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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|バイオストーン編

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第百四十二話「ただ、一緒に、悲しんで」

カルディア政府の連中が、慌ただしく後処理を進めている。


俺は、廃工場の外にいる。

壁に背を預けて、煙草を吸っていた。


左肩の傷は、手当が済んでいる。

青はとっくに効果が切れ、体の芯が重かった。


隣に、ジャスが並ぶ。

同じように、煙草に火をつけた。


「肩の具合はどうだ?」

「大したことねぇよ。それより、ミゼラの所在は?」

「ここには、ハピレスに繋がる情報は何もない。空振りだろう。」

「……っち。」


煙を吐く。

夜の空へ、溶けていった。


「現場に、ポエロの遺体もあった。」

「あぁ。ハピレスが、バイオストーンの幹部を殺した。状況から、これは確実だ。」

「……ハピレスは。バイオストーンの、お抱えのギャングだったはずだ。」

「あぁ。どうにも、きな臭い。」


——ハピレスが、飼い主の幹部を殺した。


意味が、分からない。

でもダンは、その分からない何かに巻き込まれて、死んだ。


「……ガロウから、チップを受け取った。ダンさんが掴んだ情報らしい。」

「……渡すのか。」

「いや。まずは、ガレスに送って解析させる。」

「……。」

「何か分かったら、お前にも共有するよ。」


——アルカナには、まだ渡さない。


ゼノに伝える前に。

確かめなきゃいけないことが、ある気がした。


「ダン・ベルンの遺体は。」


ジャスが、静かに言った。


「家族には、見せない方がいい。」

「……。」

「ただ、もう。死んだことは、アイラ・ベルンには伝わっているはずだ。」

「……なんで、だよ。」

「ストーンウェアの通信が、断絶している。これで察せない者はいない。」


——そうか。

あの人は、とっくに気づいてる。


「可能な限りの遺品を集めて、後日、届けよう。」

「……あぁ。」


俺は、煙草を地面で消した。

壁から、背を離す。


「ジュディ。」

「……なんだよ。」

「ベルン家に、行くのか?」

「……あぁ。それが、筋だ。」


——俺のせいで、ダンは死んだ。


「勘違い、するなよ。」

「……何がだよ。」

「殺したのは、ハピレスだ。」

「……それが、免罪符になるわけ、ねーだろ。」


歩き出す。

その背中に、ジャスの声が追ってきた。


「ジュディ。」

「……あ?」

「今回の出動要請は、ゼノ・アルカナからだった。」

「……知ってるよ。」

「あの男は、少なくとも事態を放置はしなかった。」

「……。」

「そして今、お前からの連絡を待っている。」


だからといって、ゼノを許す気には到底なれない。

俺はジャスへと振り返り、言った。


「……ジャス。」

「……。」

「じゃあな。」


それだけ言って。

俺は、その場を後にした。







ベルン家の、扉を叩いた。

すぐに扉が開き、アイラが顔を出す。


「あら、ジュディ。」

「……はい。」

「丁度よかったわ。ダンと。……ダンの通信が、停止したみたいなの。」

「……。」

「何か、あったんじゃないかと思って。」

「……アイラさん。」

「きっと、ストーンウェアの、故障よね?」


アイラの声は、少しだけ上ずっていた。


——気づいてる。

気づいていて、そう言っている。


「……伝えなきゃ、いけないことが。あります。」

「……ジュディ?あなた、その肩……。」

「アイラさん。」

「……っ。」


俺は、ポケットから。

——あの時計を取り出した。


安っぽい。

くまの、時計。


アイラの目が、それに吸い寄せられる。


「……これ……。」

「ダンさんを。……守れませんでした。」

「……止めて。」

「俺がダンさんに、ある依頼をして。……巻き込んで、しまった。」

「ジュディ。今は。」

「ダンさんは……。」

「……。」

「……死に、ました。」


アイラの喉から。

声にならない声が、漏れた。


「……あ、ああぁぁぁ。」

「……。」

「ああぁぁぁ……。」


その時。

奥から、小さな足音がした。


「お母さん……?」


リアだった。


アイラが、崩れるように。

リアを抱きしめた。


「ダン……。ダン……。」

「……お母さん。それ。」


リアが、俺の手の中の時計を見つめる。


「それ、お父さんの。……プレゼントだよ?」

「……。」


言葉が、出なかった。

リアが、ゆっくりと俺を見上げた。


「……お父さん。どうしたの?」

「……。」

「お兄ちゃん。お父さんは?」

「……ごめんね。」


膝をつく。

リアと、目線を合わせて。


「……ダンさんとは、もう、会えないんだ。」

「嘘だもん。」


即答だった。

リアの真っ直ぐな視線が、胸を刺す。


「……だって、約束、したもん。」

「……。」

「今度ね。今度、また。てーまぱーく、行くって。」

「……リア。」

「……嘘つきだ。」

「……違うよ。リア、それは——」

「なんで!!……みんな、なんで。……なんで、私は。」

「……。」


「私は、子供なの?」

「……っ。」


——リアは、子供だ。

本人の言うように、まだ、こんなに小さい子供なのに。


なんで、この子が。

こんな思いをしなきゃいけない。


「……二人とも。本当に、すみま——」


——ペシンッ。


頬が、鳴った。

アイラが涙を流したまま、俺を叩いていた。


「……謝らないで。」

「……でも。俺が、俺のせいで。」

「違う。」


アイラの声は、震えていた。

けれど、まっすぐだった。

まっすぐに、声が、俺の胸に届いた。


「あの人は。他人に巻き込まれて死ぬような。……そんな、弱い人じゃない。」

「……。」

「いえ。でも……。」

「ジュディ。」

「……はい。」

「謝らなくて、いいのよ。」

「……。」


アイラが俺の頬に触れた手を、そのまま俺の背に回した。


「今は、ただ。……一緒に、悲しんで?」


——あぁ。


その時、初めて。

何かが、決壊した。


ダンの遺体を見ても、出なかった涙が。

今は、止まらなかった。


俺は、二人を抱きしめて。

子供みたいに、泣いた。


——一人じゃ、泣けなかった。


こうして、誰かと一緒じゃないと。

俺は、悲しむことすら、できないらしい。


アルトの言葉が。

頭の隅で、まだ、ちくちくと刺さっていた。







どれくらい、そうしていたか。


リアは、泣き疲れて。

アイラの膝で、眠っていた。


小さな寝顔を、二人で見つめる。


「……ジュディ。」

「……はい。」

「しばらく。ここへは、来ないで。」

「……っ、そんな。」

「ジュディ。」


アイラが、リアの髪を撫でた。


「私はね。……親を、やるわ。」

「……それは。」

「何があっても。……親を、やるのよ。」


アイラの目は、強かった。

かつての風前の灯のような姿は、見る影もない。


「あなたに貰ったものを。あなたなしで。……私は、証明しなきゃいけない。」

「……。」

「甘えるわけには、いかないの。」


——親を、やれ。


三年前。

俺が、この人に言った言葉。


それを今、この人は自分の覚悟にして返してきた。


「ジュディ。」

「……はい。」

「……大丈夫。私たちは、大丈夫よ。」


アイラが、笑った。

涙で、ぐしゃぐしゃの顔で。


「落ち着いたら。……連絡、するわ。」

「……絶対、ですよ。」

「えぇ。」

「……絶対、ですからね。」

「……えぇ。絶対、よ。」


窓の外は。

もう、朝になりかけていた。







ベルン家を後にして。

俺は、カルディアの適当なベンチに腰を下ろしていた。

泣いたはずなのに、胸の奥はまだ空っぽだった。


煙草に、火をつける。


「……。」


罪悪感が、まざまざと。

無力感が、じわじわと。


俺の胸を、覆い尽くしていく。


「……ちくしょう。」


思わず、言葉を呟いた。


俺は、救えたと思っていた。

あの家族を。


これからも、あの幸せは続いていくものだと。

もう、救えたのだから、大丈夫だと。


——そう、奢った。


その奢りの結果が、このざまだ。

目も当てられない。


自分が、生き残るために動いた。

いや、そんなことは、どうでもよかったのかもしれない。


エミリが、助けを求めてきた。

それに俺は、どこか心地よさを感じていた。


これで俺は、自分のためだけじゃなく、人のために生きられると。

エルナに託されたジュディを全うできると、思った。


——お前は、求められたキムラ・ジュディを。必死で演じてるだけだ。


アルトの言葉が、頭に響く。

図星だった。


その結果、誰かのために生きたつもりで、誰かを死に追いやった。


「……。」


俺は、どうすればいい。

どうすれば……。


——答えなんて、出なかった。


『……ディ。』


不意に、頭に声が届く。


『ジュディ。』


エルナの。

いや、エミリの声だった。


第百四十二話、お読みいただきありがとうございました。


ダンの死を、ベルン家に届ける話でした。


ジュディは、ダンの遺体を前にしても泣けませんでした。

けれど、アイラとリアの前で、ようやく泣きました。


一人では悲しめない。

誰かと一緒にいて、初めて悲しめる。


それもまた、ジュディという人間なのだと思います。


アイラは、親をやると決めました。

三年前にジュディが渡した言葉を、今度は自分の覚悟として抱えています。


次回、第三章ラストです。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。


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