第百二十一話「私の全部で、決めること」
翌日。
鉄火市、二日目。
俺たちはまた、あの拠点の裏手にいた。
すり鉢状の、石造りの闘技場。
中央にレンカが立っていた。
昨日と同様に、右腕の旧式ストーンウェアを軋ませている。
その向かいに、サヤ。
昨日の傷は、まだ癒えていない。
頬は腫れ、唇は切れたまま。
それでも、その目は——昨日とは、違っていた。
「……来たね。」
レンカがサヤを見て、ニヤリと笑った。
それから視線を俺に移す。
「で。今日は、あんたがやるんだろう?」
「……いや。」
「はぁ?」
「悪ぃな。二人で、話し合ったんだ。」
俺は、レンカを見て言った。
「今日やるのは、サヤだ。」
「……はっ。」
レンカが、鼻で笑った。
「昨日と、同じ結果になるよ。」
「……どうかな。」
「あの子じゃ、アタイには届かない。あんたが一番、分かってるだろう。」
「……いや。そうでもねぇさ。」
俺は、首を振った。
「もう一回、相手してやってくれよ。」
「……。」
「サヤを、信じてる。」
——レンカが、俺をじっと見た。
それから、つまらなそうに、肩をすくめた。
「……はぁ。好きにしな。」
—
「サヤ。」
「ん。」
「……手は、出さねぇ。約束する。」
サヤが、こちらを見ずに、小さく笑った。
「当たり前だろ。今度出したら、絶交だから。」
「……善処します。」
「はっ。善処すんなよ。」
——昨日と、同じやり取り。
でも、昨日とは、何かが違った。
サヤが、前に出る。
両足のストーンウェアを起動した。
靴底から、ブレードが展開する。
——だが。
「……サヤ。ダガーは?」
俺は気づいた。
サヤの手には、いつものダガーがない。
両手とも空。
何も握っていなかった。
「いらない。今日は、これでいく。」
「……。」
——何か、考えてるな。
俺には、まだ分からない。
ただ、サヤの背中には、迷いがなかった。
「来な、小娘。」
「……言われなくても。」
—
サヤが地面を蹴った。
昨日と同じ速度。
いや、ダガーを捨てたぶん、わずかに身軽になっている。
サヤの足が跳ね上がる。
ブレードがレンカの右腕を狙う。
——ガッ。
レンカが、右腕で受けた。
昨日と、同じ。
「……っ。」
「なんだい!これじゃあ、昨日と同じだよ!」
「う、っるせぇよ!!」
サヤが跳ね回る。
何度も何度も、蹴りを叩き込む。
——ガッ。ガッ。ガッ。
全部、右腕に弾かれる。
——やっぱり、軽い。
昨日と、同じだ。
技術はある。速さもある。
でも、一撃が、軽い。
そう、思った瞬間——
「っおらぁ!!!!」
「……っ!!!」
——ガガガガッン!!!
レンカが、サヤの足技でのけぞった。
右腕のストーンウェアから、煙が立ち上っている。
「……何だ。今の。」
何かが、おかしい。
音が、変だった。
「……どんな、手品だい?」
レンカが、右腕を振りながらサヤへと尋ねた。
サヤが、右足をフラフラと振りながら答える。
「べっつにぃ?大したこと、してねぇよ?」
「……。」
「あんたの言う『軽い一撃』ってやつ?それを、センスでごり押してるだけ。」
「はっ。言うじゃないかい?」
再び、サヤが高速でレンカへと詰め寄る。
——ガガガガン!!
蹴りが当たるたびに鳴る、その音。
一発に対して——多すぎる。
「……。」
俺は、額に電撃魔術を纏わせた。
神経を加速させる。
視界の情報を引き伸ばす。
——そして、見えた。
サヤの一振りの蹴り。
それは、一発じゃなかった。
——ズダダダダッ。
一回の足技に見える、その軌道の中で。
サヤのブレードは、超高速で、何度も何度も叩きつけられていた。
五発。いや、六発以上。
一撃に見える一蹴りが、実際は、何度もの連打。
同じ箇所を、寸分違わず、繰り返し打つ。
「……だから、サヤは。」
ダガーを、捨てた理由。
両手を空けたのは——この、魔術制御に集中するためだ。
脚部ストーンウェアの出力を、極限まで細かく刻む。
その一点に、意識も魔力も、全部つぎ込んでいる。
——軽い一撃を、何度も。
レンカの、旧式ストーンウェア。
その継ぎ目に。排熱部に。装甲の薄い場所に。
サヤの連打が、確実に傷を刻んでいた。
「……へぇ。なるほどね。」
レンカの顔から、笑みが消えた。
—
——ガガガガッン!
サヤの猛攻は続いていた。
昨日と違い、レンカが反撃する余地を与えない。
……でも、これじゃ——
「こんな攻め方じゃ、ジリ貧だよ!」
俺の思考と同時にレンカが叫んだ。
「タネは分かった。でも、根本は変わってないね!」
「……っ。」
「こんな使い方してたら、魔力なんてすぐ底を尽きるよ!」
レンカの言う通りだった。
一撃の内に、何回魔術を発動しているか、分からない。
ガス欠になった時、サヤの敗北は確定する。
——サヤ!
「ガタガタ、うるせぇな!!!」
サヤが、叫んだ。
蹴りを、叩き込みながら。
——ガガガッ。
「そうやって、いつまで駄々をこねる気だい!」
「駄々なんかじゃ、ねーよ!ちゃんと、あんたの言葉は刺さってる!」
「……っ。」
「あんたの言ってることは、図星だよ!」
「なら、さっさと引きな!!クロウを思ってんならね!!」
「引かねぇ!!!絶対に!」
「ガキが!!!」
「私が、今ここにいんのはよ!!兄貴への意地もある!反骨だって、ある!」
——ガガガガッ。
「あんたに言われなくても、そんなもん全部、あるに決まってんだろ!」
「……っく!!!」
レンカの右腕に、ヒビが入る。
「でもな!」
——ズダダダッ。
「そん時の私は、それでも、全力で選んだんだよ!」
「……っ。」
レンカが、初めて後ろに下がった。
……自らの意思で、後退した。
「今だって揺れてる!ブレてる!何が正しいのかなんて、全然わかんねぇ!」
——ガガガガガッ。
「でも、それが私だ!誰かの何かに影響されたって、私なんだよ!!!」
レンカの旧式ストーンウェアの、継ぎ目が、軋む。
——いける!
「間違ってたなら、また選ぶ!迷っても、それでも選ぶ!」
——ガッ、ガガガッ。
「何度だって、私が、その時の私全部で、選ぶんだよ!」
「この……っ。」
サヤが、最大の踏み込みで、地面を蹴った。
「あんたの、兄貴への罪悪感か何か知んねーけどよぉ!!」
——ドッ。
「んなもんで、私を、否定すんな!鬱陶しいんだよ!」
サヤの右足が、振り上げられる。
「ババアが——邪魔すんじゃ、ねーよ!!!!」
サヤの右足のブレードが、レンカの右腕に叩きつけられた。
——バキィッ!
砕けた。
サヤの、右足のブレード。
そして——レンカの、右腕の旧式ストーンウェアも。
同時に、壊れた。
「……っ!」
「——っ。まだ、まだぁ!!!」
サヤは、止まらない。
壊れた右足のまま、前に踏み込む。
握った右の拳を、レンカの顔面へ。
——だが。
レンカの左腕が動いた。
サヤの拳に合わせて。
カウンター。
——ゴリッ。
レンカの拳が、サヤの顔面を、捉えた。
「——っ、が。」
サヤの体が、後ろへ、弾かれ——
「————。」
サヤが、自分の背後に、風魔術を放った。
——ブアッ。
殴られた勢いを風で押し返す。
逃げるどころか。
サヤは、拳を食らったその相手へさらに突っ込んだ。
「……う、ううううう、あぁぁぁぁぁ!!!!!」
「……この、ガキ!」
頬に食い込んだレンカの拳を、顔ごと押し返す。
ただ、前へ。
力任せに踏み込んだ。
「あ、あああぁぁぁぁぁ!!!」
サヤの拳が、伸びた。
——ペチ。
サヤの拳が。
レンカの、右頬に。
触れた。
「……ちく、しょう……。」
それだけ言って。
サヤは、前のめりに、倒れた。
—
俺は、地面を蹴っていた。
額の電撃魔術を、足に回す。
倒れるサヤとレンカの間に滑り込む。
——ぽすっ
サヤの体を抱き止めた。
「……サヤ?」
「すー。すー。すー。」
腕の中で、サヤは、目を閉じていた。
気を、失っている。
でも、その顔は——どこか、満足そうだった。
「……っ。」
——気づけば。
俺の左の拳から血が滴っていた。
ずっと、握りしめていたらしい。
爪が手のひらに食い込んでいた。
手を出したくて。
飛び出したくて。
それを、ずっと、堪えていた。
——でも。
俺は、手を出さなかった。
「……やったな、サヤ。」
「……。」
サヤが、自分の足で、立った。
それを、最後まで、信じられた。
—
「無理を通して、こじ開けるとはねぇ。……強引な小娘だよ。」
レンカが自分の右頬に触れた。
ストーンウェアの砕けた右腕を、だらりと下げている。
「レンカ。」
「……何だい?」
「一発は、一発だよな?」
「あんなもの、拳のうちに入るのかい?」
俺は、サヤを抱えたまま、言った。
「認めろよ。一発、入ったよな?」
「……触れた程度の拳だよ。」
「……否定なんて、させねぇぞ。」
「……。」
「それを否定すんなら。マジで、俺と殺るか?」
レンカが、しばらく、俺を見た。
それから、ふっと、息を吐いた。
「……分かった分かった。……認めるよ。」
「……。」
「小娘……。サヤの一撃は、確かに入ったよ。」
——その声に。
昨日までの、棘はなかった。
「……ふん。」
レンカが、サヤの寝顔を見下ろした。
「……大事にしてんだね。」
「あぁ。俺の生きる意味の一つだよ。」
「……重いね。」
レンカが、少しだけ、目を細めた。
「この子、あんたに惚れてるよ。」
「……そうかもな。」
「おや?その様子だと、鈍くはないんだね。」
レンカが、意外そうに言った。
「じゃあ、答えてやんないのかい。」
「……まだ、何も言われてねぇからな。」
俺は、サヤの顔を見た。
腫れた、寝顔を。
「俺が先回りすることじゃねぇよ。」
レンカが、しばらく俺を見て——ふっと、笑った。
「……なるほど。ボンクラだね。ズバリだ。」
「……余計なお世話だ。」
俺は、サヤを抱え直した。
「俺とサヤが、決めることだよ。」
「……そうかい。」
——レンカは、静かに笑っていた。
ただ、砕けた右腕を眺めて。
どこか、懐かしそうに、笑っていた。
「いい、コンビじゃないかい。クロウ。あんたも、そう思うだろ?」
第百二十一話、お読みいただきありがとうございました!
サヤ、一撃。
軽い一撃を、何度も。
それが、サヤの選んだ、戦い方でした。
不器用で、ブレてて、軽くて。
でも、何度だって、立ち上がる。
それが、サヤ・ウインドウです。
そして、ジュディは——今度は、手を出しませんでした。
信じて、待ちました。
拳から血が出るくらい、堪えながら。
明日も20:10、続きます。
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よろしくお願いします!




