第百十一話「脳内同居人」
工房の朝。
ベランダで煙草を吸いながら、眠気覚ましにコーヒーを飲んでいた。
昨日は、なんだか眠りが浅かった。
カイラもサヤも、まだ寝ている。
昨日の今日だ。無理もない。
(……二度寝、するか。)
煙草をもみ消し、ベランダを後にしようとした。
突如、脳内に声が響いた。
『……もう一本、吸ってけよ。』
(……あ?)
アルトの声だった。
(……朝っぱらから、なんだよ。)
『まぁ、待て。落ち着けよ。』
俺は、舌打ちした。
新しい煙草を、一本。
火をつける。
『……悪かったな。この前のこと。』
(……あ?)
『お前の行動ひとつで、決めつけるべきじゃなかった。』
意外だった。
こいつが、謝るとは。
(……熱でもあんのか?)
『だとしたら、医者へ行け。体はお前のだからな。』
(……何が狙いなんだよ。)
『露骨に警戒すんなよ。傷つくぜ?』
(お前が、んなことで傷つくタマかよ。)
『……はは。違いねぇ。』
アルトが、低く笑った。
『なぁ。ジュディ。』
(……あんだよ。)
『今のカルディア、少し見せてくれよ。』
(……は?)
『お前のよく行く店でいい。散歩がてらだ。』
(嫌だね。俺がそんな義理を通す理由がねぇよ。)
『義理じゃねぇ。俺達にとって必要だからだ。』
(散歩が、なんで必要なんだよ。)
『協力すんだろ、俺たちは。』
……ふざけんじゃねぇ。
こっちは、助けを求めた覚えも、協力を頼んだ覚えもねぇ。
俺は、俺で生きるために足掻くだけだ。
(……却下だな。)
『なぁ、ジュディ。頼むって。』
(……。)
『望んでねーとはいえ、今こうして、俺はここにいる。』
(あぁ。俺も望んでねぇけどな。)
『知りてーんだよ。今のカルディアが、どんな街になったのか。』
(……。)
『ちったぁ、歩み寄れよ。』
——気に入らねぇ。
ただ、このままでもこいつは脳内で騒ぎ続ける。
俺に、それを止める術は今のところなかった。
(……一回だけだからな。)
『充分だ。』
俺は、ベランダを出てキッチンに向かった。
そのまま、フライパンを手に取る。
『おい。ジュディ。』
(なんだよ?)
『行くんじゃなかったのか?』
(二人に、朝食を作り置きしてからでもいいだろ?)
『……はぁ。分かったよ。』
二人への、朝食を作った。
ついでに、書き置きも。
俺は、カルディアの街へ歩き出した。
—
まずは、武器屋に寄った。
弾を、補充しておきたかった。
扉を開けると、油と鉄の匂いがした。
いつもと、何も変わらなかった。
『へぇ。ここ、まだあったのか。』
(……あ?)
『全然、変われねぇな。』
(ここ、知ってんのか?)
『知ってるも何も。』
アルトの声が、少しだけ遠くなった。
『ここはよく、エルナを連れて来てた場所だ。』
(……武器屋に、連れてくんなよ。)
『何をするにも、まずは身を守るもんがなきゃな。』
(……エルナも、そんなこと言ってたな。)
『はは。じゃあ俺の受け売りだな。』
(なんか、癪に触るな。)
『ま、あいつには不要だったがな。』
俺は、何も返さなかった。
棚を眺める。
弾の在庫が、ずいぶん数を減らしていた。
非殺傷弾の在庫は、まだまだありそうだ。
まぁ、好き好んで「殺しにくい弾」を買う奴は少ないのだろう。
いくつか手に取り、レジへと向かう。
「毎度。」
「……どーも。」
「……物好きだよな。あんたも。」
「まぁ。」
店主が少しだけ視線を落とした。
「最近、弾が飛ぶように売れるんだ。」
「……それだけ、物騒なんでしょう。」
「違いねぇな。でもよ。」
「……はい。」
「俺は、あんたが買った弾の在庫が減る方が、まだマシだと思うぜ?」
「……はは。あなた、武器屋でしょ?」
店主が、笑った。
アルトは、何も言わなかった。
—
少し早い時間ではあったが、行きつけのラーメン屋に入った。
まだ、客は少なかった。
『……あ?』
(今度は、なんだよ。)
『ここ、バーだったはずだぜ?』
(……俺が知るかよ。)
カウンターに座る。
奥から、店主が顔を出した。
『……マスターじゃねぇか。』
(……そうなんだ。)
『人は変わるもんだが……。こうなるとはな。』
声に、温度があった。
ほんの少しだけ。
「らっしゃい!いつものかい?」
「えぇ。酢ラーメン、ひとつ。」
「あいよ!」
しばらくして、丼が出てきた。
鼻に、つんと酸味が抜ける。
『エルナの趣味だろ?それ。』
(やっぱ、分かるか?)
『あぁ。あいつは、酸っぱいもんが好きだったからな。』
(……。)
『一時期、酢を持ち歩いてたんだぜ?』
(……マジかよ。)
『あぁ。すぐに止めさせたけどな。飯ならなんでも構わずぶっかけんだ。たまったもんじゃねぇ。』
(はは。英断だな。)
『しばらく、口きいてくれなかったけどな。』
俺は、麺をすすった。
酸味が、舌に染みる。
……いつも通り、うまかった。
—
最後は、アルトの指定だった。
ギルド、と言われて、その場所まで足を運んだ。
カルディアのギルドには、初めて来た。
『ようこそ。ジュディ。』
(お前の家じゃねーだろ。)
『似たようなもんだよ。』
中は、薄暗かった。
バーと受付が、一緒になっている。
BGMが、やけに大きい。
重低音が、腹に響いた。
不思議な雰囲気の場所だった。
『懐かしいな。』
(さっきの口ぶりだと、よくいたのか?)
『あぁ。俺の、本拠地だった。』
『依頼の前にゃ、よくここでクランの連中と飲んでたぜ。』
(へぇ~。知った顔は、いんのか?)
『あぁ。いくつかな。』
『……だが、話しかけるのは止めとけ。』
(なんでだよ?)
『理由が、ねぇだろ。』
——理由がない。
そりゃ、そうだ。
ここにいる連中にとって、アルトは、とっくに死んだ男だ。
今ここにいるのは、同じ顔をしているが、別の誰かでしかない。
(……まぁ。そうか。)
『もう十分だ。行こうぜ。』
(なんでだよ?もう少しゆっくりしたって——)
『向こうに、見つかりたくないんだよ。』
(……。)
まぁ、同じ顔だしな。
ただ、それだけじゃない気もした。
追及する気には、なれなかった。
俺は、アルトに言われるまま踵を返した。
—
夕方。
気づけば、カルディアを見下ろせる高台にいた。
なんとなく、足が向いた気がする。
俺は、煙草に火をつけた。
街に、明かりが灯り始めている。
『いいとこだろ?』
(……まぁ、悪くないな。)
『俺も、ここには良くきてたんだ。』
(……特に、案内はされてねぇよな?)
『あぁ、してねぇ。お前が勝手に来たんだよ。』
……なんだか、不気味だった。
煙を、吐いた。
街の音が、遠い。
『なぁ、ジュディ。』
(あ?)
『ハピレスでよ。お前、見張りを助けただろ。』
——また、その話か。
(……何回もする話じゃねーだろ。くでーぞ。)
『何度でもするさ。お互いが納得するまでな。』
(……別に、俺は納得なんてしようとも、されようとも思ってねぇよ。)
『逃げんなよ。その結果、昨日は散々だっただろ。』
煙草の先が、揺れた。
痛いところを突いてきやがった。
『俺なりに、お前のことを考えてみた。』
(……んだよ。惚れてんのか?)
『茶化すなよ。黙って聞け小僧。』
アルトの声は、いつもより静かだった。
『お前は、甘いから助けたんじゃねぇ。』
(……。)
『目の前で誰かが死ぬのを、容認できねぇんだ。無意識にな。』
(……。)
『見捨てたら、お前が、お前じゃなくなる。そういう脅迫観念が、お前にはある。』
(……。)
『だから、考える前に体が動く。あんな反射、壊れた人間じゃなきゃ、まず無理だ。』
何も、言えなかった。
——違う、と言いたかった。
でも、言葉が、出てこない。
言い当てられた気がして、腹が立った。
(……だったら、何だってんだ?)
『さぁな。』
(……俺が、そういう人間で、お前に不都合があんのかよ?)
『分からねぇ。だが、気に入らねぇ。』
(……あー、そうかよ。)
アルトは、それきり黙った。
俺は、もう一度、煙草を吸った。
さっきより、味がしなかった。
心の中に、小さな棘が刺さったみたいだった。
抜けない。
けど、血も出ない。
ただ、ずっと、そこにある。
—
しばらくして、アルトが言った。
『ジュディ。』
(……何だよ。もう話は終わりだろ?)
『お前の、その反射な。』
(……。)
『使い方を、間違えんなよ。』
それだけ言って、声は引っ込んだ。
俺は、煙草をもみ消した。
街の明かりが、少しだけ、揺れて見えた。
(……偉そうに。何様だよ。)
そう、毒づいてみる。
返事は、なかった。
第百十一話、お読みいただきありがとうございました!
頭の中の同居人と、カルディア散歩の回でした。
アルト、味方なのか何なのか、相変わらず食えない男ですね。
酢ラーメン、好きな人は本当に好きみたいです。
アルトは、止めさせた側ですが。
明日も20:10に更新予定です!
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よろしくお願いします!




