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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第二章|レガシーコード編

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第百二十二話「レンカの右腕」

決闘の後。


サヤは、バッツに任せた。

静かに寝息を立てたまま、ぴくりとも動かない。

よほど、疲れたんだろうな。


俺は、レンカと二人で向き合っていた。

鉄火団のアジト。

昨日と同じソファ。


レンカは、新しい煙管に火を入れていた。

砕けた右腕のストーンウェアは、既に別のものに換装されている。

換えはいくらでもあるってことか。


「……早速、レガシーコードの話をしたい。」


俺は、切り出した。


「売ってくれるんだよな。」

「あぁ。約束は、約束だ。」

「……ちなみに、おいくらでしょうか?」

「一億Fだね。」

「……。」


多分、かなり吹っかけられてる。

これ、ゴードに怒られるかなぁ。


俺が固まっていると、レンカが煙を吐きながら言った。


「っふ。なんてね。金は、いらないよ。」

「……へ?」

「タダでくれてやるよ。そう言っただろ?」


——意外だった。


「いいのかよ。一億Fって値段は、ついてもおかしくねぇってことだろ?」

「あぁ。喉から手が出るほど欲しがる連中が、ゴロゴロいるさ。」

「なら——」

「あの小娘に免じてやるよ。」


レンカが、灰を落とした。


「アタイに、一発入れた。そして、アタイはそれを認めた。」

「……。」

「筋は、通さなきゃならねぇ。それが鉄火団だ。」

「……そういう、もんなのか。」

「そういうもんさ。……それに。」


レンカが、少しだけ、間を置いた。


「あいつには、稼がせてもらったからね。」

「……クロウのことか?」

「あぁ。」


——その名前に、空気が少し変わった。


「あいつは、一番の稼ぎ頭だった。」

「……右腕、だったんだよな。」

「あぁ。だから、まぁ。」


レンカが煙管を口から離した。


「クロウの妹だ。あいつへの手向けだと思いな。」

「……お情けかよ。」

「おっと、怒るんじゃないよ?勝ち取ったのは、サヤの力さ。」

「……。」

「そこは、認めるよ。しっかりね。」


——手向け。

その言葉に、レンカの本心が滲んでいた気がした。


「……なぁ。」

「なんだい。」

「あんたは、クロウに、未練があるのか?」

「……。」


聞いてから、しまったと思った。

踏み込みすぎたかもしれない。


だが、レンカは怒らなかった。

ただ、煙をゆっくりと吐いた。


「未練。……未練か。そうだねぇ。そうかもねぇ。」

「……。」

「アタイは、あいつを止めるべきだったのかもしれない。」


レンカが遠くを見つめた。

過去にいる、クロウを見ているのだと思った。


「あいつが、鉄火団を抜けるって言った時。アタイは、何も言わなかった。引き止めもしなかった。」


レンカが、煙を吸い込み、吐く。


「『そうかい』って。ただ、それだけだ。」

「……。」

「本当は、大事な右腕だったんだよ。ペーペーの頃から、面倒を見ていた。」


——レンカの声に、後悔がにじんでいた。


「認めるのが、怖かったのさ。あいつを特別だと思ってることをね。」

「……。」

「裏で生きてりゃ、いつか死ぬ。情なんて、邪魔なだけだ。」

「……。」

「だから、突き放した。最後まで、何も言わずに。」


レンカが、自嘲するように、笑った。


「そして、あいつは死んだ。アタイは、何も伝えられなかった。」


——その後悔は。

俺にも、覚えがあった。


伝えられなかったこと。

言わずに、失ったもの。


胸元の宝石に、意識が向いた。

もう、返事のない名前を、思い出す。


「……レンカ。」

「なんだい。」

「あんたも、今から、選べばいい。」


レンカが、顔を上げた。


「クロウには、もう、伝えられない。それは、変わらねぇ。」

「……。」

「でも、あんたが、これからどうするかは。今のあんたが、選べる。」


——昨日、サヤに言った言葉と。

同じだった。


人は、何度でも選び直せる。

過去は、変えられなくても。

これからを、選ぶことは、できる。


レンカが、しばらく、俺を見ていた。

それから、ふっと、息を吐いた。


「……あぁ。そうだね。」


その声は、少しだけ、軽くなっていた。


「あんたの言葉には、重みがあるね。」

「……そうかぁ?」

「あぁ。その重さは、あんたの選択の結果さ。」

「褒め言葉で、いいんだよな?」

「もちろんさ。ボンクラのくせにね。」

「……やめてくれ。」


レンカが初めて、楽しげに笑った。







「んで。受け渡しは、どうすんだ?」


俺は、話を戻した。


「明日だ。鉄火市が終わってからね。」

「……明日?今すぐじゃ、駄目なのか。」

「それは、無理だね。」


レンカが、首を振った。


「商品は競売のギリギリまで場所を隠してある。アタイでも、すぐには出せない。」

「……まぁ。それは、そうか。」

「保管庫はイグニスの技術をこれでもかと詰め込んだ代物でね。鍵を開けるのにも、手順がいる。」


——なるほど。

そう簡単には、いかないか。


「鉄火市が、閉まったら。このアジトに来な。そこで、渡してやるよ。」

「……分かった。」

「ま、しかし。」


レンカが、呆れたように言った。


「事前に直接買い取ろうなんて、酔狂な客は、そうそういないよ。あんたらみたいなバカはね。」

「……悪かったな。」

「ヴィンに、感謝するんだね。あいつの顔がなけりゃ、門前払いだった。」


——ヴィンか。

今度、本当に礼をしないとな。







アジトを出て、宿に戻った。


サヤは、ベッドで、まだ眠っていた。

規則正しい寝息を、立てている。

腫れた顔のまま。それでも、穏やかな顔で。


「……お疲れ。よく、やったな。」

「すー。すー。」


俺は、小さく呟いた。


聞こえちゃ、いないだろうけど。

それでも、言いたかった。


サヤは、自分の足で、立った。

俺は、それを、信じて待てた。


——それで、十分だった。


………………。

…………。

……。


「——状況は、把握した。」


ゴードが、腕を組んで言った。

宿の別室。

サヤを起こさないよう、場所を移していた。


「そっちは、どうだったんだ。」

「残念だが、空振りだ。」


ゴードが、淡々と言った。


「イグニス経由で、鉄火団に働きかけた。だが——『そんなものはない』の一点張りだ。」

「……暖簾に腕押し、ってやつか。」

「あぁ。完全に、シラを切られた。表からは、もう無理だな。」

「……まぁ、そうなるよな。」


裏でこっそり売ろうって品だ。

イグニスに聞かれて、正直に答えるわけがない。


「やはり、裏のルートが確実だったか。少し解せないがな。」

「まぁ。そう言うなよ。決まったんだからいいじゃねーか。」


俺は、報告した。


「明日、鉄火市が終わった後。レンカから、直接受け取る。」

「なるほどな。金の受け渡しは?」

「タダだ。」

「……タダ、だと?」

「あぁ。サヤのおかげだよ。」

「……。」


ゴードが、わずかに、眉を動かした。


「何がどうなって、そうなった。」

「……なんでだろ?」

「……緩い。お前は、やはり無茶苦茶だ。」

「……へへ。」

「褒めてはいない。」


——ゴードも、大概だけどな。


「とにかく。明日で、終わりだ。」


俺は、息を吐いた。


長かった。

サヤの戦い。

レンカとの、やり取り。


ようやくレガシーコードに手が届く。

これで——俺が、俺でいられる道が見えてくる。


そのはず、だった。


——ははぁ。久しぶりだなぁ、運ちゃん。


その時。

ふと、思い出した。


昨日の夜。

路地裏で会ったあの男。


ガロウ・ヘイズ。


『お前と、目的は同じだろ。多分なぁ。』

『安心しろ。今はやらねぇ。』


——今は、やらない。


あいつは、そう言った。

裏を返せば。


——いつか、やる。


ハピレスも、レガシーコードを狙っている。

あいつらが、黙って見過ごすとは思えない。


受け渡しは、明日。

鉄火市が閉まった後。


——そこが、一番、無防備な瞬間だ。


「……ゴード。」

「なんだ。」

「明日。気を、抜くなよ。」

「……何かあるのか。」

「分からねぇ。でも。」


俺は、窓の外を見た。


カリドの岩盤の天井。

この街に空はない。


「このまま、すんなり終わる気がしねぇんだ。」


こういう嫌な予感だけは、外れてくれた試しがない。


明日は、何かが起こる。

そんな気がしてならなかった。


第百二十二話、お読みいただきありがとうございました!


レンカと、クロウの話でした。


口が悪くて、不器用で。

でも、ちゃんと、部下を想ってた人です。


「止めるべきだったかもしれない。」

そう言える人は、ちゃんと優しい人なんだと思います。

たとえ、ギャングの長でも。


このチグハグ感が、鉄火団です。


そして、レガシーコードの受け渡しは、明日。

……何も、起きないといいですね。


明日も20:10、続きます。

ブクマやコメント、評価をいただけると、嫌な予感が当たります(いや、当たんのかい。)。

よろしくお願いします!


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