第百三話「家族」
ダンへの連絡に、返信はなかった。
バイオストーンの社員だ。
すぐに応答できない事情があるのかもしれない。
「……仕方ない、な。」
今日は、もう工房へ帰ろう。
夜ご飯は、なんだろうな。
アルトの声は、突如として聞こえなくなった。
意識が薄い時だけ声が届く。
つまり、今の俺はまだ、俺のままでいられているということだ。
とりあえず、うるさいのはなくなった。
でも、胸の内にある不安はなくならなかった。
—
工房に帰ると、カイラとサヤが待っていた。
カイラがパタパタと寄ってくる。
ちょっとだけ、気が抜けた。
「おかえりなさい!」
「うん。ただいま。」
「……何か、あった?」
カイラが、こちらを真っ直ぐに見つめてくる。
カイラはこういう時、結構鋭い。
「まぁ、ちょっと色々な?」
「色々?」
サヤが、ソファに座ったまま俺を見た。
「今日、カルディアでテロあったよね?」
「……あぁ。」
「ボンクラ、絡んでるでしょ?」
「……え、なんで。」
「硝煙の匂い。大体、予想つくって。」
カイラの顔が強張った。
サヤも、飴を舐める手を止めた。
「……サヤには、敵わねぇな~。」
「そういうのいいから。話して。」
俺は、少しだけ話す内容を整理する。
どこまで、伝えるべきか……。
「アルカナ第三支社でテロがあった。」
「……で?」
「俺とジャスで現場に入って、制圧した。死者は出てない。」
「……そ。あんた、怪我は?」
「ない。大丈夫だよ。」
「……嘘じゃねーよな?」
「なんでだよ。嘘つかねーよ。」
そう、嘘ではない。
体の傷はない。
……頭の中のことを除けば。
「でも、分かんねぇんだよな~。」
「何が?」
「現場にさ。バイオストーンの傭兵と、アッシュガードの兵士がいた。二つの組織が同時に動いていた。」
「……それって、少なくとも二つの組織からテロを受けたってことだよな?かなりまずくない?」
「あぁ。まずい……と思う。だから今、アルカナ側でも調査が始まってる。」
少しだけ、沈黙。
俺はそれ以上は何も言わなかった。
エルナに似た少女のこと。
アルトの上書きのこと。
ネルの診断のこと。
何も、言えなかった。
「……ジュディ。」
カイラが、俺をじっと見た。
俺が何かを隠していると、すぐに気づく。
本当に、二人には敵わない。
「全部、話してくれてる?」
「……。」
「ジュディ?」
俺は、少しだけ迷った。
それから、カイラの目を見た。
「……ごめん。今は、まだ言えない。」
「……。」
「ちゃんと分かったら、話す。約束する。」
カイラは、しばらく俺を見つめていた。
それから、小さく頷いた。
「……分かった。約束だよ。」
「あぁ。約束だ。」
サヤは、何も言わなかった。
ただ、飴を噛み砕く音だけがした。
—
夕食を終え、ベランダで一服をしていた頃。
ダンから通信が来た。
俺は、すぐに脳内で通信を開いた。
「ジュディ。遅くなってしまって、すまないね。」
「ダンさん、お久しぶりです。こちらこそ急に連絡してすみません。」
「いいんだよ。そちらも元気そうだね。」
「いや~。それが、そうでもなくて……。」
「……何か、理由ありのようだね。」
ダンはすぐに俺の状態を察した。
流石、企業の人間は話が早い。
「単刀直入に言います。今日、カルディアでテロが起きました。」
「……あぁ。」
「バイオストーン製のストーンウェアが現場から回収されています。」
「……。」
「少しだけ、お話お伺いできませんか?」
しばらく、沈黙があった。
「……正直に言おう。答えたい気持ちはある。」
「……ありがとう、ございます。」
「だが、ジュディ。君はMANAとの同盟関係にあり、アルカナの外部顧問でもある。」
「……はい。」
「私は、今はバイオストーンの社員だ。このまま話すことは、お互いにリスクがある。」
分かっていた。
これは、お互いの立場の問題だ。
何か手を打たなければ……。
俺が考えていると、ダンが口を開いた。
「……一つ、提案がある。」
「聞かせて、いただいても?」
「ガレスさん経由で、傭兵として君を雇いたい。」
「……傭兵?」
「内容はこうだ。アイラとリアを、ヴェーラに一時的に連れてきてほしい。」
「……。」
「目的は、そうだな。ヴェーラのテーマパークに、家族で遊びに行きたいから。とかどうだい?」
俺は、思わず笑った。
「家族がヴェーラに来る間の護衛として、君を雇う。そうすれば、ただの依頼主と傭兵だ。少し話をするだけであれば何の問題もないだろう。」
「……妙案ですね。それで行きましょう。でも、いいんですか?」
「何がだい?」
「体裁を装っているとはいえ、ダンさんにとってもリスクがあるはずだ。」
ダンは、少し間を置いた。
「ジュディ。僕はね、君に返しきれないほどの恩がある。」
「……。」
「それを返す機会に恵まれて、嬉しいくらいだよ。」
……この人は、変わらないな。
「ダンさん。ありがとうございます。」
「こちらこそ。では、ガレスさんに連絡を。」
「了解です。」
通信を切った。
すぐに、ガレスに繋いだ。
—
「よぉ、ガレス。」
「夜分に何だ。碌なことがないと想像するが。」
「鋭いね。ダン・ベルンから依頼が来た。」
「ダン・ベルン。ヴェーラのバイオストーン社員か。内容は把握している。」
「……早ぇな。」
ダンとの通信後、すぐにガレスに繋いだはずだけど。
通話をしながら、ダンが依頼をしていたのかもしれない。
「依頼のメールを見た。もちろん、お前をアサインしよう。」
「……優秀な大人に囲まれて、恵まれてるよ俺は。」
「っは。世辞はよせ。」
本当に、話が早くて助かる。
この情報屋は、相変わらず仕事ができる。
「ガレス。一つだけ、話しておきたいことがある。」
「あぁ。」
「ただし、他言無用で頼む。」
「……聞こうか。」
カイラとサヤに言えないことを、ガレスには話す。
自分でも、ずるいと思う。
けれどこれは、感情ではなく情報の扱いだ。
ガレスには、正確に伝えなければならない。
俺は、テロの現場であったことを話した。
エルナに似た少女のこと。
アルトの上書きが加速していること。
ダンに会う本当の理由。
ガレスは、黙って聞いていた。
「……なるほどな。」
「悪いな。ちょっとガレスを利用するような形になる。」
「何を言っている。お前の生死の話だろう。」
「……。」
「ダンへの護衛は本物だ。お前の事情が重なっただけのこと。何も問題はない。」
「……助かるよ。ガレス。」
「落ち着いたら酒でも飲もう。奢れ。」
「今度はリモートじゃ嫌だからな?」
「……それは、保証できないな。」
通信が切れた。
俺は煙草を吸って、空を見上げた。
……明日、アイラとリアを迎えに行く。
—
翌朝。
ベルン家の自宅前。
扉が開いた。
アイラが顔を出す。
「ジュディ……。お久しぶり。」
「お久しぶりです。アイラさん、お元気でしたか?」
「えぇ。なんとか。」
アイラの顔色は、あの頃よりずっと良くなっていた。
本当に、別人のようだ。
「ジュディ!!!」
奥から、小さな影が飛び出してきた。
リアだった。
俺の腰に、全力で抱きついてくる。
「うおっ!リア!久しぶりだな!」
「久しぶり!ジュディ!パパに会いに行くんでしょ!?」
「あぁ。そうだよ。」
「やったーーー!!」
リアが、ぴょんぴょん跳ねている。
……本当に、大きくなったな。
「リア。荷物は持った?」
「持った!クマかっちゃんも持った!」
「よし。じゃあ、行くか。」
アイラが、小さな鞄を手に出てきた。
「ジュディ。よろしくお願いね。」
「こちらこそ。お任せください。」
三人で、駅へ向かう。
リアが俺の手を引っ張りながら、ずっと喋っていた。
スクールのこと。友達のこと。新しく覚えた遊びのこと。
「ねぇねぇ、ジュディ!テーマパークってどんなところ?」
「俺も、行ったことないんだよな。」
「えーーー!じゃあ一緒に初めてだね!」
「そうだな。一緒に初めてだ!」
リアの手は、相変わらず小さかった。
でも、前より少しだけ力が強くなっていた。
—
夜行列車。
客席に座っていた。
リアは窓際の席で、もうぐっすり眠っている。
小さな寝息を立てていた。
アイラは、リアの隣で静かに目を閉じている。
眠っているのか、起きているのか。
俺は、通路を挟んだ反対側の席に座っていた。
……前にヴェーラに行った時は、貨物列車だったな。
エルナと、リアと、三人で。
あの時は、客席には乗れなかった。
俺に、IDがなかったから。
エルナも、魔法使いだとバレるのを避けていたから。
今は、客席に座っている。
IDもある。立場もある。
でも、隣にエルナはいない。
窓の外を、夜の景色が流れていく。
三年前と同じ路線。同じ方向。
でも、何もかもが違っていた。
……エルナ。
お前がいたら、何て言うかな。
「ハリー・ポッチャリーの続きは?」とか、言いそうだな。
顔も、声も、あの姿も。
まだ、鮮明に思い出せる。
「……。」
俺は、窓に額を預けた。
振動が、頭に伝わる。
今は、前を見よう。
あの子の正体を知るために。
俺自身を守るために。
列車は、夜を走り続けた。
—
ヴェーラに着いた。
駅の改札を出ると、朝の光が眩しかった。
運河沿いの街並みは、記憶の中と大きくは変わっていなかった。
石造りの建物。
魔力で動く小舟。
橋の上を歩く人々。
ただ、一つだけ変わっていたことがある。
ストーンウェアの装着率が、明らかに上がっていた。
バイオストーンの技術が浸透しているということか。
会議で、エルドが言っていた通りだ。
「パパーーー!!」
リアが、改札を抜けた瞬間に走り出した。
その先に、ダンが立っていた。
リアが、ダンに飛びつく。
ダンが、リアを抱き上げた。
「リア!また、大きくなったなぁ!」
「えへへ!パパ、痩せた?」
「そうか?ちゃんと食べてるぞ。」
アイラが、少し遅れて歩いてくる。
ダンの前で、足が止まった。
「……ダン。」
「アイラ。久しぶりだな。」
「……うん。」
——ギュ
二人が、唐突に抱き合った。
少しだけ、面食らった。
「……元気そうで、よかった。」
「……あなたこそ。」
俺は、少し離れた場所からその光景を見ていた。
……これが、家族か。
壊れかけて、離れても、それでも二人は一緒にいる。
俺が守りたかったものが、あそこにあった。
「ジュディ。今日は、本当にありがとう。」
ダンが、俺に向かって頭を下げた。
「いえ。傭兵として雇われてるだけですから。」
「あぁ。そうだったね。でも、もう少しだけ付き合ってもらえるかい?」
「分かってます。傭兵として、あなたたちを見守りますよ。」
ダンが、少しだけ笑った。
「じゃあ、行こうか。」
—
ヴェーラ中央テーマパーク。
バイオストーンが運営する、ヴェーラ最大の娯楽施設らしい。
リアが、入口を見た瞬間に叫んだ。
「すごーーーい!!」
正直、俺も同じ感想だった。
でかい。派手。
アトラクションが所狭しと並んでいる。
俺は、三人の少し後ろを歩いた。
護衛という立場だ。
家族の団らんに割り込む気はない。
リアがダンの手を引っ張って、あちこちのアトラクションを指差している。
アイラが、その横で静かに笑っている。
ダンが、リアに振り回されながらも嬉しそうにしている。
……いい光景だな。
前の世界で、テーマパークに行ったことがある。
明里と二人で。
まだ、娘が生まれる前だった。
あの時も、こんな感じだったな。
明里が楽しそうに笑っていて、俺はそれを見ているだけで幸せだった。
……元気にしてるかな。
ふと、そう思った。
向こうでは、もう生まれている。
明里の隣には、俺じゃない俺がいる。
それでも、元気に育っているだろうかと、思ってしまう。
名前は、何になったんだろう。
笑っているだろうか。
会えないと分かっていても。
思うくらいは、許されるだろう。
今の俺の帰る場所は、あの工房だ。
それは、変わらない。
「ジュディ!」
リアの声で、我に返った。
「ジュディも乗ろうよ!一緒に!」
「いや、俺は——」
「いいのよ!一緒に乗ってあげて!」
アイラが、少しだけ笑った。
「……。」
「リアが喜ぶから!ね!」
ダンも頷いている。
「ジュディ。」
「はい。」
「変なことしたら、殺すからね?」
「……しませんよ。」
「リアは、渡さない。」
「……。」
ダンさん。
もうちょっと、信頼してもらえないでしょうか……。
俺は、リアの隣に座った。
アトラクションが動き出す。
リアが、きゃーきゃー言いながら俺の腕にしがみつく。
小さい手が、ぎゅっと握ってくる。
……あぁ。
俺の娘も、こんな風に笑うんだろうか。
たとえ会えなくても、胸を張れる自分でいよう。
そのためにも、今を生きなきゃな。
第百三話、お読みいただきありがとうございます。
テロや上書きの話が続いていたので、今回はちょっと一息。
ベルン家の団らん、久しぶりでしたね。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、リアがテーマパークでもう一周します。
よろしくお願いします!




