第百二十二話「レンカの右腕」
決闘の後。
サヤは、バッツに任せた。
静かに寝息を立てたまま、ぴくりとも動かない。
よほど、疲れたんだろうな。
俺は、レンカと二人で向き合っていた。
鉄火団のアジト。
昨日と同じソファ。
レンカは、新しい煙管に火を入れていた。
砕けた右腕のストーンウェアは、既に別のものに換装されている。
換えはいくらでもあるってことか。
「……早速、レガシーコードの話をしたい。」
俺は、切り出した。
「売ってくれるんだよな。」
「あぁ。約束は、約束だ。」
「……ちなみに、おいくらでしょうか?」
「一億Fだね。」
「……。」
多分、かなり吹っかけられてる。
これ、ゴードに怒られるかなぁ。
俺が固まっていると、レンカが煙を吐きながら言った。
「っふ。なんてね。金は、いらないよ。」
「……へ?」
「タダでくれてやるよ。そう言っただろ?」
——意外だった。
「いいのかよ。一億Fって値段は、ついてもおかしくねぇってことだろ?」
「あぁ。喉から手が出るほど欲しがる連中が、ゴロゴロいるさ。」
「なら——」
「あの小娘に免じてやるよ。」
レンカが、灰を落とした。
「アタイに、一発入れた。そして、アタイはそれを認めた。」
「……。」
「筋は、通さなきゃならねぇ。それが鉄火団だ。」
「……そういう、もんなのか。」
「そういうもんさ。……それに。」
レンカが、少しだけ、間を置いた。
「あいつには、稼がせてもらったからね。」
「……クロウのことか?」
「あぁ。」
——その名前に、空気が少し変わった。
「あいつは、一番の稼ぎ頭だった。」
「……右腕、だったんだよな。」
「あぁ。だから、まぁ。」
レンカが煙管を口から離した。
「クロウの妹だ。あいつへの手向けだと思いな。」
「……お情けかよ。」
「おっと、怒るんじゃないよ?勝ち取ったのは、サヤの力さ。」
「……。」
「そこは、認めるよ。しっかりね。」
——手向け。
その言葉に、レンカの本心が滲んでいた気がした。
「……なぁ。」
「なんだい。」
「あんたは、クロウに、未練があるのか?」
「……。」
聞いてから、しまったと思った。
踏み込みすぎたかもしれない。
だが、レンカは怒らなかった。
ただ、煙をゆっくりと吐いた。
「未練。……未練か。そうだねぇ。そうかもねぇ。」
「……。」
「アタイは、あいつを止めるべきだったのかもしれない。」
レンカが遠くを見つめた。
過去にいる、クロウを見ているのだと思った。
「あいつが、鉄火団を抜けるって言った時。アタイは、何も言わなかった。引き止めもしなかった。」
レンカが、煙を吸い込み、吐く。
「『そうかい』って。ただ、それだけだ。」
「……。」
「本当は、大事な右腕だったんだよ。ペーペーの頃から、面倒を見ていた。」
——レンカの声に、後悔がにじんでいた。
「認めるのが、怖かったのさ。あいつを特別だと思ってることをね。」
「……。」
「裏で生きてりゃ、いつか死ぬ。情なんて、邪魔なだけだ。」
「……。」
「だから、突き放した。最後まで、何も言わずに。」
レンカが、自嘲するように、笑った。
「そして、あいつは死んだ。アタイは、何も伝えられなかった。」
——その後悔は。
俺にも、覚えがあった。
伝えられなかったこと。
言わずに、失ったもの。
胸元の宝石に、意識が向いた。
もう、返事のない名前を、思い出す。
「……レンカ。」
「なんだい。」
「あんたも、今から、選べばいい。」
レンカが、顔を上げた。
「クロウには、もう、伝えられない。それは、変わらねぇ。」
「……。」
「でも、あんたが、これからどうするかは。今のあんたが、選べる。」
——昨日、サヤに言った言葉と。
同じだった。
人は、何度でも選び直せる。
過去は、変えられなくても。
これからを、選ぶことは、できる。
レンカが、しばらく、俺を見ていた。
それから、ふっと、息を吐いた。
「……あぁ。そうだね。」
その声は、少しだけ、軽くなっていた。
「あんたの言葉には、重みがあるね。」
「……そうかぁ?」
「あぁ。その重さは、あんたの選択の結果さ。」
「褒め言葉で、いいんだよな?」
「もちろんさ。ボンクラのくせにね。」
「……やめてくれ。」
レンカが初めて、楽しげに笑った。
—
「んで。受け渡しは、どうすんだ?」
俺は、話を戻した。
「明日だ。鉄火市が終わってからね。」
「……明日?今すぐじゃ、駄目なのか。」
「それは、無理だね。」
レンカが、首を振った。
「商品は競売のギリギリまで場所を隠してある。アタイでも、すぐには出せない。」
「……まぁ。それは、そうか。」
「保管庫はイグニスの技術をこれでもかと詰め込んだ代物でね。鍵を開けるのにも、手順がいる。」
——なるほど。
そう簡単には、いかないか。
「鉄火市が、閉まったら。このアジトに来な。そこで、渡してやるよ。」
「……分かった。」
「ま、しかし。」
レンカが、呆れたように言った。
「事前に直接買い取ろうなんて、酔狂な客は、そうそういないよ。あんたらみたいなバカはね。」
「……悪かったな。」
「ヴィンに、感謝するんだね。あいつの顔がなけりゃ、門前払いだった。」
——ヴィンか。
今度、本当に礼をしないとな。
—
アジトを出て、宿に戻った。
サヤは、ベッドで、まだ眠っていた。
規則正しい寝息を、立てている。
腫れた顔のまま。それでも、穏やかな顔で。
「……お疲れ。よく、やったな。」
「すー。すー。」
俺は、小さく呟いた。
聞こえちゃ、いないだろうけど。
それでも、言いたかった。
サヤは、自分の足で、立った。
俺は、それを、信じて待てた。
——それで、十分だった。
………………。
…………。
……。
「——状況は、把握した。」
ゴードが、腕を組んで言った。
宿の別室。
サヤを起こさないよう、場所を移していた。
「そっちは、どうだったんだ。」
「残念だが、空振りだ。」
ゴードが、淡々と言った。
「イグニス経由で、鉄火団に働きかけた。だが——『そんなものはない』の一点張りだ。」
「……暖簾に腕押し、ってやつか。」
「あぁ。完全に、シラを切られた。表からは、もう無理だな。」
「……まぁ、そうなるよな。」
裏でこっそり売ろうって品だ。
イグニスに聞かれて、正直に答えるわけがない。
「やはり、裏のルートが確実だったか。少し解せないがな。」
「まぁ。そう言うなよ。決まったんだからいいじゃねーか。」
俺は、報告した。
「明日、鉄火市が終わった後。レンカから、直接受け取る。」
「なるほどな。金の受け渡しは?」
「タダだ。」
「……タダ、だと?」
「あぁ。サヤのおかげだよ。」
「……。」
ゴードが、わずかに、眉を動かした。
「何がどうなって、そうなった。」
「……なんでだろ?」
「……緩い。お前は、やはり無茶苦茶だ。」
「……へへ。」
「褒めてはいない。」
——ゴードも、大概だけどな。
「とにかく。明日で、終わりだ。」
俺は、息を吐いた。
長かった。
サヤの戦い。
レンカとの、やり取り。
ようやくレガシーコードに手が届く。
これで——俺が、俺でいられる道が見えてくる。
そのはず、だった。
——ははぁ。久しぶりだなぁ、運ちゃん。
その時。
ふと、思い出した。
昨日の夜。
路地裏で会ったあの男。
ガロウ・ヘイズ。
『お前と、目的は同じだろ。多分なぁ。』
『安心しろ。今はやらねぇ。』
——今は、やらない。
あいつは、そう言った。
裏を返せば。
——いつか、やる。
ハピレスも、レガシーコードを狙っている。
あいつらが、黙って見過ごすとは思えない。
受け渡しは、明日。
鉄火市が閉まった後。
——そこが、一番、無防備な瞬間だ。
「……ゴード。」
「なんだ。」
「明日。気を、抜くなよ。」
「……何かあるのか。」
「分からねぇ。でも。」
俺は、窓の外を見た。
カリドの岩盤の天井。
この街に空はない。
「このまま、すんなり終わる気がしねぇんだ。」
こういう嫌な予感だけは、外れてくれた試しがない。
明日は、何かが起こる。
そんな気がしてならなかった。
第百二十二話、お読みいただきありがとうございました!
レンカと、クロウの話でした。
口が悪くて、不器用で。
でも、ちゃんと、部下を想ってた人です。
「止めるべきだったかもしれない。」
そう言える人は、ちゃんと優しい人なんだと思います。
たとえ、ギャングの長でも。
このチグハグ感が、鉄火団です。
そして、レガシーコードの受け渡しは、明日。
……何も、起きないといいですね。
明日も20:10、続きます。
ブクマやコメント、評価をいただけると、嫌な予感が当たります(いや、当たんのかい。)。
よろしくお願いします!




