやった。


「それは、お前の計画とやらに支障が出るんじゃねーのか?」

「……そんな確証のないものを、信じろと?」

「信じる信じねーは、勝手だ。」

「……。」

「でも、あんたは信じるしかない。」


——ハッタリだ。

アルトとそんな約束はしてないし、上書き進行が早められるかも確証はない。

前にこれを思いついてりゃ、もう少しマシだったかもな。


この情報の真偽を、ゼノには確かめる術がない。

そして、賭けるには俺という駒は高すぎる。


「……。」

「いいな?」


長い、沈黙。

やがて、ゼノが息を吐いた。


「……いいだろう。」

「……。」

「二度と、お前の身柄は縛らん。」


——よし。

これで、少なくとも同じ手は封じた。

その上で、ゼノとしては俺を守るためなら動かざるを得ない。

上々の結果だ。


「……貴様の身を案じる者が増えることは、私にもメリットがある。」

「……あ?」

「ネルと、先ほどは言い争っていたな?」

「……。」

「良い。変数だ。」


ゼノの口角が、少しだけ上がった気がした。

何が狙いなのか。

それを知る術を、今の俺は持たなかった。







社長室を出て、第七研究室を抜けた。

廊下は、静かだった。


「……ジュディ。」


エルドが、後を追って出てきた。


「見事な、交渉だった。」

「……嫌味っすか?」

「いや。素直な感想だよ。」


エルドが、少しだけ笑った。

父親とは、似ても似つかない笑い方だった。


「エルドさん。あなたは、大丈夫ですか?」


思わず、口にした。

前回、ネルに交渉し、俺の拘束を解いたのは他ならぬエルドだ。


「……問題ない。結果として見れば父はまだ不利益を被っていないからね。」

「……そう、ですか。」

「君は、やはり個を見るね。」

「は?」

「父とは、やはり違う。だから、私は君が嫌いじゃない。」


——この男は。

ゼノの息子で、ゼノとは違う何かを見ている。


「エルドさん。あなたは、なんで俺に協力してくれるんです?」

「……前にも言っただろう?借りがあるからだよ。」

「覚えが、ありませんよ。」

「コピー召喚の情報。それによって、私は得るものがあった。」

「……。」

「まぁ後は、個人的に気に入っている。私の言葉を、私の言葉として聞いた。」

「……普通では?」

「はは。前に言っていたね。君には、当たり前のことなんだろう。」


エルドは、それ以上言わなかった。

ただ、廊下の奥へと歩いていった。


——味方では、ないらしい。

けど、敵でもない。


まったく。

この会社は、どいつもこいつも分かりにくい。


廊下の窓から、アルカナの街が見えた。


——協力は、する。

でも、信じたわけじゃねぇ。


ゼノとの間に残った溝は。

たぶん、これから先も埋まらない。


第百四十六話、お読みいただきありがとうございました。


ゼノとの、交渉回でした。


ジュディのハッタリ、通りましたね。

アルトと、そんな約束はしてないんですけど。ないしょです。


「お前は、世界をどう見ている?」


ゼノは総量で、ジュディは一人ずつ。

同じ世界を見ていても、見ているものが違う。

この二人がいつか——という話は、また今度。


エルドは、相変わらず分かりにくい人ですね。

この人の話も、また今度。


今度ばっかですみません。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。


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