第百三十二話「脳内同居人:居候編」
——エミリ。
頭の中の声が、そう名乗った。
俺は、立ち尽くしたまま動けなかった。
道行く人が、変な顔で俺を避けていく。
そりゃそうだ。
夕暮れの歩道で一人、ぼけっと突っ立ってる男なんて不審者でしかない。
(……とりあえず、座るか。)
近くのベンチを見つけて、腰を下ろした。
……さて、どう話したもんか。
そんなことを考えていた、その時だった。
——ふっ、と。
隣に、誰かが座っていた。
「……っ。」
エルナだった。
いや、違う。
エルナの顔をした、別の誰か。
『よっす。』
(……。)
『はじめまして。エミリです。』
(お前……は?)
ぺこり、と頭を下げる。
やけに丁寧だった。
いや、丁寧……なのか?
俺は、思わず手を伸ばした。
肩に触れる——はずだった。
——スカッ
指が、すり抜けた。
『あ。触れることはできませんよ?あと、セクハラですよ?』
(……幽霊かよ。)
『幽霊?データにはありませんが……。』
——データ。
変な言い方をする。
てか、さっきから気が抜ける物言いだ。
それが余計に、俺を混乱させた。
(お前は、エミリ……は、なんなんだ?この間のカフェもお前か?)
『えぇ。繋がりが深くなったおかげで、やっと接触できました。なかなかの大仕事でした。』
(……全然、分かんねぇよ。なんなんだよ、この通信。いや通信、なのか?)
『ん~。これは通信とは、少し違います。共感覚、と言った方が近いですね。』
エミリが、自分の手のひらを見つめた。
触れられないことを、確かめるみたいに。
(……共感覚ぅ?)
『私の素体は、エルナ・クロイツ。……と、聞きました。』
(……あぁ。そこは、お前も知ってんだな。)
『舐めないでいただきたい。あなたと、その人の間に、強い接続痕がありました。』
(……接続痕。)
『言い方、気持ち悪いですか?確かにちょっと卑猥ですよね。』
(そういうの、いいから。)
エルナの顔で、そんなことを言わないでほしい。
……ダメだ。色々と、キツイ。
『その痕を辿ってバイパスを繋げたんです。あ、エッチな話じゃないですよ?』
(……聞いてねーよ。)
『魔法に近いやり方です。もっとも、繋ぐのにずいぶん時間がかかりましたが。超大変でした。』
つまり、こいつの方から繋いできたってことか。
頭が、追いつかない。
落ち着け。
エミリの目的は何だ。罠なのか。
一つ一つ、情報を探るしかない。
(……まず、この通信は安全なのか?)
『だから共感覚ですって。あなたが見るもの。聞くもの。触れるもの。味わうもの。今あなたが感じているものを、私も感じられます。第三者がそれを感じ取ることは、まずできません。』
(……え。)
『ん。どこかに引っかかる点がありましたか?』
(……いや。あの、普通に嫌なんだけど。)
アルトがどんな感じで俺の中にいるのかは分からない。
でも、これ以上脳内に人が増えるのはマジでごめんだった。
『まぁまぁまぁ。そう、硬い事言わないで。』
(なんなんだよ。その言い回し。)
『見張りから、覚えました。』
(……見張り?)
見張りっていうことは、どこかに捕らえられている?
なんとなく、こいつの目的の輪郭が見えてきた気がした。
(お前は、望んでそこにいるわけじゃないのか?)
『はい。やらかしました。なので、助けていただけますと幸いです。』
(……直球すぎんだろ。)
『ぶっちゃけ、あなたしか頼れる術がありません。不本意ですが。』
……本当か?
A-3Rとの接触が必要だと分かったタイミングでこの接触。
あまりにも、都合が良すぎる。
(なんとなく、そっちの事情は分かった。)
『おぉ。察しのいい子は好きですよ。花丸をあげましょう。』
(……助けてほしいんだよな?)
『はい。』
(こっちに、何のメリットがある?)
遠回しにカマを掛けてみる。
こいつが、こっちの事情をどこまで察しているのか。
向こうから提示される条件で、なんとなく見えるはずだ。
『……メリットは、……ありません。』
(……はぁ!?)
『止めてください。気まずいので。』
なんなんだ。……本当になんなんだ。
エルナの見た目をしといて、計画性もなにもあったもんじゃない。
(もういい。とりあえず話を進めるぞ?)
『はいん。』
(助けるとして、だ。お前は、今どこにいるんだ?)
エミリが少しだけ気まずそうに俯き、頭をポリポリと掻いた。
一つ一つの所作が、妙に子供っぽい。
『アッシュガード、です。』
(……やっぱり、そうなんだな。)
『えぇ。あなたは、テロ現場で見ましたね?』
(……あぁ。その時は、お前の意思でアッシュガードに向かったように見えたけど。)
『……騙されました。結果として、今は囚われの身です。』
なるほど。
こいつは、見張りの隙をついて俺に繋いでいる。
(なんで、捕まってんだ?)
『先ほどから言ってるでしょう?ミスっちゃったんですって。』
(……ずいぶん、軽いな。)
『アーヴィンという人に交渉を持ちかけられました。乗ったら、このざまです。』
(……。)
笑えない話を、笑いそうな顔で言う。
それが、なんだか見ていられなかった。
—
とりあえず、エミリの目的はわかった。
まだ罠の可能性もあるが、罠なら罠で利用する手もある。
俺が思考をめぐらせていると、エミリが声を掛けてきた。
『ジュディ。』
(……あんだよ。)
『もひとつだけ、お願いがあります。恐縮です。』
恐縮だって言うなら、もうちょっと態度に出せよ……。
まぁいい。とりあえず、聞けるだけ聞こう。
(……言ってみろよ。)
『……外。外は、どんな感じですか』
(……は?)
『私は、外を知りません。ずっと白い部屋か、戦場でした。』
(……。)
『だから、外を見たい。あなたを通してでも、見てみたいのです。』
——外を、見たい。
カフェで聞いた、あの言葉。
その正体が、今、隣で笑っていた。
『あ、やっべ。』
(……あ?)
『そろそろ切ります。見張りに呼ばれました。』
(おい、ちょっと待て!まだ何も決まってねぇだろ!)
『明日、また隙を見て繋げますので!』
(……いつぐらいだ?)
『……さぁ?知らんけど。』
(……。)
——こ、こいつ。
全然、エルナと違う。
『では、また。』
ぺこり、と。
エミリの姿が、薄れて、消えた。
ベンチに、俺一人。
煙草は、とっくに短くなっていた。
—
何はともあれ、大きな手がかりだ。
まさに、渡りに船。
A-3R。名前は、エミリ。
ずっと、雲を掴むような話だった。
それが、向こうから繋がってきた。
向こうの目的はどうあれ、これを逃す手はない。
短くなった煙草を、もみ消そうとした。
『おい!』
アルトだった。
『くっそ!何なんだ、何があった!?』
(……アルト。さっきまで、随分大人しかったじゃねーか?)
『いきなり、俺の意識が……なんつーか、途切れた。』
(……なるほどな。)
『おい。何があったって聞いてんだよ。』
俺は、かいつまんで話した。
A-3R。エミリ。頭の中に繋がってきたこと。
『……はぁ?』
『おいおい。頭の中に人住まわせる趣味でもあんのかよ。セキュリティどうなってんだぁ?』
(お前が言うなよ!)
『脳内賃貸でも始めればいいんじゃねーか?稼げるぜ?』
(へぇ。そう言うなら、お前は住人だよな?家賃払えよ?)
『っは。何言ってんだ。この前、一生分払ったばっかだろーが。』
(……カリドのこと、言ってんのかよ?)
『あぁ。』
(……違ぇねぇな。)
——カリド。
こいつが表に出て、俺の代わりに敵を蹂躙した、あの夜。
家賃にしては、高すぎる気もした。
『んで、ジュディ。お前はどうすんだ?』
(……決まってんだろ。)
俺は、立ち上がった。
明日、エミリから接触がまた来るはずだ。
できる限り、エミリの懐に潜り込む。
あいつから、情報を聞き出す。
動くな、とゼノは言った。
でも、これは俺の頭の中で起きてることだ。
動くも何も、ねぇだろ。
いや、助けたいとか、そういう話じゃない。
まだ、そこまで決めるには早い。
——これは、チャンスだ。
そう、自分に言い聞かせた。
誰にも、言うつもりはなかった。
カイラにも、サヤにも。
ネルにも、ゼノにも。
今はまだ、俺だけの手札だ。
第百三十二話、お読みいただきありがとうございました!
頭の中に、居候が増えました。
アルトに続いて、二人目です。
エミリ。
天然で、丁寧で、ちょっとだけ物騒な子です。
育ちが、ね。仕方ないんです。
エルナに似ているのに、中身は全然違う。
ジュディも、これから振り回されます。
明日も20:10、続きます。
ブクマやコメント、評価をいただけると、エミリの家賃が安くなります。
よろしくお願いします!




