第百十七話「カリドのギャング」
『ジュディ。お前、何に首突っ込んでんだ?』
初めて聞くヴィンの声色だった。
普段のテンションからは想像できないほど、低く、重い。
(……ちょっとだけ、野暮用でさ。)
『野暮用で、ギャングのリーダーに会いてぇときたか。正気じゃねぇな。』
(頼む。今のところヴィンしか、頼れる奴がいない。)
しばらく、沈黙が落ちた。
『……無理だ。それは、できねぇ。』
(無理なのは承知の上だ。その上で、どうか頼むよ。)
『分かってくれよ、ジュディ。ダチが死ぬきっかけなんざ、作りたくねぇんだよ俺は。』
その口ぶりから、おそらく『出来ないこともない』んだろう。
ヴィンは俺を思って止めてくれている。
それでも引けない理由が、今はある。
(ヴィン。俺の生死に関わる問題だ。)
『……なんだって?』
(頼む。)
『……。』
また、沈黙。
しばらくして、脳内にヴィンの舌打ちが響いた。
『わーったよ!ったくよぉ!よくよく考えりゃ~。余程の事情がなきゃ、ギャングに関わろうとなんてしね~わな。』
(……悪ぃな。ヴィン。)
『いいってことよ兄弟。でも、だ。』
(……なんだよ?)
ヴィンが少しだけ間をおいた。
『俺の紹介ってだけじゃあ、まず会うことはできねぇな。』
(……だよなぁ。やっぱ無理か?)
『当たりめぇだろ!お前、どこの馬の骨とも知れねぇ余所者だぞ?』
(……なんか、方法ないか?)
『はぁ。明日、これから送る座標に来い。俺様が直接間に入って、話だけは通してやるよ。』
——助かった。
ヴィンは、普段は軽薄な印象だが、義理は通す男だ。
(恩に着るよ。一つ貸しだな。)
『ただの貸しじゃねぇよ!高くつくからな。覚えとけよ、兄弟!』
通信が、切れた。
—
翌日。
俺たちは、ヴィンから送られた座標に向かっていた。
そこは、鉄火団の拠点。
カリドの最下層。
街の中でも、ひときわ薄暗い区画だった。
廃工場を、いくつも繋いだような造り。
どこを見渡しても、武装した連中が立っている。
それだけじゃない。一人ひとりの表情が険しい。
「……ピリついてんなぁ。」
「そりゃそうよ。」
ゼナが、周囲を警戒しながら言った。
「鉄火市の前は、一番ナーバスな時期。よそ者なんて、特に睨まれる。」
「……だよな。」
刺すような視線が、あちこちから飛んでくる。
歓迎されてないのは、痛いほど分かった。
「なぁ、バッツ。」
俺は、隣を歩くバッツに声をかけた。
「鉄火団のこと、もうちょい教えてくれるか?」
「あぁ。いいぜ。」
バッツが口を開いた。
こういう肌で知ってる話は得意らしい。
「鉄火団ってのはな。武器の密輸と販売を生業にしてるギャングだ。」
「武器の販売ねぇ。何かツテがあるってことだよな?」
「あぁ。イグニスお抱えでな。企業からおこぼれの武器を横流しして売ってる。」
「……へぇ。なんかギャングって割には、比較的ホワイトだな。」
「んなことねぇよ。武器の販売だけじゃねぇ、他の都市まで足を伸ばす。企業の輸送車を襲って、強奪だってやるぜ?」
「……全然ブラックだったわ。」
「じゃなきゃギャングなんて呼ばれねーだろ。で、奪ったモンを鉄火市で売りさばく。それが、奴らの稼ぎ方だ。」
——襲って、奪って、売る。
分かりやすい商売だ。
「でもな、ジュディ。」
バッツが、少しだけ声色を変えた。
「お前の言ってることも、当たらずとも遠からずだぜ?」
「……ん?ホワイトってところか?」
「あぁ。鉄火団は、ギャングの中じゃ、マシな方だ。」
「どこがだよ。強盗してんだろ?」
「やってることはアレだがぁ、義理は固い。約束は守る。話の通じる奴が多い。気持ちのいい連中だよ。」
「ギャングが、気持ちいい、ねぇ。」
「あぁ。……ただ。」
バッツが、一拍置いた。
「人の命は、軽い。」
「……。」
「義理は守る。でも必要とあれば、平気で人を殺す。そこは、勘違いすんな。」
——義理堅くて、気持ちがよくて。
でも、命は軽い。
なんか、ちぐはぐな連中だな。
「で、俺たちがこれから会うリーダーは知ってんのか?」
「……お前、マジかよ。」
「んえ?」
「それ、今聞くか?普通。」
バッツが呆れた顔でこちらを見ていた。
……確かに、聞くのが直前過ぎたかもしれない。
「悪かったって。で、知ってんのか?」
「なんか変なところで抜けてるよなぁ、お前。」
「……へへ。」
「……褒めてねぇからな?」
バッツはため息をついた。
完全に、呆れられてる。
ごめんね。
「——レンカ・ヒバナ。」
バッツが、名前を口にした。
「昔気質の、口の悪い女だ。」
「女、なのか?」
「女だからって舐めんなよ?鉄火団を、ここまでデカくした張本人だ。」
「……マジかよ。」
「まず、腕っぷしが誰よりも強ぇ。そこら辺の傭兵程度じゃ、相手にもならねぇよ。」
「……。」
「そして、筋を通す女だ。義理を欠いた相手には、容赦しねぇ。」
ゼナが、後を引き取った。
「私たちが現役だった頃は、あの人はまだ幹部だったわ。遠くから見てた程度だけど。」
「見た感じの印象とか、どんな感じなんだ?」
「……さぁ?まぁでも、下手なこと言わない方がいいでしょうね。」
「……違いねぇな。」
口が悪く、筋を通す女。
そして、強い。
会う前から、気が重くなってきた。
「……。」
俺たちが話している間、サヤは何も言わなかった。
ただ口の中で、キャンディを小さく転がしている。
サヤは、勘がいい。
でも今の沈黙が、その勘のせいなのか。
それとも、別の何かなのか。
俺には、まだ分からなかった。
—
拠点の入口。
そこで、ヴィンが待っていた。
「よぉ、兄弟!久しぶりじゃねーの!」
軽薄な笑みを浮かべた、長身の男。
相変わらず、声がデカい。
「悪ぃな、ヴィン。手間かけて。」
「いいってことよ!……っと。」
ヴィンの視線が、サヤで止まった。
「サヤぁ!!!久しぶり——」
「触んな。喋んな。近寄んな。」
「おほほぅ!相変わらず塩対応ぅ!気持ちぃ!」
「……。」
サヤが心底嫌そうな顔で、ヴィンから距離を取った。
ヴィンは、ケラケラ笑っている。
——本当に、苦手なんだな。
ちょっと、面白い。
「ま、冗談はこの辺にして。」
「……どこが、冗談だったんだ?」
「少しは空気読んでくれよ、兄弟。——ほら、入口だ。」
ヴィンが、拠点の奥へ顎をしゃくった。
そこには、見張りと思われる護衛たちがいた。
「さすがに、数が多いな。」
「当然だろ。鉄火市の前日だぜ?正直、アポイント取るのも相当キツかったぜ。」
「……悪ぃな。」
「いいって!昨日から耳にタコだって!今度、いい人紹介してくれよ?」
「はは!分かったよ。」
ヴィンは、あっけらかんと言っているが相当無理をしたんだろう。
本当に、今度いい人を紹介するべきかもしれない。
……ツテはないけど。
俺たちは、そのまま入口へと歩き出した。
見張りの男たちが、睨みを効かせる。
「——止まれ。」
入口を固めていた屈強な男が、前に出た。
鉄火団の護衛らしい。
「ヴィン。話は聞いている。」
「あははぁ。ど、どうもぉ~。」
「入る前に、武器を預けてもらおうか。」
「……。」
……まぁ、そうだよな。
予想はしていた。
だが、丸腰でギャングのアジトに入るのは、流石に分が悪い。
「悪ぃけど、それはできねぇな。」
「……何?」
「あんたら、ギャングだろ?さすがに丸腰はちょっとな。」
「……ならいい。お前たちを中に入れないだけの話だ。」
「ちょっとは、頭使ってくんないか?」
丸腰で入るのは、リスクが高すぎる。
口八丁で乗り切れるなら、ここでリスクを冒しておく。
「……あんたら、俺たちが何の用で来たのかは聞いてないんだろ?」
「……。」
男は黙秘した。
よし。ここだ。
「勝手に俺たちを追い返してみろ。大将にこってり絞られるかもな?」
「……それと、これとは話が別だ。」
「分かった。じゃあ、現実的な話をしようか?」
「……なんだと?」
「まず、なんで武器を取り上げる?」
「当然のことを。こちらのリスクを下げるために決まっている。」
「じゃあ、意味ねーな。」
「……。」
俺は、右手を上げた。
そのまま、バッツへと視線をやる。
「俺のこれは、戦闘用ストーンウェアだ。横にいる男なんて、両腕とも武器だぜ?」
「……。」
「さすがに、ストーンウェアはもぎ取れねぇよな?もぎ取ったとしても、今度は魔術って手もある。」
「……何が言いたい。」
「武器の一つや二つ、取り上げたところでお互いのリスクは変わらねぇって話だよ。」
「……っち。口の回る男だ。」
「褒め言葉として受け取っておく。でも、あんたらも、なかなかやるじゃねーか?」
俺は、フロアの上に目をやった。
暗がりにいくつもの銃口が光っていた。
——狙撃手。
入口を抜けた先、フロアをぐるりと囲むように配置されている。
「こっちが妙な動きをすりゃ、その場で蜂の巣だろ?」
「……気付いていたのか。」
「あぁ。それに、ストーンウェアに関しても何かしら対策はしてあるはずだ。」
「……。」
「ここまで対策されてたら、寝首を掻く前に死ぬだけだ。」
「……。」
「ほら、リスクは変わらねぇだろ?」
護衛の男が、しばらく俺を睨んでいた。
そのまま、こめかみに手を当てる。
誰かと通信をしているようだ。
しばらくして、低く唸るように言った。
「……通れ。」
「そりゃ。どーも。」
俺たちは、そのまま中へと足を進める。
護衛の男に、呼び止められた。
「……待て。」
「なんだよ?」
「お前の言うように、少しでも妙な動きをすりゃ、その場で蜂の巣だ。覚えとけよ。」
「……あぁ。肝に銘じとくよ。」
——交渉、ってほどのもんじゃなかった。
ただ譲歩してもらっただけ。
俺は、内心で息を吐いた。
「さっすが兄弟だなぁ!話がうめぇ!」
ヴィンが、俺の肩を叩いた。
うるさいと思った。
—
拠点の奥。
ガラクタと武器の山を抜けた先。
だだっ広い、フロアがあった。
中央に古びたソファ。
そこに、一人の女が足を組んで座っていた。
歳は、四十ぐらいか。
赤い髪を無造作に束ねている。
右腕に旧式のストーンウェアが見えた。
体格がいい。
バッツと並んでも、見劣りしないんじゃねーか。
——あれが、レンカ・ヒバナ。
一目で、分かった。
纏う空気が、他の連中と違う。
「……どーも。こんにちは。」
「入口で、随分大口を叩いていたね?」
「あ、やっぱ聞いてるよな。」
「当然だよ。根拠のない度胸は、あるみたいだね。」
レンカが、煙管をふかしながら言った。
しわがれた、低い声。
「度胸ってほどじゃない。ちょっと相談しただけだよ。」
「……他の場所では、気をつけな。青さに免じただけだよ。」
「……。」
レンカが、組んでいた足を崩した。
そのまま、俺たちを値踏みするように視線を向ける。
「さて。客が来たって聞いて、わざわざ待ってやったんだ。」
「……。」
「ヴィンの紹介でなけりゃ、門前払いだったよ。感謝しな。」
「……どうも。話を聞いてくれて、助かる。」
「で?アタイに、何の用だい。」
——よし。
ここからが、本番だ。
「単刀直入に言う。」
俺は、レンカの目を見て言った。
「鉄火市に出る予定の商品を一つ、競売の前に直接売ってほしい。」
「……ほぉ。」
レンカの目が細まった。
「どの商品だい。」
「レガシーコード。」
——その名を出した瞬間。
レンカの煙管を持つ手が止まった。
「……ヴィン。」
「な、なんすか。」
「お前、とんでもねぇ客を連れてきたな。」
「えっ、あ、いや、俺はただ……。」
レンカが、ゆっくりと煙を吐いた。
「あれが、何か分かって言ってんのかい。」
「……ヤバいモンだってのは、分かってる。」
「ヤバいなんてもんじゃないよ。」
レンカが、ソファに背を預けた。
「中身がなんなのか、アタイにも分からん。だがね。最近、あれに付く値の付き方が、普通じゃない。」
「……値の付き方。」
「方々の勢力が、目の色変えて競り合ってる。あんなモン、見たことがないよ。」
——なるほど。
鉄火団も、中身までは知らない。
だが、異常な値がついたから、危険だと分かっている。
「ま、いいさ。売り物は、売り物だ。金さえ積みゃ、相談には乗ってやる。」
「……話が早ぇな。」
「アタイは、商売人だからね。」
——意外だった。
もっと、渋られると思っていた。
このまま、話が進むのか——。
そう思った、その時。
「……おい。」
レンカの視線が、俺を通り越して、後ろへ向いた。
サヤを、見ていた。
「……あんた。」
「……なに。」
サヤが、訝しげに眉を寄せる。
レンカは、しばらく、サヤをじっと見ていた。
煙管を、口から離す。
何かを、確かめるように。
「……似てるね。」
「……は?」
「目元が。」
——空気が、変わった。
レンカの声が、商売人のものから別の何かに変わる。
「あんた、兄貴がいただろ。」
「……なんで。」
サヤの声が、わずかに揺れた。
レンカが、ふっと、笑った。
だが、その目は、笑っていなかった。
「やっぱりね。ヴィンから客の名前を聞いた時に、まさかとは思ってたんだ。」
煙が、ゆっくりと立ち上る。
「クロウ・ウインドウ。あんたの、兄貴だね。」
——その名前に。
サヤの肩が跳ねた。
「……なんで、兄貴の名前を——。」
「なんで、ねぇ。」
レンカが、立ち上がった。
旧式のストーンウェアが、軋んだ音を立てる。
「決まってるだろ。」
俺を見る。
サヤを見る。
そして、懐かしむような、憎むような、複雑な目をした。
「あいつは——昔。」
レンカの声が、低く響いた。
「アタイの、右腕だったのさ。」
第百十七話、お読みいただきありがとうございました!
レンカ・ヒバナ、登場です。
口の悪い、筋を通す女。鉄火団のボスです。
そして、まさかのクロウ・ウインドウ。
サヤにとっては、聞き流せない名前が出てきました。
え、ギャングだったの?
続きは、明日20:10です!
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