第百二十八話「また、やろうな」
工房の居間。
俺はソファに座って、本を読んでいた。
『魔法と魔術 ――その境界についての考察』。
小難しいタイトルの、分厚い本だ。
ページをめくる。
半分も、頭に入ってこない。
でも、少しだけでも知識を入れておきたい。
俺の上書きを止める鍵は、レガシーコード。
それを装置にするのは、ネルとカイラだ。
二人が今も、研究室と自室で頭を捻ってくれている。
だったら、俺も。
せめて、何が起きてるかくらいは分かっておきたい。
全部人任せってのは、性に合わない。
「魔術は魔術式を介して発動する。魔法は、それを介さず世界のルールに直接……。」
——分からん。
分からんが、読む。
分かるまで、読む。
そう決めたところで。
——ぽすっ。
背中に、何かが乗っかった。
「ジュディ~。」
サヤだった。
背後から、俺にのしかかってくる。
そのまま、前に腕を回してきた。
「……サヤ。どいて?本が読めない。」
「ひまぁ~。」
「そっかぁ。暇かぁ。」
俺は、本のページをめくった。
サヤに、どく気配はまったくない。
「……依頼は?」
「ストーンウェア修理中~。私、現在、療養中~。よぉ、ちぇけ。」
なんか韻踏んだ?今?
雑過ぎんだろ。怒られるぞ。
「たしかに、療養中なら暇か。」
「だろぉ~?」
サヤの顎が、俺の肩に乗っている。
少しだけ、甘い飴の香りがした。
「カイラは?」
「部屋に籠ってる。なんか、魔術式の変換?で閃いただの、なんだの。」
「あー。」
それは、しばらく出てこないやつだ。
カイラは、のめり込むと止まらない。
飯も食わずに、何時間でも籠る癖があった。
「……ひまぁ~。」
「そっかぁ。暇かぁ。」
さっきと同じやり取りをした。
そろそろ、どいてほしい。
本が、本当に読めない。
「ジュディ~。」
「なんだよ?」
「遊ぼーぜ?」
「……いいよ。」
「んへへ。やった。」
サヤが、ぱっと背中から離れた。
本を読むのは、夜にでもやろう。
どうせ、半分も分かってない。
—
「サヤ。何かしたいことあるか?出かける?」
「じゃーん。」
サヤが、棚の下から何かを引っ張り出してきた。
四角い箱。
コードと、コントローラーがついている。
「それって……。ゲーム機か?」
「そ。この間、カイラと買ったの。」
「いつの間に……。全然、知らなかった。」
「言ってないしね。」
「なんで?」
「いや、特に理由はないけど……。」
「……。」
「寂しがってんの?もしかして。」
「……いや、別に。」
「あはは。ほら、やろーぜ?」
はぐらかされた。
まぁ、いいか。
サヤが、それをディスプレイに繋ぐ。
慣れた手つきだった。
ずいぶん、やり込んでるらしい。
画面が点く。
ピコピコした音が鳴った。
——なんか、見覚えのある雰囲気だな。
俺の世界の、昔のゲーム機に似ていた。
ゲームのタイトルが、画面に表示される。
「ブロック・ブロークン?」
「そ。まぁ、よくある落ちゲーだね。」
「落ちゲー……??」
落ちてくるブロックを、隙間なく並べて消す。
——あぁ。なんか見覚えあるな。
俺の世界にも、似たようなゲームがあった気がする。
名前は違うけど、たぶん中身は同じだ。
もっとも、やったことは、ほとんどないけど。
「ルール、分かる?」
「んー。なんとなく。」
「じゃ、対戦ね。負けた方が、ジュース買いに行くってどう?」
「手加減してくれよ?」
「んはは。無理。」
こ、こいつ……。
上等だ。
—
——ピロリロリン。
一戦目。
「うわっ。ちょ、ちょっと、タンマっ。サヤ!タンマ!」
「無理ぃ~~。」
サヤがブロックを消すと、こちらにお邪魔ブロックが落ちてくるみたいだ。
それが、俺の予定を狂わせる。
俺は慌ててブロックを動かした。
でも、間に合わない。
隙間が、埋まっていく。
「ジュディくん。君には、速さ。速さが足りないよ。」
「うるさい!何その口調!うるさい!」
「はい!詰んだ!」
——ゲームオーバー。
「……くっそ。」
「ふっふー。よわよわだな、ジュディ。」
サヤが、得意げに鼻を鳴らした。
飴を転がしている。
ご機嫌だ。
「もう一回。」
「いいよ。ジュース、何本くれるかな?」
「……黙ってろ。」
—
二戦目。
三戦目。
四戦目。
——だんだん、分かってきた。
ブロックの種類は、限られてる。
だったら、置き方もある程度決まってくる。
後は、次に来るブロックの予測とスピード。
念入りに計画を立てるんじゃない。
サヤの言った通り、スピードが命だな。
最初は、手も足も出なかった。
でも、何戦かやってるうちに。
だんだん、コツが掴めてきた。
「……あれ。」
サヤの手が、止まった。
「……。」
「おし。これ俺の勝ちだよな?」
「……もう一回。」
「あぁ。いいぜ?」
—
五戦目。
六戦目。
七戦目。
——勝った。
——勝った。
——また、勝った。
「……。」
「……。」
サヤが、コントローラーを握りしめている。
画面を睨んでいる。
「……お前、猫被ってたな?」
「どういうことだよ?」
「実は、やったことあっただろ?」
「いや、ほとんどないって。マジで。」
「……嘘でしょ。」
たぶん、こういうのは、慣れの問題だ。
何回かやれば、コツは掴める。
——昔から、そうだった。
「……むかつく。」
「へ?」
「もっかい。」
「……。」
—
サヤは、ムキになっていた。
「もっかい。」
「もっかい。」
「ぜったい、次は勝つ。」
「もっかい。」
何度も、何度も。
負けるたびに、「もっかい」と言う。
飴の棒を噛んで。
眉を寄せて。
——やり過ぎたかもな。
そう思って。
ふと、サヤの顔を見た。
ここいらで一戦……。
「……ボンクラ。」
「はい。」
「手ぇ、抜くなよ?」
「……。」
「んはは。分かりやす!絶対ぶちのめす!」
——あれ。
口では物騒なことを言っている。
眉も寄ってる。
なのに。
「あはは!何それ、ずっる!!!」
「……そんなことないって。」
「わざと、そのブロック残してたじゃん!!」
その顔は、笑っていた。
なんというか。
すごく、楽しそうに。
——なんだ、そりゃ。
悔しいのか、楽しいのか、どっちだよ。
よく分からないやつだ。
でも、その顔になんだか。
少し、救われた気がした。
勝負事になると、だいたい変な空気になった。
そういう記憶が、俺にはあった。
「……はぁ~!次だ!次!次は、ボコす。」
「はは。いいぜ!何回でも!」
—
——ガチャッ。
部屋の扉が、開いた。
「ふぃ~。ん~、いいアイディアだと思ったんだけどなぁ。」
カイラだった。
髪が、ぼさぼさだ。
目の下に、くまがある。
「あれ?二人とも、何して——」
「……あ、おかえり?カイラ。」
「ブロック・ブロークン、やってるの!?」
「お、おう。」
「ずるい!私も!私もやる!」
どうやら、研究はひと段落ついたみたいだ。
カイラが、ものすごい勢いで間に割り込んできた。
「カイラ、その、大丈夫なのか?」
「うん!明日、ネルに聞いて改良してみる!」
「……そっか。」
「ジュディ!それ、貸して!」
そう言って、カイラが俺の手からコントローラーを奪い取った。
「一戦だけ!ね?一戦だけだから!」
「……そういうやつほど、止まらないんだよなぁ。」
「サヤ!勝負だぁ!」
「あはは!返り討ちにしてやるよ!」
サヤも、なんか生き生きしてる。
さっきまで、俺にボコされてたのに。
—
結論から言うと。
「一戦だけ」は、嘘だった。
カイラが参戦してから、ゲームはさらに白熱した。
「カイラずるい!わざと、お邪魔くるの待ってたでしょ!」
「正当な戦略です!」
「ジュディ~!!!カイラが、カイラが小賢しいんだけど!」
「……いや、まぁ。」
「そういうとこだぞ、ボンクラ!!」
三人で、代わりばんこに。
勝ったり、負けたり。
途中で腹が減って、ピザを注文した。
ついでに飲み物も。
賭けの話は、どこかに飛んでいた。
俺たちは、夜が更けるまで遊んだ。
「カイラ、また負けた!」
「もう一回!次こそ!」
「カイラ、そろそろ寝たほうが……。」
「ジュディも、付き合う!」
「……話、聞いてね?」
—
結局、日付が変わるまでやった。
カイラが、先に撃沈した。
ソファに突っ伏して、寝息を立てている。
たぶん徹夜明けだ。無理もない。
サヤも、あくびを噛み殺していた。
「あっふ。……ねむ。」
「そろそろ、俺も寝るかなぁ~。」
「ん……。ジュディ。」
「なに?」
「今日、楽しかったな?」
「……あぁ。楽しかった。」
「また、やろうな。」
「うん。」
サヤが、ふにゃっと笑った。
それから、ふらふらと自分の部屋へ消えていった。
カイラには、毛布をかけてやった。
よく寝てる。
——さて。
俺も、寝るか。
—
居間の明かりを消して、ベランダに出る。
さっきまでの騒がしさが、嘘みたいに静かだった。
カルディアの夜景が、ちらちらと光っている。
鉄格子に寄りかかり、煙草に火をつけた。
——楽しかったな。
そんなことを思いながら、俺は伸びをした。
その時だった。
『——なぁ、ジュディ。』
頭の奥で、声がした。
アルトだ。
(……なんだよ。急に。)
『いや。』
アルトの声は、なんだか面白がっているようだった。
『サヤは、認めたみたいだぞ。』
(……何がだよ。)
『分かってんだろ。いや、分からねぇふりしてた方が都合がいいか。』
——なんだ、こいつ。
含みのある言い方しやがって。
(……っち。)
『やっぱりな。気付いてねーわけねーか。次は、お前の番だぞ。ジュディ。』
(……まだ、何も言われてねぇよ。)
返事は、なかった。
アルトの気配が、すっと引いていく。
——お前の番。
あいつの言葉は、いちいち癪に触る。
自分の触れたくない部分を、撫でられている感覚。
分かってる。
分かってんだよ、そんなことは……。
………………。
…………。
……。
俺は居間に戻り、ピザの箱を片付けた。
そのまま、自分の部屋へと向かう。
サヤの部屋の前を通る。
明かりは、もう消えていた。
——また、やろうな。
さっきのサヤの声を思い出す。
楽しそうに笑った、あの顔も。
「……いいじゃねぇか。今は、まだ。」
なんとなく、そう呟いて。
俺は、眠りについた。
第百二十八話、お読みいただきありがとうございました!
今日は、ゲーム回でした。
ブロック・ブロークン。なんか既視感のあるゲームでしたね。
サヤは、口では「むかつく」と言いながら、ずっと笑っていました。
楽しかったんですね。負けても、楽しかったんです。
明日も20:10、続きます。
ブクマやコメント、評価をいただけると、サヤがもう一回勝負を挑んできます。
よろしくお願いします!




