第百十五話「カリドへ行く者たち」
会議が終わった後、俺たちはそのままネルの第七研究室へ移っていた。
役員会議室のあの空気は、どうにも肩が凝る。
それに比べて、ここは多少マシだった。
雑然としていて、薬品くさくて、ネルがいる。
それだけで、幾分か息がしやすかった。
椅子が足りず、俺は適当な機材の縁に腰掛ける。
「では、編成の話をする。」
口火を切ったのは、ゴードだった。
傷だらけの手で、端末を広げている。
「カリド行きの面子についてだ。ジュディ、お前はどうする?」
「……え。俺?」
「当然だろう。お前がゼノ社長の意見を押し切ったのだ。」
「まぁ。それもそうなんだけど。」
「お前の我儘のせいで、私に余計な仕事が増えた。」
「……。」
チクリ。
明らかにゴードは不機嫌そうだ。
……ごめんね。
「アルカナの部隊は、最小限に絞るしかないだろう。」
「……なんでだ?」
「鉄火市に、企業の大部隊で乗り込めばどうなる。」
「……あー。」
考えるまでもない。
鉄火団もハピレスも警戒する。
下手すりゃ、市が始まる前に潰される。
「目立つわけにはいかん。よって、お前の護衛も含めて、ごく少数だ。」
「……アルカナって時点で目立ちそうだけどなぁ。」
「そのうえで、だ。」
「……無視ですか。」
アルカナの連中は、なんというか押しが強いな。
企業で上に上がるための条件なんだろうか。
ゴードが俺を見た。
「二手に分かれるぞ。」
「……二手?」
「あぁ。私を含むアルカナ部隊は、イグニスと接触する。表舞台からレガシーコードを探る。」
「なるほどね。鉄火団がイグニスのお抱えなら、そこからさらっと手に入るかもだしな。」
「あぁ。裏はジュディ、お前が担当しろ。」
「了解。直接、鉄火団と接触するってことだよな?」
「あぁ。ただし、鉄火団と接触するなら、裏にゆかりのある傭兵を雇うのが筋だろうな。」
「……裏にゆかりのある傭兵、ねぇ。」
裏の人間には、裏の人間。
理屈は、分かる。
——傭兵で、カリドに伝手のある奴。
俺は、心当たりを探した。
一人、思い当たった。
「……ヴィン、とかどうだ。」
——ぴくり。
隣でサヤが小さく動いた気がした。
俺は、構わず続けた。
「カリドを拠点にしてる傭兵だ。腕は確かだし、裏の伝手もある。」
「……ヴィン。そいつの得意分野は?」
「得意分野だぁ?なんでだよ?」
「いいから答えろ。いちいち疑問を持つな小僧。」
「……ちょっとは仲良くしようよ。……ハッカーだよ。」
ゴードが顎を撫でた。
「ハッカー、か。」
「何か問題なのか?」
「鉄火市は、通信の制限がかなりキツい。裏取引の場だ。盗聴対策で、外部通信はほぼ遮断される。」
「……それが、何か問題なのか?」
別に鉄火団と接触するための伝手を探しているだけだ。
この際、ハッカーがどうかは関係ないと思うが。
「逆に言うと、それだけ情報漏洩に関して神経質になっているということだ。」
「……あー。そんな中でハッカーが挨拶にきたんじゃ……。」
「逆効果だろうな。」
「んだよ。振り出しじゃねーか。」
頭をガシガシと掻いた。
他に、なんかあったかな。
この際、ガレスに傭兵をアテンドしてもらうのも手ではあるけど……。
「……あのさ。」
俺が思考をめぐらせていると、不意にサヤが口を開いた。
その声は、いつもより少し低かった。
「バッツとゼナ、どう?」
「……バッツとゼナ?」
「あの二人なら、いいと思う。」
サヤがキャンディの包みを弄りながら言った。
「今はカルディアを拠点にしてるけど、確かカリド出身だったはず。」
「……そうなのか?」
「うん。土地勘も、裏の作法も知ってる。傭兵としても、信用できるでしょ?」
「間違いないな。適任だと思う。」
バッツとゼナ。
フィーレでの一件以来の、サヤの古い仕事仲間だ。
腕は確かだし、何より、信用できる。
「ゴード。その二人、雇えるか?」
「フリーの傭兵なら問題ない。報酬はアルカナが持つ。」
「え、いいのか?ラッキー。」
「……その軽さ、なんとかならんのか。」
ゴードが訝し気にこちらを見た。
俺は、視線を逸らす。
視界に、サヤが写った。
サヤの表情が、いつもよりも硬かった。
何かを、迷っている顔だった。
その表情が何を意味するのか、俺には分からなかった。
—
「じゃあ、現状の想定をまとめるぞ。」
俺は、指を折りながら言った。
「アルカナ部隊は、ゴードと護衛で……三人くらいか?」
「あぁ。それが限界だろう。」
「傭兵部隊が、俺、バッツ、ゼナ。」
——うん。
これくらいが、ちょうどいい。
身軽で、信用できて、目立たない。
「よし。準備オッケーだな!」
——その時だった。
「「ちょっと待って。」」
声が二つ重なった。
カイラとサヤだった。
二人が俺を睨んでいる。
「……な、なんだよ。」
「ねぇ、ジュディ?」
カイラの顔は笑顔だ。
でも、声が珍しく低い。
……怖い。
「は、はい。」
「お前、いい加減にしろよ?」
「い、いや。二人には——」
「この前、あれだけ話したよね?忘れちゃった?」
「……。」
「今度その態度取ったら、ぶっ飛ばすからね?」
カイラから、初めて聞く口調だった。
……サヤの影響だろうか。
「まぁ、そういうわけで。私たちも行くから。カリド。」
今度は、サヤだった。
キャンディを噛み砕いて、まっすぐ俺を見ている。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよ。」
「あんだよ?」
「……危ないじゃん?」
サヤが、ポカンとしている。
カイラもちらっと見てみる。
……ポカンとしていた。
……ま、まずい。
まずいと思った。
「……ボンクラ。」
「はい!」
「殺すぞ?」
「……。」
殺害予告だった。
洒落にならねぇ……。
「——っ。」
カイラが、俺の袖を掴んだ。
「危ないってことは、分かってるんだよね?」
「……あぁ。だから——」
「ジュディが、危ないとこに行くのに。」
「……。」
「私たちだけ、ここで待ってるなんて、もう耐えられない。」
——参ったな。
こうなると、二人は梃子でも動かない。
押し負けそうになった、その時。
「はぁい。ストップぅ。」
ネルが、間延びした声で割って入った。
「カイラ。サヤはともかく、あなたはダメ~。」
「……なんでよ。」
「あっは!嫌がってるぅ~。順番に言うねぇ~。」
ネルが、指を折り始めた。
「ひとつ。あなた、元イグニス社員。多分、鉄火団に顔が割れてるよねぇ?」
「……割れてないよ?」
「はい、嘘ぉ~。ふたつ。そもそもカリドは、イグニスのお膝元ぉ~。」
「……うぅ。」
「みっつ。そもそもあなた、私とレガシーコードの装置を組んでしょ~?」
「……そのつもりだけど。それは帰ってからでも……。」
「甘ぁ~~い!私と作る意味分かってるぅ~?」
「……。」
「あなたは、レガシーコードが手元に来る時までに、私に追いついてもらう。」
「……今だって負けないもん。」
その言葉で、ネルがニヤリと笑った。
「第七階層記述における反発係数の初期化条件は?」
「……え?」
「簡単な、問題だよぉ~?」
「第七階層記述における反発係数の初期化条件は?答えてみて?」
「……分かりません。」
「あっは!証明完了ぉ~。」
ぐうの音も出ないようだった。
カイラは、しばらく俯いていた。
やがて、小さく息を吐いて、顔を上げた。
「……わかっ……た。」
「ん。分かったようでなによりぃ~。」
「違うもん。」
カイラが小さく息を吸った。
「納得はしてないもん。」
「……ほぉ?」
「でも、今のままじゃダメだって気付けた。」
「……。」
「だから残る。置いていかれるんじゃなくて、私が選んで残る。」
ネルが、少しだけ目を細めた。
「いいねぇ。そういうの、嫌いじゃないよぉ~?」
カイラが、サヤを見た。
「サヤ。」
「……分かってるよ。」
「ジュディを、お願いね?」
「……うん。任せて。」
「ぜったい、無茶させないで。すぐ、助けに入って。」
「当たり前でしょ?ちょっとは信用してよ。」
カイラが頷いた。
それから、ちらりと俺を見て——またサヤに向き直った。
「サヤも。」
「……ん?」
「サヤも、ちゃんとサヤのまま、無事に帰ってきてね。」
——一瞬。
サヤの動きが、止まった。
キャンディの包みを弄る手が、ぴたりと止まる。
「……なに、それ。」
「ん~。なんとなく?」
「……意味わかんねぇ~~。ジュディに似てきたんじゃない?」
サヤは、笑い飛ばした。
いつも通りに。
でも。
カイラは、笑っていなかった。
ただ、まっすぐにサヤを見ていた。
——カイラのやつ。
何か、気づいているのだろうか。
—
「——っし。じゃあ、決まりだな。」
俺はみんなに向けて言葉を放った。
ゴードが端末を閉じた。
「鉄火市は、三日間。開催は、三日後だ。」
「……意外と、猶予はねぇな。」
「あぁ。明日には発つぞ。準備しておけ。」
——明日。
カリドへ、行く。
久々のあの土地に、少しだけ気が重くなる。
でも、行くしかない。
俺が、俺のままでいるために。
「ジュディ~~。」
帰り際、ネルに呼び止められた。
「ん?」
「これ、持っていきなぁ。一応、予備ぃ~。」
ネルが小さなケースを差し出した。
中には、二本のアンプル。
——青と、赤。
「無理すんなよぉ。特に、赤の方、ね。」
「……あぁ。分かってる。」
「……分かってないでしょ。」
「……。」
「死ぬ時はぁ、せめて私の腕の中で死んでねぇ★」
「縁起でもねぇこと言うなよ。」
「あっは!」
ネルが、ケラケラ笑った。
俺は、ケースを懐にしまった。
カリドへの旅が、始まる。
第百十五話、お読みいただきありがとうございました!
編成メンバーも決まり、いよいよカリドへ出発です。
そして、カイラの「サヤのまま帰ってきてね」。
カイラは、たまに鋭いんですよね。
サヤは、何を考えているのでしょうか。
明日も20:10に更新予定です!
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