第百三十五話「大人たち」
夜。
工房の寝室。
ベッドに転がって、天井を見ていた。
眠れなかった。
(……アルト。起きてるか?)
『んだよ。最近はよく話しかけるじゃねーか。さびしんぼか?』
(……俺になんかあった時に、お前が状況把握してねーんじゃ話にならねーだろーが。)
『違いねぇな。でも、起きてるかどうかは今後聞かなくていい。』
(あ?)
『お前が起きてるってことは、俺も起きてるってことだ。』
(……気色悪ぃ。)
『こっちのセリフだ。野郎とベッドの上で一夜を共にする趣味なんてねーよ。』
ひさしぶりに、軽口が返ってきた。
(……はぁ。方針を伝えておく。エミリとの共感覚中は、お前の意識はないみたいだしな。)
『あぁ。手短にな。あと、煙草吸ってくんないか?』
(A-3R……エミリを、助ける。そのために、ロイドってエージェントに接触する。バイオストーンの伝手を辿ってな。)
『……無視かよ。』
(で、エミリをアルカナの預かりにして、装置の開発に協力させる。)
『……ずいぶん、きな臭ぇ橋を渡るな。』
(今のところ、他に道がねぇんだよ。)
少しの、間。
『エルナの出来損ないに肩入れすんのは。お前の勝手だがな。』
(……あ?出来損ないつったか?今。)
『おいおい。マジになんなよ。』
(じゃあ、俺もお前の出来損ないってか?喧嘩売ってんなら買うぜ?)
——こいつは、まだ。
エミリのことを、認められていないみたいだ。
自分が、命を賭して守った人。
その人の複製体となれば、心中も複雑なことは想像できる。
でも、それでも踏み越えちゃいけない線はあんだろうが。
『……まぁ、いい。』
(おい。謝れや。)
『せいぜい、利用される側に回るなよ。』
(……意固地な野郎だな。)
その時、脳内で通信を受信した。
ガレスだった。
俺は身を起こして、通信に出る。
(よぉ、ガレス。)
『夜分にすまんな。だが、お前のことだ。どうせ起きてるだろう。』
(……いや。そもそも呼び出したのはこっちだしな。)
『依頼の内容を当てようか。バイオストーンだろう?』
(……なんで分かるんだよ。)
『今のお前が絡む厄介ごとは、大体察しがつく。』
(……悪ぃな。毎度。)
『構わんさ。金さえ払えば、仕事になる。』
ガレスが、軽く息を吐いた。
『バイオストーンの中枢に、薄いがツテがある。』
(……話がはえーな。)
『幹部の一人だ。名は、ポエロ・ギンチャク。』
端末に画像が送られてきた。
小太りの脂ぎった中年が映し出される。
いかにも、小物そうな顔だった。
(……あー。なんつーか、いかにもな感じだな?)
『言うな。私も同意見だ。』
(これで、幹部ぅ?まぁ確かに、小綺麗そうではあるけどさ。)
『黒い噂の絶えん男だ。だからこそ、私の網にも引っかかる。』
随分、胡散臭いな。
(こいつしか、いねーか?)
『今のところはな。ただ、このポエロという人物。最近はどうにもきな臭い。』
(きな臭いねぇ……。まぁ、構わねぇさ。リスクは承知の上だ。)
『そのリスクを、最小限に抑える必要はあるだろう。』
(……ガレス。その選択肢はないぞ。)
『いや、ジュディ。逆だな。』
(……ダメだって。なしだ、なし。)
『ポエロと接触する前に、ダン・ベルンに話を聞く。これしか選択肢はない。』
——ダン。
やっぱり、そこに行き着くか。
(……くそ。)
『安心しろ。安全に接触できる方法はある。』
(……あ?)
『非正規の専用回線を用意した。お前がそう言うと、見越してな。』
(……やけに、準備がいいじゃん?)
『ダン・ベルンからの依頼だ。以前の件の後、何かあれば使えるように、と頼まれていてな。』
(……敵わねぇな。)
ガレスは信用できる。
これで、ダンとの接触そのものにリスクはなくなったな。
少なくとも、通信上では。
『まぁ、通常回線でやり取りを行う分にも問題はないだろうがな。』
(……そんなことねーだろ?話す内容が内容だ。)
『違う。そこまでダン・ベルンとの接触そのものに神経質になる必要はないという話だ。現に、何度かプライベートでやりとり自体はしているだろう?』
(……何が、言いてぇんだよ。)
『お前たちは、友人だろう。』
(……あぁ。)
そう、なのだろうか。
いつの間にか、立場だの何だのの前に。
あの人は、友人になっていた。
—
翌日。
ガレスの用意した、裏回線。
視界の端に、通信画面が開く。
そこに、ダンとガレスが映っていた。
『やぁ、ジュディ。久しぶりだね。』
(ダンさん。ご無沙汰してます。)
『元気そうで、何よりだ。……と、言いたいところだが。』
(……顔に、出てますか。)
『はは。少しね。』
ガレスが、本題を切り出した。
『ダン・ベルン。例のポエロの件だ。』
『あぁ。ポエロ・ギンチャク、か。』
『ジュディが奴を通じて、ロイド・カーターという人物への接触経路を探している。』
『……ロイド・カーター。バイオストーン所属なのかい?』
『あぁ。ジュディからは、エージェントだと聞いているが。』
『なるほど……。ということは役員直下の部隊だね。』
ダンが、少し考え込んだ。
『正直に言おう。ジュディ。ポエロへの接触は、やめた方がいい。』
(……そう、ですか。)
『そもそも、今は接触自体が難しい。ここ最近、奴は会社にも顔を出していない。動きも妙でね。』
(……。)
——振り出し、か。
意図せず、落胆が顔に出てしまう。
『……でも。』
ダンが、続けた。
『社内の人間が動くなら、話は別だ。』
(……それは。)
——ダメだ。
(それはダメです。ダンさん。)
『……ジュディ。』
(あなたをこれ以上、巻き込むわけにはいかない。)
『……私はね、ジュディ。大人として、決めていることが一つだけある。』
(……。)
『子供を、守ることだ。』
子供……。
それは、俺のことか?
(俺は、子供って年でもないですよ。それに、これは俺の都合だ。迷惑はかけられません。)
『ふむ。なら、言い方を変えよう。』
ダンが、穏やかに笑った。
『私たちは、友人だろう?』
(……だからこそです。俺は友人を大切にしたい。こっちの気持ちも汲んでください。)
『ははは!』
(……。)
『口では君に勝てないな!企業でも、やっていけるんじゃないかい?』
ダンが、声を上げて笑った。
そんな俺たちを見かねてか、ガレスが声を上げた。
『ジュディ。』
(……あんだよ。)
『往生際が、悪いぞ。』
(いや、ここは引いちゃダメだろ。)
『そうではない。』
ガレスの声が、低くなった。
『お前は、ダンを舐めすぎだ。彼がお前の状況を察していないとでも?』
(……は?)
ダンが、口を開いた。
『……まぁ。何かまでは分からないがね。聞くつもりも、ない。』
(……。)
『ただ。君の生き死に、関わる話なんだろう?』
(な……んで、それを。)
『はは。カマはかけてみるものだね。今ので、確信したよ。』
——やられた。
この人たちには、本当に、敵わない。
ダンがまっすぐ、こっちを見た。
『ジュディ。』
(……はい。)
『友人を、失いたくない。その私の気持ちを、汲んではくれないか。』
(……。)
『……ジュディ。』
(……お願い、できますか。)
頭を、下げた。
画面の向こうで、ダンが満足そうに頷いた。
『では、決まりだね。』
ダンが、姿勢を正す。
『二日後に役員会議がある。ポエロも、私も、出席予定だ。』
(接触するなら、その時ですか。)
『あぁ。会議後に理由をつけて、奴に接触してみよう。ガレスさん。』
『なんだ?』
『会話の際、ハッキングは可能かい?』
『奴の端末に、触れてさえくれれば。可能ではあるな。』
『ならば、私が触れる口実を作ろう。』
(……無理は、しないでくださいね?)
『任せたまえ。こう見えて、企業勤めは長いんだ。』
俺は、少し考えて、言った。
(……俺も、ヴェーラで待機します。)
『ジュディ?』
(念のためです。何かあったら、すぐ連絡を。)
『ははは。心配性だな。』
通信を切ろうとした、その時。
ダンが、ふと、言った。
『ジュディ。』
(……はい。)
『安心してくれ。無理はしない。約束するよ。』
ダンが、軽く前髪をかき上げた。
その手首で。
——くまの時計が、ちかりと光った。
リアが、選んだやつだ。
安っぽい、チープな時計。
でも、あの人の、宝物。
(……よろしく、お願いします。)
通信が、途切れた。
—
「……。」
しばらく、その場で俯いていた。
大人たちに、また甘えてしまった。
助けるのは得意なくせに、助けられるのは下手くそだと。
そう言ったのは、他でもない、あの人だ。
……大丈夫だ。
今は、信じよう。
ダン・ベルンという、家族を愛する一人の男を。
それでも、胸の奥に。
ほんの少しだけ、ざらついたものが残った。
第百三十五話、お読みいただきありがとうございました!
タイトルは「大人たち」。
ダンと、ガレス。
ジュディを助けようとしてくれる、頼れる大人たちの回でした。
ジュディは、人を助けるのは得意でも、助けられるのは下手な男です。
そんな彼を、大人たちは放っておいてくれません。
二日後の、役員会議。
ダンが、動きます。
明日も20:10、続きます。
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よろしくお願いします!




