第百九話「パジャマパーティ」
時は、少しだけ遡る。
ジュディが、ヴェーラから帰ってくる前日。
カイラとサヤ、二人だけの夜だった。
サヤの手作りハンバーグを二人で平らげた。
「……ご馳走様でした。」
「はい。お粗末っした。」
サヤは、空になった皿を重ねて立ち上がった。
久しぶりに、料理を作った。
最近は傭兵の仕事が続き、しばらく台所には立っていなかった。
「サヤの料理、美味しいよねぇ。」
カイラが、頬杖をついて言った。
「……まぁ、人並みにはね。」
「人並み以上だよぉ。」
「……そう?」
「うん。美味しい。」
「あんがと。」
皿を、流しに運ぶ。
水を出した。
背中で、カイラの声を聞いた。
「そういえばさぁ。サヤ?」
「なに?」
「ジュディに食べさせたこと、ないよね?」
サヤは少しだけ過去を思い出す。
三人でいるときは、ジュディかカイラのどちらかが作っていた。
「……ないわね。」
「食べてほしいなぁって、思わない?」
「……べっつにぃ?」
水の音に、紛れさせたつもりだった。
「あはは!照れてる!」
「照れてないっつの。」
「耳、赤いよぉ。」
「……うるさい。」
カイラは、こういうところだけ、妙に鋭い。
—
カイラが、椅子から立ち上がった。
ぐっと伸びをする。
「じゃあ、私、風呂入ってこようかな。」
「んー。」
「……一緒に、入る?」
「なんでだよ。入らないよ。」
カイラは時々、こういうわけの分からないことを言う。
冗談なのか、本気なのか。
深い意味はないのだろうと、サヤは思った。
「ちぇ。」
「なんで残念そうなの?」
「今日、ドラマ見る?」
「無視なのね。ドラマは見る。この前いいとこだったし。」
「だよねぇ。じゃあ、準備できたらリビングで。」
「んー。」
カイラが、脱衣所へ歩いていく。
途中で、くるりと振り返った。
「あ!サヤ!」
「……なによ。」
「夜更かし、しない?」
「……賛成!」
度々、突発的に起こる。
二人だけの、パジャマパーティ。
………………。
…………。
……。
数時間後。
二人は、リビングのソファで、ドラマを食い入るように見ていた。
画面に、エンドロールが流れ始める。
カイラが、ポツリと呟いた。
「……終わった。よね?」
「……まぁ。」
「え?これで終わり?」
「続きは、ないみたいだけど。」
「納得いかない!!」
「バッドエンドだったね。分かりやすく。」
カイラが、クッションを抱えて唸った。
カイラは、バッドエンドが苦手だ。
物語で大切なのは、この後なのだと言う。
悲しい結末になった人が、その先どうなるのか。
気になって、仕方がないらしい。
——知る術なんて、ないのに。
「あの子、幸せになったのかなぁ。」
「ドラマだよ。」
「でも、気になるもん。」
「……まぁ、カイラらしいわ。」
サヤは、テレビを消した。
部屋が、急に静かになる。
二人は、ソファに並んだまま、ぽつぽつと話し始めた。
「ジュディ。明日、帰ってくるかなぁ。」
「そう言ってたじゃん。よく破るけど。」
「はは。そうだね。」
「心配?あいつのこと。」
「うん。心配。」
「……。」
カイラが、膝を抱えた。
「ジュディ。今、きっと、辛いんだと思う。」
「分かりやすいよね。あいつ。」
「……言ってはくれないんだよね。」
「人のこと大事にする割に、大事にされることに無頓着すぎんのよ。あいつは。」
「……そうだね。」
二人とも、笑わなかった。
—
サヤは、新しいキャンディを口に咥えた。
「カイラ。」
「うん?」
「あいつのこと、待つの。辛くないの?」
「う~ん。辛い時も、あるね。」
「……まぁ、そうよね。」
「でも、サヤがいるから。」
こんな話をするのは、初めてだったかもしれない。
でもなんとなく、今話したいとサヤは思った。
「サヤ。」
「うん?」
「ありがとうね。」
「何がよ。」
「う~ん。ずっと?」
「なんか、曖昧ね。」
カイラが、少しだけ笑った。
「ジュディが、沈んでた二年間さ。」
「……うん。」
「正直、私、サヤがいたから待てたんだと思う。」
「……。」
「だから、ありがとうって言いたくて。」
サヤは、何も言えなかった。
耳が、また熱くなる。
キャンディを、奥歯で噛んだ。
「……私も。」
「ん?」
「私も、カイラが待っててくれるって、分かってたから。」
「うん。」
「あいつを、探しに行けた。」
言ってしまってから、少しだけ気恥ずかしくなった。
「お互い様?」
「……はは。うん。お互い様かもね。」
二人で、笑い合った。
「……こういう夜も、嫌いじゃないね。」
「ジュディ、いないのに?」
「うん。サヤがいるから。」
サヤは、返事に困った。
こういうことを、カイラは平気で言う。
「……私も、まぁ。嫌いじゃない。カイラがいるから。」
「ふふ。そっか。」
—
ずっと、自分が支えてやらないと、と思っていた。
ジュディのことも。
カイラのことも。
自分が、しっかりしなきゃいけない、と。
——でも。
カイラがいたから、待てた。
カイラがいたから、ここにいられた。
支えていたつもりで。
本当は、自分の方が、よっぽど。
「……。」
口の中で、キャンディが小さくなっていた。
「サヤ。」
「今度は何よ。」
——ピトッ。
カイラが、サヤの肩に頭を乗せた。
「サヤがね。好きだよ。」
「……急になに。」
「軽く言ってないよ。」
「……。」
「ジュディと同じくらい。大好き。」
サヤの手が、止まった。
「……私も。カイラが好きだよ。」
「んえ!?」
カイラが、勢いよく顔を上げた。
「なんで、動揺すんのよ。」
「いや、サヤがそういうこと言うと思わなくて。」
「……言わない方が、よかった?」
「ううん。嬉しい。」
今のは、自分でも驚くくらい、すんなり出た言葉だった。
「じゃあ、ジュディのことは?」
「……今それ聞く?」
「聞く。」
「……急かさないで。お願い。」
「はは!可愛い!」
サヤは、そっぽを向いた。
「ジュディに、会いたいね。」
カイラが、ぽつりと言った。
「……帰ってくるって。大丈夫。」
サヤは、そう答えた。
自分に、言い聞かせるように。
—
それから、しばらく。
他愛のない話を、いくつかした。
気づけばカイラの声が、曖昧になっていた。
「……カイラ?」
返事は、なかった。
肩に乗せた頭から、規則正しい寝息が聞こえる。
——寝るの、早すぎでしょ。
サヤは、横目でその寝顔を見た。
無防備な顔だった。
「……しょうがないな。」
動かすのも、悪い気がした。
そのままにしておく。
カイラの頭に、自分の頭を乗せた。
ドラマの余韻が、まだ少しだけ、残っている。
サヤも、目を閉じた。
ジュディが、明日帰ってくる。
そうしたら、何か作ってやろう。
食わせたことが、なかったから。
——別に、深い意味はないけど。
そんなことを考えているうちに。
サヤの呼吸も、ゆっくりと、寝息に変わっていった。
………………。
…………。
……。
数時間後。
工房の扉が、静かに開いた。
第百九話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、時間を少しだけ巻き戻して、ジュディ不在の工房のお話でした。
カイラとサヤ、二人だけの夜です。
その頃ジュディは、ブラックリスト入り。
何やってんだよ。あいつは。
次回は時系列が進んで、三人の食卓のお話です。
明日も20:10に更新予定です!
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たぶん、照れながら。
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