第百三十四話「救出への道しるべ」
『ロイド・カーター。バイオストーンのエージェントです。』
『私の、管理監督者でした。』
——管理監督者。
ついさっきまで、プリンで幸せを噛みしめてた奴の口から。
急に、硬い言葉が出てきた。
(……そいつに会えば、何がどうなるんだ。)
『ロイドなら、私を助けられます。あの人は、私のことをよく知っているので。』
(……よく知ってる、ね。)
『はい。なんというか……私にとっては、お父さんのような人です。』
——お父さん。
エミリが、少しだけ目を細めた。
エルナの顔の中で、初めて見る種類の表情だった。
『私に名前をくれた人です。A-3Rというただの番号だった私に。エミリ、と。』
(……A-3Rで、エミリか。)
『あの人は任務に忠実です。きっと今も私を探しているはず。協力関係は、結べると思います。』
ロイドの話になると、少しだけ言葉が増える。
それだけ、あいつにとって大きい相手なんだろう。
(……ちょっと待ってくれ。)
『はい?』
(その口ぶりだと、お前はロイドを信用してるってことだよな?)
『えぇ。信用しています。』
(……じゃあよ。)
俺は胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
『ごっふ。ちょっと、急に吸わないでくださいよ。』
(……あ。)
しまった。
共感覚ってことは、煙草の煙も共有されんのか。
『続けてください。ロイドも吸ってましたので。』
(……悪ぃな。)
お言葉に甘えて、俺は煙を吐きながら言葉を続けた。
(……なんで今、お前はアッシュガードに囚われてんだ。)
『……っ。』
(信用できる奴がいるなら。そいつの所に居続けた方がいいだろ。)
『それは……。』
エミリは、気まずそうに俯いた。
分かっている。
それは、先ほどエミリが「答えたくない」と躱した質問だ。
それでも理由を知らなきゃ、こっちも動けない。
(……エミリ。)
『……はい。』
(言いたくねぇならそれでもいい。でも、少なからず俺を信用してくれなきゃ、助けることはできねーぞ?)
『……。』
少しの、沈黙。
川面の光が揺れていた。
『……人を、』
(……人?)
『人をもう、殺めたくなかったんです。』
(……。)
『私が生み出された理由は、ご存じですか?』
(……あぁ。知ってるよ。)
『実験のための兵器として、私は生み出されました。』
(……。)
『その役割に、私自身が、耐えられなかった。』
エミリの声は、淡々としていた。
淡々と、しすぎていた。
『ある日。非正規の通信で、アーヴィンが接触してきました。』
(アーヴィン。アッシュガードの、リーダーか。)
『はい。協力してくれれば自由にする。そう言われました。協力の中身は、教えてもらえませんでしたが。』
(……それだけで、乗ったのかよ。)
『迂闊だったことは、認めます。』
エミリが、ふっと、自嘲するように笑った。
『でも私にとっては、吊るされた蜘蛛の糸だったんです。』
(……それだけしか、選択肢がなかったってか?)
『えぇ。あの時の私は、誰の言葉でもいいから、自由という言葉を信じたかった。』
(……。)
『糸を掴むしかありませんでした。結果は、見ての通りです。糸は切れませんでしたが。』
『登った先も、地獄でした。』
——蜘蛛の糸。
登った先も、地獄。
アーヴィンという人の人格を、俺は知らない。
でも、この状況だけで敵だと認定するのは十分な気がした。
(……つまり、こういうことか。)
俺は、頭の中で話を整理した。
(お前は、ロイドのいるバイオストーンを裏切って、アッシュガードに寝返った。)
『……えぇ。』
(その先で、アッシュガードに捕まった。)
『えぇ。自分でも、アホすぎて、笑えます。』
(……笑えねぇよ。)
本当に、笑えなかった。
(つまり、お前の目的は。)
『自由に、なりたい。人を殺めない人生を、歩みたい。』
(……。)
『それだけ、です。』
—
ベンチに、背を預ける。
空が、藍色に変わり始めていた。
(……なら、こっちの事情も話しとくか。)
『ジュディの、事情?』
(あぁ。俺はな。頭ん中に別の人格がいる。)
『……アルト、でしたか。断片で流れてきました。』
(……流れてきた?)
『え、えぇ。』
——まぁ、いい。
隠す話でもない。
(そいつに、俺は少しずつ上書きされてる。放っとけば、いつか俺は俺じゃなくなる。)
『……つまり、アルトの人格に置き換わる?』
(まぁ、そうだな。)
『……それ。私も、覚えがあります。』
(……あ?)
『テロの現場で、あなたと接触した時です。エルナ・クロイツの記憶が、少しだけ流れてきました。』
(……。)
『私には、エルナの声とやらは聞こえません。でも、私はエルナ・クロイツを元に作られた身体です。私とあなたが、似た存在なのだとしたら……。』
(……お前も、いつか。)
『遠からず、同じ問題に。直面するかもしれません。』
——似た者同士、か。
頭の中で、上書きに怯える奴が、ここにもう一人。
しかも、揃ってエルナが絡んでる。
笑えない冗談だ。
いや、冗談にもならねぇな。
(……決めた。)
『はい?』
(お前を助ける方向で、動く。)
『……っ。』
(勘違いすんなよ。こっちにも都合がある。)
『……はい。』
俺は、煙草を空き缶に落とした。
(まずは、ロイドに接触して協力関係を結ぶ。)
『はい。』
(その上で、お前をアッシュガードから救出する。)
『……はい。』
(で、ロイドと交渉して、お前をアルカナの預かりにする方向へ持っていく。バイオストーンでも、アッシュガードでもねぇ場所に。)
『……それは。私が、自由になれることに協力してくれると?』
(あぁ。お前が望んだ、殺さねぇ生き方ってやつだ。少なくとも、その入口にはなるんじゃねーか?)
『……まさか、そこまで協力してくれるとは思いませんでした。』
(いや、慈善事業じゃねぇよ。こっちも条件を出す。)
『……先ほどの『上書き』に関するお話ですか?』
(あぁ。お前には、こっちの装置の身体スキャンに協力してもらう。お前の体が、俺の上書きを止める鍵になるかもしれねぇ。)
『……つまり。お互いに、利用し合う関係ですね。』
(嫌か?)
『いいえ。むしろ、その方が気が楽です。』
——気が楽、か。
施しを受けるには、受ける側にも勇気がいる。
見返りを要求されることで、一定の信用を勝ち取るやり方もあるわな。
(おし。話を進めるぞ?)
『……えぇ。私にできることがあれば、どうぞ。』
(ロイドへの接触方法を、教えてくれ。一番の肝だな。)
『分かりません!!!』
即答された。
一番の肝だと念押ししたのにも関わらず。
(……はぁ!?)
『い、いや。分かるわけ、ないじゃないですか!』
エミリが、慌てたように手を振った。
『ロイドは、生まれたときから私の傍にいたんです。会いに行く、なんて。考えたことも、ありませんよ!』
(……名前は分かるが、辿り方は知らねぇと。)
『……面目次第も、ございません。』
(謝り方だけ、無駄に上等だな。)
はぁ、と息を吐く。
(……分かった。そこは、なんとかする。)
『おぉ!さすがジュディです!頼りになるぅ。』
(軽ぃんだよ。やめろや。)
エミリが、ふと顔を上げた。
『あ。そろそろ、切ります。』
(また、見張りか?)
『はい。……ジュディ。』
(あんだよ。)
『……今日は、外。ありがとうございました。』
——えへへ、と。
今度はそれだけ言って。
エミリの姿は、すっと消えた。
ベンチには、俺一人だけが残された。
日は、いつのまにか沈んでいた。
—
「……さて、と。」
立ち上がって、伸びをする。
頭の中の居候は、また勝手に出ていった。
——救出、ね。
正直、あいつの事情は複雑だ。
兵器として生まれて、自由を求めて、その挙句に囚われた。
話を聞いた今となっては、同情の気持ちもなくはない。
でも。
——俺の、生きる道が見えた。
それが、一番でかい。
あいつを助けることが、そのまま、俺が俺でいられる道に繋がる。
エミリへの情がどうとか、今はどうでもいい。
生き残るために、救う。
それだけ、見定めればいい。
不思議と、気分は悪くなかった。
問題は、ロイドへの接触方法だ。
バイオストーンのエージェント。
一般人が、おいそれと会える相手じゃねぇだろうな。
——バイオストーン。
一人、顔が浮かんだ。
ダン・ベルン。
ヴェーラで、バイオストーンの社員をやってる、あの人。
ダンに頼めば、糸口は掴めるかもしれない。
……でもなぁ。
この前のハピレスの件も、危ない橋を渡って協力してもらったばかりだ。
あの人にも、家族がいる。
やっと取り戻した、あの食卓が。
あんまり、面倒事に巻き込みたくはないな。
それに、こっちもあっちも、企業の立場ってもんがある。
直接ってのは、筋が悪い。
前回は変化球を使ったが、何度も使うわけにもいかないだろう。
——まずは、ガレスだ。
あの情報屋なら、もっと上手い道を知ってるかもしれねぇ。
ダンに繋ぐかどうかは、その後でいい。
俺は、夜の街へ足を向けた。
頭の中の、二人分の重さを抱えたまま。
第百三十四話、お読みいただきありがとうございました!
エミリの、ちょっとだけ本当の話でした。
兵器として生まれて、それが嫌で逃げて、捕まって。
それでも、自由になりたいと笑う子です。
ジュディの目的も、定まりました。
助けることが、自分の生きる道に繋がる。
理由が打算でも、進む先は同じです。
道しるべの名前は、ロイド・カーター。
でも、会い方が分からない。さて、どうしたものか。
明日も20:10、続きます。
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よろしくお願いします!




