第百十四話「生き延びる術」
週に一度行われる、アルカナの役員会議。
長い楕円形のテーブルには、いつもの面々が座っている。
しかし今日は、いつもより人が多かった。
社長のゼノ・アルカナ。
軍事開発部門のゴード・ラムス。
技術研究部門のネル・クライス。
都市開発部門のエルド・ヴィオ。
入口付近に、ジャス・サイン。
そして今日は、俺の隣に二人。
カイラとサヤだった。
「なぁ、サヤ。」
「……何よ。」
「なんで、二人もいんだ?」
「ネルが、呼んだからだけど?」
サヤが、少しだけ緊張した顔で言った。
普段みたいに雑に聞く空気じゃなかったらしい。
……ごめんな。
カイラは、静かに背筋を伸ばしている。
サヤとは違って、あまり動揺は見られなかった。
「カイラ?」
「ん?どうしたの、ジュディ?」
「いや、そのなんだ、大丈夫か?」
「……ん~?」
「……ん?」
カイラは何のことだか分からないようだ。
首を傾げている。
そのうち、何かに気付いたように口を開いた。
「私、一応イグニスではそこそこ偉かったんだよ?」
「……そういえば、そうか。」
「うん!だから、こういう空気は慣れてる!」
「……。」
「心配してくれて、ありがとう。」
すげぇな、カイラ。
この空気は、俺でも未だに緊張するのに。
ネルが、端末を弄りながら笑った。
「んふふ。今日はジュディの話がメインだからねぇ~。」
「……そうなの?」
「そうなの。当事者は多い方がいいでしょ?」
今日の進行は、ネルらしい。
この間の様子が少し心配だったが、今はいつものネルだ。
なんとなく、安心した。
「……ジュディ~。」
「ん?何だよ。」
「バカなんだからぁ。気ぃ使うなよぉ?」
「……。」
……マジで大丈夫みたいだな。
この癪に触る感じが、なんだか懐かしかった。
いつもならエルドが回す会議を、今日はネルが握っている。
それだけで、何の話かは察しがついた。
——俺の、上書きの話だ。
—
「じゃ、始めるよぉ~。」
ネルが、端末を操作した。
テーブル中央のモニターに、二つの波形が表示される。
片方が俺。
もう片方には、見覚えのある記号があった。
——A-3R。
アルカナ第三支社で出会った、エルナの複製体。
あの氷の少女の、識別番号だった。
「ハピレスから抜いたデータ、ぜぇんぶ解析したよぉ。」
「……何か分かったのか?」
「うん。結論から言うね。」
ネルが、二つの波形を重ねた。
ぴたりとは、重ならない。
でも、形がよく似ていた。
「ジュディもぉ、A-3Rもぉ。どっちも、この世界にとっての『異物』。」
「……異物。」
「うん。本来、いちゃいけないモノ。」
「……。」
「これは、この世界の『ルール』そのものだねぇ。まずはぁ、これが前提ぃ~。」
すでに、分かってはいた。
俺は、この世界には存在しないはずの『エラー』だ。
世界は、何かしらの辻褄を合わせるために、俺をアルトへと置き換えようとしている。
改めて言われると、胃の奥が重くなる。
「で、ここからが大事。」
ネルが、こちらを見た。
語尾を、伸ばさなくなった。
「上書きを止めるには。世界の『ルール』そのものに、手を入れるしかない。」
「……んなこと、できんのか?」
「うん。ジュディを『エラー扱いしてる』判定そのものを、書き換える。」
——スケールが、でかすぎる。
正直、ピンとこなかった。
「方法は、二つ。」
ネルが、指を二本立てた。
「ひとつ。魔法使いに、直接やってもらう。」
「……魔法使いなら、可能なのか?」
「そもそも魔法使いは、世界の『ルール』に干渉できる人間のことだよ。」
「……え、そうなの?」
「そ。ストーンウェアなしで魔術を使えるなんていうのは、世界の『ルール』に則った力の行使に過ぎない。魔法使いの本領は、そっちだよ。」
「だからこそ、一部では畏怖される対象になっていたって訳か……。」
エルナが、そうだった。
あいつなら、できたのかもしれない。
「なら、話は簡単じゃねーか?魔法使いに頼めばいいんだろ?」
「いや、これは現実的じゃないね。」
「なんでだよ?」
「魔法使いは、ほぼ絶滅してる。」
ネルが、軽く肩をすくめた。
「生まれた瞬間、ほぼ人体実験送り。生き残るのが稀。エルナ・クロイツは、ほんっとに例外。」
「……。」
「現状、生存が確認できてる魔法使いは——」
ネルが、一拍置いた。
「アッシュタウンを実質的に支配する、アーヴィン・ロックウェル。ただ一人だけ。」
——アッシュタウン。
以前、アルカナ第三支社のテロ現場にいたアッシュガードの拠点。
……どうにも、きな臭いな。
「現状そいつに頼むには、リスクがあるってことか。」
「そういうこと。A-3Rの件もあるし、接触すること自体がヤバめだね。」
「それは、やり方次第なんじゃねーか?極端な話、力づくって選択肢もある。」
ネルの代わりに、ゴードが口を開いた。
腕を組んだまま、淡々と言う。
「アーヴィン・ロックウェルに、武力行使はまず通用しない。」
「……何か、知ってんのか?」
「あぁ。アッシュガードの長でもあり、デスと同じ三英雄の一人でもある。」
「……デスと同じ、か。」
「デスを退けたお前なら、と思わんでもない。だが、相手は魔法使いだ。条件が違いすぎる」
——なるほどな。
現状、アッシュタウンには手出しができない。
そう割り切る他ないんだろう。
いや。他に選択肢がないのなら、俺はやる。
このまま行けば、どちらにしても俺の命はない。
……上等じゃねーか。
ネルが、口を開いた。
「ジュディ。」
「……なんだよ?」
「そう考えるのも、無理はない。でも、今は落ち着いて聞いて。」
「……。」
「もう一つの方法について話す。こっちが、今は本命。」
ネルが、二本目の指を折った。
「『レガシーコード』を、手に入れる。」
—
「……レガシーコード?」
「魔法の記述が、丸ごと残ってる記録媒体。」
ネルが、モニターを切り替えた。
びっしりと、見たこともない記号が並んでいる。
「これがあればぁ、専用の装置を組むことで、世界の『ルール』に接触できる。」
「……魔法使いがいなくても、ってことか。」
「そういうこと。手間はかかるけど、天才の私でなんとかできる分、こっちの方が現実的かな。」
「……自分で言うなよ。」
「事実だから。」
カイラが、小さく口を開いた。
「……装置の方は、私も手伝える。たぶん。」
「お、頼もしいねぇ~。カイラちゃん?」
「……。」
「ついてこれないなら、速攻で切り捨てるから。」
カイラが、こくりと頷いた。
それきり、また口を閉じる。
——理屈は、分かった。
要は、その『レガシーコード』とやらを探せばいいってわけか。
「そいつは、どこにあるんだ?」
「んふふ~。どこだと思う?」
「……もったいぶるなよ。フィーレとかか?」
フィーレには、図書館がある。
俺が元の世界へ帰る際に、手がかりを探して訪れた場所だ。
あそこなら、何かしらの情報がありそうなものだが。
ネルが、にぃ、と笑った。
あ、これハズレだな。
「残念でしたぁ★」
「……。」
「あはは!ジュディ、今どんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?」
「……悔しいから、話進めてくれ。」
ネルが満足そうに頷く。
このやり取り、意味あったか?
「フィーレは、魔法使いに対してめちゃくちゃ排他的な都市。痕跡が、根こそぎ消されてる。」
「……。」
「で。可能性が高いのは——」
ネルが、モニターに地図を出した。
砂漠の、一点。
「カリド。」
——その地名に、俺の手が止まった。
カイラとサヤの肩が、わずかに動いた気がした。
「『レガシーコード』なんてヤバいもの、企業が表で扱うわけないでしょ?」
「……まぁ、そりゃそうだな。」
「あるとすれば、裏市場。『鉄火市』。」
「……鉄火市。」
「カリドのギャング、『鉄火団』が仕切ってる闇市。世界中の、ヤバいモンが集まる。」
ネルが、端末を閉じた。
「そこに、『レガシーコード』が流れてる。確度は、高いよぉ。」
「……つまり、ギャングに会いに行けってことか。」
「ご名答ぉ★」
—
——カリド。
久々に聞く名前だった。
あの地下都市には、いい思い出が少ない。
——右腕を失った。
——カイラの父であるライアスを、手にかけた。
——そして、サヤの兄であるクロウを失った。
思い出すと、義手の指先が、少しだけ冷たくなる。
「では、決まりだな。」
エルドが、進行を引き取った。
「鉄火市は、近く開催される予定だ。レガシーコード入手のため、カリドへ調査班を——」
「待て。」
——ゼノだった。
それまで、一言も発していなかった男が、静かに口を開く。
「ジュディは、行かせるな。」
「……は?」
俺は、思わずゼノを見た。
ゼノは、こちらを見もしない。
「鉄火市は、様々な裏稼業の者が集まる場だ。ハピレスも来る可能性が高いだろう。」
「……だから、何だよ。」
「お前は、ハピレスのブラックリストに載っているだろう?」
「……。」
「死ぬ確率が、極めて高い。否定できんだろう?」
——ズキ、と頭の奥が痛んだ。
「お前は、手元にある貴重なサンプルだ。現状、アルトという死者を観測できる世界で唯一の存在。」
「……。」
「ここで失うのは、損失が大きすぎる。割に合わん。」
淡々としていた。
俺を心配しているわけじゃない。
ただ、勘定している。
俺という『資産』を、無駄に失いたくない。
それだけだった。
「ゴード。」
「はい。」
「貴様が行け。レガシーコードを回収しろ。ジュディは、本社で待機だ。」
「……承知いたしました。」
——勝手に、話が進んでいく。
……冗談じゃねぇ。
俺の命を、勝手に勘定すんじゃねぇ。
—
「待てよ。」
俺は、立ち上がっていた。
「これは、俺の問題だ。」
「だからこそ、だ。」
ゼノが、ようやくこちらを見た。
表情は、薄い。
「お前が動けば、お前が死ぬ。私は、お前に死なれては面倒だ。」
「……言うに事欠いて、面倒ってか。」
「あぁ。お前を欠いては効率を損なう。」
——あぁ。
こいつは、そういう奴だ。
俺を救いたいんじゃない。
俺を、失いたくないだけ。
そこに、温度はない。
別に、腹は立たなかった。
ゼノは、最初からそういう男だ。
「……悪ぃけど。」
俺は、ゼノを真っ直ぐ見た。
「自分のことは、自分でやる。」
「……。」
「俺は、外部顧問だ。あんたの言うこと聞く義理は、ねーよな?」
——以前にも、言った台詞だった。
ゼノの目が、わずかに細まる。
「馬鹿の一つ覚えか?」
「物忘れが激しいみたいだから、事実を言ってるだけだぜ?おじいちゃん。」
「……小僧が。」
「あんたの都合も、分かってる。」
「……ならば、引け。」
「ゼノ社長。悪いな。」
俺は、続けた。
「引かねぇ。」
「……。」
「自分の生き死にを、他人に委ねたくない。」
しばらく、沈黙が落ちた。
ゼノは、何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
やがて、小さく息を吐いた。
「……ゴード。」
「はい。」
「同行しろ。」
「……よろしいのですか?」
「素直に、聞く男ではない。」
ゼノが、椅子に背を預けた。
「ならば、せめて死なせるな。貴様が、護衛と調査を兼ねろ。」
「……承知いたしました。」
「ジュディ。」
「……あんだよ。」
「死ぬな。お前が死ねば、私の研究が振り出しに戻る。」
——どこまでも、自分のためか。
俺は、鼻を鳴らした。
「あぁ。死なねぇよ。」
「……。」
「ありがとうな。おじいちゃん。」
ゼノは、答えなかった。
ただ、目を閉じた。
—
「——では。本日の議題は、以上となります。」
エルドが、会議を締めた。
ぞろぞろと、皆が立ち上がる。
ネルが、俺の肩を軽く叩いた。
「ジュディちゃん。」
「なんで、ちゃん付け?」
「んふふ~。ジュディは、私の被験者なんだよねぇ?」
「……まぁ。はい。」
「死ぬなよなぁ~~。私のなんだからなぁ~?」
「……お前も、それかよ。」
ネルは、にっと笑って、研究室の方へ消えていった。
俺は、ふと隣を見た。
サヤが立ち上がらずにいた。
モニターには、まだカリドの地図が残っている。
その一点をじっと見ていた。
「……サヤ?」
「……ん。」
「どうかしたのか?お腹痛い?」
「……べつに。」
「……。」
サヤは、それだけ言って立ち上がった。
キャンディを、口に放り込む。
いつも通りの仕草だった。
でも、いつもより、少しだけ遅かった。
——カリド。
クロウを、失った場所。
何か、思うことがあるのかもしれない。
「……。」
聞こうとして、止めた。
今じゃない。
そんな気が、した。
「帰ろう。ボンクラ。」
「……あぁ。」
サヤが、先に歩き出した。
その背中が、いつもより小さく見えた。
俺は、何も言わずに、後を追った。
第百十四話、お読みいただきありがとうございました!
第二章、開幕です。
ゼノは、相変わらずですね。
ジュディのおじいちゃん煽りにも、まったく動じてません。
そして、久々のカリドの名前。
ジュディ、カイラ、サヤ。
三人にとって、ちょっと重たい土地ですね。
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、ゴードの護衛がちょっとだけ張り切ります。
よろしくお願いします!




