第百十話「一緒に生きること」
夜ご飯は、すき焼きだった。
今日は、サヤが作ったらしい。
サヤの料理を食べるのは、たぶん初めてだった。
ちょっと、意外なくらい本格的だ。
「「「いただきます。」」」
三人で、鍋を囲んだ。
肉に箸を伸ばそうとしたとき。
——ヒョイ。
サヤに取られた。
「……あぁ。」
「なによ。ボンクラ。」
「……いや、何でもないよ。」
多分、偶然だよな?
気を取り直して、肉に箸を——
——ヒョイ。ヒョイ。
「……サヤ。」
「早い者勝ちじゃん?」
「……。」
俺の中で、何かが弾けた。
上等だ。この野郎。
肉に箸を伸ばす。
サヤの箸が、先回ってきた。
予想通りだ。
——ビッ
「……っ。」
極小の電撃魔術。
サヤの右手が硬直する。
その隙に、俺は肉を手に入れ口に運んだ。
「あ、美味しいな。これ。」
「……ボンクラ。」
「……何?」
「使ったよな?」
「……何を?」
「へぇ、そう。しらばっくれるわけね?」
そこからは、戦いだった。
そこには、どうしても譲れない戦いがあった。
サヤの箸が、容赦なく肉を奪う。
俺も負けじと、鍋に箸を突っ込む。
「二人とも?」
カイラが、箸を置いた。
「お行儀、悪いよ?」
「「……。」」
「返事は?」
「「はい。」」
二人して、黙った。
怒られた。
カイラに怒られるのは、なんだか久々だった。
あぁ。一緒に住んでるんだなと、感じた。
「ちゃんと、順番に取る。ね?」
「……へい。」
「……はい。」
サヤが、不服そうに肉を一枚、俺の皿に乗せた。
舌打ち付きで。
「……ほら。」
「お、おう。あんがと。」
—
それから、しばらくは普通に食べた。
鍋が、ぐつぐつ鳴っている。
湯気で、窓が曇っていた。
「サヤ。」
「何?」
「……美味いよ。ありがとうな。」
「……ふ~ん。あっそ。」
サヤが、短く返した。
そっぽを向いている。
「サヤ、張り切って作ってたよ。」
「カ、カイラ!」
「お肉も、いいやつ買ってきてたし。」
「余計なこと言うなって!」
サヤの耳が、赤かった。
まぁ、気恥ずかしいよな。直接言われると。
でも、美味いのは、本当だ。
——お肉にしよう。
カイラが、研究室でそう言っていた。
あの、最悪な空気の中で。
たぶん、わざとだ。
この二人は、こういうところで、本当に強い。
研究室で、二人に、あんな顔をさせて。
サヤに、頬を叩かれて。
——なのに、すき焼きだ。
二人が、すき焼きを作って、待っていた。
それが、なんだか。
泣きそうになるくらい、ありがたかった。
—
食事が、終わった。
食器を片付けて、三人でテーブルに戻る。
カイラが、お茶を淹れてくれた。
俺は、湯呑みを両手で包んだ。
少しだけ、間を置く。
「……二人に、改めて話さなきゃいけないことがある。」
カイラが、顔を上げた。
サヤが、キャンディの棒を止めた。
「俺にとって、二人は、大切な人だ。」
「……。」
「逃げてるわけじゃない。今の、俺の素直な気持ちだ。」
言葉を、選ぶ。
ちゃんと、伝えたかった。
「だから、二人に、悲しい思いをしてほしくなかった。」
「……。」
「うぬぼれじゃなきゃ、だけど。俺も、二人に大切にされてるって、自覚があったから。」
「……。」
「だから、心配かけたくなくて。黙ってた。」
サヤが、何か言いかけて、やめた。
「……でも。」
俺は、続けた。
「それで遠ざけるのは、違うよな。」
「……。」
「本当に、ごめん。」
頭を、下げた。
「……ごめんなさい。」
しばらく、誰も喋らなかった。
「……ジュディ。」
カイラが、静かに口を開いた。
「全部、話してくれる?」
「あぁ。話せることは、全部話す。」
俺は、お茶を一口飲む。
重い口を開いた。
………………。
…………。
……。
俺が話している間、二人は静かに聞いていた。
俺も、できるだけ順番に伝えた。
アルカナの支社で、エルナに似た少女に出会ったこと。
識別番号「A-3R」と呼ばれる少女は、俺と同じコピー召喚で生み出された存在であること。
ハピレスに潜入し情報を得た代わりに、彼らのブラックリストに載ったこと。
そして、俺の命がアルトの上書きによって残り少ないこと。
「……。」
話し終えると、しばらく沈黙が続いた。
俺は、こめかみを軽く叩いた。
「最近、たまに聞こえるんだ。俺の中から。アルトの声が。」
「……。」
「あと、時々、体に不調が出る。頭が、割れそうになったりな。」
カイラの手が、膝の上で握られた。
サヤの眉間に、皺が寄る。
「ネルが言ってた通りだ。このまま進めば、俺は——」
そこで、言葉を切った。
言わなくても、二人は分かっている。
「……でもな。」
俺は、二人を見た。
「俺は、キムラ・ジュディとして生きたい。」
「……。」
「二人と一緒に、生きていきたい。」
言い切った。
自分でも、驚くくらい、はっきりと。
—
カイラの目から、涙が一粒、こぼれた。
あぁ、くそ。
彼女を泣かせた自分に、少しだけ苛立った。
「……ジュディ。」
「うん。」
「私もね。ジュディと、生きたいよ。」
「……あぁ。」
「だから、約束して。」
カイラが、涙を拭った。
そのまま、真っ直ぐに俺を見た。
その瞳は、揺れていない。とても、強かった。
「もう、何も言わずに隠すのはなしです。」
「……。」
「一緒に生きるってことはね。一緒に過ごすだけじゃないんだよ?」
「……うん。」
「私は、今ジュディが苦しいなら、一緒に苦しみたい。」
胸が、締め付けられた。
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
俺は、それが何なのかを考えないことにした。
それを、考えてはいけない。絶対に。
カイラは、そのまま言葉を続ける。
「今は、一緒に頑張らせて?」
「……分かっ……た。」
「うん!」
サヤが、キャンディを口から抜いた。
今度は私の番と言わんばかりに、こちらを見る。
「ボンクラ。」
「……はい。」
「この際だから、はっきり言う。あんたは、人を気遣い過ぎて傷つけるタイプだからね?」
「……面目ない。」
「私たちが、大事なのは痛いほど伝わってる。それが嬉しいとも思う。」
「……。」
「だから私にも、あんたを大事にさせて。お願いだから。」
いつもの物言いよりも、とても優しかった。
サヤの目には、涙が滲んでいた。
でも本当の彼女は、いつもこうだ。
「どっか行く時、何かあった時、絶対言って。」
「……。」
「じゃないと、あんたの傍にいられない。」
その言い方が、ひどくサヤらしかった。
乱暴で、不器用で。
胸の奥が、また熱くなった。
俺は、それに名前をつけることを、拒んだ。
……最低だな。俺は。
「……あぁ。」
俺は、二人を見た。
「約束する。嘘は、つかないよ。」
「……。」
「隠す時は、隠してるって、ちゃんと言う。」
「……却下。」
サヤに即答された。
ひどいと思った。
「この前も、今は言えないとか言って逃げたでしょ?」
「……へい。」
「大切にしてくれんのは嬉しいよ。でも、それは傷つけなくていい理由じゃない。」
「……でも。」
「却下。私は、あんたになら傷つけられてもいいって言ってんの。」
「……それは、俺が嫌なんだけど。」
「却下。」
「……はい。」
サヤが、少しだけ笑った。
カイラも、つられて笑う。
ちょっとだけ、いつもの空気に戻った。
—
そのまま三人で、お茶を飲んだ。
特に何か話しているわけじゃない。
でも、その時間が心地よかった。
サヤが唐突に口を開いた。
「……あ、ジュディ。」
「ん?」
「カプチーノも買ってあるけど。」
「……。」
それは、食後にはちょっと重たいなぁ。
しかも夜だし。
「……飲む?」
「いや。今は、ちょっと。」
「言い方変えるわ。飲めよ。」
「……サヤも飲むの?」
「いや、私とカイラはハーブティーにした。」
「……。」
理不尽だ。
……でも、わざわざ買ってくれたしな。
「……ふむ。いただこうか。」
「はは。ジュディ、言い方。」
カイラが、笑いながらキッチンへ向かった。
サヤが、茶菓子を取りに立つ。
「はい。温めなおしたよ。」
「……二人とも。」
「……。」
「ありがとう。」
俺は、カプチーノを一口飲んだ。
温かかった。
——この温度を、手放したくない。
そう、思った。
……カプチーノのせいで、その夜は眠りが浅かった。
第百十話、お読みいただきありがとうございました!
仲直りの、すき焼き回でした。
ちゃんと謝れて、ちゃんと話せましたね。ジュディ、偉い。
サヤが料理できること、意外でしたか。
ちなみにかなり美味いらしいです。本人は絶対に認めませんが。
次回は、ジュディの頭の中の同居人のお話です。
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、カプチーノがLサイズになります。
よろしくお願いします!




