表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|間章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

146/150

第百四十五話「私の研究」

カルディアの朝は、いつも通りだった。


人の流れ。露店の声。

何も知らない、平和な街。


俺は、アルカナ本社へ向かって歩いていた。


『……マジで、行くのかよ。』

(んだよ。ビビってんのか?)

『ビビるかよ。バカかって聞いてんだ。あそこは、お前を閉じ込めた連中だぜ?』

(んなこと、分かってるよ。)

『分かってて、のこのこ戻るのかよ。やっぱバカだなお前。』


アルトの声には、はっきりと不服が滲んでいた。


(……お前の言いたいことは、分かるよ。)

『なら——。』

(でもな。ハピレスを確実に潰すには、アルカナの協力があるに越したことはねぇ。)

『……ちっ。』

(あいつらには情報も、金も、後ろ盾もいる。俺とお前だけで潰せる相手じゃねぇだろ?)


——ハピレスは、ギャングだ。

組織があって、金がある。

アッシュガードも絡んでるとなれば、相当厄介なはずだ。


勢いだけで殴り込んでも、潰せやしない。


『……気に食わねぇ。』

(そこは、同感だな。)

『閉じ込めた奴らに、わざわざ頭を下げに行くってか。』

(……頭を、下げる気はねぇよ。)

『なら、どうすんだ?』

(……交渉しに、行くんだよ。)


エルド経由で、すでにアポは取ってある。

今後の方針を、話すために。


そして、もう一つ。


——なんで、俺を閉じ込めた。

その理由を、ゼノの口から聞く。

その上で、二度と俺の身柄を縛るなと釘を刺す。


それが、今日の目的だった。


『……っち。勝手にしろ。』

(あぁ。勝手にするさ。)







アルカナ本社。

見慣れた、白い廊下。


社長室は、最奥にある。

だが、そこへ行くにはネルの第七研究室を通らなければならない。


——いつも通り、面倒な構造だ。


俺は、研究室の扉を開けた。


端末の並ぶ、雑然とした部屋。

その端に、ネルがいた。


「……ジュディ。」

「……。」


俺は、答えなかった。

まっすぐ、社長室の扉へ向かう。


「ジュディ、待って!」


ネルが、慌てて駆け寄ってきた。

俺の、服の端を掴んだ。


「なんだよ?」

「……は、話を。」

「話?」

「……う、うん。」

「俺は、お前に今用はない。それに、最初に話を拒絶したのはそっちだろ?」

「……っ。」


ネルが、こちらを見上げた。

いつもの、へらへらした顔じゃない。


「そ、それでも。一言だけ。」

「なら、さっさと言えよ。」

「……めん。」

「あ?聞こえねーよ。」

「ごめん、なさい。」


ネルは、俺の服を掴んだまま震えていた。

それが、余計に俺を苛立たせる。


そんな顔するくらいなら。

なんで。

なんで、あの時。


「……それは、なんの謝罪だよ。」

「ジュディの、気持ちを、踏みにじった。」

「っは。そんなの、俺だけじゃねーだろ。」

「今まで、散々他人を踏みにじって来たんだろ?研究って名目でよ。」

「……そ、れは。」


ネルが、気まずそうに目を反らした。

……ふざけんじゃねぇ。


「俺は、ルイのことを忘れてねーぞ。」

「……。」

「そんで——お前らは、俺を閉じ込めた。その間に、ダンさんは死んだ。」

「……っ。」

「お前が殺したとは、言わねぇ。けど、関係なくもねぇだろ?」

「……。」

「だんまりかよ?話すことねーなら、もう行くぜ?」


俺は、ネルの手を掴んで引き剥がそうとした。

ネルの顔が、少しだけ赤くなる。


「……っ。」

「この手、邪魔だ。」

「ご、ごめ……。」

「まぁ。困るよな?大事な被験者に嫌われちゃあ、研究に支障が出るもんな。」

「っ。ち、ちが……。」



「違わねぇだろ!!!!」



思わず、叫んでいた。

叫ばずには、いられなかった。


研究室に、俺の声が反響する。

その反響が消えても、ネルは何も言わなかった。

ただ、俺の服を握り続けている。


——ネルは。

今は、憎むべき人のはずだ。


そのはずなのに。

この顔を見ると、許しそうになる。

それが、余計に俺を苛立たせた。


「……手、離せよ。ネル。」

「……ぐず。」


ネルの瞳から、涙がこぼれた。


——ちくしょう。


「わ、わからないんだ。」

「……泣くなよ。」

「私は、今、なんで泣いてるかも、わからない。」

「……。」

「わからないんだよぉ。」


俺は、動けなくなった。


泣いてる理由も分からずに、泣く。

こんな女を突き放すなんて、できるわけがない。


——ネルは、天才だ。

世界の理を数式で解く、そういう女だ。


なのに。

自分の涙ひとつ、名前をつけられずにいる。


「……くそっ。」


ネルが泣き止むまで。

俺は、ただ立ち尽くしていた。







「……落ち着いたか?」

「……はぁ。初めての、経験だ。」

「あっそ。」


机の前。

二人で並んで、椅子に座っていた。


ネルは、まだ心を痛めている。

たぶん、俺のために。


——許す気は、ない。

でも、切り捨てる気もなかった。


半分は、打算だ。

こいつがいないと、俺は俺の壊れ方すら分からない。


そして、残りの半分は。

……言葉には、したくねぇな。


「ネル。」

「……何?」

「……許したわけじゃ、ねぇ。」

「……うん。」

「でも、診察は続けろ。」


その言葉で、ネルは目を見開いた。

そのまま、こちらをじっと見つめる。


「……いい、のか?」

「しょうがねぇだろ。お前が見てくれねぇと、俺は俺のこともわからねぇ。」

「……。」

「俺には、お前が必要だ。だから、二度とすんな。」

「……っ。」

「返事は?」

「……うん。……本当に、すまなかった。」


沈黙が、落ちた。

俺は、ネルの頭をぐりぐりと撫でた。


「わ。」

「じゃ、行くわ。」


腰を上げようとした、その時。


「……ジュディ。」

「ん?」

「人は、温かいな。」

「……まぁ、生きてるからな。」

「そうじゃない。」

「あ?」

「心が、人にはあるんだな。」

「……。」

「それが、温かい。」


——感情の名前も知らないくせに。

こいつは今、その温度だけを確かに感じている。


「……はぁ。ネル、ついでにちょっと診てくんないか?」

「……いいのか?」

「まぁ、せっかく来たしな。」


ネルが、少しだけ目を丸くした。

それから、いつもの手つきで俺の右腕に端末をかざす。


データが、流れていく。

ネルの目が、すっと細くなった。


「……身体の負荷が、想定より重いね。」

「あぁ?」

「青薬の残滓が、まだ神経系に残ってる。」

「……そりゃ、まずいよな?」

「短期間での再使用は、止めたほうがいいね。」

「……。」

「……でも。ジュディは、多分使うんだろうなぁ。」


否定は、できなかった。

使うに決まっている。


ネルは、それ以上言わなかった。

端末をもう一度、俺の額にかざした。


「……アルトの反応も、少し濃いね。」

「……濃い?」

「二つの意識が、薄く混ざってる。」


——薄く、混ざってる。


ふと。昨日、煙草を吸ったことを思い出す。

親指と、薬指。

あの吸い方が、なんとなく馴染んだ。


「……気を、つける。」

「うん。……気をつけて。」


ネルが、端末を置いた。

それから、まっすぐ俺を見た。


「ジュディ。」

「ん?」

「死なないでくれ。」

「……。」

「私の、被験者なんだから。」


わざわざ、念押しでそんなことを言ってくる。


「……ちったぁ、信用しろよ。」

「うん。でも、それだけじゃない。」

「……じゃあ、なんだよ?」

「私自身の、研究のためにも、ジュディに居てほしい。」

「……意味が、わかんねぇんだけど。」

「……心の、研究だ。」


——心の、研究。

よく分からねぇ。

でも、悪い響きじゃなかった。


「……おし。」


俺は、立ち上がった。


「そんじゃ、行ってくるわ。」

「ゼノ社長のところか?」

「あぁ。」

「……ジュディ。」

「ん?」

「怒るのはいいけど、態度は気をつけろよぉ?」

「……今さらだろ。」


社長室の扉に手をかける。


——さて。

ここからが、本題だ。


第百四十五話、お読みいただきありがとうございました。


ネルの回でした。


ジュディ、今日はかなり怒っていましたね。

でも、怒りきれませんでした。

ネルのあの顔を見ると、どうにも。


ネルは、自分がなんで泣いているのかまだ分かりません。

感情の名前を、知らないから。

でも、温かいということだけは分かったみたいです。


「心の、研究」。

はて、何を研究する気なんでしょうね。


さて、ジュディはこの後ゼノのところへ。

態度、と言われても。今さら、なんですよね。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ