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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|バイオストーン編

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第百四十一話「なぜ彼は、救うのか」

——ズ、ッ。


「……ぐっ。」


左肩に、熱い衝撃が走った。

ガロウのナイフが、深く食い込んでいる。


「ははぁ!!これでぇ、しまいだなぁ!!」


ガロウが、ナイフに体重を乗せてくる。

このまま、切り裂くつもりだ。


——なら、こっちも。


刺さったナイフは、抜かない。

抜けば、体勢を崩される。

この一瞬を、逃すわけにはいかない。


俺は、空いた片手で。

ガロウのナイフを握る手首を、掴んだ。


「ははぁ!!!放せよぉ!それで、お前は終わりだぁ!!!」

「……ちぃ!」

「ははは!!!やっぱよぉ、いいよなぁ!!!」


ほんの一瞬だけ、止まった。

——それで、十分だ。


もう片方の手には。

チャージの済んだ、レールガン。


その銃口を、ガロウの腹に押し当てた。


「……あぁ。終わりだな。」

「は?」


引き金を、引いた。


——ドンッ。


轟音。

反動が、腕を突き抜ける。


ガロウの腹に。

——大きな、穴が空いた。


上と下が繋がっているのが、不思議なくらいの穴。


「……っ、は。」


ガロウの体から、力が抜けていく。

そのまま、膝から崩れ落ちた。


俺も、その場に片膝をつく。

左肩から、血が流れていた。


「……ふぅ。」


胸の中は、何も動かなかった。


一つ、仕事を終えただけ。

そんな、感覚だった。







「……ジュ、ディ。」

「……意識、あんのかよ。」

「ははぁ。これ、やるよ。」


ガロウの震える手が、何かを差し出した。

小さな、チップ。


「……なんだよ、これ。」

「ダンが、掴んだ。……ハピレスの、情報だぁ。」

「……なんで。」

「持ってけよ。……その方が、お前は。まだ、地獄を歩けるだろぉ?」

「……。」

「俺はぁ。お前が、気に入ったぁ。」


受け取る。

血で汚れた、メモリーチップ。


——改心なんて、していない。


こいつの目を見れば、分かる。

ただ、満足しているだけだ。

俺と、殺し合えたことに。


「……お前、ほんとに。最高だったぜ。」

「……。」

「人として。殺し合って。……人として、死ねる。」


ガロウの顔が、とろけるみたいに笑った。


「じゃあな。……兄弟。」


——兄弟、か。


「……気色悪ぃ。」

「……。」

「さっさと、死ねよ。兄弟。」


ガロウが、ふ、と息を漏らした。


「……ははぁ。」

「……。」

「……楽しかった、なぁ。」


それが、最後だった。


ガロウ・ヘイズは。

満足しきった顔で、こと切れた。







静かだった。

焦げた臭いと、血の臭いだけが、部屋に残っている。


俺は、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

……不味い。


『——ジュディ。』

(……あ?)

『なんで、ガロウの言葉に答えた。』

(……今は、静かにしてくれ。)

『見ろよ。こいつの、顔。』

(……。)

『クソ野郎が、救われて死んだぜ。』

(……うるせぇよ。)


アルトの声には、静かな怒りがあった。


『磔にされて、石を投げられて。惨めに死ぬべき人間が。……救われて、死んだ。』

(うるせぇって、言ってんだろ。)

『アイラや、リアは。なんて、言うだろうな。』

(——黙れ!!!)


頭の中で、怒鳴った。

それでも、アルトは止まらない。


『いいや、黙らねぇ。今回ばかりは、さすがの俺も、トサカに来てる。』

(……なんなんだよ。テメェは。)

『自分のことを棚に上げて、人を救う。見境なく。……お前は、そういう奴だ。』

(何度も、何度も!馬鹿の一つ覚えかよ。他に言うことねぇのか?)

『なんで、お前がそんな奴なのか。教えて、やるよ。』


——やめろ。

そう思うのに、口が動かなかった。


『上書きが進むにつれて。お前の記憶も、ある程度見えてきた。』

(……。)

『お前が見ようとしねぇから、言うぜ。——お前は一度、存在を否定されたな。』


——っ。


『その時お前は、空っぽになった。』

(……カウンセリングなんざ、頼んでねぇぞ。)

『元々、熱を持たねぇ気質だったんだろう。だが、明確に壊れたのは、あの時だ。』


——ゼノに、コピーだと告げられた、あの日。


元の世界には、俺じゃない俺がいて。

明里の隣で、笑っていた。


俺の帰る場所は、最初からなかった。


——思い出したくも、ない。


膝の上で、拳が震えた。

その古傷を、アルトは容赦なく抉ってくる。


『お前はその時。他者との関係に自分って存在を見出した。……情けねぇことにな。』

(……。)

『それ以来お前は、二つの気持ちを無意識に守ってる。』

(……何の、話だ。)

『一つ目。この世界に来て、他人を優先して守ったことで得られた関係だ。』

(……。)

『カイラや、サヤや、ベルン家。……それが、お前を支えた。だからお前は、他人を救うことを自分に強要してる。』

(……してねぇよ。)

『そう言うだろうな。——二つ目は。エルナの言葉だ。』


——っ。


(……エルナは、関係ねぇだろ。)

『大ありだ。』


アルトの声が、低くなった。


『エルナは死に際に、お前へ言葉を残した。』

(……。)

『——「あなたのままで、生きて。」だったか?』


——白い、世界。


消えていくエルナが。

涙目で、笑って。

そう、言った。


その言葉と、俺への想いが、俺を支え続けている。

俺の大切な、本当に大切なものだ。


『あいつの意図がどうあれ。それはお前にとって。……呪いに、なった。』

(……言うに事欠いて、呪いだと?)

『人に救われて、人を救って。……そうして、ようやく形になった、キムラ・ジュディだ。』

(……っ。)

『それを、そのままで生きてほしいっていう。……エルナの、言葉。』

(……やっぱり、黙れよ。お前。)

『他者を救うキムラ・ジュディを。お前は求められたと思ってる。それを手放さねぇように。ガキみてぇに、必死でしがみついてる。』

(……黙れ。)

『お前は、求められたキムラ・ジュディを。必死で演じてるだけだ。だから、今回も——』


「——うるせぇ!!!!!」


叫んでいた。

今度は、声に出して。


誰もいない部屋に、俺の声だけが反響した。


「……それが。それが、なんだってんだよ!!!」

『そこに、テメェはいねぇっつってんだ!!!』

「お前に、俺の、何が分かる!!」

『求められたから、人を救うだぁ?機械かよ!!テメェは!!!』

「……っ!!」

『いいか?よく聞け。お前に、何もねぇならな。』


アルトの声が、低く、俺の頭に響いた。


『——マジで、俺は、お前の体を奪ってもいい。』

「……上等だ。クソ野郎が。」

『認めたくねぇよ。自分のことも分からねぇ三下に、エルナが惚れてたなんてな。』

「……っ。」



……何も、言い返せなかった。

握りしめたメモリーチップが、手のひらに食い込んでいた。


第百四十一話、お読みいただきありがとうございました。


ジュディは、ガロウを殺しました。

けれど、人として向き合い、人として殺したことで。

救われるべきでない男を、救ってしまった。


そのことを、アルトは許しません。

そして、ジュディがなぜそういう人間なのか

——その一番深いところを、突きつけました。


ジュディは、答えられません。

まだ、答えを持っていないから。


この後味のまま、第三章はもう少しだけ続きます。


明日も20:10、続きます。

よろしくお願いします。


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