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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|バイオストーン編

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第百三十五話「大人たち」

夜。

工房の寝室。


ベッドに転がって、天井を見ていた。

眠れなかった。


(……アルト。起きてるか?)

『んだよ。最近はよく話しかけるじゃねーか。さびしんぼか?』

(……俺になんかあった時に、お前が状況把握してねーんじゃ話にならねーだろーが。)

『違いねぇな。でも、起きてるかどうかは今後聞かなくていい。』

(あ?)

『お前が起きてるってことは、俺も起きてるってことだ。』

(……気色悪ぃ。)

『こっちのセリフだ。野郎とベッドの上で一夜を共にする趣味なんてねーよ。』


ひさしぶりに、軽口が返ってきた。


(……はぁ。方針を伝えておく。エミリとの共感覚中は、お前の意識はないみたいだしな。)

『あぁ。手短にな。あと、煙草吸ってくんないか?』

(A-3R……エミリを、助ける。そのために、ロイドってエージェントに接触する。バイオストーンの伝手を辿ってな。)

『……無視かよ。』

(で、エミリをアルカナの預かりにして、装置の開発に協力させる。)

『……ずいぶん、きな臭ぇ橋を渡るな。』

(今のところ、他に道がねぇんだよ。)


少しの、間。


『エルナの出来損ないに肩入れすんのは。お前の勝手だがな。』

(……あ?出来損ないつったか?今。)

『おいおい。マジになんなよ。』

(じゃあ、俺もお前の出来損ないってか?喧嘩売ってんなら買うぜ?)


——こいつは、まだ。

エミリのことを、認められていないみたいだ。


自分が、命を賭して守った人。

その人の複製体となれば、心中も複雑なことは想像できる。

でも、それでも踏み越えちゃいけない線はあんだろうが。


『……まぁ、いい。』

(おい。謝れや。)

『せいぜい、利用される側に回るなよ。』

(……意固地な野郎だな。)


その時、脳内で通信を受信した。

ガレスだった。


俺は身を起こして、通信に出る。


(よぉ、ガレス。)

『夜分にすまんな。だが、お前のことだ。どうせ起きてるだろう。』

(……いや。そもそも呼び出したのはこっちだしな。)

『依頼の内容を当てようか。バイオストーンだろう?』

(……なんで分かるんだよ。)

『今のお前が絡む厄介ごとは、大体察しがつく。』

(……悪ぃな。毎度。)

『構わんさ。金さえ払えば、仕事になる。』


ガレスが、軽く息を吐いた。


『バイオストーンの中枢に、薄いがツテがある。』

(……話がはえーな。)

『幹部の一人だ。名は、ポエロ・ギンチャク。』


端末に画像が送られてきた。

小太りの脂ぎった中年が映し出される。

いかにも、小物そうな顔だった。


(……あー。なんつーか、いかにもな感じだな?)

『言うな。私も同意見だ。』

(これで、幹部ぅ?まぁ確かに、小綺麗そうではあるけどさ。)

『黒い噂の絶えん男だ。だからこそ、私の網にも引っかかる。』


随分、胡散臭いな。


(こいつしか、いねーか?)

『今のところはな。ただ、このポエロという人物。最近はどうにもきな臭い。』

(きな臭いねぇ……。まぁ、構わねぇさ。リスクは承知の上だ。)

『そのリスクを、最小限に抑える必要はあるだろう。』

(……ガレス。その選択肢はないぞ。)

『いや、ジュディ。逆だな。』

(……ダメだって。なしだ、なし。)

『ポエロと接触する前に、ダン・ベルンに話を聞く。これしか選択肢はない。』


——ダン。

やっぱり、そこに行き着くか。


(……くそ。)

『安心しろ。安全に接触できる方法はある。』

(……あ?)

『非正規の専用回線を用意した。お前がそう言うと、見越してな。』

(……やけに、準備がいいじゃん?)

『ダン・ベルンからの依頼だ。以前の件の後、何かあれば使えるように、と頼まれていてな。』

(……敵わねぇな。)


ガレスは信用できる。

これで、ダンとの接触そのものにリスクはなくなったな。

少なくとも、通信上では。


『まぁ、通常回線でやり取りを行う分にも問題はないだろうがな。』

(……そんなことねーだろ?話す内容が内容だ。)

『違う。そこまでダン・ベルンとの接触そのものに神経質になる必要はないという話だ。現に、何度かプライベートでやりとり自体はしているだろう?』

(……何が、言いてぇんだよ。)

『お前たちは、友人だろう。』

(……あぁ。)


そう、なのだろうか。


いつの間にか、立場だの何だのの前に。

あの人は、友人になっていた。







翌日。


ガレスの用意した、裏回線。


視界の端に、通信画面が開く。

そこに、ダンとガレスが映っていた。


『やぁ、ジュディ。久しぶりだね。』

(ダンさん。ご無沙汰してます。)

『元気そうで、何よりだ。……と、言いたいところだが。』

(……顔に、出てますか。)

『はは。少しね。』


ガレスが、本題を切り出した。


『ダン・ベルン。例のポエロの件だ。』

『あぁ。ポエロ・ギンチャク、か。』

『ジュディが奴を通じて、ロイド・カーターという人物への接触経路を探している。』

『……ロイド・カーター。バイオストーン所属なのかい?』

『あぁ。ジュディからは、エージェントだと聞いているが。』

『なるほど……。ということは役員直下の部隊だね。』


ダンが、少し考え込んだ。


『正直に言おう。ジュディ。ポエロへの接触は、やめた方がいい。』

(……そう、ですか。)

『そもそも、今は接触自体が難しい。ここ最近、奴は会社にも顔を出していない。動きも妙でね。』

(……。)


——振り出し、か。

意図せず、落胆が顔に出てしまう。


『……でも。』


ダンが、続けた。


『社内の人間が動くなら、話は別だ。』

(……それは。)


——ダメだ。


(それはダメです。ダンさん。)

『……ジュディ。』

(あなたをこれ以上、巻き込むわけにはいかない。)

『……私はね、ジュディ。大人として、決めていることが一つだけある。』

(……。)

『子供を、守ることだ。』


子供……。

それは、俺のことか?


(俺は、子供って年でもないですよ。それに、これは俺の都合だ。迷惑はかけられません。)

『ふむ。なら、言い方を変えよう。』


ダンが、穏やかに笑った。


『私たちは、友人だろう?』

(……だからこそです。俺は友人を大切にしたい。こっちの気持ちも汲んでください。)

『ははは!』

(……。)

『口では君に勝てないな!企業でも、やっていけるんじゃないかい?』


ダンが、声を上げて笑った。

そんな俺たちを見かねてか、ガレスが声を上げた。


『ジュディ。』

(……あんだよ。)

『往生際が、悪いぞ。』

(いや、ここは引いちゃダメだろ。)

『そうではない。』


ガレスの声が、低くなった。


『お前は、ダンを舐めすぎだ。彼がお前の状況を察していないとでも?』

(……は?)


ダンが、口を開いた。


『……まぁ。何かまでは分からないがね。聞くつもりも、ない。』

(……。)

『ただ。君の生き死に、関わる話なんだろう?』

(な……んで、それを。)

『はは。カマはかけてみるものだね。今ので、確信したよ。』


——やられた。

この人たちには、本当に、敵わない。

ダンがまっすぐ、こっちを見た。


『ジュディ。』

(……はい。)

『友人を、失いたくない。その私の気持ちを、汲んではくれないか。』

(……。)

『……ジュディ。』


(……お願い、できますか。)


頭を、下げた。

画面の向こうで、ダンが満足そうに頷いた。


『では、決まりだね。』


ダンが、姿勢を正す。


『二日後に役員会議がある。ポエロも、私も、出席予定だ。』

(接触するなら、その時ですか。)

『あぁ。会議後に理由をつけて、奴に接触してみよう。ガレスさん。』

『なんだ?』

『会話の際、ハッキングは可能かい?』

『奴の端末に、触れてさえくれれば。可能ではあるな。』

『ならば、私が触れる口実を作ろう。』

(……無理は、しないでくださいね?)

『任せたまえ。こう見えて、企業勤めは長いんだ。』


俺は、少し考えて、言った。


(……俺も、ヴェーラで待機します。)

『ジュディ?』

(念のためです。何かあったら、すぐ連絡を。)

『ははは。心配性だな。』


通信を切ろうとした、その時。

ダンが、ふと、言った。


『ジュディ。』

(……はい。)

『安心してくれ。無理はしない。約束するよ。』


ダンが、軽く前髪をかき上げた。

その手首で。


——くまの時計が、ちかりと光った。


リアが、選んだやつだ。

安っぽい、チープな時計。

でも、あの人の、宝物。


(……よろしく、お願いします。)


通信が、途切れた。







「……。」


しばらく、その場で俯いていた。


大人たちに、また甘えてしまった。

助けるのは得意なくせに、助けられるのは下手くそだと。

そう言ったのは、他でもない、あの人だ。


……大丈夫だ。


今は、信じよう。

ダン・ベルンという、家族を愛する一人の男を。


それでも、胸の奥に。

ほんの少しだけ、ざらついたものが残った。


第百三十五話、お読みいただきありがとうございました!


タイトルは「大人たち」。

ダンと、ガレス。

ジュディを助けようとしてくれる、頼れる大人たちの回でした。


ジュディは、人を助けるのは得意でも、助けられるのは下手な男です。

そんな彼を、大人たちは放っておいてくれません。


二日後の、役員会議。

ダンが、動きます。


明日も20:10、続きます。

ブクマやコメント、評価をいただけると、ガレスの裏回線がもう一つ増えます。

よろしくお願いします!


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