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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|バイオストーン編

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第百三十七話「彼のために」

アルカナ本社。

ネルの、研究室。


呼び出された俺は、扉を開けるなりげんなりした。


「やっほぉ~。ジュディ。」

「……急に、どうしたんだよ。俺、結構忙しいんだぜ?」

「まぁまぁまぁ。とりあえず、座んなよ。」


ネルが、くるりと椅子を回してこっちを見た。

にこにこと、いつも通り。


だが、その目の奥が。

いつもより少しだけ、笑っていない気がした。


「ジュディさぁ。何か、あったでしょ?」

「……ん?何が?」

「遠隔だったから、確証はないけどねぇ。ジュディの感覚値に、異常が出たんだよぉ。」

「遠隔って……。ネル、なんか仕込んだのか?」

「あっは!うん!右腕のストーンウェアにねぇ。何かあった時、大変でしょ~?」

「……有難いのか何なのか……。一言くらい言えよ。」

「んふふ~。とりあえず検査するから。右腕、出してぇ~。」

「……あ~、ネル。今は、時間が。」

「時間ないなら、さっさとするぅ!」

「……わかったよ。」


観念して、右腕を差し出す。

ネルが、細い管を俺の腕に繋いだ。

ひやり、とした感触が伝う。


「……ジュディ。」

「ん?」

「何があったのかは、いえない?」

「……あぁ。まだ、言えない。」

「……そっかぁ。」


ネルが俯いた。

前髪で表情が隠れる。


なんだ?

何か、嫌な予感が。


「ネル?どうしたんだよ?」

「ジュディは、さ。」

「……ん、ん?」

「多分、勝手に行っちゃうんだよね。」

「……何の、話だ。」

「私はねぇ。自分の望みのためなら、手段を選ばない。」

「……ネル?」


ネルが、顔を上げた。


——笑って、いなかった。


いつもの、へらへらした顔が。

能面みたいに、抜け落ちている。


「おやすみ、ジュディ。」


一切の、ためらいもなく。

ネルの指が、管の弁を押した。


——ぷつ、と。


右腕から、何かが、流れ込んでくる。


熱いのか、冷たいのか。

分からない。


——しまっ……。


視界が、急速に暗くなる。

体が、椅子から、ずり落ちて。


「ネ……る。」


そこで、意識が、途切れた。







——さむい。


目が、覚めた。


白い部屋に、ベッドが一つ。

窓は、ない。


体を起こそうとして、気づく。

両手首に、硬い感触。


——手錠。


「……は?」


すぐに、魔術を練ろうとした。

指先にいつもの熱が集まらない。

発動が、殺されている?


「……んだよ、これ。」

『——目が覚めたか?』


天井のスピーカーが唸った。

そこから、聞き慣れた温度のない声。


——ゼノ。


「……ゼノ。てめぇ。これは、どういう——。」

『動くな、と言ったはずだ。』

「……あ?」

『あの日、確かに言った。お前は、動くな、と。』


ゼノの声は、淡々としていた。


『A-3Rへの接触。感覚の共有。ネルの計測に、はっきり出ていたぞ。』

「……。」

『こちらの制止を無視し、独断で敵性存在と接触した。理解しているか。』

「……理解も、何もねーだろ。」


俺は手錠を引いた。

ガチャリと硬い音だけが鳴る。


「あいつは——エミリは敵じゃねぇ。このまま行けば、俺が——」

『それをするのは、お前の役目ではない。』

「それを、お前が勝手に決めんなよ!!さっさと出せ!!」

『お前は、この計画の要だ。そんな駒を、みすみす死地へやると思うか。』

「……駒、ね。気に食わねぇな。」

『言葉など、どうでもいい。事実だ。A-3Rの確保はこちらで進める。お前は、そこで大人しくしていろ。』


その時、通信に別の気配が混じった。


『……ジュディ。』


——ネル。


『……ごめんねぇ?』

「……謝罪が軽いんだよ。謝るくらいなら、さっさと出せよ。な?」

『それはぁ、ダメぇ。ジュディは、勝手に動いちゃうからぁ。』

「……当たり前だろ。俺の、問題だ。」

『そうだよ。だからぁ、だからねぇ?』


ネルの声が、少しだけ揺れた。


『ジュディが、死んじゃったら。全部が、ダメぇ。』

「……。」

『赤の件とか、さ。ジュディはぁバカだから、ここにいるべきだよ。』


——謝ってんのか、詰めてんのか。

どっちだよ。


でも。

ネルの声の奥に。

いつものふざけた調子とは違う、何かが滲んでいた。


でも、今の俺には関係がない。

もう賽は投げられた。

時間が、おしい。


「……なぁ。ゼノ。」

『なんだ。』

「時間が、ねぇんだよ。」

『……。』

「もう、エミリと接触するための算段はつけてる。ダンって人の協力だって——。」

『ならん。』


ゼノの一言。

取り付く島も、なかった。


『お前でなければ、できないことはない。A-3Rは、こちらが確保する。それで、終いだ。』


通信が、切れた。

白い部屋に俺一人。


「……くそ。」


手錠を思い切り引く。

びくとも、しない。


ダンは、どうなっている?

胸の奥が、ざわついて仕方がない。







どれくらい、そうしていたか。

このまま、指をくわえて閉じ込められてるわけには、いかない。


——ガレス。


とにかく、まずは情報を共有しなければ。

ダンが無事に情報を得ていたのなら、直近の懸念は払拭される。


俺は、脳内で回線を探った。

——通信は生きている。

魔術は殺されても、こっちまでは塞がれていないらしい。


(ガレス。聞こえるか?俺は今——)


その時だった。

俺が呼びかけるより先に、ガレスの声が響いた。


『——ジュディ!』


いつもの、無駄のない口調じゃない。

どこか焦りが滲んでいた。


(ガレス?どうし——。)

『ダンと、連絡が取れん。』

(……は?)

『予定の時刻は、とうに過ぎている。抜けたという報告もない。何度繋いでも応答がない。』


心臓が、嫌な音を立てた。


(……待てよ。落ち着け。回線の不調とかじゃ——。)

『この状況でか?それは希望的観測がすぎるぞ。』

(……くそ。)

『ジュディ、ヴェーラへ急いでくれ。私は——。』

(……行けねぇ。)

『どういうことだ?』

(俺は今、アルカナに拘束されてる。)

『……なんだと。』


ダンさん。

俺の依頼のせいで。

……くそ。くそ!!くそぉ!!!


(ガレス。頼む。今すぐ俺を、ここから——。)

『分かっている!とりあえず、ジャスへ連絡を送る。カルディア政府経由で圧力を掛けるが、望みは薄いぞ。』

(……わかった。平行して、ダンの所在の調査も頼む。拘束が外れたら、すぐに向かう!)

『既に進めている。別軸で傭兵のアサインも進めるぞ?』

(あぁ、構わない。……ガレス。)

『どうした?』

(……悪ぃ。手間、掛ける。)

『いい。とにかく進展があれば随時連絡を送るぞ。一旦、切る。』

(……あぁ。)


——部屋は、静かだった。


手錠を引いた。

ガチャリ、と。

硬い音だけが白い部屋に響く。


魔術は殺されている。

両手は繋がれている。


——動けない。


こんな時に。

一番、動かなきゃいけねぇ時に俺は。


「ネル!ゼノ!!!状況が変わった!!!」

『……。』

「ここから、出せ!!!頼む!」

『……。』

「出して、くれ!!!」


俺の声が誰もいない部屋に。

虚しく跳ね返った。


「……くそ。」


——ザザッ


突如。

脳内に、通信が割り込んできた。


ざり、ざり、と。

聞き覚えの、ある声が。

ノイズの向こうから滲み出てくる。


『——よぉ運ちゃん?久しぶりだなぁ。』


——この声。


忘れるはずがない。

あのカフェで。

俺を待ち伏せていた男。


(……ガロウ・ヘイズ。)

『ははぁ。正解。』


なんで、こいつが。

どうやって、この回線に。


『ちょっと、いいもん見せてやるよ。』


——嫌な、予感がした。


第百三十七話、お読みいただきありがとうございました。


ネルも、ゼノも。

彼らなりに、ジュディのためを思って、動いています。

やり方は、間違っているかもしれませんが。


そして——彼のために、踏み込んでしまった人が、もう一人。


報せは、届きました。

けれど今、ジュディは動けません。


明日も20:10、続きます。

ちょっとここから重たくなるかもです。

ブクマやコメント、評価が、続きを書く力になります。

よろしくお願いします。

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