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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第一章|オーバーライド編

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第百四話「バイオストーン」

テーマパークを出た後、リアとアイラをホテルの部屋まで送った。


リアは疲れ果てて、ベッドですぐに眠ってしまった。

丸くなって、小さな寝息を立てている。


アイラが優しく毛布をかける。

……その姿は、親そのものだった。


アイラが、俺に軽く頭を下げた。


「ジュディ。今日はありがとう。リア、すごく楽しそうだった。」

「いいえ。俺も楽しかったですよ。」

「……あまり、無理はしないでね?」

「……え?」


予想外の言葉に、少しだけ戸惑ってしまう。

アイラの顔は、何かを察している顔だった。


「私たちにできることがあれば、何でも言って。」

「……ありがとう、ございます。」

「それは、こっちのセリフよ。」

「……。」

「何度でも、言わせてね?」

「はい。」


俺は軽く会釈して、部屋を出た。

少しだけ、足取りが軽かった。




—




ホテル一階のカフェに向かった。

そこには、ダンが先に座っていた。


俺は向かいに座り、コーヒーを注文した。

ダンは、紅茶を飲んでいる。


周囲には、数組の客がいた。

静かだが、人の目はある。


ダンが口を開いた。


「さて。護衛の報告を聞こうか。」

「はい。特に問題なく完了しました。脅威の兆候はありませんでした。」

「……そうか。ご苦労だった。」


形式的なやり取り。

護衛と依頼主の、当たり前の会話。


——その裏で、脳内通信が繋がった。


(ダンさん。聞こえますか。)

(あぁ。聞こえている。)


ダンがカップを持ち上げ、一口飲んだ。

表情は変わらない。


(早速、本題に入ってもいいですか?)

(あぁ。手短に済まそう。)

(カルディアでのテロ。バイオストーン製のストーンウェアが使われていました。)

(あぁ。この一連のテロ事件。首謀はバイオストーンだよ。)

(……正直、企業も隠す気はないですよね。)

(そうだね。それだけのものを、バイオストーンは掴んでいる。)


ダンが少しだけ間を置いた。

紅茶のカップをソーサーに戻す。


(ダンさん。あなたは今、企業ではどんな立場ですか。)

(管理職だ。研究開発部門の、プロジェクトマネージャーにあたる。)

(……たった三年で。すごいですね。)

(……生き残るために、必要なことをしただけだよ。)


……生き残るために、か。

正直、三年前のダンはかなり危うい立場だった。

死に物狂いで、掴んだ立場なのだろうと想像できた。


口では、ダンが護衛の追加契約について話し始めた。


「明日以降の護衛スケジュールだが、次回はリアのスクール行事に合わせて調整したい。」

「了解しました。詳細をいただければ対応します。」


——脳内通信は、続いている。


(直近一年で、バイオストーンの技術開発速度が異常に上がっていますね?)

(あぁ。その通りだ。)

(原因は、分かりますか?)


ダンが少しだけ目を伏せた。


(……実は、技術速度の躍進には、私の貢献もある。)

(……。)

(私は元アルカナ社員だ。アルカナのエネルギー事業に関しては……確信は持てないまでも、あたりはつけていた。)

(エネルギー事業……。召喚や、魔石のことも?)

(……あぁ。確証も、裏付けもなかったがね。ただ、私がバイオストーンの信頼を勝ち取るためには、仮説でも情報を提供することが生き残る道だった。)


ダンの声が、少しだけ重くなった。


(……そうですか。)

(ジュディ。私はテロの発端と言っても過言はない。)

(……。)

(私を、責めてもいい。)

(生きるための選択を、俺には否定できませんよ。)

(……そうか。)


口では、ダンがリアの好きな食べ物について話していた。


「リアは最近、チョコレートケーキに目がなくてね。」

「分かります。さっきも売店で三回おねだりされました。」

「はは。甘やかしすぎだよ。」


——脳内通信。


(では、召喚に関して、どこまで掴んでいますか?)

(……確かに、私はバイオストーンに情報を提供した。)


ダンが、紅茶を一口飲んだ。


(——ただ、その情報を受けて、バイオストーンが何をしているかまでは分からない。)

(……。)

(極秘プロジェクト扱いだ。私は元アルカナ社員。これ以上の情報は掴めない。立場的にも、これが限界だ。)


俺は、少しだけ肩を落とした。

ここまで来て、壁か。


(……もう一つだけ。言えることがある。)

(……それは?)

(社内で、召喚に関する情報が本当にない。不自然なほどに。)

(……。)

(おそらく、表の研究部門ではなく、外部に流している。)

(……外部?他企業に委託してるってことですか?)

(いいや、ギャングだ。)

(……。)


ギャング、か。

この世界に来て、何度かやりあったことはある。

あり得なくはないが、そこまで深く繋がってるのか。


(各企業には、裏のことを任せるお抱えのギャングがついている。)

(……初耳ですね。)

(表では処理できない研究や実験を、外部に出すんだ。)

(……なるほど。)

(バイオストーンのお抱えのギャングは、『ハピレス』。)


——ハピレス。


初めて聞く名前だった。


(ハピレス……『幸福のない』名前ですね。)

(あぁ。皮肉な名前だろう?)

(まぁ。ギャングっぽいと言えば、そうなんですかね。)


俺は、コーヒーを一口飲んだ。

苦い。いつもより、苦く感じた。


(そこには、確実に情報があるはずだ。)

(……ありがとうございます。)

(……もっと、疑ってもいいんだよ?)


ダンが、ティーカップを静かに見つめている。

まるで、信用するなとでも言うように。


(確かに、この情報の真偽は分かりません。)

(……。)

(でも、あなたがリスクを負って話してくれたことが、嬉しい。)

(……もっと、若者らしくしたらどうだい?)

(はは。もちろん、裏も取りますよ?)

(ほぅ。ツテがあるのかい?)

(えぇ。信頼できる情報屋がいます。)

(……そうか。役立つことを祈っているよ。)


——脳内通信が、切れた。


カフェの音が戻ってきた。

カップの触れる音。遠くの笑い声。空調の低い唸り。


ダンが、俺を真っ直ぐ見た。

さっきまでの柔らかい目ではなかった。


「先ほど君は、今日の護衛は問題なかったと言ったね。」

「……えぇ。」

「……あの体たらくでか?」


声が、変わっていた。

冷たく、突き放すような口調。


——来たか。


俺は、察した。


「あなたこそ、こんな無茶苦茶な注文は初めてですよ。」

「傭兵風情が、生意気な口を利くな。」

「依頼主なら、上から物を言っていいんですか?」

「……君はクビだ。」

「……上等です。もう関わりたくもない。」


周囲の客が、ちらりとこちらを見た。

依頼主と傭兵の、ありがちなトラブル。

そう見えていればいい。


「明日は来なくていい。代わりの傭兵を頼む。」

「……。」

「どこへでも好きにしろ。顔も見たくない。」


ダンの目は、冷たかった。

でも、ほんの一瞬だけ。

本当に一瞬だけ、目尻が下がった。


……ダンさん。

ありがとう。


俺は席を立ち、カフェを出た。

振り返らなかった。




—




ホテルを出て、夜のヴェーラを歩いた。

運河沿いの街灯が、水面に揺れている。


俺は脳内で、ガレスに通信を入れた。


「よぉ、ガレス。」

「お前は、あいさつはそれしかないのか?」

「いいじゃんか別に……。ダンさんから、情報を貰ったよ。」

「聞こうか。」


俺は、ダンから聞いた内容を伝えた。

バイオストーンの技術躍進。

召喚に関する情報の不自然な空白。

ハピレスの存在。


ガレスは黙って聞いていた。


「……なるほどな。ハピレスか。」

「え、知ってるのか?」

「元々私はそちらに強い情報屋だ。ギャングの動向は商売道具だからな。」

「頼んだことなかったな……。」

「お前の要望は、厄介な企業周りのものばかりだったからな。」

「ガレス。その、今までごめんな?」

「っふ。全くだ。お前の依頼はリスクが高い。」


少しだけ、いつものガレスの口調が戻った。


「ハピレスについて、教えてくれないか?報酬は弾む。」

「あぁ。ヴェーラの拠点までは割れているぞ。」

「いいね。話が早い。」

「……明日、もう一度連絡する。」

「……おいおい。今でもいいぜ?」

「いや、まずは裏付けだろう。それと『勝手口』は明日の方が都合がいい。」

「……なるほどね。」

「ではな。」


通信が切れた。


俺は運河の手すりに背を預けた。

夜風が、頬を撫でた。


——ハピレス。


バイオストーンの裏側を担うギャング。

そこに、あの子の正体に繋がる情報がある。


——行くしかない。よな。


明日。

俺は、ハピレスに潜入する。


第百四話、お読みいただきありがとうございます。


護衛と依頼主の、表と裏。

口ではケンカ、頭では取引。

スパイ映画っぽくてグッドですね。


明日も20:10にお会いしましょう!

ブクマやコメントをいただけると、ダンがチョコレートケーキを奢ってくれるかもしれません。

もうクビだけど。


よろしくお願いします!


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