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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第二章|レガシーコード編

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第百二十五話「サヤ・ウインドウ」

私の腕の中で。

ジュディは、ずっと眠っていた。



——襲撃は、終わった。


ハピレスは、引いていった。

アジトには、倒れた戦闘員と、血の匂いだけが残っている。


鉄火団の連中が、淡々と後処理をしていた。

死体を集め、床を片付け、何事もなかったように動いている。

こういうのは、慣れているらしい。


「——確かに、受け取った。」


ゴードが小さなケースを掲げた。

中には、あの魔石の結晶。


——レガシーコードがある。


ジュディが、命をかけて。


いや。

自分自身を手放してまで取りに来た、それ。


レンカが、煙管をふかしながら頷いた。


「あぁ。持っていきな。約束は、約束だ。」


これで。

ジュディが、ジュディでいられる道が、少しだけ見えた。


そのはず、なのに。

私の胸は、ちっとも晴れなかった。







「サヤ。」


レンカが、私を呼んだ。


「あんだよ?」

「そんな、睨むんじゃないよ。聞きたいことがあるだけさ。」

「……どうぞ。」

「あんた、これからどうすんだい?」

「……。」


——どうする、か。


少し前の私なら、即答できなかった質問だ。

今も即答はできない。


でも、不思議と心は軽かった。


「……わかんないわ。」

「……はぁ?」

「でも、あんたに言われたことも、踏まえてさ。迷うよ。」

「……。」

「迷って、悩んで。それで、決める。その時の私、全部で。」


レンカが、ふっと笑った。


「……そうかい。」


それだけ言って、また煙を吐いた。

何かを、認めるみたいに。


「サヤ。」

「……あー、もう!今度は何だよ!!」

「こいつとは、どうすんだい。」


レンカの視線が、私の腕の中のジュディに、向いた。


「……どういう、意味。」

「一緒に、いたいんだろ?」

「……。」


私は、少しだけ、黙った。

それから、答えた。


「……そうだね。約束も、あるし、さ。」

「約束?」

「一回だけ、こいつを支えるって。約束を、してたんだよ。」


——フィーレで、した約束。

もう、三年も前のこと。


「一回だけぇ?変な約束だね。そんなに、短い付き合いなのかい?」

「……いや、もう三年くらいだけど?」

「……あんた、それ。」


レンカが、呆れたように、私を見た。


「……あんだよ。」

「言い訳も、そろそろ限界だろ。」

「——っ。」


何も、言い返せなかった。


「まぁ、いいさ。それも含めて。あんたが、決めな。」

「……。」

「もう、ここには来るんじゃないよ。」


レンカが、背を向けた。


「……どいつも、こいつも。」


私は、口の中で、飴を噛み砕いた。

なぜだか、顔が、熱かった。


「ほんと、うるさ。」







宿に戻った。


バッツとゼナは、ゴードと一緒に、レガシーコードの管理に回った。

私は、ジュディの部屋に残った。


ベッドにジュディを寝かせる。

傷の手当ては、もう済んでいた。


椅子に座って、その寝顔を見た。


すー、すー、と。

規則正しい、寝息。

さっきまでの、あの凪いだ別人の気配はもうない。


いつもの、ジュディだった。


「……ば~か。」


小さく、呟いた。


自分のことを、取りに来たくせに。

自分を手放してまで、私を守った。


そんなの。

そんなの、ずるいだろーが。







「……。」


ジュディの寝顔を見ながら。

この、数日のことを、思い出す。


兄貴のことを、知った。


ギャングだったこと。

私のために、手を汚していたこと。

私を、こっち側に来させないために、その手を捨てたこと。


何も、知らなかった。

私は、ただ、兄貴の背中を追いかけてるつもりで。

兄貴が捨てた泥を、踏んでいた。


——でも。

今は、素直に認められる。


兄貴への意地も、反骨も、全部、私の中にある。

それを消すんじゃなくて、全部抱えて。

それでも、私が選ぶ。


——何度だって、選び直せる。


ジュディが、そう言った。

だから、私は、立てた。


——自分の、足で。


それは、間違いなく、私が掴んだものだった。







ふと、もっと昔のことを、思い出した。


フィーレ。

兄貴を失って、どうすればいいか、分からなかった頃。


何かを知りたくて、傭兵を始めて。

これが未練なのか、何なのかも、分からなくて。

こんな自分で、いていいのかも、分からなかった。


あの時。

ジュディが、セラムに言ったんだ。


——過去を思うことは、罪じゃない。

——苦しんで、今を生きる。


あの言葉で、私の心は、少しだけ軽くなった。

救われたんだと、思う。


今、苦しくてもいい。

過去に囚われたままでも、今やりたいことを、やっていいんだと。


そのままで、いいんだと。


——そして、私は。


あの夜、無意識に、こいつに言っていた。


「一回だけ、私が支えてあげる。」


何かに、挫けそうになった時。

たった、一回だけ。

そんな、子供みたいな約束を。


今なら、分かる。

あれは、口実だった。


こいつとの、接点を、持っていたかった。

こいつの、傍にいる理由が、欲しかった。


だから、あんな、一方的な約束で。

私は、自分に、言い訳をしたんだ。







「……やっぱ、わかんない、な。」


声が、漏れた。


「……ジュディ。教えてくんない?」


返事など、ないことは分かっていた。


ジュディの、寝顔を見る。

胸が、少しだけ、苦しくなった。


——なんでだろう。


なんとなく。

もっと、近くで。

この顔を、見たくなった。


椅子から、立ち上がる。

ベッドに手をつく。


眠っている。

無防備な、寝顔。


胸が、苦しい。


もっと。

もっと、近くに。


——自然と。

ジュディの顔へ近づいていく。


唇に。

唇を重ねようと——。


「……っ。」


——我に、返った。


私は、今。

何を、しようとした。


——ぽと。


口から飴が落ちた。

同時に心の中でも、何かが落ちる、音がした。


「……あぁ。」


迂闊だった。

本当に、迂闊だった。



——名前が、ついてしまった。



「……最悪。」


最悪だ。

本当に、最悪だった。


もともと、この心は、あったのだ。

私の、中に。


ずっと。

気づかないふりを、してきただけ。

いや、見ないふりを、していた。


必死に。

ガキみたいに。


でも、もう、直視してしまった。

体が、こいつに触れたいと思った時点で、私は。


——癪だ。

とても、癪だった。


私は、もう。

とっくの昔に。


こいつに。

ジュディに、落ちていた。


——私は、恋に、落ちていたんだ。







「……はぁ~~~。」


ベッドの縁に座り込んだ。


頬が、熱い。

心臓が、うるさい。


「やっちまったなぁ……。」


何がだろうか。


でも、こんなの。

こんなの、知らない。


「……あんたの、せいだからな。」


眠るジュディに、八つ当たりみたいに、呟いた。


返事は、ない。

当たり前だ。


——でも。


私は、今。

自分の気持ちを、知ってしまった。


兄貴のためでも。

こいつのためだけでも、ない。


私が、私の意思で。

ここに立っている。


そして、その私が。


他でもない。

代わりなんていない。


キムラ・ジュディのことを、好きなんだと。


——そう、決めた。


いつか、言うのかは。

分からない。

言わないかも、しれない。


でも、それも。

私が、決めることだ。


何度だって。

その時の、私が。


「……おやすみ。ジュディ。」


私は、ジュディの寝顔をもう一度だけ見て。

落とした飴を、拾った。


「……好きだよ。」


ぽそっと、言葉にしてみる。

心が、少しだけ、軽くなった。


新しい飴を、口に放り込む。


「……ってぇ。」


まだ、傷口に飴の甘さが染みる。

甘くて、ちょっとだけ、痛かった。


——そんな恋を、私はしている。


第百二十五話、お読みいただきありがとうございました!


そして、第二章「レガシーコード編」、完結です!


サヤ・ウインドウ。

兄を追いかけて、自分を見失って。

でも、自分の足で立って。

最後に、自分の気持ちにも、気づきました。


兄のためでも、誰かのためでもなく。

彼女は、彼女の意思で、立っています。


長い章に、お付き合いいただき、ありがとうございました。

レガシーコードは、無事に手に入りました。

でも、物語は、まだ続きます。


明日も20:10、間章が始まります。

ブクマやコメント、評価をいただけると、サヤが少しだけ素直になる……かもしれません。

よろしくお願いします!


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