↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|間章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

145/153

第百四十四話「呼吸と罪悪感」

工房に着いた。


空はもう、白んでいた。

朝の匂いがする。


ベルン家から、ずっと歩いてきた。

バイクを飛ばす気にも、なれなかった。


——二人は、まだ寝てるか。


そう思って、扉に手をかけた。

できるだけ、静かに。


物音を立てないように、リビングへ向かう。

息を殺すみたいに。


「……。」


リビングの扉を、開けた。

そのつもりだった。


——ガチャ。


先に、洗面所の扉が開いた。

サヤが、歯ブラシを咥えたまま顔を出す。


「あ、ほんくら。」

「……。」

「おはえり。」

「あぁ。ただいま。」

「ちょっろ。まっへへ。」


言うだけ言って、サヤはまた洗面所へ引っ込んだ。

口を、濯いでいるらしい。


しばらくして、戻ってくる。


「遅くなんなら、連絡しろよな。」

「……ごめんな。」

「あ。」

「……ん?」


サヤの視線が、俺の左肩で止まった。

そのまま、駆け寄ってくる。


「……何があった?」

「……。」

「はぁ~。もうこれ何?悪癖なの?」

「ご、……ごめ。」

「風呂。」

「へ?」

「とりあえず、風呂入ってこいよ。」

「……。」

「色々落ち着いたら、話聞かせろ。」


背中を押されて、洗面所へ押し込まれる。

抵抗する気力も、なかった。


——罪悪感が、胸を抉った。


サヤは、今は何も聞かなかった。

聞かないまま、俺を風呂に放り込もうとしている。

その気遣いが、今は少しだけ痛い。


俺の背中を押しながら、サヤがリビングへ声を張った。


「カイラ~~。」

「はいはい。なんざんしょ。」

「朝飯。ちょっと奮発しよう。」

「……どうしたのでしょうか?」

「ジュディ。凹んでる。」

「ガッテン承知でございます。」


何か、カイラの様子が変だった。

なんというか、言語がおかしい。


俺は、洗面所の入口で足を止めた。


「カイラ。」

「なぁに?」

「なんで、敬語なんだ?」

「……サヤのお気に入りのコップをね。」

「あぁ。」

「勝手に、改造しちゃった。」

「……。」

「そんで、めっちゃ怒られたの。」


どんな改造をしたのか。

まぁ、無断ならそりゃ怒られる。


「……ちなみに、なんで改造したんだ?」

「疼いて。」

「……。」


——なんだよ、それ。


なんだか、力が抜けた。

その場にしゃがみこむ。


やっと、息ができた気がした。


くだらない。

本当に、くだらないやりとりだ。

なのに、詰まっていたものが少しだけ緩んだ。


——でも。


その拍子に、思い出した。

ベルン家の食卓を。

アイラの料理を。リアの笑い声を。


あの家にも、こういう時間があった。

くだらなくて、あたたかくて。

なんでもない時間が、あったんだ。


——それを、俺が奪った。


「……っ。」


呼吸が、また浅くなる。


その時。

カイラとサヤの手が、俺の背中に触れた。


「んはは。凹んでるジュディ。久々。」

「ね?珍しいよね?」


二人の手は、あたたかかった。

その温度が、なぜだか余計に苦しかった。







風呂に浸かった。


廃工場の、煙の匂い。

血と、油の匂い。

こびりついていたものが、少しずつ湯に溶けていく。


——落ちる。

匂いは、落ちる。


なのに。

胸の奥のものだけは、どうやっても落ちなかった。


「……。」


湯に顔の半分まで沈める。

呼吸が、水面で泡になった。


——俺は、帰ってきてしまった。


こうして、あたたかい湯に浸かっている。

くだらない話で、息を継いでいる。


「……くそ。」


ダンは。

——ダンは、帰れなかった。


それだけのことが。

どうしようもなく、重かった。


「……くそったれっ。」







朝食は、ハンバーグと目玉焼きだった。

サヤが、作ってくれたらしい。


湯気が立っている。

生きている家の、朝の飯だ。


美味いはずだった。

なのに、味がしない。


舌が、どうかしたわけじゃない。

たぶん、俺の方がどうかしている。


それでも、残したくなかった。

一口ずつ、時間をかけて腹に収めた。


食後の片付けを済ませて。

俺は二人に、これまでのことを話した。


どこから話せばいいのか、分からなかった。


エミリのこと。

レガシーコードのこと。

ロイドに繋ごうとしたこと。

そのために、ダンを頼ったこと。


順番も、うまく整わない。

それでも、二人は黙って聞いてくれた。


そして。


——ダンが、死んだこと。


そこまで話して、俺は口を閉じた。

二人は、しばらく何も言わなかった。







しばらくして、カイラが口を開いた。


「……一つだけ、私に言えるとしたら。」

「……。」

「ジュディは、悪くない。」

「……いや。それは……。」

「悪く、ないよ。」


まっすぐな目だった。

その優しさが、俺にはうまく受け取れない。


サヤが、口の中で飴を転がした。


「いや、悪いだろ。」

「サヤ!!!」

「カイラ。甘やかしすぎんのは、違うと思う。」

「……でも!!」

「誰も悪くないなんて、言えないよ。今回のことは。」

「……。」


サヤの、言う通りだ。


俺は、その言葉にどこか救われていた。

慰められるより、よっぽど。


サヤが、こちらを見た。


「ジュディ。」

「……。」

「話すのが、遅い。」

「……ごめん。」

「でも、今回のことは正直。事前に話されても私にできることは少なかったと思う。」

「……。」

「とりあえず、今日は休みなよ。」


そう言って、サヤが立ち上がった。


「私は、アイラさんのとこに行くわ。」

「……サヤ、それは……。」

「様子、見てくるだけだから。」


そう言いながら、サヤはそそくさと上着を手にとった。

上着を羽織りながら、こちらに声をかける。


「大丈夫。門前払いされたら、帰るよ。」

「……でも。」

「来るなって言われてんのは、ジュディでしょ?私は言われてない。」

「……それは、屁理屈じゃねーか?」

「うっさいな。……何ができるかは、わかんないけどさ。」

「……。」

「任せろよ。ジュディ。」

「……。」

「任せろ。」


——あぁ。

俺は、頷くことしかできなかった。







サヤが、出ていった。


カイラは、リビングに残った。

出ていく気配は、ない。

何をするでもなく、ソファに座っている。


「ジュディ。」

「……ん。」

「何かあったら、呼んでね。」

「……あぁ。」

「ほんとだよ。ちゃんと、呼ぶんだよ。」

「……分かってるよ。」


たぶん俺は、呼ばない。

それも、カイラは分かってる気がした。

でも、傍にいることを、カイラは選んでくれた。


「……カイラ。」

「ん?」

「……ありがとう。」

「どういたして。」


俺は、ベランダに出た。

煙草に火をつける。


「……ふぅ。」


朝の空気は、まだ少し冷たかった。

白い煙が、ゆっくりと昇っていく。


『ジュディ。』

(うるせぇ。話しかけんな。)

『いいさ。勝手に話す。』

(……っち。)


こいつが意識の中にいるとき、俺に止める術はない。

思わず、懐の青いアンプルを指で撫でた。


『……ハピレスの件だ。』

(……なんだよ。)

『潰すんだろ?』

(あぁ。潰す。)

『……その件、協力するぜ。』

(……あ?)


——協力。

こいつの口から、その言葉が出るとは思わなかった。


返事の代わりに、煙を吐いた。


『今回の件、どうにも容認できねぇ。』

(……。)

『人を殺すなんざ、この世界では珍しくもねぇ。だがな、引っかかることがある。』

(引っかかることだぁ?)


アルトの声に、茶化す色はなかった。

それが、逆に引っかかる。


『なんで、ダンを殺す際、お前に通信を送った?』

(……俺を、誘い込むためじゃねーのか?)

『いいや。それは違う。勘だがな。』

(……。)


——あの、通信。

薄暗い部屋。ダンの耳を、ナイフで削いだ。

その後は、ネルに通信を断絶されたが……。


思い出すだけで、腹の底が冷えた。


『あいつらは、楽しんでやがった。』

(……ガロウは、そういう人間だったろ。)

『違う。ガロウは殺しそのものに快楽を感じてた。お前に映像を送ることに、愉悦は感じてねーよ。』

(お前は、いちいち遠回しじゃねーと物が言えねぇのかよ?)

『お前はもうちょい勘がいいと思ったんだがな。』

(……。)


相変わらず、鼻につく野郎だ。

でも、言いたいことはなんとなく分かった。


『お前に通信を繋いだのは、ガロウとは別の意思だ。』

(……別の、意志?)

『あれは、ただ殺しを見せたい奴のやり方じゃねぇ。』

(……。)

『人が壊れるのを、外から眺めて笑う奴のやり方だ。』


——外から、眺めて笑う。


その言い方で、一人の女の顔がよぎった。


柔らかい物腰。丁寧な言葉。

なのに、目の奥だけが笑っていなかった。


——ミゼラ・ノックス。


『……思い当たる顔が、あるみてぇだな。』

(……いや、確証はねぇ。俺も、勘だ。)

『十分だ。俺も、ミゼラが臭いとは思ってる。』

(……。)

『ガロウとは種類が違う。狂い方にも、ルールってもんがある。』

(ルールだぁ?)


俺は、煙草の灰を弾いて落とす。

なんとなく、煙草を親指と薬指で、摘んだ。


色々難癖つけちゃいるが、アルトの言いたいことは分かった。


(……単純な話。)

『……。』

(お前も、気に食わねぇってことか?)

『……あぁ。俺も、ハピレスを潰してぇ。』

(……。)

『お前の事が、どうのこうのは一旦置いておく。』

(……はっ。そうかよ。)

『潰すぞ。ハピレス。』

(言われるまでも、ねぇよ。)


煙を深く吸った。


——潰す。

その一点だけは、アルトと同じものを睨んでいた。


陽はもう、少し高くなっていた。


第百四十四話、お読みいただきありがとうございました。


第三章が終わって、間章に入りました。

ジュディ、ようやく工房へ帰ってきましたね。


でも、帰ってきてもうまく息はできません。

そういう帰宅も、あります。


カイラのコップは、たぶんもう元には戻りません。

疼いたら、しょうがないですね。


そして、アルト。

初めて、ジュディと同じ方を向きました。

仲良しとは、まだ言えませんが。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。