第百四十話「人の都合」
ガロウの叫びが、廃工場に反響していた。
「なぁ、答えろよ。」
刃物をぶらぶらと揺らしながら。
ガロウが、こっちに歩いてくる。
「俺はよぉ。人間が、好きなんだよ。」
「……。」
「大好きなんだよ。止まらねぇんだ。どうしようもねぇんだよ。なんでか、壊したく、殺したくなる。」
その目が、きらきらと光っていた。
まるで、宝物の話をするみたいに。
「泣くとこ。怒るとこ。恐怖で歪むとこ。……最後に、諦めるとこ。」
「……。」
「人間が壊れていく、あの瞬間がよぉ。たまらなく、好きなんだ。」
「……。」
「なんでだよぉ。なんで、好きなんだ。俺は、なんで、普通に生きられない。」
——素直な感情だった。
こいつは、理性では分かっているんだろう。
ただ、好きなものを好きだと言っているだけ。
それが、普通の人間からすれば嫌悪される対象。
それなのに止まれない。
救いようが、なかった。
「でもよぉ。お前は、違うよなぁ!!!!」
ガロウの笑みが、少しずつ歪んでいく。
「お前、俺と同じだろ。」
「……。」
「いや、俺よりもひでぇ。空っぽで、欲ってものがねぇ。」
——カフェで。
こいつは、そう言った。
「だからこそ、お前は人から貰ったもんで埋められた。普通じゃねーのに、そっち側だ。」
ガロウの声に、熱がこもっていく。
「大事なもんができてよぉ。悲しいって、何か知れて。……普通に、なれてよかったなぁ!!」
「……。」
「同じこっち側のくせに!お前だけ、ずるいだろ!!なぁ!!」
——ずるい。
こいつは、本気でそう思っている。
——ずるい、か。
否定できなかった。
確かに俺は、借り物の記憶で。
空っぽのまま、この世界に落ちてきた。
そこに、エルナがいて。
カイラがいて。
サヤがいて。
ダンが、いて。
気づけば、埋まっていた。
——ように見えていた、だけかもしれねぇ。
こいつと俺の違いなんて。
きっと、紙一重だ。
だからこそ。
こいつの言葉に頷いちゃ、いけねぇ。
俺は、口を開こうとした。
『——ジュディ。』
アルトの声が、割り込んだ。
『答えなくていい。さっさと殺せ。』
(……。)
『ダンのことを、忘れたわけじゃねぇだろ。』
(……。)
『ガロウに答えるってことが、どういうことか。お前は、分かってるはずだ。』
——分かってる。
こいつを言葉で相手にすること。
それは、こいつを……。
分かってる。
分かってて、なお。
俺は、口を開いた。
「……別に、変わらねぇよ。」
「……あぁ?」
「どうでもいいんだよ。普通とか、こっち側とか。……全部、どうでもいい。」
ガロウの顔から、笑みが消える。
「お前は、俺の大事なものを殺した。」
「……。」
「これからも殺すんだろ。放っときゃ、もっと沢山。」
「……。」
「だから、俺は。俺の都合でお前を殺す。」
——それだけだ。
「俺も、お前も、自分の欲で人を殺す。何も、変わらねぇよ。」
「……。」
「——だから。しゃべるなって言ったんだ。」
俺は、銃を構えた。
「人を殺してぇんだろ?俺も、今はお前を殺したい。」
「……。」
「さっさと構えろよ。殺し合おうぜ?」
ガロウが。
ぽかんと口を開けて。
そして。
「……ぷ。」
「あ?」
「ははぁ。あはははは!!!」
腹を抱えて、笑い出した。
「ジュディ!前言撤回だ!!」
「……。」
「お前、気に入ったぜ。最高だ。」
その目に、また恍惚が戻ってくる。
でも、さっきとは違う色の。
「あぁ!殺し合おう!!……同じ人として、なぁ。」
——人として、か。
その言葉が、やけに耳に残った。
アルトの言った意味が。
分かる気がして。
分からないふりをした。
—
ガロウが、地面に手をついた。
——ズズッ。
床のコンクリートを突き破って。
太い木の根が、うねりながら生えてくる。
——木の、属性?
木を操る魔術師なんて、少なくとも俺は初めて見た。
ストーンウェアを介しているのか?
思わず、目を見張る。
「……珍しいだろぉ?」
俺の反応に気づいて、ガロウが嗤った。
「魔術属性ってのはよぉ。生まれつき、刻まれてんだ。」
「……。」
「たいていは、火、水、風、土。——四大元素ってやつだ。その人間の気質に近いのが、割り振られる。」
木の根が、ガロウの体に絡みつく。
みるみる、鎧みたいに固まっていく。
「でもよぉ。まれに、そのどれにも当てはまらねぇ奴がいる。四大元素から、外れた属性。」
「……。」
「——第五の元素。『空』ってんだ。」
ガロウが、両手を広げてみせる。
「四大元素以外の、全部ひっくるめた総称でなぁ。人から外れた気質の奴が、大抵これになる。」
「……。」
「俺の、木。お前の、電撃。」
ガロウの笑みが、深くなった。
「どっちも、『空』だ。——なぁ?やっぱり俺たち、同じだろぉ?」
——あぁ。
否定はしねぇ。
できねぇよ。
「……だから、なんだよ。」
「あぁ?」
「普通じゃねぇから、なんだってんだ。」
「……。」
「壊れてても。普通じゃなくても。……人は、人だろうが。」
「は、ははぁ!!!そうだよなぁ!!!」
言い終わる前に。
地面から、木の鞭が跳ねた。
「……っち。」
——避ける。
両足に電撃を纏う。
ストーンウェアをオーバークロックし、加速する。
視界の全部が、ゆっくりになる。
木の鞭が、うねる軌道まではっきりと見えた。
紙一重でかわす。
その隙に、ガロウの懐へ。
——ビッ。
生体電流を阻害する、いつもの一撃。
これで、動きを封じて弾丸を叩き込む。
いつもの、必勝パターン。
「ははぁ!!効かねぇなぁ!」
木の鎧が、電撃を遮断していた。
生身に届かない。
「ちぃ!!」
銃を撃つ。
——パンッ。
弾丸は、ガロウの前にせり上がった木の盾に弾かれた。
近接も、駄目。
銃も、駄目。
しかも、こいつ。
あの鎧を纏ってなお。
——身軽だ。
ナイフを握りしめて。
猛烈な速さで、切りかかってくる。
「ははぁ!!!あははははぁぁ!!」
オーバークロックの加速で、捌く。
お互いに、決定打は入らない。
——埒があかねぇな。
砕けた肩が、青薬越しに鈍く軋む。
息が上がってきた。
このまま、長引けば。
不利なのは、こっちだ。
俺は、銃をしまった。
代わりに懐から、別の銃を引き抜く。
——レールガン。
撃つまでに時間がかかる上に連射もできない。
ただ、威力だけは桁が違う。
「あぁ?なんだぁ、それ。」
ガロウが、首を傾げる。
それでも、攻撃の手は緩めない。
木の鞭。ナイフ。
畳みかけてくる。
——それでも、当たることはない。
「……。」
正直に言えば。
勝負には、なってなかった。
こいつの攻撃は、全部見えている。
避けながら。
レールガンに、魔力を注ぎ込む。
チャージのゲージが、満ちていく。
避けて。
かわして。
また、避けて。
「……あ?」
——おかしい。
ガロウの攻撃が、少しずつぬるくなっている。
当てる気がないみたいに。
まるで、俺のチャージが終わるのを待っているみたいに。
——嫌な予感がした。
でも。
もう、止まれない。
——あと、少し。
「よし。」
チャージが、完了した。
その、瞬間。
——ズルッ。
足元のコンクリートを突き破って。
木の幹が、俺の足に絡みついた。
「……なっ。」
しまった。
——動けない。
「——捕まえたぁ!!!」
ガロウが、ナイフを握りしめて。
俺の顔面めがけて、踏み込んできた。
第百四十話、お読みいただきありがとうございました。
正義でも、復讐でもなく。
自分の都合で、自分の責任で止める。
ジュディが選んだのは、そういう答えでした。
けれど、ガロウに「答えてしまった」こと。
彼を、一人の人間として扱ってしまったこと。
それが何を意味するのか——アルトだけが分かっています。
戦いは、まだ終わりません。
明日も20:10、続きます。
よろしくお願いします。




