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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|バイオストーン編

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第百三十八話「誰かの地獄」

『これぇ、なぁんだ?』


ガロウがそう言うと、視界にざらついた映像が割り込んできた。


薄暗い、部屋。

椅子に、縛りつけられた、人影。


——見覚えの、ある顔。


(……ダン、さん?)

『ははぁ!!!せ~かいだぁ~~~!!!!』


心臓が、凍りついた。


なんで。

なんで、ダンが。

ガロウの、手に。


映像の中で、ガロウがナイフを取り出した。

ライターの火で、刃を炙り始める。

金属が、熱を持っていく。


『ダン~~?』

『……うっ。』

『ジュディにぃ?言いたいこと、言っておけよぉ?』


ダンが、腫れた顔を上げた。

片目は塞がっている。

それでも、その口が動いた。


『……るな。』

『ははぁ?』

『ジュディ!!!ここへは、来るな!ハピレスは……すでに……』


——ガッ。


ガロウの拳が、ダンさんの頬にめり込んだ。


『……っが。』

『っち。つまんねぇ~のぉ。』

『……。』

『命乞いとかよぉ?もっとやることあんだろぉ?』


ダンの口を、布で塞ぐ。

そのまま、ガロウがこっちを向いた。


『ジュディ。これはなぁ、交渉じゃな~い。』


——交渉じゃ、ない。

なら、なんだ。

分かってるくせに、俺の口は勝手に動いていた。


(……ダンさんを放せ。俺が、そっちへ行く。)


手錠を握りしめる。

爪が、手のひらに食い込んだ。


『ははぁ!!交渉じゃないって、言ったぜ~?』

(頼む。俺が代わる。お前らの目的は、分かってる。)


みっともない、とは思った。

それでも、止められなかった。


『ははぁ?』

(俺を、好きにしろ。上への交渉でも、なんでもいい!だから……。)


——だから、その人を、放してくれ。

ガロウが、ゆっくりと、首を傾げた。


『……なるほどなぁ。』


——通じた。

そう、思ってしまった。


(……よし。なら、交渉は成立——)

『ははぁ!!!ダメだぁ!!!』


ガロウが。

炙ったナイフを、ダンの耳に当てた。


——やめろ。


『んんーーーーッ!!!!』

『は、はははははぁ!!!!』

『んーーーーー!!!!』


削ぎ落とされた。

それが、何なのか。

理解した瞬間、俺の喉から悲鳴が飛び出していた。


「あ、ああぁぁぁ。止めろ!!!!」


『は、はははぁ。ははははは!!!』

(ガロウ!!!話を!!話を聞いてくれ!!!)

『あははははははははぁぁぁ!!!』

(……おい!!ガロウ!!!ガロウ・ヘイズ!!!!)


——ぶつっ。

映像が、途切れた。


「……は?」


代わりに、視界に。

見慣れたアイコンが表示される。


——ネルの、通話アイコン。

ネルが、この通信を遮断した?


「……っ。」


俺はすかさず、天井のスピーカーに向かって叫んだ。


「……ネル!!!」


返事は、ない。

アイコンの向こうで。

ネルが、じっと、こっちを見ている気がした。


「頼む!!!通信を、戻せ!!!ここから、出してくれ!!今すぐ!!!」

『……ダメだよ。』

「ネル!!!」

『ジュディが、壊れちゃう。』


——壊れる?

知ったことか。

今、壊れかけてるのは、俺じゃねぇ!!!


「頼む、ネル!!!お願いだ!!!な、なんでもする!なんでもするから!!!」


こんな声、出したことなかった。

なりふり構っていられなかった。


『ジュディは、私のなんだ。』

「……はぁ!?」

『私の、被験者なんだ。』


一瞬。

何を、言われたのか。

分からなかった。


「……分かった。そうだよ!お前のだ!!認める!!!認めるよ!だから……」

『ジュディ。じっとしてて。』

「ネル!!!」

『お願い。……お願い、だよ。』


その声は。

どっちが閉じ込められているのか、分からなくなるくらい。

切実だった。


ネルの声は。

いつもの、間延びした調子じゃなかった。

どこか、泣いているみたいで。


でも。

そんなこと、今はどうでもいい!!!


それっきり、スピーカーから声は。


「ネル!!!おい!!ネル・クライス!!!」


聞こえなかった。


「あ、あああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」




—




「……くそ。」


俺は、立ち上がった。

両手は、手錠のまま。

魔術も、殺されたまま。


——それでも。


扉に、肩から突っ込んだ。


「あ、あぁぁぁぁ!!!」


——ガンッ。


鈍い音。

扉は、びくともしない。


何度も。何度も。何度でも。


——ゴリッ。


肩の奥で、嫌な音がした。

骨が、いった。

それでも、止まらない。


——ガンッ。


ダンさんが。

今も、あそこで。


「あぁぁぁッ!!!」


何度も、何度も。

扉に、体を叩きつけた。


『——やめろ!!!ジュディ!!!』

「あぁぁぁぁ!!!」

『止めろって言ってんだろ!!!』


肩の感覚が、もうない。

それでも、足は止まらなかった。


(……アルト。今、お前に構ってる暇はねぇ!!)

『いいから、落ち着け!!』

(うるせぇ!!!)

『無駄だって言ってんだ!!魔術も使えねぇ。武器もねぇ。その体で、扉が破れるわけねーだろ!!』

(……っ。)


分かってる。

そんなことは、分かっていた。


「ふぅー。ふぅー。」


息を、整える。

建設的に、今を打開する方法。


考えろ。考えろ。考えろ!!!


(……アルト、相談だ。)

『……あ?』


俺は、扉に額を押しつけた。

冷たい、金属の感触。


(お前の上書きを。お前の意思で、進めることはできるか?)

『……何を、言ってやがる?』

(今ここで、強制的に上書きを進めちまえば。それを皮切りに、ゼノとネルに交渉できる——)

『……お前、マジで言ってんのか?』

(大マジだ。拘束されてる現状じゃ、他に選択肢がねぇ。)


言いながら、自分でも正気じゃないとは思う。

でも言葉通り、選択肢がない。

俺の上書きの進行自体は、ゼノとしても止めたいはずだ。


『……テメェ。いい加減に、しろよ。』

(……あ?)

『筋金入りどころじゃ、ねぇぞ。狂ってる。』

(俺の話はいいんだよ。ダンさんを、なんとかしねぇと。)

『……ジュディ!!!』


アルトが、怒鳴った。

頭の奥が、びりびりと震えるくらいに。


(うるせぇ!!!喚くんじゃねぇよ居候!!できんのか、できねぇのか。さっさと言え!!)


少しの、沈黙。

そして。


『……できる、できないに、関わらずな。』

(……。)

『死んでも、ごめんだ。』

(——っ。)


「……くそ。」




—




「……。」


どれくらい、そうしていたか。


——ガチャ

扉の、開く音がした。


「……ジュディ。無事かい?」


——エルド。

エルド・ヴィオが、そこに立っていた。


「……エルド、さん?」

「あぁ。」

「……どうして。」

「君には、借りがあるからね。」


エルドが、俺の手錠に触れた。

あっけなく、外れる。

指先に、いつもの熱が戻ってきた。


「……どうやって、ここに。ゼノは——。」

「簡単だよ。ネルと、交渉した。」

「……は?」

「事実だよ。」

「……いったい、どんな——。」

「一言だけ、伝えたのさ。」

「……。」

「このままでは、君に嫌われる、とね。」


エルドが、足元に鞄を置いた。

——俺の装備一式。


「時間がない。話は、後だ。」

「……エルドさん。あんた、これ。ゼノに背いて——。」

「今は行け、ジュディ。」


エルドの目は。

父親のものと、よく似ていた。

でも、そこに宿るものは正反対だった。


「——君は、目の前の一人を、諦めない男だろう?」




—




アルカナを、飛び出した。


バイクに跨る。

砕けた肩が、悲鳴を上げる。

構うものか。痛みなど、今はどうでもいい。


エンジンが、唸った。


(ガレス!聞こえるか!)


夜風が頬を切る。

アクセルを、限界まで捻った。


『……ジュディ!出られたのか!?』

(あぁ!!ダンさんの場所は?)

『特定済みだ。ヴェーラ郊外の、廃工場。』


——廃工場。

あの映像の、薄暗い部屋。

そこに、二人がいる。


『カルディア政府の部隊が、アルカナの要請で向かっている。』

(……政府?間に合うのか。)

『……正直、微妙だ。部隊は、まだ遠い。』


ゼノが、要請したのか。

救助は政府に、丸投げして。

自分は指一本、動かさずに。


(……くそ。)

『光学迷彩のEVAirを手配した。法定速度を無視できるように改造済みだ。』

(間に合うのか?)

『少なくとも、それに乗れば先回りできる。』


さすが、ガレスだ。

こういう時に、頼りになる。


(手配した傭兵は?ダンさんの近くに、いねぇのか。)

『既に派遣済みだ。だが——。』

(……だが?)

『……ガロウの部隊に、返り討ちにあってる。』


——最悪だ。


(EVAirは、どこだ。)

『次の角。ビルの屋上に着けてある。飛ばせ。』


バイクを乗り捨て、屋上へ駆け上がった。

待っていたEVAirに、転がり込む。


扉が閉まり、夜の空へ機体が跳ね上がる。


廃工場の、方角。

その空の下に。


ダンさんが、いる。


削がれた、耳。

腫れた、顔。

それでも、俺に「来るな」と言った、あの声。


——頼む。


俺の、依頼のせいだ。

俺が、巻き込んだ。


だから。

だから、頼む。


——間に合って、くれ!!!


……。


でも。

どこかで、もう手遅れだと。

俺は分かっていた。


吐き出した祈りとは裏腹に。

俺の心は、どこか冷めていた。


第百三十八話、お読みいただきありがとうございました。


タイトルは「誰かの地獄」でしたね。


ダンにとっての、地獄。

それを見ていることしかできない、ジュディの地獄。

そして、大切なものを閉じ込めてしまう、ネルの地獄。


それぞれの地獄が、今、重なっています。


ジュディは、飛び立ちました。

けれど、時間はもう残されていません。


明日も20:10、続きます。

重い話が続きますが、見届けていただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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