第百二十三話「ハピレス、襲来」
鉄火市。
最終日の深夜。
三日間の喧騒が嘘のように、街は静けさを取り戻していた。
露店は畳まれ、人の波も引いている。
聞こえるのは、遠くで稼働する機械の音だけ。
祭りの後だった。
俺たちは、レンカのアジトにいた。
約束の受け渡しのためだ。
「他の客は、もう捌けたよ。」
レンカが、煙管をふかしながら言った。
「あんたらが、最後さ。鉄火市も、無事に終わった。」
「……悪いな。忙しい時に。」
「っは。礼なんて、要らないよ。」
レンカが部屋の奥へと消えていった。
部屋の奥で、重い金属音がいくつも鳴った。
あの保管庫を、開けているのだろう。
「……。」
しばらくして。
レンカが戻ってきた。
手に小さなケースを持っている。
「ほら。これだ。」
レンカが、ケースを開けた。
中には、魔石を削り出したような、小さな結晶があった。
俺の世界でいう、USBメモリーのような形。
——その結晶を、見た瞬間。
頭の奥で何かが、かすかに軋んだ。
『……ジュディ。』
アルトの声が、いつもより近く聞こえた気がした。
「……っ。」
「ん。どうかしたかい?」
「……いや。なんでもねぇ。」
気のせい、だろうか。
だが、胸の奥が、ざわついた。
「……これが、そうなのか?」
「あぁ。レガシーコードさ。」
「……。」
——拍子抜けした。
世界のルールを書き換える鍵。
一億Fの値がつく代物。
それがこんなに小さいのか。
「ちっさ。」
「中身の話さ。見た目で、値打ちは計れないよ。」
「……偽物じゃねーよな?」
「そんなわけあるかい。鉄火団の信用に関わる。」
レンカは、煙管をくわえたまま言った。
「……間違いなく、本物だよ。」
レンカが、ケースを、こちらへ差し出した。
「ほら。持っていきな。」
俺は、ケースに手を伸ばした。
その瞬間——
ウゥゥゥゥゥ——ッ!
けたたましいアラームが、アジト中に鳴り響いた。
「——っ!なんだ!?」
「……ちっ。」
レンカの顔色が、変わった。
「侵入者だね。」
「……っ。」
「こんな時に——」
——ドゴォンッ!!
言い終わる前に。
アジトの、正面の扉が。
——爆発した。
爆煙と瓦礫が吹き飛ぶ。
俺は、咄嗟にサヤを庇って身を伏せた。
「ゲホッ……何なんだよ……っ。」
煙の向こうから。
複数の足音。
武装した集団が、なだれ込んでくる。
装備に見覚えがあった。
ヴェーラで見たあの連中。
——ハピレス。
そして、その後ろに。
「——ははぁ!お楽しみのところ、悪ぃなぁ。」
へらへらと笑う、金髪の男。
——ガロウ・ヘイズ。
「それぇ。レガシーコードだよなぁ?」
ガロウの目が、レンカの持つケースに、向いた。
「レガシー……なんだ?それ。」
「ははぁ!悪ぃが。それ、こっちが貰うわ。」
「……ちったぁ、話聞けよ。」
—
「ふ、ふふ。あははははは!」
レンカが、笑っていた。
え、なんで?
「はぁ~。久々だよ。あんたらみたいなバカどもは。」
レンカは、煙管を吸いながらガロウを睨んだ。
「鉄火団。ここにいる連中はね。こういうのが大好物なのさ。」
「……ははぁ?」
「一時期はちょいと『やり過ぎ』ちまってねぇ。襲撃なんて、滅多に来なかった。」
「……はは!ははははぁ!!!」
壁際にいた鉄火団の連中が、次々と武器を手に取る。
その顔は、恐怖ではなく、獲物を見つけた獣のそれだった。
「野郎ども!!!!!」
レンカが吼えた。
その声に呼応するように、アジトが震えた。
「——うおぉぉおおおお!!!」
「久々の!祭りだよ!!!」
「——おおおおぉぉぉ!!」
「楽しみなぁ!!!」
——戦いが、突如として始まった。
鉄火団の連中が応戦する。
銃声。怒号。魔術の閃光。
アジトが一瞬で戦場に変わった。
「サヤ!下がってろ!」
俺は、叫んだ。
サヤは、まだ満身創痍だ。
昨日の傷も、癒えちゃいない。
「——うるせぇ!ボンクラ!!」
「うるさくないよ!!」
「うるさいったら、うるさいんだよ!!」
だが、サヤは、聞かなかった。
「あんた一人に、戦わせるわけねーだろ!」
「……はぁ?」
「私が、そもそもここに来た意味は!こういう時のためだろ!」
サヤが、ダガーを抜いた。
両足のストーンウェアは——まだ使えない。
昨日、ブレードが砕けたままだ。
高速移動は、できない。
それでも、サヤは、前に出た。
ダガー、一本で。
「……っ、無茶すんなよな!」
「ボンクラに、言われたくねぇっつーの!」
—
戦闘が、始まった。
俺は、電撃魔術を纏い、ハピレスの戦闘員を弾き飛ばす。
バッツとゼナが、左右を固める。
ゴードとアルカナの部隊も、淡々と敵を捌いていた。
レンカは——ケースを、懐にしまった。
渡す、暇もなかった。
「数が、多い……っ。」
ハピレスの戦闘員は、次から次へと湧いてくる。
ガロウは、戦わない。
ただ、後ろで。
腕を組んで、にやにやと、見物している。
まるで、こっちが勝手に削れていくのを、待っているみたいに。
——あいつを、まずは削る。
そう思い、電撃魔術を足へと纏おうとした。
その時だった。
——ズキンッ。
頭の奥に激痛が走った。
「——っ、ぐ……っ!」
さっきの、軋み。
あれが、本物に、なった。
視界が歪む。
足元が崩れる。
また、かよ。
よりにも、よって——こんな時に!!!
『落ち着け!!おい、ジュディ!!!』
アルトの声が、響く。
だが、いつもより、ずっと近い。
——近すぎる。
「ぐ、あ……あぁぁっ……!」
『くそ!!おい!!呼吸だ!!呼吸に集中しろ!!』
膝が、折れた。
その場に、うずくまる。
頭を、抱える。
——ズキンッ。ズグッ。ズキンッ。
割れる。
頭が、割れる。
昨日の比じゃ、ない。
意識が根こそぎ持っていかれそうになる。
——青を。
懐に手を伸ばす。
だが、指が震えて。
うまく掴めない。
「ジュディ!?」
サヤの声がした。
「……どうしたんだよ!!おい!おい、ボンクラ!!」
サヤが、俺の元へと駆け寄って来た。
——まずい。
俺が、動けない。
それを、ハピレスが、見逃すはずがなかった。
戦闘員たちが、うずくまる俺へと殺到する。
「——っ。今、あんた達の相手してる場合じゃねーんだよ!!」
サヤが、俺の前に立ちはだかった。
ダガーを、構える。
満身創痍の体で。
高速移動も、使えないまま。
「ジュディに——」
サヤが、迫る戦闘員を、斬り払う。
「手ぇ、出すんじゃねーよ……っ!」
一人、また一人。
俺を庇いながら、戦闘員を撃退していく。
だが。
多勢に、無勢だった。
サヤの周りを、ハピレスの戦闘員が囲んでいく。
一人。二人。三人。
じりじりと、包囲を狭めてくる。
サヤのダガーが、一人を捌く。
だが、その隙に別の一人が。
横から剣を振り上げた。
「サヤ……っ!」
俺は、手を伸ばした。
声を、振り絞った。
——立て。
動け。動け。動け!!!
サヤを、助けろ!!!
——なのに。
体が、言うことを、聞かない。
頭の中は、激痛と、アルトの声で、ぐちゃぐちゃだった。
『ジュディ!!!おい!!おい!ジュディ!!』
「——っ、あ……あぁ……っ!」
サヤの背中に。
剣が、振り下ろされる。
——間に合わない。
ハピレスの刃が。
サヤに——。
第百二十三話、お読みいただきありがとうございました!
ハピレス、襲来。
そして、最悪のタイミングで、ジュディの発作です。
肝心なところで、動けない主人公です。
そして、サヤが、大ピンチ。
すみません。すごいところで切りました。
続きは、明日20:10です。
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