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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第二章|レガシーコード編

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第百十六話「鉄火市」

半日ほど車に揺られて、カリドに着いた。


地下都市。

頭上には岩盤の天井。ここに空はなかった。

代わりに人工の照明が、街を白々と照らしている。


金属を叩く音。

機械油の匂い。


——相変わらず、薄暗い街だ。


この数年、依頼で何度か足を運んだ。

だから、感慨らしい感慨はなかった。


ただ、隣を見ると、サヤが少しだけ強張っていた。

窓から街を見る横顔が、硬い。


「……。」


俺は、何も言わなかった。

まだ、サヤにかける言葉を俺は持っていない。


「——着いたぞ。降りろ。」


ゴードの声で、車を降りた。







「ここからは、二手だ。」


ゴードが端末を確認しながら言った。


「アルカナ部隊は、イグニスに直接接触する。表から、レガシーコードの入手に向けて動く。」

「あぁ。裏は、こっちの担当だよな?」

「任せよう。それと、護衛も裏で付けておく。」

「……いらねーよ。護衛なんて。」


ゴードが端末から顔を上げた。

その顔から、苛立ちが感じられる。


「ならん。お前を死なせないことも、私の仕事だ。譲歩しろ。」

「……了解。」

「よし。今後の動きだが、鉄火市が始まるのは明後日だ。」

「明後日……。まだ、ちょい余裕あんな。」

「準備の時間と思え。今日は、宿を取る。動くのは、明日からだ。」


ゴードがゼナたちと段取りを詰め始めた。


俺は、ふと、空を——いや、岩盤の天井を見上げた。


——明日から、か。


鉄火団。

レガシーコード。


考えることは、山ほどある。

どれだけ時間があっても、足りない気がした。







その夜。


宿の一室で、俺はゴードと二人になっていた。

明日の流れを詰めるためだ。


「そちらのことは傭兵連中に任せる。私は、お前の動きを把握できればいい。」

「……逐一、メッセージ送ればいいか?」

「あぁ。少しでも危険を感じたら撤退しろ。」


一通り段取りは決まった。

ゴードが端末を閉じる。


俺は、なんとなく口を開いた。


「ゴード。今日、悪かったな。」

「……何がだ。」

「俺の我儘で、面倒になっただろ?」

「……仕事だ。」


ゴードは、こちらを見もしなかった。

端末を片付けながら、淡々と言う。


「一つだけ、聞いていいか?」

「なんだ。」

「なんで、ゼノに従ってんだ?」


——ずっと、気になっていた。

あの、温度のない男に。

ゴードほどの男がなぜ従うのか。


「なんだ。面接でもしに来たのか。」

「いんや?ただの雑談だよ。」

「……。」


ゴードは、少しだけ黙った。

それから、淡々と続けた。


「深い理由などない。人は、食うために仕事をする必要がある。」

「……。」

「私は、元軍人だ。経験を活かし、評価される場があそこだった。それだけのことだ。」

「割り切ってんなー。」

「……そんなものだろう。」


ゴードが、椅子に背を預けた。


「神輿で担いだ人間が、右を向いた。だから私も、右を向く。それだけだ。」

「……そっか。」


——担いだ神輿が、右を向いた。


つまり。

ゼノが「ジュディを死なせるな」と言った。

だから、ゴードは俺を護衛する。


そこに、ゴード自身の意思はない。

俺を助けたいわけじゃない。

ただ、神輿に従っているだけ。


——いっそ、清々しいな。


「ゴード。」

「なんだ。まだ何かあるのか?」

「もし、アルカナが弱小企業だったら、どうする?」

「行かないだろうな。」


即答だった。


「所属している組織の強さは、個人のレッテルにも影響する。」

「……なるほどね。」

「今、選べる中で。一番割のいい組織に行った。それだけのことだ。」


——徹底してるな。


情も、義理もない。

ただ、合理だけがある。


ゼノと、似ているようで。

少し、違う気もした。


「……変な奴だな、お前。」

「お前にだけは、言われたくない。」


ゴードが、目を閉じた。

それ以上は、何も言わなかった。


俺も、何も言わなかった。

でも少しだけ、こいつのことが分かった気がした。







翌日。


宿の食堂に、傭兵部隊が集まっていた。

俺、サヤ、バッツ、ゼナ。


「さて。今日から本格的に動きたい。」


俺は、買っておいた串焼きを齧りながら言った。


あ。美味いな、これ。

…じゃなくて。


「バッツ。まず、鉄火市ってどんなとこなのか、説明頼めるか?」

「おう、任せろ。」


バッツが胸を張った。


「鉄火市ってのはなぁ。三日間やる祭りだぜ!」

「……。」

「ヤバいモンが、こうバーッと売ってんだ!」

「……バッツ。本当に知ってるのか?」

「まぁ、細けぇこたぁいい!行ってみりゃー分かる!」

「その細かいところを知りてぇんだよ!!」


——ダメだ、こいつ。


前に魔術に関して教えてくれた時は、結構頼もしかったのに……。


「……はぁ。バッツ、ちょっと黙ってな。」


ゼナがため息をついた。

そのまま、代わりに説明をしてくれるようだ。


「いい、ジュディ?鉄火市は、競売形式の闇市よ。」

「競売……オークションか。」

「そう。三日間かけて、目玉商品を順に出していく。最終日が、一番のヤマね。」

「……レガシーコードは、あんのかな?」

「さぁ?それは行ってみないとなんともだね。」

「……事前には分からないのか?」

「事前に分かったら、強奪の危険もあるでしょ。基本は出たとこ勝負よ。」


ゼナが指を立てた。


「で、ここからが大事。競売に参加するだけなら、誰でもできる。アルカナの資金があれば、落札も可能でしょうね。」

「なら、簡単じゃねーか。金で買えば——」

「甘いわね。」


ゼナが、ぴしゃりと言った。


「鉄火市の競売は、一応匿名よ。番号札、代理人、偽名。そこら辺はちゃんとしてる。」

「なら、問題ねぇんじゃねぇの?」

「『普通』の商品ならね。」

「……。」

「『レガシーコード』級の品ともなれば話は別。入札には保証金と身元保証がいる。落札後の受け渡しにも、決済ルートと運搬ルートが必要になる。」

「……しっかりしてんじゃねーか。安心じゃん。」

「バカ!それだけの情報をやり取りするってことは、どうなると思う?」


俺は、少しだけ俯き考えた。


「完全には、隠せない?」

「そういうこと。しかも、今回はあのハピレスも競売に参加する可能性があるんでしょ?」

「……あぁ。ゼノの予想だと、そうだな。」

「そいつらが本気で欲しがってるなら、落札者を突き止めて奪いにくるでしょうね。」

「……最悪じゃねーか。」


ゼナは、少しだけ間を置いた。


「しかも、あんたは奴らのブラックリストに載っている。」

「……。」

「情報を抜かれていることも分かってるだろうし、あんたが鉄火市に参加していることがバレた時点でリスキーよ。」


競売は、ダメだ。

落札するとかじゃない。

参加した時点でアウトだな。


「じゃあ、どうすんだよ?」

「んなもの、決まってるでしょ。」


ゼナが、肩をすくめた。


「競売に出る前に。直接買い取っちまえばいいのよ。」

「……直接?」

「鉄火団のリーダーに、話をつける。競売に出る前に手に入れる。」

「確かに。それが一番、静かで確実か。」


確かに、言われてみればこれしかないって感じだ。

理屈は、通っている。

でも。


「そのリーダーに、どうやって会うんだ。」


ギャングのトップが、ほいほい会ってくれるとは思えない。

ましてや、俺たちは余所者で、鉄火市という一大イベント前。

警戒されることは容易に想像できる。


「そうねぇ……。」


ゼナが、顎に手を当てた。

バッツと、顔を見合わせる。


「一人だけ、心当たりがあるわ。」

「……誰だよ?」

「ヴィンよ。」

「は?」


その名を聞いた瞬間、思わず声が出た。

いや、だって今ここにバッツとゼナがいるのは……。


「あいつハッカーなんだろ?大丈夫なのかよ?」

「何言ってんのよ。だからこそでしょ?」

「……意味が分かんないんだけど。」

「鉄火市の通信制限を行っているのは、カリド選りすぐりのハッカーよ。」

「……あー。」


合点がいった。

なるほどな。優秀なハッカーがいるからこそ、鉄火市は情報統制が可能なわけか。


「丁度、今なら鉄火市のセキュリティとしてアサインされている可能性が高いわね。」

「……願ったり叶ったりだな。連絡してみるか。」


——その瞬間。


「……えぇー。」


サヤが露骨に嫌そうな声を出した。

今日、初めて口を開いたと思ったら、それだった。


「なんだよ、その顔。」

「……だって、あいつ。」


サヤがキャンディを口に放り込んだ。


「うるさいし、しつこいし、距離が近い。ちょっと苦手なんだよ。」

「まぁ、分かるけど。良い奴だぜ?」

「分かるなら、他のやつにしてよ。」

「無茶言うなよ。今のところ解決の糸口は、ヴィンだけだ。」


サヤがぶーたれた顔で、ぷいと顔を背けた。


——なんだ、こいつ。

子供みたいだな。


ただ、苦手なやつが出てくる。

それだけのことらしい。


「……まぁ、基本俺が話すから。な?」

「……分かったよ。」


俺は、肩をすくめた。

今は、繋ぎが先だ。


——脳内通信を起動する。


鉄火市が始まれば遮断されるかもだが、今ならまだ繋がるはずだ。


『よぉ、兄弟!なんだよなんだよなんだよ!久しぶりじゃねーか!?おいおい!』

(……。)


いきなりのハイテンションに立ちくらむ。

あぁ。懐かしいな。この感じ。


(はは。相変わらずだな、ヴィン。)

『おうよ!俺様はいつだって俺様だぜ!』

(突然で悪いな。ちょっと、頼みがあってさ。)

『はは!何言ってんだよ兄弟!あのアルカナにだって立ち向かった仲じゃねーの!』


ヴィンのテンションは相変わらずだった。

しかし、次の一言で空気が変わった。


(——鉄火団のリーダーに、繋いでくれないか?)

『……は?』


ヴィンの声が一段低くなった。


『ジュディ。お前、何に首突っ込んでんだ?』


第百十六話、お読みいただきありがとうございました!


鉄火市の仕組みが、見えてきましたね。

金で買えばいいってものでもない。裏の世界は、面倒ですね。


あと、ヴィン。

サヤに苦手意識を持たれている事実が発覚。

本人が知ったらなんて言うんでしょうか。


明日も20:10に更新予定です!

ブクマやコメント、評価をいただけると、ヴィンが渋々協力してくれます。

よろしくお願いします!


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