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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第二章|レガシーコード編

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第百二十話「何度だって、選び直せる」

サヤを、背負っていた。


決闘の後。

意識を失ったサヤを背中に乗せて、宿への道を歩く。


背中が、温かい。

規則正しい寝息が、首筋にかかる。


——軽いな。


こんなに、小さかったのか。

いつも、威勢のいいことばかり言うから忘れていた。


まだ、子どもみたいに小さい。

いや、実際、俺よりずっと若いんだ。


バッツとゼナには、先に宿に戻ってもらった。

ゴードへの報告も、同時に頼んでおいた。


今は、俺とサヤ、二人だけ。


鉄火市の喧騒が遠くに聞こえる。

裏路地は静かだった。


「——よぉ。」


その声で、足が止まった。


路地の暗がり。

そこに男が立っていた。


長身。引き締まった体。

金髪。そして、人を嬲るような、ニヤついた笑み。


——ガロウ・ヘイズ。


忘れるはずもない。

ハピレスの幹部だ。


「ははぁ。久しぶりだなぁ、運ちゃん。なんで、こんなとこにいんだぁ?」

「……お前こそ、なんでこんなとこいんだよ?」

「はっは!買い物だよ。競売でな。」


ガロウが、へらへらと笑う。


「お前と、目的は同じだろ。多分なぁ。」

「……。」

「安心しろ。今はやらねぇ。ここで騒いで、鉄火市が中止になっちゃ、洒落にならねぇからなぁ。」


——こいつも、目当てのものがある。

それが手に入るまでは、騒ぎを起こす気はない。


「でもよ。お前がここにいるってことは。やっぱ、アレがあるってことだよなぁ。」

「いんや?俺も分かってねぇんだな。まぁ、ダメ元ってやつだな。」

「はは!相変わらず、嘘下手だなぁ。お前。」


お互いに、レガシーコードという核心には触れない。

しかし、お互いがここにいる時点でもう分かったようなものだった。


「ま、いいさ。それより、運ちゃん?」

「……あんだよ。」


ガロウが、思い出したように言った。


「あんとき、お前が庇った見張り。ちゃ~~んと、殺したぜ?」


——心臓が、跳ねた。


「だから言ったろ?死んだ猫、庇ってどうすんだってなぁ~。」


ガロウの目が、楽しげに細まる。

俺は、唇を噛んでいた。


名前も知らない、あの男。

助けた命が、もう、ない。


「……お前、マジかよ。本気で悔しがってんのか?赤の他人だぜ?」


ガロウが、心底理解できない、という顔をした。

それから、ふっと、笑みを消す。


「……やっぱ、気に食わねぇな。お前はよ。」


そう言って、背を向けた。


「続きは、また今度な。」


ガロウは、それだけ吐き捨てて、暗がりへと消えた。


………………。

…………。

……。


——守るって、なんだろうな。


レンカにも、突かれた。

ガロウにも、突かれた。


俺が助けた命は、失われた。

さっき、サヤを庇った手は、サヤを傷つけた。


俺のやってることは、ただの独りよがりなのか。


——見捨てたら、お前が、お前じゃなくなる。そういう脅迫観念が、お前にはある。


アルトの言葉が、胸を刺す。

ただ自分が壊れないために、『人を助けないこと』ができないだけ。


「……。」


答えは、出なかった。


背中のサヤを、抱え直す。

その重みだけが、今は確かだった。


俺は、何も答えを出せないまま。

宿への道を、歩いた。







宿の一室。


サヤをベッドに寝かせていた。

傷の手当ては済んでいる。


椅子に座って、サヤの寝顔を見る。

腫れた頬。切れた唇。

俺は、ただ見ていることしか、できなかった。


「……ん。」


しばらくして、サヤの瞼が動いた。

そのまま、ゆっくりと目を開けた。


「……ここ、は?」

「……宿だよ。」


サヤの視線が、泳ぐ。

そのまま、俺を見て——その目が、すぐに鋭くなった。


「……ボンクラぁ!」


サヤが上体を勢いよく起こす。

俺の胸倉を掴もうと手を伸ばした。


「……ってぇ。」

「おい!安静にしてろよ!まだ傷塞がってねぇんだから!」

「うるさい!!!」


差し伸べた俺の手を、サヤは払った。


息が、荒い。

殺気を含んだ瞳で、俺を見つめていた。


「……なんで、手ぇ出したんだよ!」


——ぽすっ。


サヤが、俺の胸を殴る。

何度も、弱々しく。

それが、とても痛かった。


「約束、したじゃんか!」

「……。」

「私が、戦うって決めたんだ!」

「……。」

「ジュディを、守るって、決めたんだ!」


——ぽすっ。ぽすっ。ぽすっ。


「……最後まで、意地くらい……張らせろよ……。」


……ぽすっ。


「……サヤ。」


サヤの手首を掴む。

そのまま、俺は頭を下げた。


「……ごめん。」

「……っ。謝んな。」

「でも、止まれなかった。」

「……。」

「お前が、あれ以上殴られてんのを、見てられなかった。」

「……。」

「本当に、ごめ——」


「謝んなって!!!!」


サヤの叫び声が、響いた。

サヤは、唇を噛んで震えている。


「……あんたの気持ちも、分かってる。」

「……。」

「でも、私は最後まで負けを、認めたくなかった。」

「……あぁ。」

「負けたとしても、私が、ちゃんと自分で負けるべき戦いだった。」

「……分かってる。」

「分かってねぇだろ!!!」


サヤが、また叫んだ。

どこかの傷口に響いたのだろう。

胸を抑えて、うずくまった。


「……サヤ!もう……。」

「……分かってんなら、手ぇ出さねぇだろ……。」


その声が、震えていた。


「……私は、あんたの傍にいたい。」

「……。」

「……それは、守ってくれるから、一緒にいたいんじゃねぇんだよぉ……。」


——サヤの目から、涙が、こぼれた。

大粒の涙が、頬を伝う。


「……もう、なんも、わかんない。」

「……サヤ。」

「兄貴のことも。私が、やってきたことも。」


ぽろぽろと。

サヤが、泣いた。


「兄貴が、私のために、人、殺してて……。なのに私、何も知らないで、ただ兄貴を追っかけて……。」

「……。」

「アカデミーだって。そんな深く考えてなくて……。ただ兄貴を、見返したくて。投資された分、倍にして返してやるって、それだけで……。」

「……。」

「でも、兄貴、死んじゃって。なんのために通ってんのか、分かんなくなって……。」


サヤが、しゃくり上げる。

整理のつかない感情が、言葉として溢れ出していた。

……とめどなく。


「兄貴、なんで死んじゃったんだって、分かんなくて。見てた景色、見れば分かるかなって。傭兵、始めて……。でも、それって。」

「……。」

「兄貴の気持ちを……私、踏みにじってただけ、なのかなぁ……。」


——っ。


俺は、サヤをゆっくりと抱き寄せた。

サヤが、俺の胸に頭を預ける。


「……ジュディの、隣にいたいって思ったことも。」

「……。」

「全部、全部……間違ってたのかなぁ……。」


サヤの嗚咽が胸に響いた。

小さな体が、震えていた。


「う、ううぅ……っ。あぁ、ああああぁ……。」


俺は、ただ。

その背中に、手を添えた。







しばらく、サヤは泣いていた。

俺は、何も言わずに、待った。


「……ずびっ。」

「……。」


サヤが、俺の胸から顔を離した。

鼻水が、べっとりと胸についていた。


「……ずびっ。」

「……。」


沈黙。

気まずい空気が流れた。


「ごめ。」

「……あ、ああ。」


俺は、棚の上からティッシュを数枚取り出す。

そのまま、サヤに渡した。


「……どうぞ。」

「……どうも。」


——ちーん。


「……。」

「はぁ。ありがと。」


少しだけ。

サヤの呼吸は、落ち着いていた。


俺は、少しだけ間をおいて、口を開いた。


「……サヤ。」

「……ん。」

「間違ってたかどうかって。そんなに、大事かな。」


サヤが、顔を上げた。

涙で濡れた目で俺を見る。


「……どういう、こと。」

「俺さ。サヤは、すげぇと思うんだよ。」

「……はぁ?」


俺は、サヤの目を見て言った。


「その時その時で、ちゃんと悩んで。ちゃんと、決めてきたんだろ。」

「……。」

「クロウを見返すって決めた時も。傭兵やるって決めた時も。」

「……だから、それが、間違ってたかも——」

「それで、いいんじゃねーか?」


俺は、続けた。


「ちゃんと、考えたから、今また悩んでんだろ?」

「……そ、れは。」

「適当に生きてきた奴なんて、間違ったかも、なんて悩まねーよ。」

「……。」


サヤの目が、揺れた。


「……でも。今は……分かんないんだよ。」

「あぁ。」

「どうしたらいいのか、全然……。」

「今のサヤで、もう一回、悩んで、決めればいい。」


俺は、笑った。


俺にも帰る場所があった。

俺を待ってくれる人がいた。


だから、分かったことがある。


「サヤ。俺は、この世界で生まれて、分かったことがある。」

「……何よ。」

「人はさ。選び直せるんだ。」

「……。」

「生きてる限り、何度だって、選び直せる。」


——サヤが、息を呑んだ。


それは、帰る場所があったから気付けたことだった。

俺を待ってくれる人がいたから、俺は、俺を選び直せた。


「間違ってたと思うなら、選び直せばいい。迷ったなら、また選べばいい。」

「……そんな、簡単に。」

「まぁ、簡単じゃねーよ。本当に。」


俺は、言い切った。


「でも、サヤなら、大丈夫だ。」

「……何を、根拠に。」

「ない!サヤだから、大丈夫!」


サヤは、少しだけ笑った。


「やっぱ、ボンクラじゃん。」







「……ボンクラ。」


サヤが、ぽつりと言った。


「あんたも、ちゃんと、選び直せよ?」


——その問いが。

胸に、刺さった。


レンカに突かれた、守りすぎる自分。

ガロウに突かれた、無駄になった命。


俺は、自分の根っこを、選び直せているのか。

見捨てられない、この性分を。


——わからない。

でも、ちゃんと俺も悩んで、決めなきゃいけない。

そう思った。


「……クロウだって。」


俺は、言った。


「選び直したんだろ。ギャングを抜けて、妹に顔向けできる生き方を選んだ。」

「……。」

「だから、俺も。今、少なくとも一つだけは、選び直すよ。」

「……一つだけ?」


俺は、サヤの頭に、手を置いた。


「あぁ、一つだけ。サヤを、信じる。」

「……。」

「それを、俺は選ぶ。」


——サヤが、また、少しだけ涙ぐんだ。


でも、さっきとは、違う涙だった。


——俺自身の、根っこのことは。

いつか、ちゃんと、向き合わなきゃいけない。


そう、心の中で思った。







「……ジュディ。」

「ん。」

「飴、とってくんない。」


サヤが、鼻をすすりながら言った。


俺は、ハンガーに掛けてあったサヤの上着を取る。

ポケットを探ると、棒付きキャンディが出てきた。


「ほら。」

「……ん。」


サヤが、それを口に放り込んだ。

途端に、顔をしかめる。


「……いってぇ。」

「ん?」

「口、切れてんだよ。染みるわ。」

「……まぁ。あんだけボコスカ殴られればなぁ。」

「うっせぇ。ボンクラ。」


サヤが、小さく笑った。


腫れた顔で。

涙の跡を残したまま。

それでも、笑った。


——あぁ。

いつもの、サヤだ。


「……ジュディ。」

「ん。」

「明日。」


サヤが、キャンディを転がしながら言った。


「もう一回、私がやる。」

「……あぁ。」

「今度は、手ぇ出すなよ。」

「……善処します。」

「善処すんなや。絶対だ。」


俺は、笑った。


「……分かったよ。」


——今度は嘘じゃなかった。


明日サヤは、もう一度、立つ。


その時、俺は。

ただ、信じて、待つ。


それが、俺の選んだ答えの一つだった。


第百二十話、お読みいただきありがとうございました!


サヤの、涙でした。

かなり、珍しいですね。


「何度だって、選び直せる。」


この言葉は、ジュディが言うと重いですね。

でも、ジュディはまた同じようで違う壁にぶち当たってます。


明日も20:10、続きます。

ブクマやコメント、評価をいただけると、サヤの一撃が少しだけ重くなります。

よろしくお願いします!


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