第百三十一話「欠けたコード」
あの声が、まだ耳の奥に残っていた。
『——そとを。』
掠れて、ノイズ混じりの声だった。
それでも確かに、エルナに似ていた。
カフェで聞いてから、三日が経っていた。
何度思い返しても、答えは出ない。
(……アルト。)
『……なんだ。』
(あの声、結局なんだったんだろうな。)
『……さぁな。』
——さぁな、か。
いつもなら、すぐに軽口が返ってくる。
なのにアルトは、その日からその話題だけ避けているように思えた。
俺は、それ以上聞かなかった。
聞いても答えないのは、分かっていた。
—
役員会議室でアルカナの役員が顔を揃えていた。
カイラとサヤは、いない。
俺は、ジュディの体を椅子に預けた。
……違う。俺の、体だ。
「では、本日の議題に入ります。」
エルドが、いつも通り口火を切った。
「一点目。レガシーコードの解析結果について。ネル。」
「はぁい。」
ネルが、気だるげに端末を持ち上げた。
「結論からぁ、言うねぇ。」
「……あぁ。」
「あれ、欠けてるわぁ。」
——欠けてる。
「……どういう意味だ。」
「そのまんまだよぉ。記述の一部が、すっぽ抜けてるのぉ。」
ネルが、宙に指を滑らせた。
「カリドで取ってきたやつ。中身を開いて解析して、ようやく分かったぁ。」
「……。」
「もともと欠けてたんだねぇ。これ。」
ゴードが、腕を組んだ。
「では、鉄火団に欺かれたのか?」
「……いや。」
つい、口を挟んでしまった。
「あいつらも、中身までは知らない口ぶりだった。」
「……鉄火団が嘘をついていない根拠は?」
「正直、ないな。でも、開いてみなきゃ分からなかったんだろ?ネルが、今そう言った。」
ゴードがこちらを見た。
ネルが、にぃ、と笑う。
「正解ぃ。鉄火団じゃあ、これ読めないものぉ。詐欺ですらないよぉ。掴まされたのは、向こうも一緒ぉ。」
——よかった。
サヤが、死にものぐるいで掴んだものだ。
それが、ただの紛い物だったわけじゃない。
それだけで、少し救われる気がした。
「ネル。」
「なぁに、ゴード。」
「では、装置の開発はどうなる。お前なら、欠けたままでも装置開発自体はできるはずだ。」
「あー。」
ネルが、足をぶらつかせた。
「まぁ。動かなくは、ないよぉ。」
「では、問題はないな。」
「ノー。成功率がぁ、がた落ちぃ。」
ネルの声が、少しだけ低くなった。
「下手したらぁ。使う側が、ぐちゃっといくねぇ。」
「……ぐちゃって。マジ?」
「あは!比喩だよぉ。半分はぁね?」
——半分は、本気か。
その装置を使うのは、俺だ。
欠けたまま動かせば、危ういのも俺ってことになる。
「で。ここからが本題ぃ。」
ネルが、続けた。
「直すには、足りないとこを埋めなきゃねぇ。」
「埋めるって、何をだよ?」
「魔法使いの、データぁ。」
エルドが、目を上げた。
「……話が見えないな。」
「あっは!めんご~めんご~。ちゃ~んと説明するよぉ。」
ネルが、眼鏡を押し上げた。
「レガシーコードはぁ、元々は魔法使いによって作られた魔法記述式のデータぁ。」
「あぁ。故に『レガシー』コードなのだろう。では、やはり魔法使いの協力が必要と言うことか?」
「のんのん。協力までは必要ないぃ。あくまでも、魔法使いの身体情報さえあればおっけぇ~。」
「……つまり、魔法使いの身体をスキャンするのか。」
「ご名答ぉ。生身の魔法使いを、回路も発動の反応も丸ごと測れればぁ。欠けたとこ、復元できる目があるぅ。」
部屋が、静かになった。
エルドが、端末を操作する。
「以前も話したが、現存が確認できる魔法使いは極めて少ない。生まれた時点で実験に回される例が、ほとんどだ。」
「……確か、候補に挙がる魔法使いは……二人だったよな?」
「あぁ。」
モニターに、二つの名が並んだ。
「一人は、アーヴィン・ロックウェル。アッシュガードを率いる、魔法使いだ。」
「……。」
「第二次魔術大戦を終結させた、三英雄の一人。データの質は申し分ないだろうな。」
ゴードが引き取った。
「だが、あの男に近づくのは危険すぎる。アッシュガードの立場も読めん。テロ現場に影があったことも、引っかかる。」
「えぇ。」
エルドが、頷いた。
「もう一人は。」
モニターの、もう片方。
番号と、画像。
——エルナに似た顔だった。
「A-3R。エルナ・クロイツに酷似した複製体だ。魔法使いとしての素質を持つ。」
「……所在は。」
ゴードが、低く答えた。
「現状では、アッシュガード側にいる可能性が高い。」
「……元々はバイオストーン。いや、その傘下のハピレスによって製造されたと聞いているが。」
「あぁ。ジュディとジャスの報告では、連続テロの折にアッシュガードの隊員と共に姿を消している。確証はないがな。」
エルドが、二つの名を見比べた。
「いずれにせよ。」
「……あぁ。」
「行き着く先は、アッシュタウンだ。」
—
ゼノは、ずっと黙っていた。
目を閉じたまま、報告のすべてを聞いていた。
「ゼノ社長、ご意見は。」
エルドが振った。
ゼノが、ゆっくりと目を開く。
「エルド。」
「はい。」
「アッシュタウンとの接触経路を、早急に洗え。」
「……承知いたしました。」
「正規の筋から慎重にだ。こちらの手の内をこれ以上晒すわけにはいかぬ。」
ゼノの視線が、こちらを向いた。
温度のない目で。
「ジュディ。」
「……あんだよ。」
「お前は、動くな。」
——きた。
「カリドで手の内を晒したな。アルトのこともA-3Rのことも、敵に握られている。」
「……知ってるよ。」
「ならば分かるはずだ。今のお前が軽率に動けば、次に奪われるのはお前だ。」
ゼノが、また目を閉じた。
「魔法使いの確保は、こちらで進める。お前は大人しくしていろ。」
「……へいへい。」
「では、本日の議題は、以上です。」
エルドが、会議を締めた。
—
夕方。
会議が終わって、街へ出た。
なんとなく、歩いて帰ることにした。
煙草に火をつける。
夕日が、ビルの隙間に沈んでいく。
——動くな、か。
そう言われて、「はいそうですか」と引き下がれるかよ。
上書きが進んでいるのは、俺だ。
あの欠けたコードを埋められなきゃ、消えるのも俺だ。
アーヴィンは、まず無理だ。
あの男に近づく筋なんて、どこにもない。
なら、残るのはA-3R。
エルナに似た、複製体。
だが問題は、どうやって接触するか。
動くなと言われたばかりだ。
それでも、考えるくらいはいいだろう。
煙を吐きながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
その時だった。
『——そとを。』
(……っ。)
——また、だ。
足が止まった。
『……みせて。』
ノイズが、晴れていく。
カフェの時とは違う。
ずっと近い。
すぐそばで囁かれているみたいに、はっきりしていた。
『外を、見せて、ください。』
周りを見るが、誰もいない。
夕暮れの人通りの中で、俺だけが立ち止まっていた。
——頭の奥だ。
声は、外から聞こえたんじゃない。
俺の内側から、響いていた。
喉が渇いた。
(あんたは、エル……。)
言いかけて、止めた。
こいつは、エルナじゃない。
(……A-3Rか?)
少しの間。
『はい。識別番号、A-3R。』
——。
『……エミリと、お呼びください。』
(……。)
何が、どーなってんだよ。
第百三十一話、お読みいただきありがとうございました!
間章が終わって、新しい章のはじまりです。
レガシーコード、掘ってみたら穴あきでした。
鉄火団は、悪くないです。あいつらも被害者です。
そして、あの声。
ようやく、名前を教えてくれました。
エミリ。
彼女が何者なのかは……明日から、ゆっくりと。
明日も20:10、続きます。
ブクマやコメント、評価をいただけると、エミリの正体に近づけます。
よろしくお願いします!




