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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|バイオストーン編

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第百三十二話「脳内同居人:居候編」

——エミリ。


頭の中の声が、そう名乗った。

俺は、立ち尽くしたまま動けなかった。


道行く人が、変な顔で俺を避けていく。

そりゃそうだ。

夕暮れの歩道で一人、ぼけっと突っ立ってる男なんて不審者でしかない。


(……とりあえず、座るか。)


近くのベンチを見つけて、腰を下ろした。


……さて、どう話したもんか。

そんなことを考えていた、その時だった。


——ふっ、と。


隣に、誰かが座っていた。


「……っ。」


エルナだった。

いや、違う。

エルナの顔をした、別の誰か。


『よっす。』

(……。)

『はじめまして。エミリです。』

(お前……は?)


ぺこり、と頭を下げる。

やけに丁寧だった。

いや、丁寧……なのか?


俺は、思わず手を伸ばした。

肩に触れる——はずだった。


——スカッ


指が、すり抜けた。


『あ。触れることはできませんよ?あと、セクハラですよ?』

(……幽霊かよ。)

『幽霊?データにはありませんが……。』


——データ。

変な言い方をする。

てか、さっきから気が抜ける物言いだ。

それが余計に、俺を混乱させた。


(お前は、エミリ……は、なんなんだ?この間のカフェもお前か?)

『えぇ。繋がりが深くなったおかげで、やっと接触できました。なかなかの大仕事でした。』

(……全然、分かんねぇよ。なんなんだよ、この通信。いや通信、なのか?)

『ん~。これは通信とは、少し違います。共感覚、と言った方が近いですね。』


エミリが、自分の手のひらを見つめた。

触れられないことを、確かめるみたいに。


(……共感覚ぅ?)

『私の素体は、エルナ・クロイツ。……と、聞きました。』

(……あぁ。そこは、お前も知ってんだな。)

『舐めないでいただきたい。あなたと、その人の間に、強い接続痕がありました。』

(……接続痕。)

『言い方、気持ち悪いですか?確かにちょっと卑猥ですよね。』

(そういうの、いいから。)


エルナの顔で、そんなことを言わないでほしい。

……ダメだ。色々と、キツイ。


『その痕を辿ってバイパスを繋げたんです。あ、エッチな話じゃないですよ?』

(……聞いてねーよ。)

『魔法に近いやり方です。もっとも、繋ぐのにずいぶん時間がかかりましたが。超大変でした。』


つまり、こいつの方から繋いできたってことか。

頭が、追いつかない。


落ち着け。

エミリの目的は何だ。罠なのか。

一つ一つ、情報を探るしかない。


(……まず、この通信は安全なのか?)

『だから共感覚ですって。あなたが見るもの。聞くもの。触れるもの。味わうもの。今あなたが感じているものを、私も感じられます。第三者がそれを感じ取ることは、まずできません。』

(……え。)

『ん。どこかに引っかかる点がありましたか?』

(……いや。あの、普通に嫌なんだけど。)


アルトがどんな感じで俺の中にいるのかは分からない。

でも、これ以上脳内に人が増えるのはマジでごめんだった。


『まぁまぁまぁ。そう、硬い事言わないで。』

(なんなんだよ。その言い回し。)

『見張りから、覚えました。』

(……見張り?)


見張りっていうことは、どこかに捕らえられている?

なんとなく、こいつの目的の輪郭が見えてきた気がした。


(お前は、望んでそこにいるわけじゃないのか?)

『はい。やらかしました。なので、助けていただけますと幸いです。』

(……直球すぎんだろ。)

『ぶっちゃけ、あなたしか頼れる術がありません。不本意ですが。』


……本当か?

A-3Rとの接触が必要だと分かったタイミングでこの接触。

あまりにも、都合が良すぎる。


(なんとなく、そっちの事情は分かった。)

『おぉ。察しのいい子は好きですよ。花丸をあげましょう。』

(……助けてほしいんだよな?)

『はい。』

(こっちに、何のメリットがある?)


遠回しにカマを掛けてみる。

こいつが、こっちの事情をどこまで察しているのか。

向こうから提示される条件で、なんとなく見えるはずだ。


『……メリットは、……ありません。』

(……はぁ!?)

『止めてください。気まずいので。』


なんなんだ。……本当になんなんだ。

エルナの見た目をしといて、計画性もなにもあったもんじゃない。


(もういい。とりあえず話を進めるぞ?)

『はいん。』

(助けるとして、だ。お前は、今どこにいるんだ?)


エミリが少しだけ気まずそうに俯き、頭をポリポリと掻いた。

一つ一つの所作が、妙に子供っぽい。


『アッシュガード、です。』

(……やっぱり、そうなんだな。)

『えぇ。あなたは、テロ現場で見ましたね?』

(……あぁ。その時は、お前の意思でアッシュガードに向かったように見えたけど。)

『……騙されました。結果として、今は囚われの身です。』


なるほど。

こいつは、見張りの隙をついて俺に繋いでいる。


(なんで、捕まってんだ?)

『先ほどから言ってるでしょう?ミスっちゃったんですって。』

(……ずいぶん、軽いな。)

『アーヴィンという人に交渉を持ちかけられました。乗ったら、このざまです。』

(……。)


笑えない話を、笑いそうな顔で言う。

それが、なんだか見ていられなかった。







とりあえず、エミリの目的はわかった。

まだ罠の可能性もあるが、罠なら罠で利用する手もある。

俺が思考をめぐらせていると、エミリが声を掛けてきた。


『ジュディ。』

(……あんだよ。)

『もひとつだけ、お願いがあります。恐縮です。』


恐縮だって言うなら、もうちょっと態度に出せよ……。

まぁいい。とりあえず、聞けるだけ聞こう。


(……言ってみろよ。)

『……外。外は、どんな感じですか』

(……は?)

『私は、外を知りません。ずっと白い部屋か、戦場でした。』

(……。)

『だから、外を見たい。あなたを通してでも、見てみたいのです。』


——外を、見たい。


カフェで聞いた、あの言葉。

その正体が、今、隣で笑っていた。


『あ、やっべ。』

(……あ?)

『そろそろ切ります。見張りに呼ばれました。』

(おい、ちょっと待て!まだ何も決まってねぇだろ!)

『明日、また隙を見て繋げますので!』

(……いつぐらいだ?)

『……さぁ?知らんけど。』

(……。)


——こ、こいつ。

全然、エルナと違う。


『では、また。』


ぺこり、と。

エミリの姿が、薄れて、消えた。


ベンチに、俺一人。

煙草は、とっくに短くなっていた。







何はともあれ、大きな手がかりだ。

まさに、渡りに船。


A-3R。名前は、エミリ。

ずっと、雲を掴むような話だった。

それが、向こうから繋がってきた。


向こうの目的はどうあれ、これを逃す手はない。

短くなった煙草を、もみ消そうとした。


『おい!』


アルトだった。


『くっそ!何なんだ、何があった!?』

(……アルト。さっきまで、随分大人しかったじゃねーか?)

『いきなり、俺の意識が……なんつーか、途切れた。』

(……なるほどな。)

『おい。何があったって聞いてんだよ。』


俺は、かいつまんで話した。

A-3R。エミリ。頭の中に繋がってきたこと。


『……はぁ?』

『おいおい。頭の中に人住まわせる趣味でもあんのかよ。セキュリティどうなってんだぁ?』

(お前が言うなよ!)

『脳内賃貸でも始めればいいんじゃねーか?稼げるぜ?』

(へぇ。そう言うなら、お前は住人だよな?家賃払えよ?)

『っは。何言ってんだ。この前、一生分払ったばっかだろーが。』

(……カリドのこと、言ってんのかよ?)

『あぁ。』

(……違ぇねぇな。)


——カリド。

こいつが表に出て、俺の代わりに敵を蹂躙した、あの夜。

家賃にしては、高すぎる気もした。


『んで、ジュディ。お前はどうすんだ?』

(……決まってんだろ。)


俺は、立ち上がった。


明日、エミリから接触がまた来るはずだ。

できる限り、エミリの懐に潜り込む。

あいつから、情報を聞き出す。


動くな、とゼノは言った。

でも、これは俺の頭の中で起きてることだ。

動くも何も、ねぇだろ。


いや、助けたいとか、そういう話じゃない。

まだ、そこまで決めるには早い。


——これは、チャンスだ。


そう、自分に言い聞かせた。

誰にも、言うつもりはなかった。


カイラにも、サヤにも。

ネルにも、ゼノにも。


今はまだ、俺だけの手札だ。


第百三十二話、お読みいただきありがとうございました!


頭の中に、居候が増えました。

アルトに続いて、二人目です。


エミリ。

天然で、丁寧で、ちょっとだけ物騒な子です。

育ちが、ね。仕方ないんです。


エルナに似ているのに、中身は全然違う。

ジュディも、これから振り回されます。


明日も20:10、続きます。

ブクマやコメント、評価をいただけると、エミリの家賃が安くなります。

よろしくお願いします!


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