第百六話「ブラックリスト」
「んー。どうしましょうか?」
ミゼラが、首を傾げた。
まるで、今日の献立を考えるように。
今は、隙を伺う。
それしかない。
「……悩み事か?相談乗るぜ?」
「ふふ。運送業者に、ギャングの悩みが分かりますか?」
「聞いてみないことにはな。」
「では、少しだけ。」
ミゼラが、穏やかに笑った。
動揺が、まったく見られない。
それが、不気味だった。
「……どうぞ。」
「あなたが、運送業者のなりすましなのは分かっています。」
「……荷物は、あるよ?」
「ふふ。でも正体が掴めないんですよ。あなたのバックが誰なのか。」
「……流すなよ。」
「バイオストーンなら、殺した場合は厄介です。アッシュガードなら、なお厄介。」
「……どっちだろうな?」
「なるほど。どちらでもないんですね。」
「……。」
ミスった。
厄介だという二択を提示されて、思わず飛びついてしまった。
ミゼラが、ゆっくりと懐から銃を取り出す。
「……分かった。正直に言うよ。」
俺は、両手を上げた。
「単独だよ。どの組織でもない。」
「依頼主は?」
「強いて言うなら、俺自身だな。」
少しだけ、沈黙。
俺は、ミゼラとガロウの指先に細心の注意を払った。
いつでも、電撃で制止できるように。
ガロウが、沈黙を破った。
「ボス。」
「はい?」
「我慢できねぇ。もういいか?」
「……仕方がありませんね。」
——来る。
俺は、少しだけ身を屈めた。
瞬間、銃声が鳴り響いた。
「が、があああぁぁぁぁぁ!!!」
「……は?」
見張りの男の肩が、撃ち抜かれていた。
何故だ。仲間じゃねーのか。
「はぁ、はははぁ。はははははぁ!!!」
「何やってんだよ。」
「あぁ?こいつはぁ、敵を内部へ入れ込んだ役立たずだぁ!!」
「……。」
「だからぁ、こうしてぇ!!制裁してるぅ!!!」
ガロウの目が、血走っている。
制裁じゃない。楽しんでいる。
見張りの男が、這いつくばる。
ガロウは、銃を見張りの頭にあてがった。
「す、すみません!すみません!すみません!!」
「は、はははぁ!!ははぁ!!その顔!!!いいねぇ!!!」
ガロウの指先に、力が籠る。
——その瞬間。
考えるより前に、体が動いていた。
——ビッ。
ガロウの指先に電撃を撃つ。
そのまま、両足に電撃魔術を纏った。
「……あ?」
ガロウの指先が制止している。
俺は見張りの男を抱えて、廊下に出ていた。
「あ、あんた……。なんで!?」
「うるせぇ!!そのまま振り返らずに走れ!!!」
見張りの男は、そのまま階段へ駆け出した。
俺は銃を引き抜き、二人に相対する。
ミゼラだけは、笑っていた。
まるで、今ので俺という人間を一つ理解したみたいに。
「……どういう、つもりだぁ?」
「何がだよ。」
「お前にとっては、敵だろうが。関係なくねぇか?」
「……見てて気分のいいもんじゃなかったからな。」
「……気に食わねぇな。お前。」
ガロウの目つきが変わった。
ガシガシと頭を搔きながら言った。
「例えばよ。道の真ん中で猫が死んでるだろ?周りには車が走り回ってる。」
「……何の話だよ。」
「いいから聞けよ。大体の人は、目を逸らすぅ。見苦しいからな。」
「……。」
「わざわざ車を避けながら、猫の死体に駆け寄る奴はほとんどいねぇ。」
「さっきから、わけわかんねーよ。」
「お前が今やったことだよ。気に食わねぇな。」
「……長々と、俺を嫌いな理由を話してくれたのか?」
「ははぁ!!!お前は殺す。今、決定だ。」
ガロウが銃を構えた。
「ガロウ。」
ミゼラが、静かに制止した。
ガロウは舌打ちをして、銃口を下げる。
ミゼラが、こちらに一歩近づいた。
「キムラ。」
「……ジュディでいいよ。」
「あら、そうですか?ではジュディ。」
ミゼラの目が、俺を見ている。
笑みは消えていなかった。
「……あなたは、不幸ですか?」
「は?」
「いえ、答えなくてもいいです。目を見れば分かる。」
「……。」
「不幸ですね。死が近く、恐れている目です。」
心臓が、跳ねた。
何を言っている。
こいつは、何を見ている。
「だから、今足掻いている。そんな不幸な人間はできれば殺したくないのです。私は。」
「……見逃してくれるのか?」
「いえ。ただ、あなたを殺した場合、不幸の総量が増え、幸福の総量が減る。」
ミゼラは、少しだけ目を伏せた。
「……少しだけ、名残惜しい。」
ミゼラが、銃を構えた。
——その瞬間。
——ビー、ビー、ビー、ビー。
建物全体に、警報が鳴り響いた。
先ほどとは違う。外部からの侵入警報だ。
二人の目が、一瞬だけ揺れた。
——今だ。
——ビビッ。
二人の両足に、電撃を撃ち込む。
動きが止まった瞬間、背を向けて走り出した。
「ボス、追いますか?」
「……ジュディ。」
ミゼラの声が、背中に届く。
そのまま、ミゼラが言葉を続ける。
「また、お会いしましょうね。」
階段を駆け下りる。
二階。一階。
バーの横を突っ切り、裏口を蹴り飛ばした。
夜のヴェーラに飛び出す。
走った。振り返らなかった。
—
ガレスが用意した廃墟に転がり込んだ。
ヴェーラの運河沿い、使われなくなった倉庫の二階。
壁に背をつけて、息を整える。
(ガレス。助かったよ。)
(ほう。分かるのか?)
(あの警報、あんたの仕業だろ?)
(……あぁ。外部からシステムに侵入した。)
(……マジで最高。何してほしい?)
(そんなことはいい。今は状況を整理するぞ。)
ガレスの声が、いつもより硬い。
(お前の顔はハピレスに割れた。ブラックリストに載ったぞ。)
(……まぁ、そうだよな。)
(お前の暗殺の依頼も、裏のネットワークに出ている。)
(……最悪だな。てか仕事早すぎんだろ。)
ガレスが、少しだけ間を開けた。
今後の方針を整理しているのだろう。
(今のヴェーラにいる限り、命の保証はない。)
(……くそ。)
(しばらくは、そこに潜伏しろ。明日の朝には、カルディアに戻れるよう手配しておく。)
(はぁ~。了解。)
(では、何かあれば連絡しろ。)
(……ガレス。)
(なんだ?)
(サンキューな。)
少しだけ、ガレスの息が漏れた音がした。
(感謝は、帰ってから改めて聞こう。)
(……はは。だよな。)
——通信が切れた。
俺は壁に頭を預けた。
天井を見上げる。
情報は得た。
プロジェクト・ミラー。A-3R。
あの子が何者か、分かった。
代わりに、ハピレスに追われる身になった。
割に合わねぇ、と思いたいところだが。
——知れてよかった。あの子のことを。
そう思いながら、息を吐いた瞬間。
——ズクン。
「ぐっ……が、ああぁぁ……!」
頭に、痛みが走った。
今までとは、少し違う。
鈍い痛みではなく、鋭い。
「っく…そ、がぁ……!」
膝が崩れる。
声を噛み殺そうとしても、喉の奥から勝手に漏れた。
口の中に、鉄の味が広がる。
——ゴボッ。
血を、吐いた。
手のひらに、赤が広がる。
「……んだよ。これ。」
頭痛だけじゃない。
体が、壊れていっている。
そう、確信した。
『……おい。大丈夫か。』
アルトの声が、聞こえた。
遠い。でも、確かに聞こえた。
(……んだよ。できればカイラとサヤに心配されてぇな。)
『冗談言ってる場合かよ。今ので、かなり削れたぞ。』
(……削れた?)
『お前の時間が、だ。』
時間。
命の残量。
今まで、どこか他人事だった。
アルトに言われた時も、ネルに言われた時も。
自分のことなのに、どこか遠い話だった。
でも、今。
手のひらの血を見て、初めて分かった。
生きられる時間は、想像以上に少ないのかもしれない。
『……あぁ。時間がねぇ。』
(……くそ。)
『とりあえず、無茶はすんなよ。』
アルトの声が、少しだけ優しかった。
それが、気に食わなかった。
第百六話、お読みいただきありがとうございます。
ハピレスに顔を売って、ブラックリストに載って、血まで吐きました。
最悪の一日ですね。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、ジュディの寿命がちょっとだけ延びます。
よろしくお願いします!




