第百四十二話「ただ、一緒に、悲しんで」
カルディア政府の連中が、慌ただしく後処理を進めている。
俺は、廃工場の外にいる。
壁に背を預けて、煙草を吸っていた。
左肩の傷は、手当が済んでいる。
青はとっくに効果が切れ、体の芯が重かった。
隣に、ジャスが並ぶ。
同じように、煙草に火をつけた。
「肩の具合はどうだ?」
「大したことねぇよ。それより、ミゼラの所在は?」
「ここには、ハピレスに繋がる情報は何もない。空振りだろう。」
「……っち。」
煙を吐く。
夜の空へ、溶けていった。
「現場に、ポエロの遺体もあった。」
「あぁ。ハピレスが、バイオストーンの幹部を殺した。状況から、これは確実だ。」
「……ハピレスは。バイオストーンの、お抱えのギャングだったはずだ。」
「あぁ。どうにも、きな臭い。」
——ハピレスが、飼い主の幹部を殺した。
意味が、分からない。
でもダンは、その分からない何かに巻き込まれて、死んだ。
「……ガロウから、チップを受け取った。ダンさんが掴んだ情報らしい。」
「……渡すのか。」
「いや。まずは、ガレスに送って解析させる。」
「……。」
「何か分かったら、お前にも共有するよ。」
——アルカナには、まだ渡さない。
ゼノに伝える前に。
確かめなきゃいけないことが、ある気がした。
「ダン・ベルンの遺体は。」
ジャスが、静かに言った。
「家族には、見せない方がいい。」
「……。」
「ただ、もう。死んだことは、アイラ・ベルンには伝わっているはずだ。」
「……なんで、だよ。」
「ストーンウェアの通信が、断絶している。これで察せない者はいない。」
——そうか。
あの人は、とっくに気づいてる。
「可能な限りの遺品を集めて、後日、届けよう。」
「……あぁ。」
俺は、煙草を地面で消した。
壁から、背を離す。
「ジュディ。」
「……なんだよ。」
「ベルン家に、行くのか?」
「……あぁ。それが、筋だ。」
——俺のせいで、ダンは死んだ。
「勘違い、するなよ。」
「……何がだよ。」
「殺したのは、ハピレスだ。」
「……それが、免罪符になるわけ、ねーだろ。」
歩き出す。
その背中に、ジャスの声が追ってきた。
「ジュディ。」
「……あ?」
「今回の出動要請は、ゼノ・アルカナからだった。」
「……知ってるよ。」
「あの男は、少なくとも事態を放置はしなかった。」
「……。」
「そして今、お前からの連絡を待っている。」
だからといって、ゼノを許す気には到底なれない。
俺はジャスへと振り返り、言った。
「……ジャス。」
「……。」
「じゃあな。」
それだけ言って。
俺は、その場を後にした。
—
ベルン家の、扉を叩いた。
すぐに扉が開き、アイラが顔を出す。
「あら、ジュディ。」
「……はい。」
「丁度よかったわ。ダンと。……ダンの通信が、停止したみたいなの。」
「……。」
「何か、あったんじゃないかと思って。」
「……アイラさん。」
「きっと、ストーンウェアの、故障よね?」
アイラの声は、少しだけ上ずっていた。
——気づいてる。
気づいていて、そう言っている。
「……伝えなきゃ、いけないことが。あります。」
「……ジュディ?あなた、その肩……。」
「アイラさん。」
「……っ。」
俺は、ポケットから。
——あの時計を取り出した。
安っぽい。
くまの、時計。
アイラの目が、それに吸い寄せられる。
「……これ……。」
「ダンさんを。……守れませんでした。」
「……止めて。」
「俺がダンさんに、ある依頼をして。……巻き込んで、しまった。」
「ジュディ。今は。」
「ダンさんは……。」
「……。」
「……死に、ました。」
アイラの喉から。
声にならない声が、漏れた。
「……あ、ああぁぁぁ。」
「……。」
「ああぁぁぁ……。」
その時。
奥から、小さな足音がした。
「お母さん……?」
リアだった。
アイラが、崩れるように。
リアを抱きしめた。
「ダン……。ダン……。」
「……お母さん。それ。」
リアが、俺の手の中の時計を見つめる。
「それ、お父さんの。……プレゼントだよ?」
「……。」
言葉が、出なかった。
リアが、ゆっくりと俺を見上げた。
「……お父さん。どうしたの?」
「……。」
「お兄ちゃん。お父さんは?」
「……ごめんね。」
膝をつく。
リアと、目線を合わせて。
「……ダンさんとは、もう、会えないんだ。」
「嘘だもん。」
即答だった。
リアの真っ直ぐな視線が、胸を刺す。
「……だって、約束、したもん。」
「……。」
「今度ね。今度、また。てーまぱーく、行くって。」
「……リア。」
「……嘘つきだ。」
「……違うよ。リア、それは——」
「なんで!!……みんな、なんで。……なんで、私は。」
「……。」
「私は、子供なの?」
「……っ。」
——リアは、子供だ。
本人の言うように、まだ、こんなに小さい子供なのに。
なんで、この子が。
こんな思いをしなきゃいけない。
「……二人とも。本当に、すみま——」
——ペシンッ。
頬が、鳴った。
アイラが涙を流したまま、俺を叩いていた。
「……謝らないで。」
「……でも。俺が、俺のせいで。」
「違う。」
アイラの声は、震えていた。
けれど、まっすぐだった。
まっすぐに、声が、俺の胸に届いた。
「あの人は。他人に巻き込まれて死ぬような。……そんな、弱い人じゃない。」
「……。」
「いえ。でも……。」
「ジュディ。」
「……はい。」
「謝らなくて、いいのよ。」
「……。」
アイラが俺の頬に触れた手を、そのまま俺の背に回した。
「今は、ただ。……一緒に、悲しんで?」
——あぁ。
その時、初めて。
何かが、決壊した。
ダンの遺体を見ても、出なかった涙が。
今は、止まらなかった。
俺は、二人を抱きしめて。
子供みたいに、泣いた。
——一人じゃ、泣けなかった。
こうして、誰かと一緒じゃないと。
俺は、悲しむことすら、できないらしい。
アルトの言葉が。
頭の隅で、まだ、ちくちくと刺さっていた。
—
どれくらい、そうしていたか。
リアは、泣き疲れて。
アイラの膝で、眠っていた。
小さな寝顔を、二人で見つめる。
「……ジュディ。」
「……はい。」
「しばらく。ここへは、来ないで。」
「……っ、そんな。」
「ジュディ。」
アイラが、リアの髪を撫でた。
「私はね。……親を、やるわ。」
「……それは。」
「何があっても。……親を、やるのよ。」
アイラの目は、強かった。
かつての風前の灯のような姿は、見る影もない。
「あなたに貰ったものを。あなたなしで。……私は、証明しなきゃいけない。」
「……。」
「甘えるわけには、いかないの。」
——親を、やれ。
三年前。
俺が、この人に言った言葉。
それを今、この人は自分の覚悟にして返してきた。
「ジュディ。」
「……はい。」
「……大丈夫。私たちは、大丈夫よ。」
アイラが、笑った。
涙で、ぐしゃぐしゃの顔で。
「落ち着いたら。……連絡、するわ。」
「……絶対、ですよ。」
「えぇ。」
「……絶対、ですからね。」
「……えぇ。絶対、よ。」
窓の外は。
もう、朝になりかけていた。
—
ベルン家を後にして。
俺は、カルディアの適当なベンチに腰を下ろしていた。
泣いたはずなのに、胸の奥はまだ空っぽだった。
煙草に、火をつける。
「……。」
罪悪感が、まざまざと。
無力感が、じわじわと。
俺の胸を、覆い尽くしていく。
「……ちくしょう。」
思わず、言葉を呟いた。
俺は、救えたと思っていた。
あの家族を。
これからも、あの幸せは続いていくものだと。
もう、救えたのだから、大丈夫だと。
——そう、奢った。
その奢りの結果が、このざまだ。
目も当てられない。
自分が、生き残るために動いた。
いや、そんなことは、どうでもよかったのかもしれない。
エミリが、助けを求めてきた。
それに俺は、どこか心地よさを感じていた。
これで俺は、自分のためだけじゃなく、人のために生きられると。
エルナに託されたジュディを全うできると、思った。
——お前は、求められたキムラ・ジュディを。必死で演じてるだけだ。
アルトの言葉が、頭に響く。
図星だった。
その結果、誰かのために生きたつもりで、誰かを死に追いやった。
「……。」
俺は、どうすればいい。
どうすれば……。
——答えなんて、出なかった。
『……ディ。』
不意に、頭に声が届く。
『ジュディ。』
エルナの。
いや、エミリの声だった。
第百四十二話、お読みいただきありがとうございました。
ダンの死を、ベルン家に届ける話でした。
ジュディは、ダンの遺体を前にしても泣けませんでした。
けれど、アイラとリアの前で、ようやく泣きました。
一人では悲しめない。
誰かと一緒にいて、初めて悲しめる。
それもまた、ジュディという人間なのだと思います。
アイラは、親をやると決めました。
三年前にジュディが渡した言葉を、今度は自分の覚悟として抱えています。
次回、第三章ラストです。
明日も20:10、続きます。
よろしくお願いします。




