第百四十一話「なぜ彼は、救うのか」
——ズ、ッ。
「……ぐっ。」
左肩に、熱い衝撃が走った。
ガロウのナイフが、深く食い込んでいる。
「ははぁ!!これでぇ、しまいだなぁ!!」
ガロウが、ナイフに体重を乗せてくる。
このまま、切り裂くつもりだ。
——なら、こっちも。
刺さったナイフは、抜かない。
抜けば、体勢を崩される。
この一瞬を、逃すわけにはいかない。
俺は、空いた片手で。
ガロウのナイフを握る手首を、掴んだ。
「ははぁ!!!放せよぉ!それで、お前は終わりだぁ!!!」
「……ちぃ!」
「ははは!!!やっぱよぉ、いいよなぁ!!!」
ほんの一瞬だけ、止まった。
——それで、十分だ。
もう片方の手には。
チャージの済んだ、レールガン。
その銃口を、ガロウの腹に押し当てた。
「……あぁ。終わりだな。」
「は?」
引き金を、引いた。
——ドンッ。
轟音。
反動が、腕を突き抜ける。
ガロウの腹に。
——大きな、穴が空いた。
上と下が繋がっているのが、不思議なくらいの穴。
「……っ、は。」
ガロウの体から、力が抜けていく。
そのまま、膝から崩れ落ちた。
俺も、その場に片膝をつく。
左肩から、血が流れていた。
「……ふぅ。」
胸の中は、何も動かなかった。
一つ、仕事を終えただけ。
そんな、感覚だった。
—
「……ジュ、ディ。」
「……意識、あんのかよ。」
「ははぁ。これ、やるよ。」
ガロウの震える手が、何かを差し出した。
小さな、チップ。
「……なんだよ、これ。」
「ダンが、掴んだ。……ハピレスの、情報だぁ。」
「……なんで。」
「持ってけよ。……その方が、お前は。まだ、地獄を歩けるだろぉ?」
「……。」
「俺はぁ。お前が、気に入ったぁ。」
受け取る。
血で汚れた、メモリーチップ。
——改心なんて、していない。
こいつの目を見れば、分かる。
ただ、満足しているだけだ。
俺と、殺し合えたことに。
「……お前、ほんとに。最高だったぜ。」
「……。」
「人として。殺し合って。……人として、死ねる。」
ガロウの顔が、とろけるみたいに笑った。
「じゃあな。……兄弟。」
——兄弟、か。
「……気色悪ぃ。」
「……。」
「さっさと、死ねよ。兄弟。」
ガロウが、ふ、と息を漏らした。
「……ははぁ。」
「……。」
「……楽しかった、なぁ。」
それが、最後だった。
ガロウ・ヘイズは。
満足しきった顔で、こと切れた。
—
静かだった。
焦げた臭いと、血の臭いだけが、部屋に残っている。
俺は、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
……不味い。
『——ジュディ。』
(……あ?)
『なんで、ガロウの言葉に答えた。』
(……今は、静かにしてくれ。)
『見ろよ。こいつの、顔。』
(……。)
『クソ野郎が、救われて死んだぜ。』
(……うるせぇよ。)
アルトの声には、静かな怒りがあった。
『磔にされて、石を投げられて。惨めに死ぬべき人間が。……救われて、死んだ。』
(うるせぇって、言ってんだろ。)
『アイラや、リアは。なんて、言うだろうな。』
(——黙れ!!!)
頭の中で、怒鳴った。
それでも、アルトは止まらない。
『いいや、黙らねぇ。今回ばかりは、さすがの俺も、トサカに来てる。』
(……なんなんだよ。テメェは。)
『自分のことを棚に上げて、人を救う。見境なく。……お前は、そういう奴だ。』
(何度も、何度も!馬鹿の一つ覚えかよ。他に言うことねぇのか?)
『なんで、お前がそんな奴なのか。教えて、やるよ。』
——やめろ。
そう思うのに、口が動かなかった。
『上書きが進むにつれて。お前の記憶も、ある程度見えてきた。』
(……。)
『お前が見ようとしねぇから、言うぜ。——お前は一度、存在を否定されたな。』
——っ。
『その時お前は、空っぽになった。』
(……カウンセリングなんざ、頼んでねぇぞ。)
『元々、熱を持たねぇ気質だったんだろう。だが、明確に壊れたのは、あの時だ。』
——ゼノに、コピーだと告げられた、あの日。
元の世界には、俺じゃない俺がいて。
明里の隣で、笑っていた。
俺の帰る場所は、最初からなかった。
——思い出したくも、ない。
膝の上で、拳が震えた。
その古傷を、アルトは容赦なく抉ってくる。
『お前はその時。他者との関係に自分って存在を見出した。……情けねぇことにな。』
(……。)
『それ以来お前は、二つの気持ちを無意識に守ってる。』
(……何の、話だ。)
『一つ目。この世界に来て、他人を優先して守ったことで得られた関係だ。』
(……。)
『カイラや、サヤや、ベルン家。……それが、お前を支えた。だからお前は、他人を救うことを自分に強要してる。』
(……してねぇよ。)
『そう言うだろうな。——二つ目は。エルナの言葉だ。』
——っ。
(……エルナは、関係ねぇだろ。)
『大ありだ。』
アルトの声が、低くなった。
『エルナは死に際に、お前へ言葉を残した。』
(……。)
『——「あなたのままで、生きて。」だったか?』
——白い、世界。
消えていくエルナが。
涙目で、笑って。
そう、言った。
その言葉と、俺への想いが、俺を支え続けている。
俺の大切な、本当に大切なものだ。
『あいつの意図がどうあれ。それはお前にとって。……呪いに、なった。』
(……言うに事欠いて、呪いだと?)
『人に救われて、人を救って。……そうして、ようやく形になった、キムラ・ジュディだ。』
(……っ。)
『それを、そのままで生きてほしいっていう。……エルナの、言葉。』
(……やっぱり、黙れよ。お前。)
『他者を救うキムラ・ジュディを。お前は求められたと思ってる。それを手放さねぇように。ガキみてぇに、必死でしがみついてる。』
(……黙れ。)
『お前は、求められたキムラ・ジュディを。必死で演じてるだけだ。だから、今回も——』
「——うるせぇ!!!!!」
叫んでいた。
今度は、声に出して。
誰もいない部屋に、俺の声だけが反響した。
「……それが。それが、なんだってんだよ!!!」
『そこに、テメェはいねぇっつってんだ!!!』
「お前に、俺の、何が分かる!!」
『求められたから、人を救うだぁ?機械かよ!!テメェは!!!』
「……っ!!」
『いいか?よく聞け。お前に、何もねぇならな。』
アルトの声が、低く、俺の頭に響いた。
『——マジで、俺は、お前の体を奪ってもいい。』
「……上等だ。クソ野郎が。」
『認めたくねぇよ。自分のことも分からねぇ三下に、エルナが惚れてたなんてな。』
「……っ。」
……何も、言い返せなかった。
握りしめたメモリーチップが、手のひらに食い込んでいた。
第百四十一話、お読みいただきありがとうございました。
ジュディは、ガロウを殺しました。
けれど、人として向き合い、人として殺したことで。
救われるべきでない男を、救ってしまった。
そのことを、アルトは許しません。
そして、ジュディがなぜそういう人間なのか
——その一番深いところを、突きつけました。
ジュディは、答えられません。
まだ、答えを持っていないから。
この後味のまま、第三章はもう少しだけ続きます。
明日も20:10、続きます。
よろしくお願いします。




