第百四十三話「潰す決意」
(……エミリ。)
気づけば。
あいつが、ベンチの隣に座っていた。
いつの間に、繋がったのか。
アルカナに閉じ込められてから、こいつからの接触はなかった。
『……よかった。やっと、繋がった。』
(……あぁ。)
『何度も、繋ごうとしたんです。でも、届かなくて。』
(……繋ごうと、してたのか?)
『え、えぇ。何か、青い靄?のようなものに阻まれて。』
(……。)
——青い靄。
心当たりが、あった。
廃工場突入前に、自身に打った、青い薬。
その時、なぜかアルトの声は聞こえていた。
(……。)
確証はない。
でも、何か大事なところに触れている気がした。
(……エミリ、それは——)
『……。』
(……エミリ?)
エミリの顔は、いつもの飄々とした顔じゃなかった。
(どう、したんだ?)
『……あなたの、大事な人が。……いなくなった。』
(……。)
『分かるんです。あなたの中の穴が。……昨日より、ずっと大きくなってる。』
それは、なぜだ。
分からない。
でも、エミリが何かを感じ取っているのは、確かだった。
エミリの目に、涙が溢れそうになる。
『……ごめん、なさい。』
(……なんで、お前が謝るんだよ。)
『私が。……自由になりたいって、思ったから。』
(……。)
『人を殺めたくないって言いながら。結局、私は。……人を、死に追いやった。』
——違う。
『望んでは、いけなかったのでしょうか。』
(……エミリ。)
『私が、人を殺めるために生まれたなら。どんな事をしたって……。』
(エミリ。)
『嫌、です。』
(……。)
『嫌だよぉ……。』
エミリが、顔を覆って泣いた。
『死んでほしく、ないよぉ……。』
初めて外を見て、はしゃいでいたあいつが。
プリンで、幸せを噛みしめていたあいつが。
今、自分を責めていた。
——それは、違う。
絶対に、違うだろ。
(エミリ。)
『……。』
(お前のせいじゃ、ねぇよ。)
『でも……。』
(自由に生きたいって思うことが。……罪なわけねぇだろ。)
『……。』
(だから、謝るな。)
——謝らないで。
あの人が俺に言った言葉が、そのまま口をついて出た。
(巻き込んだのは。……あくまで、俺だ。)
『でも。ジュディを巻き込んだのは。……私、です。』
(それでも、俺の都合でお前の話に乗ったんだ。)
『……。』
(お前に会う目的は。……俺にも、あった。)
上書きを止めるため。
自分が、生き残るため。
それだけじゃない。
外を見て笑うこいつを放っておけなかったのも、ある。
(お前は、謝らなくていいんだ。)
『……ぐず。』
(エミリ。)
『……なんでしょうか。』
(……ありがとうな。)
『何が、ですか?』
(一緒に悲しんでくれて、ありがとう。)
『……。』
——妙な、話だ。
アイラさんに言われた言葉を、今度は俺が、こいつに言っている。
自分では、まだ半分も信じられていないのに。
エミリが、涙で濡れた顔を上げた。
『……では。』
(……あぁ。)
『私たちのせいでないと言うのなら。』
(……。)
『なぜ、その人は。……ダンさんは。死んで、しまったのでしょうか。』
——それは。
言葉に、詰まった。
俺の依頼。
俺の、都合。
それが、きっかけなのは間違いない。
でも。
——殺したのは、ハピレスだ。
ジャスの言葉が、脳裏に響いた。
それが免罪符になるわけじゃ、ない。
分かってる。
でも、明確に。
ダンの命を、奪ったもの。
その名前は、はっきりしていた。
——ハピレス。
(……ダンさんを殺した連中が、いる。)
『……それは、誰ですか?』
(ハピレス。)
『……私を作った、組織。』
腹の底で、静かに何かが決まった。
——潰す。
あいつらを、潰す。
それが、ダンのためになるかは、分からねぇ。
きっと、ただの自己満足だ。
でも。
これ以上、あいつらに。
誰かの帰る場所を、壊させるわけにはいかねぇ。
——ガロウに言ったことと、同じだ。
俺の都合で。
俺の責任で。
あいつらを、潰す。
—
エミリとの感覚共有が終わった。
しばらくして、別の通信が入った。
(……ガレス。)
『ジュディ。チップの解析が、終わった。』
(……どうだった。)
『……覚悟して、聞け。』
ガレスの声は、いつになく重かった。
『ダン・ベルンが、命がけで掴んだ情報だ。』
(……。)
『——ハピレスは、バイオストーンを裏切っていた。』
(……は?)
『飼い主であるはずの、バイオストーンの情報を。……アッシュガード側に、流していた。』
(……。)
『そもそも、ハピレスは。とっくに、アッシュタウンと繋がっていた。』
——繋がった。
ポエロの、死体。
アッシュガードとの、通信ログ。
飼い主を裏切った、ギャング。
その、後始末。
ダンは、その裏切りの証拠に触れて。
——消された。
(……ガレス。じゃあ、ダンさんは。)
『あぁ。汚いものの、掃除に巻き込まれた。』
(……くそ。)
『……すまない。』
(なんで、あんたが謝るんだよ。)
『情報屋だと言うのに、こんな報告しか、できない。』
(……んなこと、ねーよ。)
——こんなもののために。
あの人は、死んだのか。
家族を、遺して。
胸の底が、冷たくなる。
でも、それは悲しみじゃなかった。
もっと静かで。
もっと硬い。
形を持った、殺意だった。
(……ガレス。)
『なんだ。』
(……ロイド・カーターへの、接触経路は。)
『……あぁ。それも、確保している。ただし。』
(……なんだよ?)
『正規の回線ではない。暗号化された、メッセージ送受信のみだ。』
(送ったとしても、返ってくる保証はねぇか?)
『……あぁ。届いてるかも、分からん。』
それでも。
今は、それしかない。
俺は、脳内でメッセージ通信を開いた。
ガレスの寄越した、暗号回線に。
短いメッセージを、打ち込む。
——エミリの所在を、知っている。
送信。
届いたか、どうか。
反応は、なかった。
『……返事は、気長に待て。あの手の人間は、慎重だ。』
(あぁ。分かってる。)
—
通信が、切れた。
また、一人になった。
新しい煙草を取り出し、火をつける。
「……ふぅ。」
俺は、空を見上げた。
朝日が、カルディアの街を照らし始めている。
ダンは、もういない。
その理由は、反吐が出るほどくだらないものだった。
ロイドが応えるかも、分からない。
先のことなんて、何も見えない。
でも。
——ハピレスだけは、潰す。
それだけは、決めた。
その決意が胸に収まった時。
少しだけ、心が軽くなるのを感じた。
第百四十三話、お読みいただきありがとうございました。
これで、第三章「バイオストーン編」は、終わりです。
いかがだったでしょうか?
生きることは、人を救うこともある。
でも、人を不幸にしてしまうことも、ある。
そんなテーマの章でした。
ジュディは、一つだけ、決めましたね。
ハピレスを、潰す。
守るためでも、正義のためでもなく。
これ以上、誰かの帰る場所を壊させないために。
四章から、ハピレスとの決着が始まります。
引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!




