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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第二章|間章

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第百三十話「敵情視察」

弾薬を買った帰りだった。


片手に紙袋を提げて。

俺は、いつものカフェに足を向けた。


中央区の外れ。

小さな目立たない店だ。

コーヒーが、そこそこ美味い。


カリドから帰ってきてから。

なんとなく、ここに寄るのが癖になっていた。


一人で、何も考えない時間。

それが、今の俺には必要だった。


席に座り、コーヒーを注文した。

窓の外を、ぼんやり眺める。


——少なくとも、今は平和だな。

そう、思った時だった。


「——よぉ。運ちゃん。」


聞き覚えのある声がした。


「……っ!」


——心臓が、跳ねた。


顔を上げる。

目の前に、にやにやと笑う金髪の男が立っていた。


長身。引き締まった体。

着崩した、スーツ。


——ガロウ・ヘイズ。


ハピレスの、幹部。

カリドで、レガシーコードを奪いに来た男だった。


「……っ。」


懐に、手が伸びる。

中の銃に、指がかかる。


「おいおい。物騒だなぁ。」


ガロウが両手を軽く上げた。

笑ったまま。


「やめとけよ。こんな街中で、ドンパチやる気か?」

「……テメェ、何しに来た。」

「まぁまぁ。落ち着けって。」


ガロウが向かいの席に勝手に座った。


「ちょっと、話があってなぁ。」


……ろくな事じゃない。

そう直感した。







「つーかよ。運ちゃん。」

「……あ?」

「行動パターンはぁ、もうちょい散らした方がいぃぜぇ?」

「……。」

「こうやって、待ち伏せされんぞ?毎回同じカフェとか、馬鹿正直すぎんだろぉ。」


——尾けられていた。


迂闊だった。

カリドから帰って、気が緩んでいたのかもしれない。


「ま、もっともぉ。」


ガロウが、店員にコーヒーを頼みながら続けた。


「お前に、奇襲が通用するとも思えねぇけどなぁ。」

「……。」

「隙がねぇ。いや、隙はあるんだが。」


ガロウが俺をじろじろ見た。

品定めするように。


「あの魔術が、厄介なんだよなぁ。電撃。」

「……。」

「発動が、恐ろしく早い。しかも、ノーモーション。初撃を避けられたらこっちがあぶねぇ。」

「……よく、見てんじゃねーか。」

「ははぁ!そりゃあ、仕事だからなぁ。」


ガロウが運ばれてきたコーヒーに、砂糖をどばどばと入れた。

甘党らしい。


「でぇ。ここからが本題だぁ。」

「……なんの、用だよ。」

「ははぁ。だから、話し合いだって。」


ガロウが、コーヒーを、一口。


「正直よ。ミゼラのボスは、お前を拉致った方が早いっつー判断でなぁ。」

「……。」

「でも、おらぁ、違うと思うわけ。」

「……違う?」

「本人の意思で、協力してくれんなら。それに越したことはねぇだろ?」


——協力。


何を言っているんだ、こいつは。

こっちは、お前らに追われてる立場だぞ。


「協力だぁ?」

「あぁ。」

「こっちに、なんのメリットがあんだよ。」

「まぁ、聞けって。」


ガロウが、身を乗り出した。


「正直よ。レガシーコードなんざ、もうどうでもいいんだわ。今となっちゃな。」

「……じゃあ、何が目的だ。」

「お前だよ。」


ガロウの目が、すっと、細まった。


「お前が、目的だ。運ちゃん。」

「……っち。」

「あぁ。お前の中にいるの。アルト、っつったか?」

「……。」

「ありゃあ、貴重なサンプルだ。死者が、生者の体で動く。喉から手が出るぜ。」


——やっぱり、そこか。


カリドで、アルトを見られた。

あの一件が、こうして、響いてくる。


「んなもん。お前らにも、あるだろ?」

「ははぁ!何のことだぁ?」

「とぼけんなよ。A-3Rっつー、試験体だよ。」


——。


その名前に。

心臓が嫌な音を立てた。


A-3R。

エルナに似た顔の、あの子。

ハピレスが、それを作った。


「それがなぁ。少し困ったことになっちまったぁ。」

「……あ?」


ガロウが、わざとらしく肩をすくめた。


「アッシュガードに取られたんだよ。試験体。」

「……。」

「だから、代わりが必要でなぁ。お前さん。協力しちゃあくれねぇか?」


——嘘だ。


直感が、そう告げた。

どこが、とは言えない。

でも、こいつの言葉には、薄い膜が、張っている。


アッシュガードに取られた、ってのも。

代わりが必要、ってのも。


——何か、隠してやがる。


「……断る。」

「ははぁ!即答か。」

「当たり前だろ。ギャングに協力?無理な話だ。」

「理由は?」

「うさんくせぇ。お前の話、全部な。」


ガロウが、きょとんとした顔をした。

それから——。


「ははぁ!!」


腹を抱えて、笑った。


「そうかそうか。うさんくせぇか。そりゃぁ、そうだなぁ~。」


——やっぱり、嘘だったか。

笑い方で、分かった。


「んじゃあ。自己紹介から、するかぁ?」

「……あ?」

「正直、今のままじゃ、メリットだのデメリットだのの話しか、できねぇからなぁ。」


ガロウが、コーヒーを、ずず、と啜った。


「人となりくらい、お互い知っとこうぜ。」

「……。」


俺は、少しだけ考えた。

相手を知る機会は、そう多くない。

何か探るなら、ここしかない。


「……悪くは、ねぇな。」

「ははぁ。これなら、乗ってくると思ったぜ。」


ガロウが、にっと、笑った。


「ガロウ・ヘイズだ。ハピレスの、幹部。」

「……。」

「人殺しとぉ、子供が好きだぁ。よろしくなぁ?」

「……雑じゃねーか。」

「ははぁ!お前はぁ?」

「……キムラ・ジュディ。傭兵だ。」

「ははぁ!雑だなぁ~!」


ガロウが、また、笑った。


「人のこと、言えねぇじゃねぇか。傭兵ぃ?」

「……。」

「やっぱ、同じかもなぁ。お前と、俺は。」

「……何がだよ。」

「普通じゃ、ねぇ。」







「俺もよ。」


ガロウが、コーヒーカップを指で弄びながら言った。


「生まれつき、壊れてる側でなぁ。」

「……見てりゃ、分かるよ。」

「おぉ?」

「人殺しが、好きなんだろ。イカれてる。」

「ははぁ。そう言うなよ。」


ガロウが、少しだけ、笑みを薄くした。


「これでも、耐えた方なんだぜ?」

「……。」

「なぁ、運ちゃん。人は、なんで人を殺しちゃいけねぇか。知ってるか?」


——唐突な、問いだった。


「……殺されたく、ねぇからだろ。」

「ほぉ。」

「お互い、それを線として、守ってる。殺さない代わりに、殺されない。」

「まぁ、近いな。」


ガロウが、頷いた。


「正確には、社会的弱者に、なるからだ。」

「……。」

「人を殺しゃあ、追われる。居場所がなくなる。自分だけじゃねぇ。家族も、巻き込んでなぁ。」

「……。」

「だから、耐えたんだぜ?これでも。」


ガロウの目が、一瞬。

ひどく遠くを見た。


「普通じゃねぇことは、分かってたからなぁ。」


それからガロウは、俺をじっと見た。


さっきまでの品定めとは、違う目だった。

何かを、見透かすような。


「……なぁ。運ちゃん。」

「……なんだよ。」

「お前さ。」


ガロウが、少しだけ、首を傾げた。


「空っぽ、だろ。」


——。


「……何の話だ。」

「いやよ。さっきから、見ててなぁ。」


ガロウが、テーブルに、頬杖をついた。


「お前、人を助けるのは、やたら必死だ。カリドでもそうだったなぁ。相変わらず、死んだ猫に駆け寄るみてぇになぁ。」

「……言ってろ。」

「でもよ。お前自身が、何がしてぇのか。何になりてぇのか。そういうのが、まるで、見えねぇ。」

「……。」

「お前の真ん中には、何もねぇ。空洞だ。」


——図星だった。


元の世界にいた頃から、ずっとだ。

何でもそこそこ、こなせる方だった。

真ん中が、ずっと空っぽだった。


——明里に。エルナに。出会うまでは。


それを。

こいつは、一目で、見抜いた。


「……ったく。」


ガロウが、頭を掻いた。

何かが引っかかっている、という顔で。


「おかしいよなぁ。」

「……何がだよ。」

「俺はよぉ。中身が、歪んでんだわ。ちょっとお前とは違げぇが。普通じゃねぇってところは、お前と同じだなぁ?」

「……一緒に、すんなよ。イカれ野郎。」

「普通に、生まれられなかった。なのに——。」


——なのに。


ガロウが、そこで、言葉を止めた。

自分の中の、何かを、探るように。

コーヒーカップを指で、こつ、と弾いた。


「……あー。」


ガロウが、ゆっくりと、立ち上がった。


「なるほどな。」

「……。」

「やっと、分かったわ。」

「……何が。」

「お前が、気に食わねぇ理由だよ。」


ガロウが、俺を見下ろした。

言葉を探しながら。

でもその目には、はっきりとした嫌悪が滲んでいた。


「俺はよ。この空洞を、人殺しでしか埋められなかった。」

「……。」

「抑えきれなくてなぁ。だから、化け物として拒まれる側に回った。」

「……。」

「でも、お前は。」


ガロウが、俺を、指さした。


「空っぽだから、何にでもなれちまった。」

「……。」

「人に求められる形に、自分を合わせて。みんなに、好かれて。」

「……。」

「守りたいものまで、抱えてよ。」


ガロウの声に、初めて熱が混じった。


「同じ、空っぽのくせに。お前だけ、受け入れられる側に、回りやがった。」

「……。」

「……ずるいよなぁ。お前は。」


——返す言葉が、なかった。


こいつの言ってることを。

全部、間違いだと。

そう言い切れなかった。







「まぁ、今日はこんなもんでいいかぁ?」


ガロウが、俺の伝票を手に持った。


「今日はぁ、奢るぜぇ。お近づきの印になぁ?」

「……てめぇが、勝手に来たんだろうが。」

「ははぁ!細かいこと言うなってぇ。」


ガロウが、背を向けた。


「あと。運ちゃん。」

「……なんだ。」

「無駄に、嗅ぎ回るなよぉ?」


肩越しに、振り返る。


「お前が、こっちに干渉してこなきゃ。正直ハピレスにとっちゃ、お前の優先度は低いんだ。」

「……。」

「大人しくしてりゃ、お互い平和だ。なぁ?」


それだけ言って。

ガロウは、ひらひらと手を振って、店を出ていった。







一人になった。


カフェの喧騒が、やけに遠かった。

冷めたコーヒーを一口飲む。

苦味だけが、舌に残った。


——空っぽ、か。


分かっていた。

そんなことは、ずっと前から。

ただ、敵に面と向かって言われると。

妙に、こたえた。


立ち上がろうと、した。

その時だった。


『——そとを。』


——え。


頭の奥で。

声がした。


ノイズ混じりの、掠れた声。

ひどく遠くて。

でも——。


「……エルナ?」


自分の声が、掠れていた。


聞き間違いじゃ、ない。

その声は。

確かに、彼女に、似ていた。


「……エルナ、なのか?」


返事は、なかった。

ただ、冷たい気配だけが。

耳の奥に、残っている。


(……おい。アルト。)


俺は、内側に、問いかけた。

いつもなら、すぐに、軽口が返ってくる。


(今の、なんだ?エルナの声だったよな?)


だが。

アルトは。


『……っ。』


何も、言わなかった。


ただ。

息を、呑んでいた。


その沈黙が。

やけに、重かった。


第百三十話、お読みいただきありがとうございました!


ガロウ・ヘイズ、再登場でした。

人懐っこくて、でも、不気味な男です。


彼は、ジュディが気に食わない理由に、気づいてしまいました。

同じ普通じゃない側のはずなのに、お前だけずるい、と。

この感情が、どこへ向かうのかは……また、いずれ。


——間章は、ここまで。

明日からは、新しい章が、始まります。


明日も20:10、続きます。

ブクマやコメント、評価をいただけると、あの声の正体に、近づきます。

よろしくお願いします!


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