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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|バイオストーン編

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第百三十三話「ジュディの車窓から」

——朝。

俺は、まだ夢の中にいた。


『おはようございます。』

(ん……。)

『起きてください。』

(ん~……。)

『起きろって。』

(……あ?)

『あ。起きましたね。おはようございます。』

(……すぴ……。)


なんだよ、エルナか。

エルナの方が朝早いなんて、珍しいこともあるもんだな。


そのまま、二度寝に入ろうとした、その瞬間。



『おはようございますッ!!!!』



「うわぁ!!な、なんだ!!」

『おはようございますッ!!!!オハヨーーゴザイマス!!!オハヨー……』

「ス、ストップ!!!ストップ!!起きた!!起きました!!!」


頭の奥で、声がドカンと弾けた。

思わず、跳ね起きて降参する。


心臓が、朝から嫌な動きをしていた。


『……よく、眠れましたか?間抜け。』

(朝っぱらから、何すんだよ。……え、今間抜けって言った?)

『……退屈だったので。あなたの寝顔、観察してました。』

(趣味、悪ぃぞ?)


ベッドの隣に、エミリが座っていた。

昨日と同じ、エルナの顔で。

足を、ぶらぶらさせている。


『ところで、ジュディ。』

(……なんだよ。)

『猥談を、してみませんか?』

(……ぶっ。)


危うく、唾を吹くところだった。


(朝っぱらから、何言ってんの?)

『見張りが、よく話していたので。男の人は好きなのかと。懐に取り入る作戦です。』

(思惑言っちゃってるじゃん。てか仕事中に何の話してんだよ。その見張りは。)

『……私は、きょにゃうですか?』

(……は?)

『なんですか?』

(お願いだから、止めてくれ……。)


エルナの顔で、真顔できょにゃうとか言うな。

朝から頭が痛い。いや、というか胸が痛い。


(つーか、お前。繋ぐとは聞いたけど、朝一からかよ……。)

『時間は指定してませんでしたよね?早速ですが、外を見せていただけませんか?』

(……あのなぁ。)


ベッドから、足を下ろす。


(こっちに、何のメリットがあんだよ。)

『それは、そうなのですが……。』

(助けるかどうかは、検討中だ。だけど今は、やることが山ほどあんだよ。)

『……つまり?』

(今は、無理だ。)

『……ほぉ。なら、実力行使といきますか。』


エミリが、指をぽきぽきと鳴らした。

やけに、堂に入った仕草で。


(……つっても、お前。何もできねぇだろ。)

『ははん。あんまり、舐めないでいただきたい。』


その時だった。


——コンコン。


「ジュディ?大きな声聞こえたけど、大丈夫?」


——カイラ。

さっきの叫び声を、聞かれたらしい。


「……あ、あぁ。大丈夫だ。」

「入るよ?」

「ど、どうぞ。」


扉が開いて、カイラが顔を出した。


「ジュディ。本当に大丈夫?」

「あぁ。大丈夫大丈夫。おはようカイラ。」

「う、うん。おはよう。」


エミリが、すっとカイラを見た。

不躾に、じろじろと。


『……胸、でっか。』

(……やめろや。)

『これが、きょ……。』

(やめろって、言ったぜ?)

『……。』


つい、出かかった声を慌てて飲み込む。


『……ふむ。』


エミリが、カイラの背後に回り込んだ。

そのまま、カイラの頭の後ろから指を二本にゅっと突き出した。


『……鬼。』

(……く、くだらねぇ。)


噴き出しそうになるのを、必死で堪える。


「ジュ、ジュディ?本当に大丈夫なの?」

「……っく。だ、大丈夫。大丈夫だから。」

「……変な顔してるよ?」

「気のせいだす。」

「……語尾。」


カイラは、まだ少し心配そうな顔をしていた。

色々と誤魔化して、部屋を出て行ってもらう。


——パタン。


扉が閉まる。

俺は、思わず息を吐いた。


(……お前なぁ。)

『見せてくれなければ。このように、ジュディの私生活を荒らしますので。』

(脅迫かよ。)

『一日だけでいいのです。後生です。』


ぺこり、と頭を下げる。

さっきまで鬼のツノを生やしてた奴とは思えない。


(……はぁ。分かったよ。)

『っ!』

(その代わり、こっちも条件を出すぞ?)

『……はい。』


しゅんとすんなよ。おかしいだろ。


(……外をある程度見せたら、俺の質問に可能な限り答えろ。)

『それなら、まぁ……。片腹痛いですね。』

(意味ちげぇからな?たぶん。)


こうして俺は、頭の中の居候を連れて街へ出ることになった。







昼前。

向かったのは、中央区の外れにある行きつけのラーメン屋だった。


——エルナが、好きだった店。


なんでここを選んだのか、自分でもよく分からなかった。

ただ足が勝手にここへ向いていた。


『へぇ。ここが、飲食店ってやつですか。』

(ま、まぁ。そうだな。)

『すんすん。いい匂いがします!ジュディ!いい匂いが!!』

(……あ、あぁ。飯を食いに来たからな。共感覚?なら味も分かるんだろ?)

『はい!』


エミリの目が、きらきらしていた。

……こういう顔は、ちょっとエルナに似てる。


座席に腰掛け、酢ラーメンを注文する。

エルナが、いつも頼んでた一杯だ。


すぐに、湯気の立つ丼が出てきた。

酸っぱい匂いが、鼻をつく。


『……ん?なんです?このツンとした匂い。』

(……おし、いくぞ。)

『なんで、気合を入れるんです?』


麺を、すする。


——ずぞぞ。


「……ごっふぁ。」

『……!?あが!!!』


案の定、むせた。

この店の酢ラーメンは、一口目でだいたい死ぬ。

でも、食ってるうちに慣れてくる。


「ふー。ふー。」

『ジュ、ジュディ!!ストップ!!!ストップです!!!』

(……あ?どうしたんだよ?)

『こ、これ、酸味です。さ、酸味が、強い。強いんです。』

(そりゃ~酢ラーメンだからな。)

『……怖い。』

(怖いって、なんだよ。)

『すっぱいのが、怖いんです。』

(じゃあ、もう一口。)

『ひぃ!』


——ずぞぞぞ。


『ジュディ!これはダメです!あきまへん!あきまへんで!』

(っはは!)


……くだらない。

くだらないのに、ちょっと笑った。


——怖い、か。


エルナは、この一杯をたまらなそうにすすってた。

ひと口ごとに「さいっこう」って、顔をとろけさせて。


なのに、こいつは。

同じ顔で、同じ味を感じて、「怖い」って言う。


似てるけど、こいつは違った。







『むっすー。』

(……。)


店を出た時、エミリはすっかり機嫌を損ねていた。

怒った顔は、エルナに近い。

なんだか懐かしかった。


『ジュディは、意地が悪いですね。』

(お互い様じゃねーか?)

『むー!謝罪!謝罪を要求します!!』


こいつは、エルナじゃない。

分かってる。分かってるはずだ。


でも、なんだか、出会ったことのない、昔のエルナといるような。

そんな、心地良い感覚があった。


……くそ。


(……悪かったな。甘いもんで、口直しでもするか?)

『……ほほぅ。あまい、もの?』

(そうだなぁ~。プリン、食ったことあるか?)

『……ぷりん。とな?』


近くの売店でプリンを買った。

適当なベンチに腰掛け、スプーンを差し込む。


『……これが、ぷりん。』

(あぁ。美味いぞ?)

『溶解した人間を、固めたみたいな見た目ですね。』

(……怖ぇこと言うなよ。)

『早く。ジュディ、早く。プリーズください。』

(わ、分かったって。急かすなよ。)


言語おかしいことになってるぞ……。

スプーンで掬ったプリンを、口へと運んだ。


——ぱく。


『……ふぁ。』

(どうだ。)

『……。』

(お、おい。大丈夫か?)

『……「幸せとは何か」と、今聞かれたら……。』

(……いや、聞いてねぇよ?)

『私の、口の中だと。答えます。』

(……よかったな。)


プリンひとつで、幸せの在処を決めた。

それだけ、味というものさえ、知らなかったのだろうか。


外を、見たい。

味を、知りたい。

プリンを、もう一口、食べたい。


そんな、些細で小さな欲。

それがエミリの中で、ひとつずつ灯っていくのが分かった。







それから、街を歩いた。

特に、目的もなく。


空を、見上げる。

『……青い。火の手がないと、こんなにも綺麗なんですね。』


人混みを、抜ける。

『うるさい。でも、嫌じゃないです!』


川沿いに、出る。

『……チカチカしてます。光ってますね!!』


エミリは、いちいち立ち止まった。

俺の見るもの、全部に。

初めて外を見る、子供みたいに。


——車窓から、景色を見せてやってるみたいだな。

ふと、そう思った。


………………。

…………。

……。


日が傾き始めた頃。

俺は、川沿いのベンチに腰を下ろした。


(さて、エミリ。)

『なんでしょうか?』

(……そろそろ、こっちの約束も守ってもらうぞ。)

『……約束って?』

(俺の質問に、可能な限り答えるって話だよ。)

『……あぁ。ありましたね。そんな話。』


……こ、こいつ。

マジで忘れたな。


(はぁ~。まず手始めに一つ。お前を作った人に心当たりは?)

『分かりません。気づいたら生きてて、番号でした。』

(……。)


出どころは空振りか。

まぁいい。ここからだ。


(お前の元々の所属は、バイオストーンだよな?)

『えぇ。そうですが。』

(なんで今、アッシュガードにいるんだ?)

『……あまり、答えたくありません。』


——ガクッ


思わず肩が落ちた。

は、話にならねぇかもしれねぇ。


(あのなぁ!話してくれねーと、助けられるもんも助けらんねーぞ!)

『……保留なんですよね?』

(その判断をするために、話を聞いてんだろーが!)

『むぅ。』


むぅ。じゃねーよ。

もういい。とにかく、サクサク進めよう。

俺は、矢継ぎ早に質問を重ねていく。


(アッシュガードの中は、どうなってる。)

『今は、白い部屋に幽閉されています。場所は、多分アッシュタウンですね。あと分かるのは、見張りの顔くらいでしょうか。』

(そこまではこっちも掴んでる。他にねーか?)

『……すみません。』


しょんぼりと、肩を落とす。

これじゃあ、ほぼ情報なんて引き出せねーじゃねーか。


他に何か情報はないかと思い、エミリを見た。


エミリは、川面の光をずっと見つめていた。

おそらく、俺の目を通して。

その横顔が、楽しそうに揺れていた。


(……エミリ。)

『はい。』

(どうかしたのか?)

『……へへ。えへへ。』

(なんで、笑ってんだよ。)

『だって。外、すごいので。』


——えへへ。


エルナとは、違う笑い方だった。

エルナは「ふふふ」って、少し上品に笑う奴だった。


……あぁ。


やっぱり、こいつは。

エルナじゃ、ないんだよな。


ただ、そう思った。


『ジュディ。』

(……ん?)

『私のことを知りたいのであれば、適任がいます。』

(……適任?)

『私を助けたいと思ってくれたなら、その方にまずは接触してみるのがいいでしょう。』

(助けるとは、まだ言ってねぇけど。)

『まぁ、聞いてください。その人は、私に名前をくれた人物です。』

(……誰だ。)


エミリが、ゆっくりと、口を開いた。


『ロイド・カーター。バイオストーンのエージェントです。』

(……ロイド、カーター。)

『私の、管理監督者でした。』


第百三十三話、お読みいただきありがとうございました!


エミリ、外デビューの回でした。

※いや外には出ていたみたいですが。


酢ラーメンは怖くて、プリンは幸せ。

味を知らなかった子が、ひとつずつ、好きを覚えていきます。


ジュディの目を通して見る、初めての外。

車窓の景色みたいに、流れていきます。


そして最後に、ひとつの名前。

ロイド・カーター。彼が、何者なのか。


明日も20:10、続きます。

ブクマやコメント、評価をいただけると、エミリがプリンをもう一口食べられます。

よろしくお願いします!


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