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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第二章|レガシーコード編

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第百十九話「軽すぎる一撃」

鉄火団と交渉した、その夜。


宿の一室にゴードが来ていた。

互いの状況を共有するためだ。


「——というわけで。明日、サヤがレンカと一戦交えることになった。」

「……どういうことだ?」


ゴードが眉をひそめた。


「商談だと言わなかったか。なぜ、決闘になっている。」

「いや、本当だよ。なんでこうなったんだ……。」

「……お前は、交渉が上手いと聞いていたが。」

「へいへい。悪かったって。そういうそっちは、どうなんだよ?」


ゴードが椅子に腰を下ろした。


「イグニスと接見してきた。」

「……んで?」

「空振りだ。レガシーコードに、イグニスは関与していない。あちらから入手する手立ては、ない。」

「……お互い、全然ダメだな。」

「否定できんな。鉄火団が入手する物品には、大抵イグニスの息がかかっている。」

「じゃあ、レガシーコードもいけるはずだろ?」

「いや。イグニスの様子を見るに、レガシーコードは完全に別ルートで仕入れたものだろう。」


——なるほどな。

表からすんなりとはいかないか。


「明日、もう一度動くぞ。イグニスから鉄火団へ働きかけて、レガシーコードを回収させられないか交渉を進める。」

「あんまり、期待はできなさそうだな。」

「あぁ。だが、やらない理由はないだろう。」


ゴードが、淡々と言った。

こういうところは、抜かりがない。


「ところでよ、ゴード。」

「なんだ。」

「あんたが、候補から外したヴィンだけどな。」

「……あぁ。あのハッカーか。」

「あいつのおかげで、レンカに会えたぜ?」

「……。」

「裏のことは、やっぱ裏の人間に聞くもんだなぁ?」


俺が、にやりと笑うと。

ゴードは、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「……裏には、裏の流儀があるということか。覚えておこう。」

「素直でよろしい。謝罪もセットでつけてくれないか?」

「っは。調子に乗るなよ?小僧。」


——こいつ、案外、嫌いじゃないな。


「とにかく。明日は、見届ける。」

「死ぬなよ。お前も、その娘も。」

「……あぁ。」


ゴードは、それだけ言って、部屋を出ていった。

沈黙が、部屋に落ちた。


しばらくして。

俺は、一人になった。


——サヤ。


廊下を挟んだ、向かいの部屋。

サヤはそこにこもったまま、出てこなかった。


「サヤ。飯、食ったか?」

「……大丈夫。」

「ちょっとだけ、顔見たいんだけど。」

「……ごめん。もう寝るわ。」


それきり、返事はなかった。


らしくないと思った。

いつものサヤなら、悪態の一つでも返してくる。


でも、今日は違った。


思えば。

カリドに着いた頃から、サヤの様子は、おかしかった。


車の中で、ずっと黙っていた。

鉄火団の話を聞いても、何も言わなかった。

キャンディを転がしているだけだった。


サヤは、勘がいい。


もしかしたら。

クロウのことを、どこかで察していたのかもしれない。


この土地に、何かがあると。

踏み込めば、戻れなくなる何かが。


「……。」


俺は、向かいの部屋の扉を、見つめた。


また声を、かけようとして。

やめた。


かける言葉が、これ以上見つけられなかった。







翌日。


鉄火市の初日。


街全体が、異様な熱気に包まれていた。

あちこちで、怒号と歓声が飛び交っている。

売られているのは、武器、薬、得体の知れない品々。


——だが。


俺たちが向かったのは、その喧騒の裏手だった。


表の賑わいから外れた鉄火団の拠点。

昨日、レンカと会ったあの場所。

一般の客は、誰もいない。


ボスの決闘を、表沙汰にする気はないらしい。

鉄火団の身内だけで、あくまでも秘密裏に行う腹づもりか。


「……。」


その一角に、ひらけた場所があった。

すり鉢状の石造りの空間。


ぐるりと、鉄火団の連中が囲んでいる。

ボスの決闘とあって、連中は浮き立っていた。


中央にレンカが立っていた。

煙管はない。

右腕の旧式ストーンウェアだけを、軋ませている。


その向かいに、サヤ。


「ジュディ。」

「……ん。」


サヤが、こちらを見ずに言った。


「絶対に、手を出すなよ。」

「……それは——」

「あんたが手を出したら、その時点で私の負けなんだ。」


サヤの声は、低かった。

振り返らないまま、続ける。


「約束して。何があっても、動くな。」

「……。」

「返事は?」

「……あぁ。分かった。」


——嘘だった。


そう答えながら、俺は自分が嘘をついているのを、分かっていた。


もし、サヤに何かあったら。

俺は、止まらない。

そう確信していた。


レンカは、何も言わなかった。

ただ、俺たちのやり取りを、黙って聞いていた。







「ルールは、簡単だ。」


レンカが、口を開いた。


「アタイの、顔か胴。どっちでもいい。一発でも当てな。」

「……昨日も、それ言ってたけどさ。……舐めてんの?」

「あぁ。あんたじゃ、アタイにはサシで勝てない。事実だよ。」

「……ババアが。」

「当てられたら、お前の勝ち。レガシーコードは、くれてやる。」


レンカが、右腕を構えた。


「当てられなきゃ——出直してきな。」

「こっちも、一つ条件を出す。」

「……はぁ?」

「レガシーコードだけじゃない。ジュディに謝罪しろ。」

「何を謝れってんだい?」

「いいから、答えろよ。」

「……いいだろう。」


サヤが、両足のストーンウェアを起動した。

靴底から、ブレードが展開する。


「いくぞ。ババア。」


——出し惜しみは、なし。

最初から、全開だった。


「んなこと喋る暇があるなら、さっさと来な。」

「——上等だ!!!」







サヤが地面を蹴った。


——速い。


地面を滑るように、加速する。

あの速度は、俺でもギリギリついていけるかどうか。

レンカの懐に一瞬で潜り込む。


ダガーが、閃いた。


——ガキンッ。


レンカの右腕が、それを弾いた。

動いたのは、右腕だけ。

レンカは、足すら動かしていない。


「……っ。くそ!」

「……へぇ。」


サヤが跳ね回る。

右から、左から、上から。

ブレードとダガーが、嵐のように降り注ぐ。


——ガキ、ガキンッ。


全部、弾かれた。

レンカの右腕一本に。


「……っ。」

「どうした。それで終わりかい。」


——なんだ、これは。


サヤの動きは、間違いなく速い。

技術もある。

なのに、当たらない。


いや。

当たっても——軽い。


何かが、足りない。

踏み込みが、心なしか浅い気がした。


「あんたの一撃は——」


レンカが、サヤの突きを弾きながら、言った。


「軽すぎるね。何を背負ってるのか、自分でも分かっちゃいない。」

「……うるっせぇ!」


サヤが、右足を大きく振りかぶる。

隙だらけの、大振りの一撃。


——まずい!


「やっぱり、単純だねぇ!!」

「——っ!」


レンカの右腕が、動いた。

蹴りに、合わせて。


——ガッ。


カウンター。

レンカの拳が、サヤの顔面を捉えた。


「——っ、あ。」


サヤの体が宙に浮いた。

そのまま、地面に叩きつけられる。


「サヤ!」


思わず、身を前に乗り出す。

すんでのところで、止まった。


まだだ。

まだ、耐えろ。







サヤが、ゆっくりと立ち上がった。

……右頬が、腫れている。


「……っ。はぁー。はぁー。」


体術が、効かない。

そう悟ったんだろう。


サヤが手を前に出した。

魔力が収束する。


——風の魔術。


サヤの十八番だ。

圧縮された風の刃が、レンカへ放たれる。


「——っ。」


その時。

レンカが、左腕を、無造作に上げた。


指先から、炎が噴き出す。

圧縮された、バーナーのような炎。


——ゴウッ。


サヤの風が、かき消された。

炎に、焼き払われて。


「……うそ、だろ。」

「へぇ。魔術も飛ばせるのかい。クロウよりもセンスはあるね。」

「……。」

「でも、他が雑すぎる。センスだけで生きてきたツケが出てるね。」


レンカが、つまらなそうに言った。


「アタイを誰だと思ってんだ?鉄火団を、ここまでデカくした女だよ。」

「……っ。」

「魔術は悪くないけどねぇ。——練度、年季が違うよ。」


——格が、違う。

誰の目にも、明らかだった。


体術も、魔術も。

レンカには、届かない。


「この!クソババア!!!」


サヤが、再び地面を蹴った。







それでも、サヤは止まらなかった。


何度も、突っ込んだ。

何度も、弾かれ殴られた。

何度も、地面に這いつくばった。


「やめろ……。」


俺の口から、声が漏れた。


「もう、限界だ……。」


——もう、十分だろ。

これ以上は、ただの嬲り殺しだ。


俺は、サヤに向かって踏み出し——


「……っ。」


その時だった。


——ズキン!


頭の奥が、痛んだ。


視界が滲む。

足元が、ぐらつく。


——クソ!


また、これか。

よりにもよって、このタイミングで!


『落ち着け。ジュディ。』


頭の中に、声が響いた。

アルトだった。


『今、テメェが出てみろ。全部、パーだぜ?』

(……うるせぇ!)

『いいから聞け!サヤって奴のことを言ってんじゃねー。お前の体が、今は限界だって言ってんだよ!』


——上書きが。

こんな時に。


精神の、高ぶりのせいか。

意識が薄くなる。

アルトの声が近くなる。


クソ!

くそくそくそ!


クソが!!!







「——ぐっ。」


サヤが、また弾かれ、レンカに殴られる。

今度は、立ち上がるのが、遅い。


膝が、笑っている。

顔は、腫れ上がっていた。

それでも、ダガーを握り直す。


「……ふぅ。もういいだろ?アタイも気が済んだよ。」

「まだ……やる。」

「……ほぉ。」

「まだ……殴れて、ねぇ……。」


サヤが、最後の力で、地を蹴った。


足技。

渾身の、回し蹴り。

ブレードが、レンカの顔面を狙う。


——ガキン!


「……っ!」


弾かれた衝撃で、サヤの体が開いた。

そのまま、レンカはサヤの顔面に拳を叩き込む。


サヤが、吹っ飛ばされた。


「……っ!サヤ!」


——立つな!


立つな。

もう、いい。


頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。


それでも。

サヤは——立った。


よろめきながら。

血を、吐きながら。

立ち上がった。


「……まだ。」

「……いい根性だねぇ。」


レンカが、近づいた。


「でも、それじゃ勝てない。」

「……。」

「根性、意地、気持ち。んなもの、戦いの最中じゃクソの役にも立ちゃぁしない。」


レンカの右腕が、振り上げられた。


「……もう、寝てな。しばらく、起きなくていいよ。」


——次が、最後だ。

直感した。


これまでとは、明らかに違う出力。

あれを食らえば、サヤは——。







『動くなよ。ジュディ。』


アルトの声が、響いた。


『これは、あいつが選んだ戦いだ。』

(……っ。)

『お前が動けば、サヤの気持ちを踏みにじることになる。』

(……うるせぇよ。)

『うるせぇで済ますなよ。お前のエゴだ。マジで、止めておけ。』


「——分かってんだよ!んなことは!!!」


俺は、懐に手を入れていた。


青い、アンプル。

意識を、繋ぎ止めるための薬。


迷いは、なかった。

それを、右腕のストーンウェアの投与口に装填した。


——ドクン。


薄れかけていた意識が、無理矢理引き戻される。

頭が割れるように痛い。

胃の奥から、何かがせり上がる。


——構わねぇ。今は、サヤ以外どうだっていい!


俺は電撃魔術を体に纏い、地面を蹴った。

レンカの拳が、サヤに振り下ろされる。


「……っ。」


レンカの拳が空を切った。

俺は、サヤを抱えて、レンカの背後に移動していた。


——チリッ


「……っぐ。ごっふっ。」


口の中に、鉄の味が広がった。

せり上がったそれを、呑み込む。

俺は、そっとサヤを地面に下ろした。


「……ジュ、ディ……?……な、んで。」


サヤが、俺を、見ていた。

その顔は、絶望の色に染まっていた。







「……あーあ。」


レンカが拳を引いた。

つまらなそうに、俺を見る。


「やっちまったねぇ。」

「……。」

「手ぇ、出すなって言われてただろ?その小娘に。」


——返す言葉が、なかった。


「なぁ、あんた。」


レンカが俺を見据えた。


「その子を、守ったつもりかい?」

「……っ。」

「その子が立った意味を、今あんたが潰したんだ。」

「……。」

「守るだけが、その子のためになるのかい。大切だから、楽な道しか歩かせない。そういうつもりかい?」


——その言葉が。

胸の奥に、深く刺さった。


でも、無理だった。

感情が抑えられない。


「……うるせぇよ。今はその話じゃねぇ。」

「……あ?」

「お前は、俺の大事なものを、傷つけた。」

「……分かってないねぇ。小僧。」

「今、ここで。俺と殺ろうか?」


レンカが、目を見開いた。

そのまま、豪快に笑った。


「あははははは!!こいつはいい!」

「……何、笑ってんだよ。」

「傷つけたのは、どっちだろうね?」

「……。」

「お前に免じて、今日はもういいよ。明日、また相手をしてやる。」

「……上等だ。首洗って待ってろよ。」


背後で、サヤが。

何も言わずに、俺の背中を見ていた。


その視線が。

痛かった。


第百十九話、お読みいただきありがとうございました!


サヤ、敗北。

そして、ジュディは——手を出してしまいました。


「守る」って、なんでしょうね。

ジュディは、それがちょっと、下手な男です。


青の薬も、初使用です。

代償は、軽くありません。


明日も20:10、続きます。

ブクマやコメント、評価をいただけると、サヤがもう一度立ち上がります。

よろしくお願いします!


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