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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第一章|オーバーライド編

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第百五話「A-3R」

翌朝。

ヴェーラの裏通りにある、小さなカフェ。


テラス席に座り、コーヒーを飲んでいた。

通りの向かいに、古びたビルが見える。


——ハピレスの拠点。


一階はバー。

四階以上が、本丸だ。


ガレスと脳内通信をつなぎながら、外の様子を伺う。

今回は、バックアップも担当してくれるようだ。


(ガレス。聞こえるか?)

(あぁ。おさらいするぞ。)


コーヒーを一口。

ガレスの声が、いつもより低い。


(ハピレス。ヴェーラを拠点とする、バイオストーンお抱えのギャングだ。)

(ってことは、ほぼバイオストーンからの仕事がメインか?)

(いや。主な生業は、ストーンウェアの密売だ。人間をさらって解体し、埋め込まれたストーンウェアや臓器を売り捌く。文字通り、命を金に換える連中だ。)

(……最悪じゃねーか。)

(あぁ。ギャングの中でも質が悪い部類だな。)


コーヒーが、不味くなった。


(リーダーは、ミゼラ・ノックスという女性。柔らかい印象だと聞いている。)

(柔らかい印象の女性だぁ?ギャングのボスがか?)

(あぁ。だからこそ、一筋縄ではいかない人物だ。)

(……なるほどね。)


ギャングという裏稼業をリーダーとしてまとめ上げる。

少なくとも、普通じゃねーな。


(右腕の幹部は、ガロウ・ヘイズ。殺人に快楽を覚えるタイプだ。)

(……出来れば、どちらも会いたくねーな。)

(……祈っておけ。)

(冷たくない?)


通りの角から、作業服の男が現れた。

背中に「VELA TRANSPORT」という配送会社のロゴ。

潜入における前段階、そのターゲットだ。


(来たぞ。)


男がカフェに入る。

カウンターでコーヒーを注文している。


俺は席を立った。




—




五分後。

作業服に着替え、ビルの搬入口に向かっていた。


今回の潜入は、運送業者に成り代わって行う。

今日はちょうど、搬入日だった。


(悪いな、運ちゃん。)

(気にするな。記憶の最後はカウンターだ。)

(……チップでも、置いておけば良かったな。)

(……まぁ、お前らしいか。)


搬入口に到着する。

見張りが、一人だけ立っていた。


「魔石の定期便です。」

「IDは?」

「……どうぞ。」


俺は、IDカードを見張りに渡す。

スキャンが、通った。


「いつもどおり、三階の倉庫だ。」

「はい。いつもありがとうございます。」


中へと入る。

薄暗い廊下。壁の塗装が剥がれている。

一階のバーから、音楽が漏れ聞こえた。


そのまま、上の階へと続く階段を登る。


(ガレス。見張りが一人ついてきてる。)

(想定内だ。三階はダミー。目的地は五階。まずは、二階のトイレで撒け。)

(……はいよ。)


階段が二階に差し掛かった頃。

俺は、見張りに振り向いた。


「……すみません。」

「なんだ?」

「お手洗い借りてもいいっすか?なんか、腹の調子が。」

「……早くしろよ?」


見張りが、トイレについてきた。

個室に入るフリをして、振り返る。


——ガッ。


腕で首を締め上げる。


「……がっ。あ、ぁぁ。」


声を出す前に崩れ落ちる。

個室に押し込んだ。


(……処理した。)

(そのまま、階段で五階へ上がれ。)

(手際どう?)

(普通だ。)

(……そっすか。)




—




五階。


空気が違う。

他のフロアとは違い、清潔な印象を受けた。


……ここが、研究施設だよな?


(情報では、突き当たりの部屋だ。電子ロックがあるはずだが——)

(かかってねーよ?開いてる。)

(……開いている?)

(あぁ。開いてる。)


沈黙。

何か、嫌な予感がする。

誘い込まれている?


(どっちにしても、行くしかねーな。)

(……入れ。警戒を怠るなよ。)


扉を開けた。


端末が三台。壁一面のモニター。

奥に、ガラス張りの隔離室。


人の気配は、ここにもなかった。


(端末にデバイスを差し込め。データを抜こう。)

(……頼む。)


通信デバイスを接続した。


(接続確認。三分ほどかかる。)

(……適当に、データ見てもいいか?)

(好きにしろ。)


端末を操作して、資料を漁る。

ファイル内容は整理されていて、目的のものはすぐに見つかった。


表紙。


——『プロジェクト・ミラー』。


(プロジェクト・ミラー?)

(……碌なプロジェクトではないな。)


そのまま、ファイルのページを捲る。


『異世界と我々の世界は、写し鏡のようなものである。この世界に存在する人間には、時代が異なれど、酷似した存在が確認されている。また、一部の文明や知識などにも類似する点が数多く散見されている。』


……写し鏡。

俺が召喚された時と、同じ理屈か。

俺は、アルトの写し鏡のような存在。

見た目が瓜二つなのも、なんとなく納得がいく。


『しかし、互いの世界の物理的な干渉を行うことは不可能だという結論に至った。召喚術式は世界の矯正力により、複製での召喚へと書き換えられる。その場合、魔術使用量は召喚ではなく複製の使用量に限定され、コストは大幅に削減される。』


意味が分からない。

しかし、いちいち立ち止まっているのも面倒だ。

ページを捲った。


『この世界の対象を型とし、異世界に存在する酷似個体を複製召喚することで、この世界とほぼ同スペックの人物を顕現させることが可能。また、召喚時に記憶への干渉にも成功。過去の魔法使いや優秀な傭兵を顕現させ、試験的な運用を行うことを目下の目標とする。』


この世界の優秀な故人を「型」にして、異世界から似た存在を呼び出す。

そして、他企業との紛争で有利に立つ。

やっぱ終わってるな。この世界の倫理観は。


『また、この世界にすでに複製体が現存している場合、召喚術式の実施は不可能。複数体の召喚を行った場合、一体を除いて魔石へと変換されることを確認。』


……つまり、同じ型は二人いらない。

世界が、そう判断するってことか。


バイオストーンの全貌が、なんとなく分かったが……。

今回の知りたい内容とはズレている。


俺は、ファイル上で検索を掛けた。

検索文字は『エルナ』。

目的の内容は、すぐに見つかった。


『第一回実験対象:エルナ・クロイツ(魔法使い・故人)』

『召喚体識別番号:A-3R』

『召喚目的:企業紛争における戦力確保。魔法使いの兵器運用。』

『選定理由:死亡時期が最も近く、戦闘能力も制御可能な範囲。検証として実施。』


——A-3R。


あの子の、識別番号。

最初に与えられたものは名前でなく、番号。


「エルナを……型にして、召喚した?」


声が漏れた。


あの子は、エルナじゃない。

でも、エルナを理由に生まれた。


俺と、同じだ。

アルトを型にして、俺は召喚された。

エルナを型にして、あの子は召喚された。


似ている。

でも、同じじゃない。


『召喚体の元世界の記憶を抹消した状態で召喚に成功。今後、世界の矯正力および戦闘能力を検証。』


記憶がない。

何も知らないまま、兵器にされている。


項目最後のページ。

そこには、今後の方針が記載されていた。


『被験体は、ロイド・カーター管理下に移行。以後、実験結果が出るまではハピレスでの研究は凍結とする。実施段階としては、各紛争地での投入、テロとしての兵器運用として有用性を検証すること。』


ロイド・カーター。

あの子を管理していた人物。

しかし、今となってはどうなんだ?

最後に見たのは、アッシュガードと共にいた光景だ。

……くそ。全然見えないな。


(……ガレス。データはどうだ?)

(八十パーセント。……しかし、何かおかしい。)

(……何が?)

(セキュリティが、全くかかっていない。)

(……まぁ、企業と比べれば脇が甘いってことかな?)

(呑気なことをいうな。暗号化も認証もない。不自然すぎる。まるで——)


——ビー、ビー、ビー、ビー。


警報。


照明が赤に切り替わる。

端末に文字が表示された。


『データ転送検知。施設内ロックダウン開始。』


(……あー、ガレス?)

(やられたな。データを守るための仕組みじゃない。)

(……つまり?)

(触れた人間を、閉じ込める罠だ。データそのものを守るんじゃない。データに触れた人間を殺すことでデータを守る仕組みだな。)

(ギャングらしいな。)


ハニーポットってやつか?

いずれにしても、長居している場合じゃない。


通信デバイスを引き抜き、立ち上がる。

振り返ると、入口に人影があった。


「……くそ。」


長身で、引き締まった体格。

スーツの上からでも、鍛えられているのが分かった。

金髪で、やけにニヤニヤしている顔。


——ガロウ・ヘイズ。


ガレスの説明にあった。

ハピレスの幹部だった。


「ははぁ。よぉ~。」

「……どーも。」


人懐っこい笑みだった。


右手に銃。

左手で、見張りの髪を鷲掴みにしている。

トイレで気絶させたはずの男だ。


「お前が、運ちゃんか?」

「え、えぇ。道に迷っちゃって。ここ入っちゃダメなとこだった?」

「ははぁ!嘘下手だなぁ。お前。」


銃口が、見張りのこめかみに当たる。

……こちらではなく、見張りに?

何がしたいんだ。こいつ。


「ガロウ・ヘイズだ。よろしくな。」

「……キムラ・ジュディだ。」


俺は銃に手をかけた。


——コツッ


ガロウの奥から、足音が響いた。

ゆっくりとした、落ち着いた足音。


「ガロウ。お客様ですか?」


柔らかい声だった。

ガロウの後ろから、もう一人。


長身でスレンダーな女性だった。

胸元の大きく空いたスーツを着ている。

身なりは清潔だが、どうにも輩感がある。


ピンクの髪色、しかし右半分を刈り上げているのが特徴的だった。

柔らかい顔で、微笑んでいる。


「初めまして。ミゼラ・ノックスです。」


軽く、頭を下げた。


「ようこそ、ハピレスへ。」


——背筋が、凍った。


第百五話、お読みいただきありがとうございます。


A-3R。

あの子には、名前の前に番号があった。


明日も20:10にお会いしましょう!

ブクマやコメントをいただけると、ガロウが「よろしくな」って言ってくれます。

その後どうなるかは分かりませんが……。

よろしくお願いします!


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