第百二十七話「カイラ・ドゥーナは裁きたい」
工房の朝。
昨晩のハヤシライスが、少しだけ余っていた。
残った分を温め直して、食パンに乗せる。
そして、その上にチーズを乗せて焼くらしい。
サヤが言うには、ウインドウ家の定番なんだとか。
クロウの好物だったらしい。
「残りものでも、いけるもんでしょ?」
「うん。すごいな、これ。別の料理みたいだ。」
「……。」
最近は、サヤが料理を作ることが多い。
しかも、美味い。単純にありがたかった。
「二日目はコクがあるから、パンに乗せても負けないんだよ。」
「へー。負けないとかあんだな。」
「……。」
サヤも、食パンに噛じりついている。
向かいの席で。
棒付きキャンディは、皿の横に置いたままだ。
「……ジュディ。」
「ん?」
「これ、美味い?」
「すげー、美味い。マジで。」
サヤが、少しだけ口角を上げた。
「んへへ。……じゃあ、また作るわ。」
「……うん。頼むわ。」
「……。」
——なんか、素直だな。
最近、サヤがどうも丸い。
カリドから帰ってきてから、ずっとだ。
飴を転がす癖はそのままだけど、なんというか、当たりが柔らかい。
ちょっと、かわ——
「……。」
いや、なんでもない。
なんでもないぞ。
「どうかした?」
「いや、なんも。美味いなーって。」
「ふふん。だろ~?」
「……。」
サヤが、笑った。
朝の光が、窓から差している。
——悪くない朝だ。
そう、思った時だった。
「……お前ら、さ。」
さっきから、ずっと無言だったカイラが、声を上げた。
声が低い。嫌な予感がする。
「……裁判をします。」
「「ん?」」
俺とサヤの声が、重なった。
「……これ、デジャブなんですけど。」
「「何が?」」
「そういうとこだって、言ってんだよ!!!」
——ダン!
カイラが、テーブルを強めに叩いた。
……なんなんだ。
「な、なんだよ急に。」
「エルナの時といい……。本当に、油断も隙もありゃしませんね!!」
「エルナの、時……?」
「……空気が!のっぴき!!なりません!!!」
——ダン!ダン!ダン!
「のっぴき……。」
「……なんですか!?カリドへ、デート旅行でも行ってきたんですか!?」
「そんな余裕ねぇよ!命がけだったんだぞ!?」
サヤが食パンを片手に持ったまま、ぼ~っとしている。
「……デート。」
完全に、他人事の顔だ。
何呟いてんだ。助けろよ。
そんなサヤを、カイラが見逃すはずなかった。
「……サヤ。」
「え、ん?……私?」
「ぽやぽやすんなよ。被告人だろ。」
「ぽ、ぽやぽやなんて、してねーよ!」
「これは、再審です。」
「……はぁ?」
「前は、相手が違ったけどね。」
「??」
——あぁ。
思い出した。
こいつ、前にも一回、これをやった。
エルナと、二人で正座させられたやつだ。
「カイラ、待ってくれ。あれは結局——」
「うるさ~~~~い!!」
「「……はい。」」
—
俺とサヤは、居間で正座させられていた。
カイラが棒を持って(それ、どこから持ってきたんだろう。)目の前に立っていた。
……怖い。
「単刀直入に、聞きます。」
「……はい。」
「二人は、その。」
「……。」
「カリドで、アバチュリ、ましたか。」
——出たよ。
その、よく分かんない言葉。
「アバンチュールな。たぶん。」
「うるさい!口答えすんな!」
……なんも言えねぇじゃん。
たじろぐ俺に変わって、サヤが口を開いた。
「……してないけど。」
「異議ありっ!」
あ、やっぱ異議あるんだな。
「サヤ。」
「は、はい。」
「最近ジュディに、みょ~~~に、優しくない?」
「……っ。」
サヤが、飴を止めた。
「ごはん、よく作ってあげてるよね。」
「……い、いや。今日は、昨日の残りもんだし。」
サヤの耳が赤い。
珍しいな。
いつもなら、ここで「うるせぇ」の一言で終わるのに。
「これは、重大な協定違反です。」
「……協定って、なによ?」
「私も、ジュディを一日だけ、お借りします。」
「……い、いいんじゃない?私が止めることじゃないし。」
——グリンッ
カイラが、俺を見つめた。
というか睨んだ。
「ジュディ。」
「へ、へい?」
「……許可がおりました。」
「今の、許可だったのか?」
「——いいから。付いて来なさい。」
やっぱり。
俺の意思は、関係ないんですね。
そのまま、俺はカイラに外へ連行された。
—
とりあえず、カルディアの街へ出た。
「で、どこに行きたいんだ?」
「魔術の博物館!」
「博物館?」
「ジュディ。行ったこと、ある?」
「……いや。ないなぁ。今初めて聞いたくらいだし。」
カルディアの中央区。
でかい石造りの建物だった。
入口に、魔術式の意匠が彫り込まれている。
「最近、ネルに色々聞いてね。魔術式だけじゃなくて実際に見ないとな~って思ってたの。」
「ふぅん。」
「でも、一人だと、なんか寂しいじゃん?」
「……。」
「だから、ちょうどよかった。ジュディが有罪で。」
「俺、有罪だったんだ……。」
カイラがにこにこしながら中に入っていく。
俺も、後に続いた。
………………。
…………。
……。
中は、思ったより、広かった。
魔術の、歴史だの、原理だの。
展示が、ずらっと並んでいる。
正直、俺には、さっぱり分からない。
「うわぁ、見て見て!これ、初期のストーンウェアだって!」
「へぇ。重そう~。」
「こっちは、魔術式の、変遷!」
「……おぉ。なんか魔法陣っぽいな。」
「最初は、全部丸かったりしたんだよ~!!」
カイラが、目を、輝かせている。
こういうところに来ると、本当に、研究者なんだなと思う。
俺は、適当な展示の前で、足を止めた。
古い、魔術式の、図解。
びっしりと、記号が並んでいる。
——まったく、分からない。
でも、なんとなく。
分かってる風の、顔をしてみた。
腕を組んで。
真剣な、まなざしで。
「……。」
——ふむ。
なるほど。
これは、つまり……分かんねーわ。
「……ジュディ。」
「ん?」
「すごい。こういうの、分かるんだ。」
カイラが目を輝かせていた。
俺は、正直に答える。
「いや、全然。」
「……ん?」
「今の、いい感じだった?」
「何が?」
「なんかさ。色々分かってる男って、感じだったろ?」
「……。」
「あの~、カイラ?」
「……台無しだよ。本当に台無し。」
カイラが、呆れた顔で、笑った。
「黙ってれば、知的に見えたのにね~。」
「マジか。続ければよかったな。」
「……もう遅いよ?」
—
それから、二人で、ぐるっと回った。
カイラが、展示の解説を、勝手にしてくれる。
半分も、分からなかった。
でも、楽しそうに喋るカイラを見てるのは、悪くなかった。
博物館に隣接しているカフェで、少しだけ休憩をした。
カイラが、ストローでコーヒーの氷を回している。
「ジュディ。」
「……なに?」
「あなたには、罪状がいっぱいあります。」
まだ、その話するんだ……。
もう終わったと思っていた。
「……いっぱいあるの?」
「そう、いっぱい。連絡不足。薬をやって勝手に死にかける。あ、昨日のネルの件も。」
「……いや、色々ツッコミたいんだけど。言い方とか。」
「いいから、聞いて。……何よりも大事な罪状があります。」
「……まだ、あるの?」
カイラが、少しだけ間をおいた。
「……心配させないように。とか思わないで。」
「どういう、ことだ?」
「二人が、帰って来た時ね。ボロボロだったでしょ?」
「……あぁ。まぁ、ボロボロだったな。」
認めるしかなかった。
カリドでの出来事は、それくらい過酷だった。
「でも、二人は私に『大丈夫だったよ。』なんて言って、さ。」
「……。」
「ちゃんと、私に心配させてよね。待ってるんだから。」
カイラが、頬を膨らませた。
怒っているような、拗ねているような。
そういう顔は、させたくないな。
「カイラ。」
「何でしょうか?」
「……ごめん。ちゃんと話すよ。」
「……うん。」
「辛かったら、辛かったって話す。」
カイラが、ふっと笑った。
そのまま、グラスのコーヒーを飲み干す。
「よし!休憩終わり!」
「あぁ。続き、見るか?」
「見る見る!次、別館ね!」
俺たちは、また歩き出した。
—
適当な店で、飯を食って。
工房に、帰り着いた頃には、夕方になっていた。
「あ~、楽しかった!」
「うん。結構、よかったな~。」
「おや?」
「ん?」
「おやおやおや?ジュディが楽しかったなら、罰じゃないよね?」
「え、罰だったの?」
「あはは。嘘うそ!ジュディも楽しかったなら、嬉しいな!」
これで、今日のお勤めは、終わり。
そう、思った時だった。
「あ。そうだ。」
「……なんだよ。」
「まだ、終わってないよ?」
「……え。」
「最後の、仕上げ。」
カイラが、奥の部屋から棒を持ってきた。
——なんか、嫌な予感がする。
「ジャジャーン。」
「……それって。」
朝、振り回してた棒……だよな?
「これね?自動、耳かき機なの!」
「……は?」
——ガチョン。
……変形した。
手のひらサイズの、変な機械に。
細いアームがついている。
先端に、綿棒みたいな、何かがついている。
「転送装置も作れる、この私が。」
「……うん。」
「約四年の歳月をかけて、開発しました。」
「……なんで、耳かき機なんだよ。」
「だって、耳かき、気持ちいいでしょ?」
「……。」
俺は、何も言えなかった。
四年ってことは、エルナとの裁判の時から……。
——あの時の棒も、耳かき機の試作品だったのか?
いや、止めておこう。
ツッコむと疲れる。
—
——ぽんぽん
カイラが、ソファの上で膝を叩いた。
「はい、ジュディ。ここに寝て?」
「……俺が、やられる側なのか。」
「当たり前でしょ?実験なんだから。」
「俺、実験台なんだ。」
「……罪状を——」
「分かったよ!」
仕方なく、ソファに座って。
カイラの膝に、頭を、乗せた。
——なんか、こう。
据わりが、悪い。
「動かないでね。」
「……お手柔らかに。」
「じゃ、起動するよ。」
カイラが、機械の、スイッチを入れた。
——ウィン。
アームが、動き出す。
綿棒が、俺の耳に、近づいてきて。
「お、おぉ。意外と、ちゃんと——」
——ウィュイイイイン!!!
「まって!?カイラ怖い!!俺、怖いよ!!!」
「ダイジョブダイジョブ~♪ カイラを信じて~♪」
「変な歌、歌ってないで!!!止めてくれ!」
「あ、やば。」
「何!?今の怖い!!何!!」
「脳まで、行くかも。」
「止めろって!!!なんで冷静なの!?」
機械が、暴走していた。
アームがものすごい速さで、俺の耳をほじくろうとしてくる。
「カイラ!止めろ!止めろって!」
「あれ~?ボタンが——」
「早く!!!カイラ、早く!!!!」
—
数分後。
機械は、煙を吹いて、沈黙した。
俺の耳は、無事だった。
……たぶん。
「……。」
「うぅ……。失敗、だぁ……。」
カイラが、しょんぼりと、壊れた機械を、見ている。
ちょっとは、こっちも心配してほしいな?
「精度の調整が、やっぱ難しいなぁ~。」
「命が、危なかったと思うんだけど。」
「えへ。ごめんね★」
……カイラ、ちょっとネルに似てきてないか?
俺がため息をついていると、カイラがこちらを見ていた。
——ぽんぽん
カイラが、再びソファの上で膝を叩いた。
「……カイラ?」
「機械が、ダメだったから。」
「……。」
「手で、やってもいい?」
「……え。」
「……罪状を——」
「……それ、本当今日だけだからな?」
俺は、再びカイラの膝に、頭を乗せた。
「……じゃあ。失礼、します。」
「うん。」
—
カイラの手は、丁寧だった。
機械と違って。
ゆっくりで、優しくて。
さっきの恐怖が、嘘みたいだった。
「……ジュディ。」
「ん。」
「耳かきって、一人でも、できるよね。」
「……まぁ。できる、な。」
「でも、人に、やってもらうとね。」
「……。」
「確実だし。なんか、気持ちいいんだよ。」
「……。」
「そういうこと、です。」
「どういうこと、でしょうか?」
カイラが、少しだけ笑った。
「一緒にいようねって、お話。」
何が言いたいのか、なんとなく分かった気がした。
一緒にいよう。
それだけじゃない何かが、伝わった。
「……うん。一緒に、いような。」
俺は、それだけ、返した。
膝の上は、あったかかった。
窓の外で、カルディアの空が、夕焼けに、染まっていた。
第百二十七話、お読みいただきありがとうございました!
カイラ裁判、再審でした。
覚えている方、いますかね。四十三話で、一回やってるんです。
あの時の被告は、ジュディとエルナでした。
カイラは、自分で「残る」と決めた子です。
でも、決めたからって、寂しくないわけじゃない。
だから、たまには、こうやって、付き合ってもらうわけです。
自動耳かき機は、しばらく封印されます。
ジュディの耳の、安全のために。
明日も20:10、続きます。
ブクマやコメント、評価をいただけると、カイラの罪状リストから一個、減ります。
よろしくお願いします!




