第百三十話「敵情視察」
弾薬を買った帰りだった。
片手に紙袋を提げて。
俺は、いつものカフェに足を向けた。
中央区の外れ。
小さな目立たない店だ。
コーヒーが、そこそこ美味い。
カリドから帰ってきてから。
なんとなく、ここに寄るのが癖になっていた。
一人で、何も考えない時間。
それが、今の俺には必要だった。
席に座り、コーヒーを注文した。
窓の外を、ぼんやり眺める。
——少なくとも、今は平和だな。
そう、思った時だった。
「——よぉ。運ちゃん。」
聞き覚えのある声がした。
「……っ!」
——心臓が、跳ねた。
顔を上げる。
目の前に、にやにやと笑う金髪の男が立っていた。
長身。引き締まった体。
着崩した、スーツ。
——ガロウ・ヘイズ。
ハピレスの、幹部。
カリドで、レガシーコードを奪いに来た男だった。
「……っ。」
懐に、手が伸びる。
中の銃に、指がかかる。
「おいおい。物騒だなぁ。」
ガロウが両手を軽く上げた。
笑ったまま。
「やめとけよ。こんな街中で、ドンパチやる気か?」
「……テメェ、何しに来た。」
「まぁまぁ。落ち着けって。」
ガロウが向かいの席に勝手に座った。
「ちょっと、話があってなぁ。」
……ろくな事じゃない。
そう直感した。
—
「つーかよ。運ちゃん。」
「……あ?」
「行動パターンはぁ、もうちょい散らした方がいぃぜぇ?」
「……。」
「こうやって、待ち伏せされんぞ?毎回同じカフェとか、馬鹿正直すぎんだろぉ。」
——尾けられていた。
迂闊だった。
カリドから帰って、気が緩んでいたのかもしれない。
「ま、もっともぉ。」
ガロウが、店員にコーヒーを頼みながら続けた。
「お前に、奇襲が通用するとも思えねぇけどなぁ。」
「……。」
「隙がねぇ。いや、隙はあるんだが。」
ガロウが俺をじろじろ見た。
品定めするように。
「あの魔術が、厄介なんだよなぁ。電撃。」
「……。」
「発動が、恐ろしく早い。しかも、ノーモーション。初撃を避けられたらこっちがあぶねぇ。」
「……よく、見てんじゃねーか。」
「ははぁ!そりゃあ、仕事だからなぁ。」
ガロウが運ばれてきたコーヒーに、砂糖をどばどばと入れた。
甘党らしい。
「でぇ。ここからが本題だぁ。」
「……なんの、用だよ。」
「ははぁ。だから、話し合いだって。」
ガロウが、コーヒーを、一口。
「正直よ。ミゼラのボスは、お前を拉致った方が早いっつー判断でなぁ。」
「……。」
「でも、おらぁ、違うと思うわけ。」
「……違う?」
「本人の意思で、協力してくれんなら。それに越したことはねぇだろ?」
——協力。
何を言っているんだ、こいつは。
こっちは、お前らに追われてる立場だぞ。
「協力だぁ?」
「あぁ。」
「こっちに、なんのメリットがあんだよ。」
「まぁ、聞けって。」
ガロウが、身を乗り出した。
「正直よ。レガシーコードなんざ、もうどうでもいいんだわ。今となっちゃな。」
「……じゃあ、何が目的だ。」
「お前だよ。」
ガロウの目が、すっと、細まった。
「お前が、目的だ。運ちゃん。」
「……っち。」
「あぁ。お前の中にいるの。アルト、っつったか?」
「……。」
「ありゃあ、貴重なサンプルだ。死者が、生者の体で動く。喉から手が出るぜ。」
——やっぱり、そこか。
カリドで、アルトを見られた。
あの一件が、こうして、響いてくる。
「んなもん。お前らにも、あるだろ?」
「ははぁ!何のことだぁ?」
「とぼけんなよ。A-3Rっつー、試験体だよ。」
——。
その名前に。
心臓が嫌な音を立てた。
A-3R。
エルナに似た顔の、あの子。
ハピレスが、それを作った。
「それがなぁ。少し困ったことになっちまったぁ。」
「……あ?」
ガロウが、わざとらしく肩をすくめた。
「アッシュガードに取られたんだよ。試験体。」
「……。」
「だから、代わりが必要でなぁ。お前さん。協力しちゃあくれねぇか?」
——嘘だ。
直感が、そう告げた。
どこが、とは言えない。
でも、こいつの言葉には、薄い膜が、張っている。
アッシュガードに取られた、ってのも。
代わりが必要、ってのも。
——何か、隠してやがる。
「……断る。」
「ははぁ!即答か。」
「当たり前だろ。ギャングに協力?無理な話だ。」
「理由は?」
「うさんくせぇ。お前の話、全部な。」
ガロウが、きょとんとした顔をした。
それから——。
「ははぁ!!」
腹を抱えて、笑った。
「そうかそうか。うさんくせぇか。そりゃぁ、そうだなぁ~。」
——やっぱり、嘘だったか。
笑い方で、分かった。
「んじゃあ。自己紹介から、するかぁ?」
「……あ?」
「正直、今のままじゃ、メリットだのデメリットだのの話しか、できねぇからなぁ。」
ガロウが、コーヒーを、ずず、と啜った。
「人となりくらい、お互い知っとこうぜ。」
「……。」
俺は、少しだけ考えた。
相手を知る機会は、そう多くない。
何か探るなら、ここしかない。
「……悪くは、ねぇな。」
「ははぁ。これなら、乗ってくると思ったぜ。」
ガロウが、にっと、笑った。
「ガロウ・ヘイズだ。ハピレスの、幹部。」
「……。」
「人殺しとぉ、子供が好きだぁ。よろしくなぁ?」
「……雑じゃねーか。」
「ははぁ!お前はぁ?」
「……キムラ・ジュディ。傭兵だ。」
「ははぁ!雑だなぁ~!」
ガロウが、また、笑った。
「人のこと、言えねぇじゃねぇか。傭兵ぃ?」
「……。」
「やっぱ、同じかもなぁ。お前と、俺は。」
「……何がだよ。」
「普通じゃ、ねぇ。」
—
「俺もよ。」
ガロウが、コーヒーカップを指で弄びながら言った。
「生まれつき、壊れてる側でなぁ。」
「……見てりゃ、分かるよ。」
「おぉ?」
「人殺しが、好きなんだろ。イカれてる。」
「ははぁ。そう言うなよ。」
ガロウが、少しだけ、笑みを薄くした。
「これでも、耐えた方なんだぜ?」
「……。」
「なぁ、運ちゃん。人は、なんで人を殺しちゃいけねぇか。知ってるか?」
——唐突な、問いだった。
「……殺されたく、ねぇからだろ。」
「ほぉ。」
「お互い、それを線として、守ってる。殺さない代わりに、殺されない。」
「まぁ、近いな。」
ガロウが、頷いた。
「正確には、社会的弱者に、なるからだ。」
「……。」
「人を殺しゃあ、追われる。居場所がなくなる。自分だけじゃねぇ。家族も、巻き込んでなぁ。」
「……。」
「だから、耐えたんだぜ?これでも。」
ガロウの目が、一瞬。
ひどく遠くを見た。
「普通じゃねぇことは、分かってたからなぁ。」
それからガロウは、俺をじっと見た。
さっきまでの品定めとは、違う目だった。
何かを、見透かすような。
「……なぁ。運ちゃん。」
「……なんだよ。」
「お前さ。」
ガロウが、少しだけ、首を傾げた。
「空っぽ、だろ。」
——。
「……何の話だ。」
「いやよ。さっきから、見ててなぁ。」
ガロウが、テーブルに、頬杖をついた。
「お前、人を助けるのは、やたら必死だ。カリドでもそうだったなぁ。相変わらず、死んだ猫に駆け寄るみてぇになぁ。」
「……言ってろ。」
「でもよ。お前自身が、何がしてぇのか。何になりてぇのか。そういうのが、まるで、見えねぇ。」
「……。」
「お前の真ん中には、何もねぇ。空洞だ。」
——図星だった。
元の世界にいた頃から、ずっとだ。
何でもそこそこ、こなせる方だった。
真ん中が、ずっと空っぽだった。
——明里に。エルナに。出会うまでは。
それを。
こいつは、一目で、見抜いた。
「……ったく。」
ガロウが、頭を掻いた。
何かが引っかかっている、という顔で。
「おかしいよなぁ。」
「……何がだよ。」
「俺はよぉ。中身が、歪んでんだわ。ちょっとお前とは違げぇが。普通じゃねぇってところは、お前と同じだなぁ?」
「……一緒に、すんなよ。イカれ野郎。」
「普通に、生まれられなかった。なのに——。」
——なのに。
ガロウが、そこで、言葉を止めた。
自分の中の、何かを、探るように。
コーヒーカップを指で、こつ、と弾いた。
「……あー。」
ガロウが、ゆっくりと、立ち上がった。
「なるほどな。」
「……。」
「やっと、分かったわ。」
「……何が。」
「お前が、気に食わねぇ理由だよ。」
ガロウが、俺を見下ろした。
言葉を探しながら。
でもその目には、はっきりとした嫌悪が滲んでいた。
「俺はよ。この空洞を、人殺しでしか埋められなかった。」
「……。」
「抑えきれなくてなぁ。だから、化け物として拒まれる側に回った。」
「……。」
「でも、お前は。」
ガロウが、俺を、指さした。
「空っぽだから、何にでもなれちまった。」
「……。」
「人に求められる形に、自分を合わせて。みんなに、好かれて。」
「……。」
「守りたいものまで、抱えてよ。」
ガロウの声に、初めて熱が混じった。
「同じ、空っぽのくせに。お前だけ、受け入れられる側に、回りやがった。」
「……。」
「……ずるいよなぁ。お前は。」
——返す言葉が、なかった。
こいつの言ってることを。
全部、間違いだと。
そう言い切れなかった。
—
「まぁ、今日はこんなもんでいいかぁ?」
ガロウが、俺の伝票を手に持った。
「今日はぁ、奢るぜぇ。お近づきの印になぁ?」
「……てめぇが、勝手に来たんだろうが。」
「ははぁ!細かいこと言うなってぇ。」
ガロウが、背を向けた。
「あと。運ちゃん。」
「……なんだ。」
「無駄に、嗅ぎ回るなよぉ?」
肩越しに、振り返る。
「お前が、こっちに干渉してこなきゃ。正直ハピレスにとっちゃ、お前の優先度は低いんだ。」
「……。」
「大人しくしてりゃ、お互い平和だ。なぁ?」
それだけ言って。
ガロウは、ひらひらと手を振って、店を出ていった。
—
一人になった。
カフェの喧騒が、やけに遠かった。
冷めたコーヒーを一口飲む。
苦味だけが、舌に残った。
——空っぽ、か。
分かっていた。
そんなことは、ずっと前から。
ただ、敵に面と向かって言われると。
妙に、こたえた。
立ち上がろうと、した。
その時だった。
『——そとを。』
——え。
頭の奥で。
声がした。
ノイズ混じりの、掠れた声。
ひどく遠くて。
でも——。
「……エルナ?」
自分の声が、掠れていた。
聞き間違いじゃ、ない。
その声は。
確かに、彼女に、似ていた。
「……エルナ、なのか?」
返事は、なかった。
ただ、冷たい気配だけが。
耳の奥に、残っている。
(……おい。アルト。)
俺は、内側に、問いかけた。
いつもなら、すぐに、軽口が返ってくる。
(今の、なんだ?エルナの声だったよな?)
だが。
アルトは。
『……っ。』
何も、言わなかった。
ただ。
息を、呑んでいた。
その沈黙が。
やけに、重かった。
第百三十話、お読みいただきありがとうございました!
ガロウ・ヘイズ、再登場でした。
人懐っこくて、でも、不気味な男です。
彼は、ジュディが気に食わない理由に、気づいてしまいました。
同じ普通じゃない側のはずなのに、お前だけずるい、と。
この感情が、どこへ向かうのかは……また、いずれ。
——間章は、ここまで。
明日からは、新しい章が、始まります。
明日も20:10、続きます。
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よろしくお願いします!




