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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第三章|バイオストーン編

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第百三十一話「欠けたコード」

あの声が、まだ耳の奥に残っていた。


『——そとを。』


掠れて、ノイズ混じりの声だった。

それでも確かに、エルナに似ていた。


カフェで聞いてから、三日が経っていた。

何度思い返しても、答えは出ない。


(……アルト。)

『……なんだ。』

(あの声、結局なんだったんだろうな。)

『……さぁな。』


——さぁな、か。


いつもなら、すぐに軽口が返ってくる。

なのにアルトは、その日からその話題だけ避けているように思えた。


俺は、それ以上聞かなかった。

聞いても答えないのは、分かっていた。







役員会議室でアルカナの役員が顔を揃えていた。

カイラとサヤは、いない。


俺は、ジュディの体を椅子に預けた。

……違う。俺の、体だ。


「では、本日の議題に入ります。」


エルドが、いつも通り口火を切った。


「一点目。レガシーコードの解析結果について。ネル。」

「はぁい。」


ネルが、気だるげに端末を持ち上げた。


「結論からぁ、言うねぇ。」

「……あぁ。」

「あれ、欠けてるわぁ。」


——欠けてる。


「……どういう意味だ。」

「そのまんまだよぉ。記述の一部が、すっぽ抜けてるのぉ。」


ネルが、宙に指を滑らせた。


「カリドで取ってきたやつ。中身を開いて解析して、ようやく分かったぁ。」

「……。」

「もともと欠けてたんだねぇ。これ。」


ゴードが、腕を組んだ。


「では、鉄火団に欺かれたのか?」

「……いや。」


つい、口を挟んでしまった。


「あいつらも、中身までは知らない口ぶりだった。」

「……鉄火団が嘘をついていない根拠は?」

「正直、ないな。でも、開いてみなきゃ分からなかったんだろ?ネルが、今そう言った。」


ゴードがこちらを見た。

ネルが、にぃ、と笑う。


「正解ぃ。鉄火団じゃあ、これ読めないものぉ。詐欺ですらないよぉ。掴まされたのは、向こうも一緒ぉ。」


——よかった。


サヤが、死にものぐるいで掴んだものだ。

それが、ただの紛い物だったわけじゃない。

それだけで、少し救われる気がした。


「ネル。」

「なぁに、ゴード。」

「では、装置の開発はどうなる。お前なら、欠けたままでも装置開発自体はできるはずだ。」

「あー。」


ネルが、足をぶらつかせた。


「まぁ。動かなくは、ないよぉ。」

「では、問題はないな。」

「ノー。成功率がぁ、がた落ちぃ。」


ネルの声が、少しだけ低くなった。


「下手したらぁ。使う側が、ぐちゃっといくねぇ。」

「……ぐちゃって。マジ?」

「あは!比喩だよぉ。半分はぁね?」


——半分は、本気か。


その装置を使うのは、俺だ。

欠けたまま動かせば、危ういのも俺ってことになる。


「で。ここからが本題ぃ。」


ネルが、続けた。


「直すには、足りないとこを埋めなきゃねぇ。」

「埋めるって、何をだよ?」

「魔法使いの、データぁ。」


エルドが、目を上げた。


「……話が見えないな。」

「あっは!めんご~めんご~。ちゃ~んと説明するよぉ。」


ネルが、眼鏡を押し上げた。


「レガシーコードはぁ、元々は魔法使いによって作られた魔法記述式のデータぁ。」

「あぁ。故に『レガシー』コードなのだろう。では、やはり魔法使いの協力が必要と言うことか?」

「のんのん。協力までは必要ないぃ。あくまでも、魔法使いの身体情報さえあればおっけぇ~。」

「……つまり、魔法使いの身体をスキャンするのか。」

「ご名答ぉ。生身の魔法使いを、回路も発動の反応も丸ごと測れればぁ。欠けたとこ、復元できる目があるぅ。」


部屋が、静かになった。

エルドが、端末を操作する。


「以前も話したが、現存が確認できる魔法使いは極めて少ない。生まれた時点で実験に回される例が、ほとんどだ。」

「……確か、候補に挙がる魔法使いは……二人だったよな?」

「あぁ。」


モニターに、二つの名が並んだ。


「一人は、アーヴィン・ロックウェル。アッシュガードを率いる、魔法使いだ。」

「……。」

「第二次魔術大戦を終結させた、三英雄の一人。データの質は申し分ないだろうな。」


ゴードが引き取った。


「だが、あの男に近づくのは危険すぎる。アッシュガードの立場も読めん。テロ現場に影があったことも、引っかかる。」

「えぇ。」


エルドが、頷いた。


「もう一人は。」


モニターの、もう片方。

番号と、画像。


——エルナに似た顔だった。


「A-3R。エルナ・クロイツに酷似した複製体だ。魔法使いとしての素質を持つ。」

「……所在は。」


ゴードが、低く答えた。


「現状では、アッシュガード側にいる可能性が高い。」

「……元々はバイオストーン。いや、その傘下のハピレスによって製造されたと聞いているが。」

「あぁ。ジュディとジャスの報告では、連続テロの折にアッシュガードの隊員と共に姿を消している。確証はないがな。」


エルドが、二つの名を見比べた。


「いずれにせよ。」

「……あぁ。」

「行き着く先は、アッシュタウンだ。」







ゼノは、ずっと黙っていた。

目を閉じたまま、報告のすべてを聞いていた。


「ゼノ社長、ご意見は。」


エルドが振った。

ゼノが、ゆっくりと目を開く。


「エルド。」

「はい。」

「アッシュタウンとの接触経路を、早急に洗え。」

「……承知いたしました。」

「正規の筋から慎重にだ。こちらの手の内をこれ以上晒すわけにはいかぬ。」


ゼノの視線が、こちらを向いた。

温度のない目で。


「ジュディ。」

「……あんだよ。」

「お前は、動くな。」


——きた。


「カリドで手の内を晒したな。アルトのこともA-3Rのことも、敵に握られている。」

「……知ってるよ。」

「ならば分かるはずだ。今のお前が軽率に動けば、次に奪われるのはお前だ。」


ゼノが、また目を閉じた。


「魔法使いの確保は、こちらで進める。お前は大人しくしていろ。」

「……へいへい。」



「では、本日の議題は、以上です。」



エルドが、会議を締めた。







夕方。


会議が終わって、街へ出た。

なんとなく、歩いて帰ることにした。


煙草に火をつける。

夕日が、ビルの隙間に沈んでいく。


——動くな、か。


そう言われて、「はいそうですか」と引き下がれるかよ。

上書きが進んでいるのは、俺だ。

あの欠けたコードを埋められなきゃ、消えるのも俺だ。


アーヴィンは、まず無理だ。

あの男に近づく筋なんて、どこにもない。


なら、残るのはA-3R。

エルナに似た、複製体。

だが問題は、どうやって接触するか。


動くなと言われたばかりだ。

それでも、考えるくらいはいいだろう。


煙を吐きながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。


その時だった。


『——そとを。』

(……っ。)


——また、だ。

足が止まった。


『……みせて。』


ノイズが、晴れていく。

カフェの時とは違う。

ずっと近い。

すぐそばで囁かれているみたいに、はっきりしていた。


『外を、見せて、ください。』


周りを見るが、誰もいない。

夕暮れの人通りの中で、俺だけが立ち止まっていた。


——頭の奥だ。


声は、外から聞こえたんじゃない。

俺の内側から、響いていた。


喉が渇いた。


(あんたは、エル……。)


言いかけて、止めた。

こいつは、エルナじゃない。


(……A-3Rか?)


少しの間。


『はい。識別番号、A-3R。』


——。


『……エミリと、お呼びください。』

(……。)


何が、どーなってんだよ。


第百三十一話、お読みいただきありがとうございました!


間章が終わって、新しい章のはじまりです。


レガシーコード、掘ってみたら穴あきでした。

鉄火団は、悪くないです。あいつらも被害者です。


そして、あの声。

ようやく、名前を教えてくれました。


エミリ。

彼女が何者なのかは……明日から、ゆっくりと。


明日も20:10、続きます。

ブクマやコメント、評価をいただけると、エミリの正体に近づけます。

よろしくお願いします!


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