↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|バイオストーン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

140/153

第百三十九話「地獄の出口も、また地獄」

廃工場まで、あと五分。


EVAirの窓の下を、夜の景色が流れていく。

心臓は、うるさいくらいに鳴っている。

なのに頭のどこかは、氷みたいに冷えていた。


(……ガレス。政府の部隊は。)

『まだ遠い。お前の方が先に着く。』

(……了解。)


その時、別の通信が割り込んだ。


『——ジュディ。』


ジャスだった。


(……どうした?)

『よく聞け。下手に動くなよ?単独で突入せず、俺たちが着くまで待機しろ。』

(……無理だな、ジャス。)

『……なぜだ?』

(俺は、行く。止めたきゃ追いつけ。)

『……っ。おい、ジュディ!冷静に——』


通信を、切った。

ジャスの声が、途中でぶつりと消える。


——悪いな。


ジャスの言ってることは、正しい。

いつも通り、正しいんだ。


でも。

待てる時間なんて、今の俺にはなかった。


「……。」


懐から、青いアンプルを取り出す。

投与口に装填した。


発作は、来ていない。

それでも。

これから先、一秒でも体を止めるわけにはいかない。


——ドクン。


「……っぐ。」


青が体に回る。

せり上がる鉄の味を、無理やり飲み込んだ。


『……ジュディ。』

(……あ?お前なんで……。)

『いいから、聞け。』


今しがた、青を使ったはずだ。

しかし、アルトの声が静かに響く。


『ダンを、助けるんだよな?』

(……たりめーだろ。)

『人を、救いに行くような顔じゃねーぞ。』

(……。)


答えなかった。

答える言葉もないし、必要だとも思わなかった。







EVAirのハッチを開ける。

夜風が、殴りつけてきた。


眼下に廃工場。

その前をうろつく武装した影。


——ガロウの、部隊だろう。

ガレスの派遣した傭兵と、戦闘を行っていた。


「ふぅー。」


魔術防壁を展開する。

そのまま、俺は夜へと身を投げた。


——落ちる。


地面が近づく。

着地の、寸前。

両足に、電撃魔術を纏った。


ストーンウェアのオーバークロック。

一時的に、両足の出力を限界まで引き上げる。


——バチッ。


着地の衝撃を殺す。

そのまま、影の群れの中心へと薙いだ。


「——なん、だ!!!」

「……。」


両手に、銃を構える。


——パパパパンッ。


一人。二人。

振り向く暇も、与えない。


足に纏った電撃で、地を蹴る。

瞬間移動のような速さで、次の一人の懐へ。


——ビッ。


生体電流を、阻害する。

崩れたところに、一発。


誰かが、叫んだ。

俺に、銃を向けてくる奴もいた。


——遅ぇな。


全てが、止まって見えた。

魔術のせいなのか。

それとも、俺の中の、この冷たさのせいなのか。

分かろうとも、思わなかった。


「……がぁ!!!」


淡々と。

機械みたいに。

俺は、影を潰していった。


怒りも、悲しみも。

今は、要らない。

ただ、邪魔なものを削っていく。


——それだけ、だった。


「……。」


十秒も、かからなかった。

気づけば、ガロウの部隊で立っている者は、もういなかった。


「……おい、あんた。」

「……。」


傭兵らしき男が、声をかけてきた。

ガレスが、寄越した奴だろう。


「あ、おい!!!あんた、ジュディだろ?」

「……。」


俺は、足を止めなかった。


そいつを無視して。

廃工場の中へと、踏み込んだ。







——鼻を、つく臭い。


入ってすぐの、床。

そこには、椅子に縛りつけられたままの死体が転がっていた。


小太りの、体。

首は深く切られている。


——ポエロ・ギンチャク。


用済み、ってわけか。


「……なるほど。」


ダンが、たどり着いた場所。

そこにいた、この男。


もしかしたら。

最初から消される予定だったのは、こいつの方で。

ダンは、その掃除に巻き込まれただけ、なのかもしれない。


——俺の、せいで。


いや。

それも、後で考えればいい。


俺は、奥へと進んだ。


——コツッ。コツッ。コツッ。


自分の足音だけが、廊下に響く。

一歩、進むごとに。

胸の奥の穴が、少しずつ広がっていく気がした。


本当は、分かっていた。

EVAirの中から、ずっと。

間に合わない、と。


臭いが、濃くなる。


——焼け焦げた、臭い。


肉が、焦げる臭い。

一度嗅いだら、忘れられない臭いだ。


奥の、部屋。

その、隅に。


「……。」


——肉の、塊があった。


人の、形をしていなかった。

黒く、焼け崩れた、何か。


その塊から。

はみ出した、腕の、先に。


——何か、光るものが、見えた。


近づく。

膝を、つく。


「——っ。」


それは、時計だった。


安っぽい。

チープな。

くまの、時計。


リアが、選んだ。

ダンの、宝物。


——これが、何か、分かるかい?


いつだったか。

あの、食卓で。

ダンはこの時計を、得意げに俺へ見せてきた。


「リアからの、プレゼントだよ。」

「はぁ。」

「誕生日にね。お小遣いを貯めて、買ってくれたんだ。」


父親には、勝てない。と。

そう思ったのを、覚えていた。







「——。」


やっぱり。

だめ、だったか。


不思議と、涙は出なかった。

叫びも、出なかった。


ただ、胸の真ん中に。

ぽっかりと、穴が空いたみたいに。

何も、感じなかった。


——おかしいな。


こんな時。

俺は、何を、すればいいんだ。

泣けば、いいのか。

喚けば、いいのか。


その、やり方すら。

思い出せなかった。


「……。」


俺は、その時計を。

そっと、握った。


まだ、少し、温かい。

——いや。

それは、気のせいかもしれない。


後悔も。

懺悔も。

後で、いい。


今は。


——今は、あいつを、殺す。


復讐じゃ、ない。

あいつが、生きてるだけで。

これから、もっと沢山の命が奪われる。


だから、殺す。

それだけだ。


「……はは。」


乾いた笑いが、漏れた。

自分でも、なんで笑ったのか分からなかった。


『ジュディ。』

(……黙れ。)

『この先、相手の話を聞くなよ?』

(……黙れって、言ったよな?)

『殺すことに集中しろ。それ以外、考えるな。』

(……っち。聞きやしねー。)

『……いいな?』


アルトの声は。

いつになく、真剣だった。


まるで。

この先に、何が待っているか。

知っているみたいに。







——コツン。


奥の扉の向こうから。

物音がした。


俺は、立ち上がる。

時計を、ポケットにしまって。


扉に、手をかけた。


——ギィ。


軋む音を立てて、扉が開く。


「……。」


そこに。

男が、いた。


「はぁ~~~。ははぁ。」


血と、焦げた臭いの、こもる部屋。

その真ん中で。

床に、座り込んで。

恍惚とした顔で、宙を見ている。


右手に、刃物。

左手に、バーナー。

どちらも、赤黒く汚れていた。


——ガロウ・ヘイズ。


俺に気づくと。

ゆっくりとこちらを向いて、にたり、と笑った。


「よぉ。来たか、運ちゃん。」

「……ガロウ。」

「見たか?さっきの。最高だったろ?」

「……。」

「ただのナイフだとぉ、失血死するんだよぉなぁ。でもよぉ。ナイフを炙って焼き切ればぁ、止血しながら削ぎ落とせるぅ。」

「——黙れ。」

「本当はよぉ。ほどほどで、止めるつもりだったんだぜぇ?でも、口も割らねーしよぉ。」


ガロウが、うっとりと目を細めた。


「楽しく、なっちまってなぁ。」

「……どいつも、こいつも。人の話をいい加減聞けよ。」

「ははぁ!」


ガロウが、へらへらと、何か言葉を続けていた。


俺は、聞いていなかった。

ポケットの中の時計を、ただ握りしめていた。


——殺すことに、集中しろ。


アルトの声が、頭の隅で繰り返す。

俺は、ゆっくりと口を開いた。


「……もう、お前。しゃべんなくて、いいよ?」

「……あぁ?」

「聞こえなかったか?しゃべるな、っつったんだ。」


ガロウの笑みが、一瞬だけ固まった。


「……冷静じゃ、ねーか。」

「……。」

「知り合い、だったんだろ?その、肉の塊。」

「……あぁ。」

「なのに、なんで。」


ガロウが、立ち上がった。

その目から、さっきまでの恍惚は消えている。


その代わりに、苛立ちと、何か粘つくような感情が滲んでいた。


「お前やっぱり、こっち側だよなぁ?」

「……。」

「普通はよぉ。体のどこかが反応しちまうもんだぜ?まともならな。」


ガロウが、一歩踏み出した。

刃物を、握ったまま。


「なぁ、答えろよ。何か、言えよ。」

「……。」

「ジュディ!!!」


ガロウの叫びが。

廃工場に、反響した。


第百三十九話、お読みいただきありがとうございました。


なんとか、檻を出て、駆けつけて。

けれど、ジュディが見たものは、もっと深い地獄でした。


涙も、叫びも出ない。

ただ、時計を握るジュディ。


どうした。お前。


明日も20:10、続きます。

重い話が続きますが、見届けていただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。