第百七話「ジュディの朝帰り」
早朝。
ガレスの手配のおかげで、難なくカルディアに戻ってこれた。
まさか、光学迷彩のEVAirとは思わなかったけど。
工房の扉を、静かに開けた。
居間に入ると、ソファにカイラとサヤが二人で眠っていた。
毛布もかけずに、寄り添うように。
……待っててくれたのか。
俺は、押し入れから毛布を取り出した。
二人の上に、そっとかける。
サヤが、少しだけ身じろぎしたが、起きなかった。
少しだけ、二人の寝顔を見る。
胸が軽くなるのを感じた。
「……ただいま。」
それだけ呟いて。台所に向かう。
パンを切って、卵を焼いた。
コーヒーも淹れておく。
テーブルに、朝食を並べる。
ついでに、書き置きを残した。
『おはよう。よかったら、朝食どうぞ。俺は部屋で仕事してる。——ジュディ』
……書き置きって、なんか気恥ずかしいな。
とりあえず、自分の寝室に向かった。
—
椅子に腰を下ろす。
体が重い。
昨日の吐血のせいか。
脳内通信を、ガレスに繋いだ。
(よぉ。ガレス。)
(戻ったか。)
(あぁ。おかげさまでな。)
(ダンにも繋げよう。少しだけ待て。)
(……あぁ。)
ずっと、気になっていた。
俺がブラックリストに入ったことで、ダンにも不利益が出ることは予想できる。
ガレスなりの気遣いなのだとわかった。
しばらくして、ダンの声が入った。
(やぁ。ジュディ。)
(ダンさん。おはようございます。)
(無事に、帰れたようだね。よかった。)
(えぇ。改めて、今回は助かりました。本当にありがとうございました。)
(礼を言うのはこちらの方だよ。久しぶりに、リアの笑顔を直接見ることができた。)
(……そう言っていただけると、救われます。)
(はは。お世辞じゃないからね?)
本心だとしても、ダンの協力なしには今回の情報は得られなかった。
ありがたいよな。本当に。
少しだけ、間があった。
(ジュディ。ハピレスのブラックリストに入ってしまったようだね。)
(えぇ。すみません。ポカしました。)
(そんなことはいい。君は大丈夫なのかい?)
(俺のことは、大丈夫です。ダンさんは?)
(私のことはいい。まずは君の話をしよう。)
(いや、でも……)
(二人とも、落ち着け。)
平行線になりそうな会話を、ガレスが静止した。
そのまま、言葉を続ける。
(お前たちが相思相愛なことは十分に伝わった。)
(そんなんじゃねーよ……。)
(とりあえず、話を進めてくれ。)
(……へい。)
俺は、少しだけ間をおいてダンへ話しかけた。
(ダンさんの状況はどうですか?俺との繋がりへの探りは入ってますか?)
(問題ないよ。カモフラージュが上手くいった。わざわざプライベートな案件に探りは入れないだろうね。)
(……そうですか。)
(アイラとリアに関しても、既に別の護衛を手配してある。明日の朝にはカルディアへ戻る予定だ。)
ダンは、どこか無理をして安心させているようにも感じた。
しかし、ブラックリストに入ったのは昨日だ。
何かあるとしたら、もっと先の話だろう。
(ダンさん。何かあれば、すぐに連絡をしてください。)
(……君は察しがいいな。もっと大人に甘えてくれよ。)
(はは。十分に甘えていますよ。)
(では、私はこれで。ジュディ、ガレスさん。ありがとう。)
(こちらこそ。ありがとうございました。本当に。)
ダンの通信が切れた。
俺は、そのままガレスと今後の方針を詰める。
(ガレス。早速、データの件について話したい。)
(あぁ。データに関しては無事に奪取できた。)
(途中で引っこ抜いたと思ったけど……。)
(ギリギリだったがな。)
何はともあれ、データは手元にある。
後はこのデータをどうするか。
思考を巡らせていると、ガレスが口を開いた。
(このデータを持っていても、お前にはどうにもならん。)
(……分かってるよ。キッパリ言うなよ。)
(ネルにデータを送るのが妥当だろう。何かしら糸口が掴めるはずだ。)
(……嫌だなぁ。)
(文句を言うな。選択肢がない。)
少しだけ、沈黙。
俺は天井を見上げた。
(ガレス。)
(……なんだ。)
(落ち着いたら、飲もう。今度こそ対面で。)
(……あぁ。約束だ。)
通信が切れた。
俺は、そのまましばらく天井を見つめていた。
とりあえず、風呂に入りたいな。
体が鉛みたいに重い。
—
居間に出ると、カイラとサヤが起きていた。
テーブルで、俺が作った朝食を食べている。
「ジュディ。おはよ。」
「カイラ。おはよ。」
「ご飯、おいしいよ。ありがとう。」
「はは。よかった。」
サヤが、トーストをかじりながら俺を見た。
「連絡もしないで、何やってたんだよ。」
「……ごめん。ちょっとな?」
「……女?」
「違うよ。なんでだよ。」
「油断も隙もないからね。ボンクラは。」
……信用ねぇな。
カイラが、目玉焼きをつつきながら笑っている。
「ジュディ。昨日は寝れたの?」
「うん。EVAirの中で、少しだけな。」
「……じゃあ、お風呂入る?」
「うん。とりあえず、さっぱりしたい!」
「あはは!タオル、出しとくね。」
「ありがとう。」
——日常だ。
昨日と変わらない、工房の朝。
これが、どれだけ大事なものか。
……今は、ここにいたい。
そう思った瞬間。
脳内通信が鳴った。
(ジュディ〜〜。)
ネルだった。
なんだか、声色が怖い。
(や、やぁ。ネル。)
(私が嫌いなものぉ〜、教えてあげるよぉ。)
(……えっと、なんで?)
開口一番、訳が分からなかった。
ネルは、こちらを気にせずに言葉を続ける。
(一つ目はねぇ〜〜、ゴキブリ。カサカサ動いてキモイからぁ〜〜。)
(……。)
(二つ目はぁ、勝手に動く被験者。カサカサ動いてキモイからぁ。)
(あ〜。ネル?)
(なぁにぃ〜〜?)
(……怒ってる、よな?)
(怒ってるよ。ブラックリストなんか入ってぇ。)
(……すみません。)
通信の向こうで、息を吐く音が聞こえた。
ネルの感情が見える。
少しだけ、珍しいと思った。
(ゼノ社長にも、バレたからねぇ?)
(……へい。)
(……たぶん、キレてるよぉ?)
(で、ですよね~。)
(とりあえずぅ、今日アルカナに来てぇ〜。)
(……はい。)
怖いなぁ。
バックれようかな……。
眠いし。
(来なかったらぁ。拉致るからぁ。)
(……。)
お見通しだった。
逃げ場はなかった。
(あ、あとねぇ。カイラとサヤも連れてきてねぇ。)
(……なんでだよ。嫌だよ。)
(ジュディ〜〜。)
(はい。)
(喋ってないでしょ?色々。)
(……まぁ、な。)
(ここいらでぇ、伝えておいた方がいいよぉ〜?)
(……。)
(んじゃねぇ〜〜。)
通信が切れた。
カイラとサヤが、俺を見ていた。
「……ごはん、うまいか?」
「ボンクラ。誤魔化すなよ?」
「……。」
「飯は美味かった。ありがと。」
サヤが、飴を口に放り込んだ。
「たぶん、めんどくせー話でしょ?」
「……まぁ。」
「行くよ。」
「……え?」
「どっか連れてくんでしょ。顔に書いてあるっつーの。」
カイラも、小さく頷いた。
「ジュディ。約束、覚えてる?」
「……。」
「分かったら話すって。そう言ったよね?」
「……あぁ。」
「じゃあ、今日だね。」
俺は、二人を見た。
サヤはいつも通り。
カイラは少しだけ強い目をしていた。
「……とりあえず、風呂入ってきていい?」
「うん。待ってる。」
「逃げんなよ?」
二人の声を背中に、居間を後にした。
多分、事実を知ったら二人は悲しむだろうな。
それが、とても憂鬱だった。
第百七話、お読みいただきありがとうございます。
帰ってきたら、ソファで二人が寝てました。
これが帰る場所です。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、ジュディの作る卵焼きが甘めになります。(だから何なのか。)
よろしくお願いします!




